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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第52話 暴食の名



 翌朝、僕は医務室を出た。


 右脚にはまだ痺れが残っている。一歩ごとに靴底の感覚が薄れ、左腕も包帯の下で鈍く痛んだ。


 急げる身体ではない。


 それでも、今日ばかりは誰かに運んでもらいたくなかった。


「無理してない?」


 左側を歩くティアナが、僕の足元を気にしている。


「歩ける範囲だよ。痛みも昨日と同じ」


「ならいいけど、戻る時は分からないからね」


「その時は言うよ」


「うん。隠さなければ合格」


 右側にはフィアがいる。その少し後ろを、肩に包帯を巻いたレグルスが歩いていた。


 三人とも、聴取室の前まで来てくれた。


 重い扉の左右には銀色の封印線が走り、通信石や魔法鏡の持ち込みを禁じる札が掛けられている。


「ここからは僕だけだね」


「話すなら、一人で背負わないで」


 ティアナが昨日と同じ言葉を繰り返した。


「会議室に入れないだけ。ここにはいるから」


 フィアは僕の左腕を一度見てから、顔へ視線を戻す。


「自分の言葉で話して」


「うん」


 レグルスは壁へ背を預けた。


「敵が付けた『器』という呼び名だけで、君を決めさせるな。危険だった事実も、僕たちを救った事実も、どちらも君のものだ」


「分かってる」


 本当は、まだ怖かった。


 けれど、扉の外に三人がいる。


 それを確かめてから、僕は聴取室へ入った。


 中央には細長い机が一つ。


 正面に学院長が座り、その左右にバルト教師と学院上層部の担当者たちが並んでいる。


 セレネ教師の席は少し離されていた。背後には監視役が立っている。


 そして学院長の右隣に、見覚えのない男性がいた。


 整えられた灰色の髪。机の上には薄い資料が一冊だけ置かれている。僕を見る目に親しさはないが、露骨な敵意もなかった。


「アルト・ロウェル。着席しなさい」


 学院長に促され、僕は椅子へ腰を下ろした。


「始める前に確認しておく。これは有罪判決を出す裁判ではない。昨日起きた報告を受け、事実を確認するための非公開聴取だ」


 学院長の声は静かだった。


「ただし、虚偽や重大な隠蔽が判明すれば、学院内部だけで扱うことは難しくなる。分からないことは、分からないと答えなさい」


「はい」


「こちらは学院評議官のローデン。学院上層部を代表し、安全性と今後の対応を確認する」


「ローデンだ」


 評議官は軽く頭を下げた。


「先に言っておこう。君が行方不明者三名の救出へ貢献した事実を否定するつもりはない。その上で、他の生徒の安全について質問する」


「分かりました」


 机の端には、白紙の記録帳が一冊置かれている。


 通信魔導具は見当たらない。


 書記役が筆を取ると、学院長が僕を見た。


「アルト。昨日決めたとおり、自分の言葉で話しなさい」


「はい」


 僕は左手の手袋を外した。


 包帯をほどく指が、少し震えていた。


 一周。


 二周。


 白い布の下から、黒い紋章が現れる。


 肘近くまで広がっていた黒は退いている。それでも、手の甲から前腕へ絡みつく形は消えていない。


 室内の空気が張り詰めた。


 紋章は動かない。


 黒い魔力も漏れていない。


「僕が契約している魔神の名は、ベルゼバスです」


 自分の声が、やけに大きく聞こえた。


「この力を、ベルゼバスは暴食と呼んでいます」


 頭の奥で、獣が喉を鳴らした。


 けれど声にはならない。


 ローデンは表情を変えず、僕の左腕を確認した。


「契約の成立条件は?」


「すべては分かりません。僕が把握している契約の全容も、ベルゼバスの目的も不明です」


「では、確認できている能力だけを」


「暴食は、放出されて本体から離れた魔力を吸収できます。術者から放たれた魔法、魔導具から発射された魔力、魔物の身体から外へ漏れた魔力です」


 僕は一度、息を整えた。


「対象から分離できていれば、呪いも吸収できます。ミナを救った時に喰ったのは、魂に食いついていた魂蝕の呪いだけです」


「魂そのものではないと?」


「はい。人間の魂は、一度も喰っていません」


 今度は、はっきりと言った。


「ミナの肉体も、記憶も、能力も吸収していません。魂蝕の攻撃能力も得ていません」


 書記の筆が紙の上を走る。


「吸収した魔力はどうなる」


「一部は消化されます。前回は、消化された敵の魔力をごく少しだけ、無属性の通常魔力として使えました」


「敵の能力を再現したのか?」


「違います。敵の属性も術式も残っていませんでした。変換効率も低くて、僕の魔力経路へ流せる量以上は使えません」


 バルト教師が記録を開いた。


「第48話相当の戦闘記録と一致する。アルトが使用したのは既存の第一階位魔法と《閃駆》のみだ。眷属固有の術式は確認されていない」


 ローデンが頷く。


「制御は?」


「完全にはできません」


 言葉にした瞬間、何人かの視線が鋭くなった。


「一つを、一呼吸だけ喰うように限定しています。ただ、眷属との戦いでは、それだけでは足りませんでした」


「第47話相当の限定捕食ですね」


 セレネ教師が確認する。


「はい。ティアナが敵の魔力へ印を付けて、フィアが接続を切って、レグルスが道を作ってくれました。三人が対象を一つへ絞ってくれたから、僕は喰えたんです」


「つまり、君一人では安全に対象を分離できない」


 ローデンの言葉に、僕は頷いた。


「はい」


「使用後の症状は?」


「強い空腹、吐き気、冷や汗、左腕の痛みです。周囲の魔力が食べ物のように感じられることもあります」


「人間の魔力も?」


 逃げてはいけない。


「……はい」


 室内が静まり返る。


「暴食の眷属に大量の魔力を流し込まれた時、ティアナ、フィア、レグルスの体内魔力まで食べ物に感じました」


「実際に吸収したのか?」


「いいえ。ティアナたちの魔力も、救出した三人の魔力も喰っていません」


「手を伸ばした事実は?」


 バルト教師の記録に残っているのだろう。


「一度だけ、ティアナへ左手を伸ばしかけました」


 声が掠れた。


「でも、触れていません。魔力も吸収していません。三人が同時に止めてくれました」


「自力で止まったのではない?」


「僕も止めようとしました。でも、三人がいなければ止められたとは言えません」


 ローデンは僕の答えを書記へ記録させてから、指を組んだ。


「ベルゼバスは君の身体を操れるのか」


「完全に乗っ取られたことはありません。ただ、空腹や喰いたいという欲求を強めます」


「君一人で暴食を閉じられるか」


「少量なら閉じられたことはあります。でも、必ず成功する保証はありません」


「人間の魔力を吸収できないと証明できるか」


「できません」


「次も仲間が止められる保証は?」


「ありません」


「カルトが再び強制的に暴食を開かせた場合、止められるか」


 左腕が痛んだ。


「……分かりません」


 言い訳を探せば、いくつもあった。


 それでも、どれも保証にはならない。


 ローデンは僕を責めるような口調にはならなかった。


「正直な回答だ」


 静かにそう告げる。


「君が人を守ろうとしたことは疑っていない。記録を見れば、むしろ危険を承知で他者を優先している」


 胸の奥がわずかに緩む。


 だが、その次の言葉は重かった。


「だが、善意は安全装置ではない」


 ローデンの目は揺れない。


「君を信じることと、危険を管理しないことは同じではない。学院には、君だけでなく、他の生徒を守る責任がある」


「はい」


「もう一つ、君へ伝えるべき事実がある」


 ローデンが机の上の資料を開いた。


 古びた紙面を写したものらしく、文字の多くが欠けている。


「古い封印資料には、かつて世界を破滅へ導こうとした七体の魔神が記録されている」


 七体。


「ベルゼバスは、その一角だ。暴食を司る魔神として名が残っている」


 息が止まりかけた。


 僕はベルゼバスが危険な存在だと知っていた。


 けれど、世界を破滅へ導こうとした七体の一角だとは知らなかった。


「魔神契約者については?」


 学院長が尋ねる。


「確実な前例はありません」


 ローデンが資料を閉じた。


「魔神に操られた者や、魔力に汚染された者の記録はある。しかし、意思を保ったまま契約し、その力を継続使用した者は、現存する学院、王国、貴族院の正式記録に存在しない」


「前例がない……」


「契約解除の方法も、長期的な変化も、法的な扱いも定まっていない。前例がないから処刑せよとは言わない」


 ローデンはそこで一度区切った。


「だが、前例がないことを、無害である根拠にはできない」


 反論はできなかった。


 僕自身でさえ、左腕の奥に何があるのか分かっていない。


 やがて学院長が口を開いた。


「本日の聴取だけで結論は出さない」


 書記の筆が止まる。


「アルト・ロウェルは医務室での療養を継続。単独行動、学院外への無断移動、暴食の使用を暫定的に禁止する。紋章への検査は非破壊のものに限る」


 僕は小さく息を吐いた。


「今後、ティアナ、フィア、レグルスへの証言聴取を行う。ミナの治療記録、救出任務、眷属戦の記録も再確認する」


「はい」


「これは有罪判決ではない。同時に、安全が証明されたという結論でもない」


 記録帳が閉じられ、三本の銀色の封印が施された。


「本日の聴取内容は最高機密とする。以上だ」


 僕は包帯を巻き直し、会議室を出た。


 扉の外では、三人が同じ場所にいた。


「おかえり」


 ティアナが立ち上がる。


「ただいま」


「話せた?」


「うん。僕から言ったよ。ベルゼバスのことも、暴食の名も」


 フィアは一度だけ頷いた。


「それでいい」


「次は僕たちの番だな」


 レグルスが扉を見る。


「見た事実を証言する。君に都合よく変えるつもりも、敵に都合よく切り取らせるつもりもない」


 三人の態度は変わらなかった。


 そのことに安堵しながら、僕は医務室へ戻った。


 だが、数時間後。


 夕日の差し込む病室へ、バルト教師が険しい顔で入ってきた。


 手には貴族院の紋章が押された緊急照会文がある。


「学院長は、外部への報告を許可していない」


 差し出された紙には、僕の名前があった。


 魔神ベルゼバス。


 暴食。


 人間の体内魔力を食べ物として認識したこと。


 完全制御できていないこと。


 魔神契約者に前例がないこと。


 すべて、今朝の会議室で初めて明かした内容だった。


「正式な報告経路も使われていない」


 バルト教師が低く告げる。


「聴取内容は、学院上層部の内側から漏れた可能性が高い」


 誰が、どうやって。


 それはまだ分からない。


 ただ一つ確かなのは、最高機密の封印が、半日さえ僕の秘密を守れなかったことだった。


 僕が初めて自分の口で明かした『暴食』の名は、その日のうちに、封じたはずの学院から貴族院へ漏れていた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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 何卒よろしくお願いいたします。

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