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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第54話 魔神契約者

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



 翌日、僕は再び査問室の中央に立っていた。


 右脚にはまだ痺れが残っている。長く立っていると膝が震えるため、目の前の検査台へ右手を置いた。


 その台の上には、見慣れない黒銀色の魔導具が置かれていた。


 三本の輪を一本の細い板で繋いだ、腕輪に近い形だ。


「先に、貴族院の現状をお伝えします」


 貴族院査問使が静かに告げた。


「昨日の査問を受けても、意見はまとまりませんでした。保護、拘束、追放、処刑。四案のいずれも過半数へ届いていません」


 学院で守るべきだと考える者がいる。


 制御法が確立するまで拘束すべきだと考える者もいる。


 僕を王都から遠ざけることで、住民への危険を減らそうとする者もいる。


 そして、ベルゼバスが完全に目覚める前に僕を殺すべきだという者も。


「保護派は、あなたが人命を救った事実を重く見ています。拘束派は、善意だけでは暴走を防げないと主張しています。追放派が懸念するのは、あなたを狙う者によって王都が戦場になることです」


 査問使の視線が僕へ向けられた。


「処刑派は、前例のない魔神契約者を生かしておく危険を訴えています。ただし、あなたを殺せばベルゼバスも消滅するという証拠はありません」


 四つの案は、どれも僕一人のことだけを見てはいない。


 学院の生徒。


 王都で暮らす人々。


 僕を狙っているかもしれないカルト。


 まだ分かっていないベルゼバスの力。


 怖いから殺す、という単純な話ではなかった。


 だからこそ、僕には反論しにくかった。


「結論が出るまでの暫定措置として、貴族院は封魔具の装着を求めます」


 示されたのは、検査台の上の黒銀色の腕輪だった。


「封魔具、ですか」


「既存の禁呪使用者や、魔神の魔力に汚染された者へ用いる器具を調整したものです」


 答えたのはローデンだった。


「先に明言します。これは暴食専用に作られた完成品ではありません。契約を解除することも、ベルゼバスを消滅させることもできない。左腕の紋章も残ります」


「では、何を封じるのですか」


 貴族側の席にいたユリウスが尋ねた。


 ローデンは腕輪の中央にある細い板を指で示した。


「紋章から外へ流れる魔力を監視します。暴食と同質の黒い魔力が設定値を超えた場合、逆向きの魔力を契約者の魔力経路へ流します」


 僕は無意識に左腕を押さえた。


「逆流によって左腕の魔力経路を内側から加熱し、激痛で集中を乱す。短時間なら暴食の中断を促せる可能性があります」


「可能性?」


「暴食そのものを封じるわけではありません。必ず止められるという保証はないからです」


 ローデンの説明に、ごまかしはなかった。


「長時間、あるいは繰り返し作動すれば?」


 ユリウスが重ねて問う。


「魔力経路へ回復困難な損傷が残る可能性があります」


 査問室の空気が一段冷えた気がした。


 封じるための道具ではない。


 暴食を使った僕の左腕を焼き、痛みで止めるための道具だ。


『鎖か』


 頭の奥で、獣じみた声が低く笑った。


『喰えばよい』


 僕は返事をしなかった。


 暴食を開くつもりもない。


「これは封じる道具ではなく、使った者を壊して止める道具ではありませんか」


 ユリウスの声は鋭かったが、感情的ではなかった。


「カルトに強制された場合でも、焼かれるのはアルトの左腕でしょう」


「その通りです」


 ローデンは否定しなかった。


「封魔具は使用理由を判別できません。本人の意思でも、他者による強制でも、誰かを守るための使用でも作動します」


「それを安全装置と呼ぶのですか」


「完全な安全装置だとは申していません。何も装着しない場合より、被害を抑えられる可能性がある暫定措置です」


「可能性のために、本人へ回復困難な損傷を負わせる?」


「暴食が他者へ向いた場合に生じる被害との比較です」


 ユリウスとローデンの視線がぶつかる。


 どちらも僕を無条件に信じてはいない。


 けれど、どちらも声を荒らげなかった。


「装着前の状態を確認する」


 バルト先生が僕の左へ立った。


 包帯を外すと、空気に触れた黒い紋章が鈍く疼く。


 バルト先生は細い計測具を当て、魔力経路の炎症と痛みの位置を一つずつ記録した。


「現時点で暴食と同質の魔力流出はない。紋章にも変化なし」


「認証記録は通常の学院回線から切り離してください」


 セレネ先生が言った。


「私の認証が複製された前例があります。装着記録、調整記録、作動履歴は、それぞれ別の物理記録にも残すべきです」


 自分の過去の判断を正当化する口調ではなかった。


 学院長が頷く。


「認める。学院と貴族院の二重認証とし、片方だけでは調整も解除もできないものとする」


「待ってください」


 ユリウスが口を挟んだ。


「暫定措置というなら、終わる条件を記録してください。期限も解除条件もない拘束は、暫定とは呼びません」


 貴族院査問使が記録官へ目を向けた。


「具体的に何を求めますか」


「装着期間、解除条件、調整権限、作動履歴、左腕へ生じた損傷。そして敵に強制発動された場合、その損傷をアルト本人の責任へ転嫁しないことです」


「妥当です」


 ローデンが答えた。


「ただし、現段階で解除日を決めることはできません」


「ならば、再審査の条件を明記してください」


 ユリウスは僕を見なかった。


 彼が守ろうとしているのは、昨日と同じく手続だった。


 それでも、その言葉がなければ、この腕輪はいつ外れるかも分からない鎖になっていた。


「装着します」


 担当者が封魔具を持ち上げた。


 僕は左腕を検査台へ乗せた。


 三本の黒銀の輪が、黒い紋章を覆う位置へ置かれる。


 一つ目の輪が手首近くで閉じた。


 冷たさと圧迫感が走る。


 二つ目が紋章の中央を覆い、三つ目が肘に近い場所で固定された。


 学院側の銀色の認証光が細い板へ刻まれる。


 続いて、貴族院側の白い光が重なった。


 かちり、と小さな音がした。


 冷たかった金属が、一瞬だけ熱を持つ。


「痛みは?」


 バルト先生に問われ、僕は指を曲げ伸ばしした。


「圧迫されています。少し熱いです。でも、焼けるような痛みではありません」


「魔力経路に逆流なし。封魔具は作動していない」


 バルト先生が確認する。


「作動試験は行わない」


 学院長がはっきり告げた。


「暴食を意図的に使わせ、安全性を確かめる行為を禁ずる」


 安堵するより先に、査問使から問いが飛んだ。


「アルト・ロウェル。あなたは今、自分を安全だと言えますか」


 左腕へ嵌められた黒銀の輪が重い。


 ここで安全だと言い切れば、楽だったかもしれない。


 けれど、それは嘘だ。


「僕は暴食を完全には制御できていません」


 査問室の全員が僕を見ている。


「三人がいなければ、あの時に止まれたとは言えません」


「では、再び同じ状況になれば、仲間を襲う可能性があると?」


「ないとは言えません」


 喉が乾く。


 それでも僕は、目を逸らさなかった。


「それでも、僕は仲間を喰っていません」


「結果として喰わなかっただけでは?」


「違います」


 すぐに答えた。


「僕一人で止めたとは言いません。三人に止めてもらいました」


 ティアナが根で敵と味方を分けた。


 フィアが接続線を断った。


 レグルスが一本道を作った。


 三人の声がなければ、僕は自分が誰なのかさえ見失っていたかもしれない。


「止めてもらったあと、誰を喰わないかは僕が選び直しました」


 僕は左腕の封魔具へ視線を落とした。


「ティアナと、フィアと、レグルス。行方不明だった三人も、捕食対象から外しました。散った魔力や接続線も外して、最後に敵だけを選びました」


「その選択を、次も必ず行えますか」


 ローデンの質問に、僕は首を横へ振った。


「保証はできません」


「正直な回答です」


 ローデンは淡々と言った。


「仲間を喰わなかったことは記録すべき事実です。しかし、意思が残っていることと、その意思が必ず勝つことは同じではありません」


「分かっています」


「封魔具は君を罰するためではなく、意思が負けた時の被害を減らすための暫定措置です。君の意思を無価値と判断したものではありません」


 ローデンがそう考えていることは分かった。


 それでも、暴食を開けば焼かれるのは僕の腕だ。


 保護派は、僕が対象を選び直した事実を重く見る。


 拘束派は、次も成功する保証がないことを重く見る。


 追放派は、僕を狙うカルトによって王都が危険にさらされると考える。


 処刑派は、最悪の事態が起こる前の排除を求める。


 同じ事実を見ても、出される答えは四つに割れていた。


「条件を定める」


 学院長が口を開いた。


「封魔具の装着は暫定的に認める。ただし、暴食を用いた実地試験は禁止する。左腕の魔力経路は毎日検査し、作動履歴は改変できない物理記録へ保存すること」


 記録官のペンが走る。


「調整には学院と貴族院双方の承認を必要とする。重大な損傷が確認された場合、装着継続を再審査する。敵による強制発動が疑われる場合、その結果を契約者本人の責任とは自動的に認定しない」


「解除については?」


 ユリウスが問う。


「ティアナ、フィア、レグルスの証言と非破壊検査の結果が揃った時点で、継続の必要性を再審査する」


 無期限ではない。


 けれど、外れると決まったわけでもない。


「四案については引き続き保留する」


 学院長の言葉で、その日の査問は終わった。


 扉の外には三人が待っていた。


 ティアナは僕の左腕を見ると、すぐに駆け寄りかけ、封魔具へ触れる直前で手を止めた。


「痛む?」


「今は、少し熱いだけだよ」


「今は、ってことは……」


「暴食を使えば、逆流が起きる。左腕の魔力経路を焼いて、痛みで止める仕組みらしい」


 ティアナの顔から明るさが消えた。


「それ、封じてないじゃない。アルトを傷つけるだけでしょ」


「理由は判別しないの?」


 フィアが封魔具の三本の輪を見つめる。


「カルトに無理やり使わされた場合も?」


「作動する」


 フィアの右手が僅かに握られた。


 それでも、彼女は細剣へ手を伸ばさなかった。


「解除条件は決まっているのか」


 レグルスが問う。


「三人の証言と検査結果が揃ったあと、再審査する。毎日の検査と、作動履歴の保存も条件に入った」


「再審査か。解除とは書かなかったわけだな」


 厳しい指摘だった。


 だが、レグルスも封魔具を壊そうとはしなかった。


「なら、次は僕たちの番だ。危険だったことも、君が対象を選び直したことも、両方を証言する」


「うん。私たちが止めたことも、そのあとアルトが自分で選んだことも、全部話す」


 ティアナが頷く。


「どちらかだけを切り取らせない」


 フィアも静かに続けた。


 三人は、封魔具を見ても僕から離れなかった。


 だから僕も、左腕を隠さなかった。


「ありがとう。僕も、危険じゃないふりはしない」


 黒銀の輪の下で、紋章が鈍く疼いた。


 それは暴食を消す鎖ではない。


 僕の意思が負けた時、僕自身を傷つけて止めようとする鎖だ。


 左腕には一つの封魔具が嵌められた。それでも、僕を守るのか、閉じ込めるのか、追い出すのか、殺すのか――貴族院の答えは四つに割れたままだった。

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