第57話 三人の証言
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
学院預かりとなった翌日、僕はバルト先生とともに査問室へ入った。
右脚にはまだ痺れが残っている。
左腕の封魔具も外されていない。三本の黒銀の輪は冷たいまま、紋章の上を圧迫していた。
「本日は、学院預かり中の安全管理と、暴食の今後の扱いを決めるための詳細聴取を行います」
ローデンが一冊の記録を開いた。
「第55話の証言は、移送決議を前にした概要確認でした。今回は三名を個別に聴取します」
壁の通信術式は、セレネ先生によって閉じられている。
証言は外部通信網へ残さず、この一冊だけに記録される。
「アルト・ロウェル。証言への口出しは認めません」
「分かりました」
最初に入ってきたのはティアナだった。
証言席へ座った彼女は、一度だけ僕を見てから正面を向いた。
「アルト・ロウェルと親しい関係にありますか」
「大切な仲間です」
「その感情が証言へ影響する可能性は?」
「あります。だから、アルトにとって都合の悪いことも話します」
記録官のペンが動き始める。
「暴食の異常を、最初に誰が申告しましたか」
「アルトです」
ティアナは迷わず答えた。
「まだ私たちと話せるうちに、三人の魔力まで食べ物に見えると言いました」
あの言葉を口にした時の恐怖が蘇る。
仲間へ知られることより、知られないまま手を伸ばす方が怖かった。
「他に何を告げましたか」
「自分が誰かへ手を伸ばしたら、止めてほしいと頼まれました」
「黙っていることもできたと?」
「はい。アルトが隠そうと思えば、私たちは気づくのが遅れたと思います」
ローデンが次の頁へ視線を落とす。
「実際に、彼の左手は君へ向いた」
「向きました」
「恐怖は?」
ティアナの指が、膝の上で固く組まれた。
「怖くなかったとは言いません」
その声に嘘はなかった。
「触れられたら何を喰われるのか、分かりませんでした。本当に怖かったです」
胸が痛む。
けれど、ティアナが恐怖を隠さないことに、僕は安堵していた。
安全だったという嘘で守られても、次は止められない。
「接触は?」
「ありません。私の魔力も吸収されていません。三人でアルトを止めたあと、アルトは私たちと救助対象を捕食対象から外しました」
「次も必ず異変を申告できると保証できますか」
「できません。言葉にする前に暴走するかもしれません」
「君がいない場所で、暴食を使わせても安全だと思いますか」
「いいえ。一人で使わせるべきではありません」
ティアナは記録官を見た。
「でも、危険を自分から告げたことも残してください。止めてほしいと頼んだこともです」
証言を確認し、署名したティアナが退室する。
二人目はフィアだった。
腰まで届く金髪を揺らし、黒いカチューシャの位置を直してから証言席へ座る。
「アルト・ロウェルは暴走していましたか」
「はい」
フィアの答えは短かった。
「アルトは暴走していました。自分一人で暴食を閉じられていませんでした」
「具体的な状態は?」
「私たち三人の体内魔力を食べ物として認識し、一度だけティアナへ左手を伸ばしました。私たち三人が同時に止めています」
「アルト・ロウェルの意思だけで停止したのではない?」
「違います。その事実を隠して、安全だったとは証言できません」
フィアは僕を庇わなかった。
だからこそ、その次の言葉にも重みがあった。
「同時に、暴走が始まってから終わるまで、仲間の魔力は一度も吸収されていません」
「それは三名が止めた結果ですか。それとも、本人の意思ですか」
「両方です」
ローデンの問いに、フィアは即答した。
「最初の停止には私たちが必要でした。でも、止められたあと、誰を捕食対象から外すか選んだのはアルトです」
「救助対象の魔力は?」
「吸収されていません」
「第47話で吸収されたものは?」
「ティアナが印を付け、私が核との接続を断ったあと、眷属本体から完全に切り離された敵魔力だけです」
「次も止められますか」
「保証できません」
フィアの声は揺れなかった。
「危険だったことと、最後まで仲間を喰わなかったことは、どちらも事実です。片方だけを記録すれば、次に必要な条件を見失います」
フィアも内容を確かめ、署名して退室した。
最後に入ってきたレグルスは、戦闘記録を卓上へ広げた。
「アルト・ロウェルの精神力によって、暴食は制御されたと評価できますか」
「いいえ」
レグルスは明確に否定した。
「アルトの精神力だけで止まった、と記録するのは誤りです」
「では、何が必要だった?」
「ティアナが敵と味方の魔力経路を分け、敵魔力へ三拍の印を付けました。フィアが仲間への接続線と、核へ戻る接続線を断ちました」
記録官が役割を書き出していく。
「僕が切り離された敵魔力までの一本道を作り、アルトが印の付いた一塊だけを選びました」
「捕食時間は?」
「一呼吸です。閉じる時にも三人の補助が必要でした」
レグルスは四人分の記録を順に指した。
「ティアナが分け、フィアが切り、僕が道を作り、アルトが選びました。四人の連携で限定したのであって、誰か一人の力ではありません」
「一人でも欠けていれば?」
「同じ結果になった保証はありません」
「別の敵でも再現できると?」
「保証できません。だから、無条件に使えるとは証言しません」
レグルスは一度言葉を切った。
「条件を揃えれば限定できた実績が、一度あると証言します」
「君たち三人を、今後も常に同行させるのですか」
査問使が尋ねる。
「僕たちも十五歳の生徒です。アルト専用の安全装置として拘束されるつもりはありません」
厳しい言葉だが、当然だった。
三人にも、それぞれの道がある。
「ならば、誰が止めるのですか」
「僕たちが担った役割を分解し、監督者や計測手段でも補えるか確かめるべきです。今分かっている条件を捨てて、ただ封じ続けるよりは合理的です」
レグルスも証言書へ署名した。
三人の証言が揃うと、ローデンは記録を二つへ分けた。
「確認された危険性から読み上げます」
査問室の空気が引き締まる。
「暴食は完全制御されていない。アルト・ロウェルは一度、自力で暴食を閉じられなくなった。仲間の体内魔力を食べ物として認識し、ティアナへ左手を伸ばした。三名による外部制止を必要とした」
どれも否定できない。
「次に、確認された抑制要素です。アルト・ロウェルは異変を自ら申告し、仲間へ自分を止めるよう求めた。人間の魂、仲間、救助対象の魔力は吸収していない」
次の頁が開かれる。
「外部条件による限定捕食が一度成立した。捕食対象を一つへ絞り、時間を一呼吸へ限定し、三名の補助を受けて閉じた」
「結論は?」
査問使の問いに、ローデンはすぐ答えなかった。
「安全とは認定できません。しかし、完全に管理不能とも断定できません」
そこで、ローデンは予想していなかった言葉を続けた。
「暴食の使用を、条件付きで認めるべきだと考えます」
僕は思わず顔を上げた。
「昨日まで使用禁止だった力を、ですか」
査問使も問い返す。
「禁止するだけでは、具体的な制御データが得られません。カルトが強制的に暴食を開かせる方法を持つなら、使わずに済むという前提そのものが危険です」
ローデンは三人の証言書へ手を置いた。
「さらに、放出済みの魔力や呪いを限定して吸収できるなら、国家の戦力となる可能性があります」
国家の戦力。
その言葉は、処刑より穏やかでありながら、別の冷たさを持っていた。
「契約者を兵器として扱うのですか」
学院長が問う。
「そうならないためにも、本人の意思と使用目的を条件へ含めます。未知の力を封じるだけでは、利用される時に何も対処できません」
「具体的な条件を」
ローデンが一枚の書類を差し出した。
「第一に、学院と貴族院双方の事前許可なく暴食を使用しないこと」
記録官が書き留める。
「第二に、成人の監督者と、暴走時に停止へ動ける者がいる状況に限ること」
初期の訓練では、ティアナ、フィア、レグルスが本人の同意を得て参加する。
同時に、三人の役割を別の監督手段で補えるか調査する。
「第三に、人間の魂、肉体、体内魔力を捕食対象としないこと。対象は本体から切り離された魔力、または安全に分離された呪いに限定します」
「第四に」
ローデンの声がさらに硬くなる。
「他者を傷つける意図で暴食を使用しないこと」
敵の魔力攻撃を消す。
呪いを取り除く。
放出済みの魔力を奪い、攻撃を止める。
それは許可の対象になり得る。
生きた人間そのものへ暴食を向けることは認められない。
「封魔具はどうしますか」
バルト先生が尋ねる。
「外しません。許可された訓練時のみ、学院と貴族院の二重認証で監視設定へ調整します」
「無効化するのですか」
「いいえ。許可された出力量を超えた場合は作動します。使用量、対象、時間はすべて記録します」
封魔具は消えない。
使うことを許されても、境界を越えれば左腕を焼く。
「条件違反時の処遇は?」
査問使の問いに、ローデンは僕を見た。
「無断使用。監視を避けた使用。他者を傷つける意図での使用。人間を捕食対象とした使用」
一つずつ読み上げる。
「いずれかが確認された場合、学院長の監督による猶予を即時終了します。処分は貴族院管理施設への移送、または即時処刑です」
ティアナたちのいない査問室が、急に広く感じられた。
「敵に強制された場合は?」
セレネ先生が尋ねる。
「本人の意思によらない強制発動は、無断使用と同一には扱いません。ただし、即時再査問とします」
学院長は長い間、条件書を読んでいた。
「国家の戦力となる可能性だけを理由に、生徒へ使用を強制することは認めません」
「記録します」
「訓練には本人の同意を必要とする。監督者が危険と判断した時点で中止。暴食の捕食対象は一つ、時間は一呼吸から始める」
「異論ありません」
「アルト・ロウェル」
学院長が僕を見た。
「君はどうしますか」
使わなければ、安全だと思われるかもしれない。
けれど、眷属は僕の意思に関係なく暴食を開かせた。
次も同じことが起きた時、何も知らないままでは守れない。
「条件を受け入れます」
「国家の戦力になるために?」
「それだけではありません」
僕は左腕の封魔具へ触れた。
「使わないまま、また誰かに開かされる方が怖いです。制御できるようになるために、具体的な記録が必要です」
完全制御できるとは言わない。
次も成功するとも約束できない。
「誰かを傷つけるためには使いません。異変を感じたら隠さず申告します。許可なく使うこともしません」
「条件を破れば、猶予は終わります」
「分かっています」
学院長が条件書へ署名した。
続いて査問使、ローデン、バルト先生が確認の署名を残す。
僕の前にも書類が置かれた。
そこに名前を書けば、暴食はただ禁じられる力ではなくなる。
同時に、一度でも条件を破れば僕を処刑台へ戻す契約になる。
僕はペンを取り、アルト・ロウェルと記した。
聴取を終えて部屋を出ると、三人が待っていた。
「どうなったの?」
ティアナに尋ねられ、僕は条件を説明した。
「使用が認められた。ただし、事前許可と監視がある時だけ。捕食対象も切り離された魔力や呪いに限られる」
「勝手に使ったら?」
「移送か処刑」
三人の表情が硬くなる。
「許可されたからといって、制御できたことにはならない」
フィアが言った。
「うん」
「次の訓練でも、対象が少しでも逸れたら止める」
「お願いするよ」
レグルスは腕を組み、僕の封魔具を見た。
「国家の戦力という評価に浮かれるな。今認められたのは力ではなく、実験する価値だけだ」
「分かってる」
「なら、まずは条件を一つずつ記録に変える。四人でな」
無条件の自由ではない。
無条件の信頼でもない。
それでも、ただ恐れて封じるだけだった暴食と向き合う道が、初めて制度の中へ作られた。
暴食は、使ってはならない力から、条件の中で使い方を証明する力へ変わった――そして条件を一つでも破れば、その先に待つのは処刑か移送だった。
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