第6話 基礎三式
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
投げられた木剣が、訓練場の土へ突き刺さった。
夜明け前の空は、まだ薄紫色だった。
僕は木剣を拾い上げる。
普段使っている片手剣より軽い。けれど、手の中に収まる感覚は同じだった。
「まず確認する」
バルト教師は、訓練場の中央へ歩いていく。
「お前は、自分が何で戦うつもりだ?」
「剣と、第一階位魔法です」
「違う」
即答だった。
思わず顔を上げる。
「お前が戦うのは、少ない魔力をどう使うかだ」
バルト教師は足元の小石を一つ拾い、指先で弾いた。
小石が飛ぶ。
その直後、教師の身体が前へ滑った。
速い。
けれど大きく跳んだわけではない。ただ一歩、最短の動きで小石の落下地点へ入り込んでいた。
木剣が振られる。
刃先だけが薄く光った。
小石は、地面に落ちる前に二つへ割れた。
「基礎三式は、魔法騎士の足だ」
バルト教師が僕を見る。
「身体強化で立ち、加速で届き、纏いで斬る」
身体強化は、魔力を筋肉へ流して一時的に身体能力を上げる技術。
短距離加速は、足元へ魔力を集中させ、一歩だけ爆発的に踏み込む技術。
魔力纏いは、剣の刃へ薄く魔力を纏わせることで、硬い相手や魔力の防御を斬るための技術だ。
どれも、魔法騎士を目指す子どもなら最初に覚える。
僕だって、できないわけじゃない。
ただ、他の生徒よりずっと弱い。
「派手な属性魔法に頼る者ほど、基礎を疎かにする」
バルト教師は木剣の切っ先を僕へ向けた。
「お前は魔力が少ない」
「……はい」
「なら、少ない魔力を一滴も無駄にするな」
◇
「身体強化!」
僕は魔力を全身へ流した。
腕。
脚。
背中。
胸。
いつも通り、身体全体を少しでも強くしようとした。
最初の三歩は、普段より軽かった。
四歩目で、足が重くなる。
五歩目で、呼吸が苦しくなった。
「止まれ!」
バルト教師の声に従い、僕は立ち止まる。
次の瞬間、膝から力が抜けた。
「はぁ……っ、はぁ……」
木剣を地面へ突き、なんとか倒れずに済む。
「三十歩も走れていない」
「すみません」
「謝るな。原因を考えろ」
バルト教師は、僕の右膝を指差した。
「全身へ流すな。必要な場所だけ使え」
「必要な場所……」
「今のお前に必要なのは、怪物みたいな力じゃない。立ち続けるための足だ」
そう言って、教師は僕の右脚だけを軽く叩いた。
「踏み込む瞬間に使うなら、足首、膝、太腿。全部ではない。一番必要な場所へ、一番必要な分だけ流せ」
言われた通り、次は右脚へだけ魔力を流してみる。
けれど、上手くいかない。
膝だけを強化したつもりが、太腿へ魔力が逃げる。
足首に集めれば、今度はふくらはぎが痺れる。
「遅い!」
「はい!」
「魔力を追いかけるな! 先に動きを決めろ!」
何度も。
何度も、同じ場所を走った。
朝日が訓練場へ差し込み始めるころには、制服の背中が汗で張りついていた。
◇
「次。短距離加速」
バルト教師が地面へ、二本の線を引く。
その距離は、三歩分ほどしかない。
「この線から、あの線まで。一歩で行け」
「一歩で?」
「遠くへ跳ぶな。最短で、狙った場所へ行け」
僕は息を整える。
右足へ魔力を集める。
そして、地面を蹴った。
「っ!」
勢いがつきすぎた。
線を飛び越え、前へつんのめる。
転ぶ前に手をついたが、掌へ土が入り込んだ。
後ろの方で、別の訓練をしていた生徒たちが小さく笑った。
「最下位、基礎で転んでるぞ」
「一歩もできないのかよ」
聞こえた。
でも、振り返らない。
僕は立ち上がった。
「もう一回、お願いします」
バルト教師は何も言わず、線を指差した。
二回目は、魔力が弱すぎた。
ただの一歩になった。
三回目は、右へ逸れた。
四回目は、加速しようとした瞬間に魔力が散った。
何度やっても、狙った線の上へ立てない。
「力むな!」
バルト教師の声が飛ぶ。
「加速は、前へ飛ぶための技じゃない! 相手の剣が届く前に、自分の剣を届かせるための一歩だ!」
その言葉を、胸の中で繰り返す。
届かせるための一歩。
レイシアの隣に立つために。
誰かを置いていかないために。
僕は、もう一度だけ線の前へ立った。
◇
「最後が魔力纏いだ」
バルト教師は木剣を指した。
「やってみろ」
「はい」
僕は剣を両手で握る。
剣身へ魔力を流す。
木剣全体が、淡く白く光った。
「違う!」
直後、光が霧のように散った。
「また無駄にしている」
「剣を強くしようとすると、どうしても全体に……」
「剣全部を光らせるな」
バルト教師は僕の木剣を取り上げる。
教師の手から、薄い光が剣先へ走る。
本当に、先端だけだった。
「必要なのは見栄えじゃない。斬る場所だけだ」
木剣の先で、地面に落ちていた細い草を撫でる。
草は、音もなく切れた。
「相手の鎧を斬るなら、鎧へ当たる場所だけ。術式を断つなら、術式へ触れる場所だけ。お前の魔力は少ない」
バルト教師は、木剣を僕へ返す。
「だからこそ、余計なところへ一滴も流すな」
僕は剣先だけを見る。
そこへ魔力を集めようとする。
けれど、光は手元で揺れて、すぐに消えた。
何度やっても、剣先へ届かない。
腕は重い。
脚は震えている。
魔力は、もうほとんど残っていなかった。
『喰えばいい』
ベルゼバスが囁く。
『ここの魔導具を少し借りるだけで、あの男へ一太刀くらい届く』
訓練場の端にある魔導灯が、視界へ入った。
魔力測定具。
水を冷やすための魔導具。
どれも、微かな魔力を宿している。
昨日の暖炉より、ずっと小さい。
ほんの少しなら。
『昨日の暖炉より、ずっと腹を満たせる』
左腕の奥が熱くなる。
手袋の下で、紋章が脈打った。
でも、目を閉じる。
孤児院で眠っていた子どもたちの顔が浮かんだ。
ティアナが、僕の手首を掴んだ温度も。
「……僕は、喰わなくても守れる強さがほしい」
『飢えたままでは、何も守れん』
「それでも」
僕は木剣を握り直した。
「それでも、選ぶ」
◇
「はい。朝ごはん」
聞き慣れた声と一緒に、目の前へ水筒が差し出された。
「ティアナ」
「おはよう。というか、もう昼前だけど」
訓練場の端に、ティアナが立っていた。
片手には紙袋。焼きたてらしいパンの匂いがする。
「いつからいたの?」
「身体強化で三回目に転んだところから」
「見てたんだ……」
「うん」
恥ずかしくなって、少し視線を逸らす。
ティアナは笑わなかった。
紙袋からパンを取り出し、僕へ渡す。
「食べて」
「ありがとう」
受け取ろうとしたとき、彼女の指が僕の額へ触れた。
「汗、すごい」
ハンカチで、額をそっと拭われる。
近い。
心臓が、さっきの加速より速くなった気がした。
「全然できない人は、そんな顔で剣を握らないよ」
「でも、全然できてない」
「今はね」
ティアナは、僕の木剣を見る。
「私は、アルトが頑張ってるところ、好きだよ」
言葉が止まった。
ティアナは少し照れたように笑う。
「だから、ちゃんと見てる」
胸の奥が、温かくなった。
ベルゼバスの飢えとは違う。
ちゃんと、自分のものだと思える熱だった。
「……もう一回、やってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
◇
バルト教師は、訓練用の木人形を訓練場の中央へ運んだ。
胸元には、小さな円の印が描かれている。
「最後の課題だ」
教師は木人形の胸を叩く。
「身体強化で立て」
次に、僕と木人形の間の地面を指差す。
「加速で間合いへ入れ」
最後に、印へ指を置く。
「纏いで、その印だけを斬れ」
僕は木剣を構えた。
「全部を一度にやろうとするな」
バルト教師の声が飛ぶ。
「順番に繋げろ」
一回目。
身体強化が早すぎて、踏み込みの前に魔力が消えた。
二回目。
加速が強すぎて、木人形の横を通り過ぎた。
三回目。
剣先へ集めた魔力が散り、木剣は印へ届かなかった。
息が上がる。
手のひらが痛い。
それでも、木剣を下ろしたくなかった。
右脚だけ。
全身じゃない。
必要な場所へ。
僕は一度、深く息を吸った。
踏み込む右脚へ、ほんの少しだけ身体強化を流す。
地面を蹴る。
一歩だけ、短距離加速。
木人形との距離が消える。
剣先へ、細い糸のように魔力を集める。
「――っ!」
振り抜いた。
木剣は木人形の胸へ当たる。
強い衝撃ではない。
木人形は倒れない。
けれど。
胸の小さな印に、一本だけ浅い傷が走っていた。
僕は、動けなかった。
バルト教師が、ゆっくり近づいてくる。
「今の一歩を忘れるな」
教師は、印についた傷を見る。
「お前の剣は、才能で遠くへ飛ぶ剣じゃない」
僕を見る目は、厳しくて。
でも、少しだけ嬉しそうだった。
「誰よりも無駄を削って、一番必要な場所へ届く剣だ」
木剣を握る手に、力が入る。
「僕は、才能がなくても届くようになります」
「なら明日も来い」
バルト教師は木剣を肩へ担いだ。
「次は、その一歩で俺に一太刀を届かせろ」
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