第53話 貴族院査問
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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翌朝、貴族院の紋章を掲げた馬車が学院の正門をくぐった。
医務室の窓から見えたのは、馬車が一台と護衛が四人。それに書類箱を抱えた記録官だけだった。
学院を制圧するような人数ではない。
それでも、門の周囲にいた生徒たちは足を止めていた。
「一般生徒には、臨時査察とだけ伝えてあるよ」
ティアナが窓の隣に立つ。
「でも、みんな気づくよね。昨日の今日だもん」
「噂までは止められない」
レグルスは冷静に答えたが、その表情は険しい。
フィアは僕の左腕を見た。
「また呼ばれる」
その予想はすぐに当たった。
医務室の扉が開き、バルト教師が入ってくる。
「アルト。貴族院から緊急査問の要求が出た」
「僕を連れていくんですか?」
「王都外へ移送する話ではない。査問は学院内で行う」
少しだけ息を吐く。
だが、安心できる状況ではなかった。
「三人の証言は?」
「まだだ。今日は貴族院が持ち込んだ文書の確認が先になる」
僕は立ち上がり、痺れの残る右脚へゆっくり体重を乗せた。
左腕も痛む。
それでも、歩けないほどではない。
昨日と同じ会議室へ向かうと、扉の前で三人が止められた。
「ここで待ってる」
ティアナが言う。
「終わったら、全部じゃなくていいから教えて」
「うん」
僕は一人で扉をくぐった。
会議室の配置は昨日と変わっていた。
学院長たちの向かい側に、貴族院の査問使と記録官が座っている。
セレネ教師の背後には、変わらず監視役が立っていた。ローデン評議官も学院側の席にいる。
そして、貴族院側の末席にはユリウスがいた。
「どうしてユリウスが?」
「クラウゼル家の嫡男であり、学院に在籍する貴族生徒だからだ」
ユリウス本人が答える。
「封印区画の外側で防衛にも参加した。投票権はないが、状況について発言を求められている」
態度はいつもどおり尊大だった。
僕を安心させるためにいるわけではなさそうだ。
「全員揃いましたので、緊急査問を開始します」
査問使は声を荒らげることなく、一通の文書を机へ置いた。
「昨日、貴族院へ匿名で届けられたものです」
記録官が写しを配る。
そこには僕の名前と、昨日話した内容が並んでいた。
魔神ベルゼバスとの契約。
暴食。
制御できていない力。
仲間の体内魔力を食べ物として認識したこと。
ベルゼバスが七体の魔神の一角であること。
前例のない魔神契約者。
そして最後に、黒い通信から復元された言葉が記されていた。
――暴食の器が目覚めた。
「記載された情報に誤りはありますか」
「書かれていることだけなら、大きな間違いはありません」
僕は文書をめくった。
「でも、書かれていないことがあります」
「具体的に」
「僕は人間の魂を喰っていません。仲間の魔力も、救出した三人の魔力も喰っていません」
その記録はどこにもない。
「ミナから吸収したのも魂蝕の呪いだけです。眷属を倒した時も、僕一人で暴食を制御したわけではありません」
「匿名文書には、救出された三名についての記載もありません」
バルト教師が正式な任務記録を机へ出した。
「アルトを含む四名は、眷属を撃破した後、行方不明者三名を生存状態で連れ帰っています」
査問使は二つの文書を見比べた。
「虚偽ではないが、危険性に関わる情報だけを抜き出している」
ローデンが静かに言った。
「意図的な編集と見るべきでしょう」
「その可能性は認めます」
査問使は文書を閉じた。
「しかし、抜けている功績を加えても、危険性そのものが消えるわけではありません」
「否定はしていません」
僕が答えると、査問使の視線が向いた。
「ならば理解しているでしょう。暴食の魔神契約者を、学院生であるという理由だけで王都へ置き続けることはできません」
静かな声だった。
だからこそ、言葉の重さがそのまま伝わってくる。
「問題は少年の人格だけではありません。君自身が暴走しなくても、君を狙う者が王都を戦場にする可能性があります」
王都には学院だけでなく、数え切れないほどの人が暮らしている。
カルトが僕を狙っているのなら、その人たちまで巻き込むかもしれない。
「彼を狙う者が王都へ何を持ち込むかも含めて判断する必要があります」
何も言い返せなかった。
それは僕が善人かどうかとは別の問題だった。
「現在、貴族院と学院上層部では四つの案が出ています」
査問使が記録官へ合図する。
机の上へ四枚の札が並べられた。
保護。
拘束。
追放。
処刑。
最後の二文字を見た瞬間、左腕が冷たくなった。
「保護案は、アルト・ロウェルを学院管理下へ残し、護衛と監視を付けるものです」
仲間の補助を受けながら、暴食の制御方法を探す。
ただし、学院と王都がカルトの攻撃対象になる。
「拘束案は、魔法使用と外部接触を制限できる設備へ収容するものです」
暴走と誘拐を防ぐ。
けれど、前例のない暴食を本当に封じられるかは分からない。期限も定められていなかった。
「追放案は、王都から遠く、人口の少ない地域へ移すものです」
王都への被害は減らせる。
その代わり、学院の保護を失った僕がカルトへ奪われる危険は増す。
「処刑案は、ベルゼバスが完全に目覚める前に契約者を排除するものです」
その言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
「ただし、契約者の死亡によってベルゼバスも消滅するという証拠はありません。また、アルト・ロウェルが人間を害した事実も、現時点では確認されていません」
査問使は四案を公平に読み上げた。
処刑を望んで来たわけではない。
それでも、その札が選択肢として置かれている。
「アルト・ロウェル。意見はありますか」
「危険がないとは言えません」
僕は左腕を押さえた。
「カルトに狙われている可能性も、暴食を完全制御できていないことも事実です。でも、僕は人間の魂も魔力も喰っていません」
「残留が当然の権利だと主張しますか」
「いいえ。学院や王都を危険に巻き込みたいわけではありません」
それでも、自分を殺してほしいとは言わない。
一人で王都を出ていくとも言わない。
「匿名文書だけではなく、正式な記録と、ティアナたちの証言を確認してから判断してください」
「危険が現実になるまで待てと?」
「そうでは――」
「発言をよろしいでしょうか」
ユリウスの声が割って入った。
査問使が頷く。
ユリウスは席を立たず、配られた匿名文書を指先で叩いた。
「僕はアルト・ロウェルを庇うために出席したのではありません」
真っ直ぐ査問使を見る。
「彼が絶対に安全だと証言するつもりもない。制御不能だと証明されたなら、僕も拘束へ賛成します」
「では、何を問題としているのですか」
「処分を求めるなら、証拠と法的手続を揃えてください」
ユリウスの声に迷いはなかった。
「この匿名文書は危険な事実だけを抜き出している。人間を喰った証拠はない。一方で、人間を救った正式記録はある」
「功績が危険性を打ち消すとは限りません」
「当然です。だから両方を調べるべきだと言っています」
ユリウスは「目覚めた」と書かれた箇所を示した。
「これは敵が送った言葉でしょう」
「通信記録には、そう残されています」
セレネ教師が答える。
「ただし、学院側が完全覚醒を認定した記録ではありません」
「ならば、敵が送った『目覚めた』という一文を、学院の判定へすり替えるべきではありません」
査問使は反論せず、記録官へその発言を書かせた。
「危険性があることと、すでに罪を犯したことは別です」
「今回の査問は犯罪への処罰だけを扱うものではない」
ローデンが口を開いた。
「災害を予防するための措置も必要です。事故が起きたあとに証拠を揃えても、失われた命は戻らない」
「予防の必要性は否定していません」
ユリウスが即座に返す。
「ただし、危険という一語だけで無期限の拘束を認めることもできない。拘束を求めるなら、期間と解除条件、検査内容を明示すべきです」
「現段階で保護だけでは不十分だという判断には合理性があります」
「ならば、なぜ追放や処刑でなければならないのかも示してください」
短い言葉が重なる。
怒鳴り合ってはいない。
どちらも、僕の人格だけを話しているのではなかった。
「特に処刑案です」
ユリウスは四枚目の札を見る。
「不可逆な処分を求めるなら、保護や拘束では防げない根拠が必要です。加えて、アルト・ロウェルを殺せばベルゼバスも消えるという証明も」
「その証明は、現時点では存在しません」
ローデンが認める。
「なら、今ここで決める案ではない」
ユリウスはそう言い切った。
学院長が片手を上げ、議論を止める。
「四案の決定は保留する」
全員の視線が学院長へ集まった。
「正式な非公開聴取記録、ミナの治療記録、眷属戦と救出任務の記録を確認する。ティアナ、フィア、レグルスの証言も必要だ」
さらに、紋章への非破壊検査。
匿名文書と正式記録の比較。
契約者の死亡によってベルゼバスも消えるという根拠の有無。
「それらが揃うまで、不可逆な処分は認めない」
「貴族院の査問は継続します」
査問使が告げる。
「アルト・ロウェルは学院の管理下へ。単独行動、暴食の使用、学院外への無断移動の禁止も継続してください」
「認める」
学院長が頷いた。
四枚の札は、机の上に残された。
どれも裏返されていない。
査問が終わり、僕は廊下へ出た。
ユリウスも少し遅れて会議室から出てくる。
「ユリウス」
「何だ」
「ありがとう」
彼は露骨に眉をひそめた。
「勘違いするな。君が安全だと証言したわけではない」
「分かってる」
「証拠も手続もない処分を認めれば、次は誰にでも同じことができる。貴族が守るべき秩序を、自分たちの都合で崩すつもりはないだけだ」
尊大な口調は変わらない。
「君が本当に制御不能なら、その時は僕も拘束へ賛成する」
「うん。それも分かってる」
「なら礼は不要だ。次の証拠で、自分の価値を示せ」
ユリウスはそれだけ言い、僕の横を通り過ぎた。
僕の無罪が決まったわけではない。
四枚の札も消えていない。
ただ、匿名の一枚だけで僕の命を決めることは止まった。
ユリウスが守ったのは僕ではない。証拠も手続もないまま、僕の名が『処刑』の札へ置かれることを止めただけだった。
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