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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第55話 処刑決議



 封魔具を嵌められた翌日、僕は三人とともに査問室へ入った。


 黒銀の三本の輪が左腕を圧迫している。


 暴食は使っていない。封魔具も作動していない。それでも、紋章の上を覆う冷たい重さは、僕の置かれた立場を忘れさせてくれなかった。


 右脚の痺れも残っている。


 僕が中央の椅子へ腰を下ろすと、ティアナ、フィア、レグルスが証言者用の席へ並んだ。


 正面には学院長、バルト先生、セレネ先生、ローデン。


 その向かいには貴族院査問使と記録官、複数の評議員が座っていた。


 ユリウスは昨日と同じく、貴族側の席にいる。


「本日は、三名の正式証言に先立ち、新たに復元された記録を確認します」


 ローデンが、布に包まれた小さな結晶を卓上へ置いた。


 灰色に濁り、表面の半分ほどが欠けている。


「封印区画に設置されていた保守用の記録結晶です。通信遮断中も、内部で音声のみを保存していました」


「完全な記録なのですか」


 ユリウスが尋ねる。


「いいえ。黒い術式の干渉によって大部分が欠損しています。復元できたのは、ごく短い音声だけです」


 セレネ先生が結晶へ視線を落とした。


「回収時から二重封印されています。音声の継ぎ足しや改変が行われた形跡はありません。ただし、映像は残っていません」


 ローデンが結晶の脇へ認証板を置いた。


「再生します」


 低い雑音が査問室へ広がった。


 石が砕ける音。


 誰かの荒い息。


 細剣に流れた雷が弾ける音まで、遠くに混じっている。


 僕はあの暗い区画へ引き戻されたような錯覚を覚えた。


 左腕の紋章が、封魔具の下で疼く。


 けれど、黒い魔力は外へ出ていない。


 封魔具も沈黙したままだ。


 やがて、獣じみた声が雑音の底から浮かび上がった。


『ベルゼバスの器よ。口を開け。すべてを喰らえ』


 短い音声だった。


 それでも、その一言が消えたあと、誰もすぐには口を開かなかった。


 あの眷属は、僕が知らなかったベルゼバスの名を知っていた。


 そして僕を、アルトではなく器と呼んだ。


「この音声は、眷属がアルト・ロウェルを『ベルゼバスの器』と認識していた証拠です」


 ローデンが静かに告げた。


「第51話相当時点で確認された黒い通信の呼称とも一致します。眷属がアルト・ロウェルへ暴食を開かせ、すべてを喰わせようとしたことも疑いありません」


 貴族院側の空気が硬くなる。


「ただし」


 ローデンはそこで言葉を切った。


「アルト・ロウェルがその呼称を受け入れた証拠ではありません。完全覚醒や身体支配を示す証拠でもない。危険性を判断する資料にはなりますが、人間を喰った証拠にはなりません」


「それでも、眷属が契約者を認識していた事実は変わらない」


 評議員の一人が言った。


 怒鳴り声ではなかった。


 むしろ、迷いを断ち切ろうとするような硬い声だった。


「封魔具はベルゼバスを封じていない。契約解除の方法もなく、契約者自身が完全制御できないと認めている。カルトも既に器の存在を知っている可能性が高い」


 その人物は、卓上に置かれた四枚の札を見た。


 保護。


 拘束。


 追放。


 処刑。


「完全覚醒を待つ理由はありません。即時処刑を正式な選択肢として決議すべきです」


 処刑の札が、卓の中央へ押し出された。


 喉の奥が冷たくなる。


 けれど、僕は俯かなかった。


「アルト・ロウェル。発言を認めます」


 学院長に促され、僕は立ち上がった。


 右脚に鈍い痺れが走る。卓へ指を添え、身体を支えた。


「眷属にそう呼ばれたことは否定しません」


 声が震えないよう、一度だけ息を吸う。


「でも、その声に従って仲間を喰ったこともありません」


「喰わなかったのは、三人に止められたからでは?」


「はい。それも事実です」


 否定してはいけない。


 三人がいなければ、僕は止まれなかったかもしれない。


「僕が完全に安全だとは言いません。あの時、僕一人では暴食を閉じられませんでした」


 左腕の封魔具が重い。


「だから、危険性と、実際に僕が何をしたかを、両方確認してください」


「次に、ティアナ・アーヴェルの証言を記録します」


 ティアナが席を立った。


 拳は固く握られていたが、魔力を放つことはなかった。


「アルトの左手は、一度、私へ向きました」


 査問室へペンの音が響く。


「私は怖かったです。あのまま触れられたら、何が起きたかも分かりません」


 ティアナはその事実を隠さなかった。


「でも、アルトの手は私へ触れていません。私の魔力も喰われていません。私たち三人で止めたあと、アルトは私たちを捕食対象から外しました。救助対象だった三人もです」


「それは本人の申告では?」


「私たちは、そのあとの限定捕食を一番近くで見ています。アルトが喰ったのは、印を付けて眷属から切り離した魔力だけでした」


 ティアナは処刑の札を真っ直ぐに見た。


「危険だった事実を消してほしいとは言いません。でも、ミナを救った記録と、三人を連れて帰った記録も同じ場所で審理してください」


 明るい声ではなかった。


 それでも、言葉は揺らがなかった。


「喰おうとしかけたことだけを残して、喰わないと選び直した事実を消さないでください」


 次にフィアが立った。


「私は、ミナから魂蝕の呪いが吸収された瞬間を見ています」


「魂そのものではないと断定できますか」


「処置後もミナの魂と肉体は残り、回復しました。アルトが魂蝕の攻撃能力を使った事実もありません。私が証言できるのは、そこまでです」


 見ていないことを、見たとは言わない。


 フィアらしい、短く正確な証言だった。


「封印区画では、アルト一人で安全な捕食はできませんでした。ティアナが敵魔力へ印を付け、私が接続線を断ち、レグルスが道を作った。その条件が揃って、アルトは切り離された敵魔力だけを喰いました」


「つまり、三人がいなければ再現できない?」


「はい」


 フィアは迷わず認めた。


「だからこそ、アルトを三人から引き離す措置が安全だとは思いません」


「現時点で、移送は議題になっていません」


 査問使の言葉に、フィアは視線を逸らさなかった。


「学院の機密は既に外へ漏れています。拘束や処刑の前に、学院から身柄を移す案が出ると考えるのは自然です」


 何人かの評議員が僅かに表情を変えた。


「移送経路が漏れれば、カルトへアルトを差し出すことになります」


「護衛を付けます」


「封魔具は、アルトの意思で使ったかどうかを判別しません」


 フィアの視線が僕の左腕へ向いた。


「移送途中で暴食を強制されたら、焼かれるのはアルトの左腕です。暴食が必ず止まる保証もない。狭い移送車内なら、護衛も巻き込まれます」


 脅しではない。


 既に確認されている封魔具の欠点だった。


 続いてレグルスが証言台へ立つ。


「三人が必要だったことは、アルトの危険性を示す事実です」


 貴族の家に生まれた彼は、査問の空気に呑まれていなかった。


「同時に、僕たち三人が停止と対象分離へ有効だったという記録でもあります」


「君たちが次も止められる保証はない」


「ありません。ですが、移送先の設備が暴食へ有効だという保証もないはずです」


 レグルスは淡々と返した。


「確認済みの条件から引き離すことが、安全性を高めるとは限りません」


「音声記録について、貴族側の生徒として意見を求めます」


 査問使がユリウスへ目を向けた。


 ユリウスは椅子に座ったまま、復元された記録結晶を見た。


「重要な証拠でしょう。敵がアルト・ロウェルを特別な対象として認識していたことは否定できません」


 そこで一度、処刑の札へ視線を移す。


「しかし、敵が『器』と呼んだことは、アルトが人間を喰った証拠ではありません」


「災害を防ぐために、犯罪の成立を待つ必要はない」


「ならば予防措置としての根拠を揃えるべきです」


 ユリウスの口調は崩れない。


「処刑を求めるなら、アルトを殺せばベルゼバスも消える根拠を提示してください。取り返しのつかない処分を、敵の一言だけで決めるべきではありません」


 即時処刑への賛同は、広がらなかった。


 けれど、処刑の札が卓から下げられることもなかった。


 その時、別の評議員が新しい文書を差し出した。


「最終処分の決定まで、契約者を貴族院管理下の封魔施設へ移送することを提案します」


 心臓が強く鳴った。


「これは処刑でも追放でもない。学院と王都の生徒を危険から離し、外部との接触と魔法使用を制限する暫定措置です」


 処刑派にとっては、僕を確実に管理下へ置ける。


 拘束派にとっては、学院より厳しい設備へ収容できる。


 追放派にとっては、王都から危険を遠ざける第一歩になる。


 保護派の一部にとっても、カルトの襲撃から僕を隔離する案に見える。


「待ってください」


 ティアナが再び発言を求めた。


「救命の記録も、私たちの証言も、今ようやく提出されたばかりです。内容を確認する前に身柄だけ移すのは、順序が逆です」


「学院内部から情報が漏れた以上、ここが安全とも言えない」


「だから移送経路なら安全だとはなりません」


 フィアが続けた。


「誰が情報を漏らしたか分からないまま計画を作れば、その計画も同じ相手へ届きます」


「移送の詳細は限られた者だけで管理します」


「非公開聴取の内容も、限られた者しか知らなかったはずです」


 査問使は答えなかった。


 セレネ先生も、否定できないまま記録を見つめている。


「暫定採決に入ります」


 学院長の声が響いた。


 まだ学院としての最終意見は示されなかった。


 記録官が一枚ずつ、賛否の札を数えていく。


 処刑派が賛成へ回った。


 拘束派も賛成した。


 追放派の一部が続き、保護派からも一枚の札が動いた。


 否決には届かない。


 成立にも、まだ届かない。


 僕の身柄を学院から切り離すために必要な札は、残り一枚だった。


 学院から僕を移送する決議は、あと一票で成立するところまで来ていた。

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