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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第49話 届かなかったはずの声



 暗闇の底で、誰かが僕の名を呼んでいた。


「アルト、聞こえる?」


 ティアナの声だ。


 返事をしようとしたけれど、唇が動かない。


 身体が遠い。


 右脚の感覚はなく、左腕だけが焼けた鉄を押し当てられたように痛む。空になったはずの胃は内側から削られ続け、吐き気と冷たい汗が止まらない。


「呼吸はある。脈も乱れてるけど、止まってない」


 フィアの指が首筋へ触れているらしい。


「左腕には触れるな。本人が隠していた以上、今ここで無理に調べるべきではない」


 レグルスの声が近くから届く。


「分かってる。必要なのは呼吸の確保」


「右脚は?」


「大きな外傷はない。動かせないのは魔力枯渇と、あの剣技の反動だと思う」


 冷たい石床の感触が消えていた。


 ティアナの根が背中と頭を支え、簡易的な寝台になっている。


 身体を起こそうとしてくれているのだろう。けれど、僕は指一本動かせなかった。


「生命反応は?」


 ティアナが尋ねる。


 少し間を置いて、レグルスが答えた。


「三つとも残っている。一つは極端に弱い。戦闘前よりも間隔が長くなっている」


「急がないと……」


「だが、彼を置いていく選択はない。四人で戻ると決めた」


 そうだ。


 四人で入り、四人で戻る。


 それに、帰りは七人だ。


 分かっているのに、瞼さえ上がらない。


 その時、沈黙していた通信石から小さな雑音が鳴った。


『――聞こえますか』


 三人の空気が一瞬で変わる。


 忘れるはずのない声だった。


 僕たちの退路を閉ざし、旧保守層へ落とした教師。


「セレネ先生……!」


 ティアナが通信石を握る。


「聞こえているなら返事をしてください!」


『今は外側から内側へ送る緊急回線しか通っていません。そちらの声は、まだ届かない』


 セレネ教師の声は冷静だった。


 あの時と同じだ。


 一方的に僕たちの死を告げた時と。


『先に、私が行ったことを説明します』


 雑音が混ざり、それでも声は途切れなかった。


『私は敵へ寝返っていません』


 ティアナが息を呑む。


 フィアもレグルスも、何も言わない。


『祭典用魔導具と封印区画に残されていた認証は、私が使用したものではありません。私の認証を複製した者が学院内部にいる。私は以前から、その可能性を調べていました』


 認証紋だけが、不自然なほど綺麗に残っていた。


 見つけさせるための証拠。


 僕が抱いた疑いと、セレネ教師の言葉が重なっていく。


『ですが、誰が認証を複製したのかは、今も特定できていません。通信網や調査班の内部まで監視されている可能性がありました。誰か一人へ伝えれば、その時点で相手が動かなくなる危険があった』


「だからって……」


 届かないと分かっていても、ティアナの声が震えた。


『私の認証を複製した者を動かすため、あなたたち四人の死亡を偽装しました』


 円形床。


 閉じた外扉。


 沈黙した中継杭。


 そして、封印に処理されたという言葉。


『円形床は正規操作で開きました。落下先には正規の衝撃緩和術式が残っていることを確認していました。また、旧保守層は行方不明者三名の反応へ最も近い場所でした』


 やはり、あの銀色の術式は偶然ではなかった。


 本当に殺すつもりなら、僕たち全員を同じ場所へ落とす必要もない。


『四人が死亡したと報告すれば、潜伏者は救出も追跡も来ないと判断する。そう考えました。そして偽装報告の直後、私とは異なる位置から黒い経路が一度だけ動いた』


 第42話で、左腕が反応した黒い脈動。


 セレネ教師の魔力とは、発生した位置が違っていた。


『その反応を捉えることが、潜入捜査の目的でした。ただし、得られたのは経路の一部だけです。反応だけでは、潜伏者個人の特定には至っていません』


 セレネ教師は裏切っていなかった。


 それなら、すべてが正しかったのか。


 違う。


 僕たちは落下し、通信も退路も失った。


 アルトたちが暴食の眷属へ遭遇するとは知らなかった。


 その言葉が続く前から、答えは僕の身体に残っている。


『旧保守層に、あの怪物が封じられていることまでは把握していませんでした』


 セレネ教師の声が僅かに低くなった。


『衝撃緩和術式があっても、安全が保証されていたわけではありません。あなたたちへ説明せず、命を危険へさらした事実は変わりません』


 言い訳を重ねる声ではなかった。


『許されるとは思っていません』


 ティアナが僕の手を握る。


 その力には、恐怖と怒りが混じっていた。


『潜伏者を動かす目的は達しました。これから、私が切断した正規通信を戻します』


 短い沈黙。


 通信石の奥で、何かが噛み合う音がした。


 それでも、通信は戻らない。


『……やはり、残っていましたか』


 セレネ教師の声に、初めて硬さが混じる。


『正規通信の下に、別の遮断術式が重ねられています。私が作ったものではありません』


「別の……?」


 フィアが通信石の表面を見る。


 石の縁から、黒い線が格子のように浮かび上がっていた。


『その遮断術式にも、複製された私の認証が使われています。本物の認証を衝突させ、破壊します。封印が揺れます。アルトを支えてください』


 外側から、銀色の光が通路を走った。


 壁や床に刻まれた正規術式を伝い、通信石の周囲へ集まる。


 黒い格子が銀色の光を拒むように膨らんだ。


 二つの術式が触れた瞬間、耳を塞ぎたくなるほど甲高い音が響く。


「揺れる!」


 ティアナの根が僕の身体を包む。


 レグルスが片膝をつき、根ごと背中を支えた。


 フィアは細剣を抜いたまま、崩れた眷属と奥の通路を警戒する。


 銀色と黒色が互いを削る。


 黒い格子へ、細い亀裂が入った。


『これは解除できません。壊します』


 銀色の光が一気に強まった。


 黒い格子が砕け散る。


 封印区画全体が、大きく一度だけ揺れた。


 天井から細かな石片が落ちる。


 ティアナの根がそれを受け止めた。


 通信石が明滅する。


『――聞こえるか! 三人とも、状況を――』


 バルト先生の声。


『位置情報を再取得中。三つの在籍証反応は残ってる。まだ生きてる』


 続いて、雑音に途切れながらノアの声が届く。


 通信が戻った。


 完全ではない。


 声は何度も掠れ、通路の正確な形も送られてこない。上層への扉が開く音もしなかった。


 それでも、今度は内側からも返せる。


「セレネ先生」


 ティアナが通信石へ呼びかける。


「安全な場所へ落としたつもりでも、私たちは本当に死にかけました」


『はい』


「アルトは今も目を覚ましません。フィアもレグルスも傷だらけです」


『はい』


 セレネ教師は否定しなかった。


「戻ったら、全部説明してもらいます。記録も、隠していたことも、全部です」


『承知しています』


「説明は繋がる」


 フィアが続けた。


「緩衝術式があったことも、落下後に反応へ近づいたことも、別の黒い魔力が動いたことも。でも、信用を戻すには足りない」


『当然です』


「外へ戻ってから、記録を確認する」


『すべて提出します』


 レグルスが計測板を握ったまま、通信石を見下ろす。


「結果が出たことは、僕たちの命を無断で賭けた行為の正当化にはならない」


『分かっています』


「調査記録も認証履歴も、帰還後にすべて提出してもらう。今は救助対象を優先する」


 僕も伝えなくてはならない。


 重い瞼を僅かに持ち上げる。


 視界はぼやけ、三人の輪郭さえ滲んでいた。


「アルト?」


 ティアナが身を寄せる。


 喉が焼けている。


 それでも、息を絞り出した。


「真相の話は……戻ってから、聞きます」


 通信石の向こうが静かになる。


「今は……三人の救出を、優先してください」


『アルト、今は動かないでください。外側から経路を――』


 セレネ教師の声が雑音へ呑まれた。


 それ以上、瞼を開けていられない。


 再び暗闇へ沈みかけた時、胸元で何かが震えた。


 通信石とは違う。


 もっと小さく、懐かしい音。


「アルトの荷物が光ってる」


 ティアナが制服の内側から何かを取り出す。


 手のひらほどの小型魔法鏡。


 学院へ入る前から持っていたものだ。


 レイシアと通信登録をした鏡。


 けれど、学院の結界に阻まれ、一度も正常に繋がったことはない。七彩祭の事件が起きてからも、その鏡面はずっと曇ったままだった。


 今、その縁から水色の光が漏れている。


「外部からの私的通信?」


 レグルスが驚いた声を出す。


「さっき結界が揺れた時に入り込んだみたい」


 フィアが魔法鏡を覗き込む。


 鏡面へ細かな波紋が広がった。


 何度も映像が乱れ、暗くなる。


 それでも、水色の光は消えない。


『――ト……聞こえ……』


 途切れた声。


 胸の奥が微かに揺れた。


 忘れるはずがない。


 学院へ来てから、ずっと届かなかった声。


「アルト、聞こえる? 女の子が……」


 ティアナが魔法鏡を僕の顔へ向ける。


 曇っていた鏡面に、一人の少女が映った。


 レイシア。


 映像は荒く、どこにいるのかも分からない。


 けれど、その顔だけは見間違えなかった。


 頬を伝う涙も。


 何度も通信を試みたのだろう。鏡面の端には、届かなかった接続の光が幾重にも残っている。


 レイシアが鏡越しに僕を見た。


 青ざめた顔。


 閉じかけた瞼。


 三人に支えられなければ、起き上がることもできない身体。


 何かを言おうとして、彼女の唇が震える。


 声が届いたからといって、魔力は戻らない。


 右脚の痺れも、左腕の痛みも消えない。


 意識はまた暗闇へ沈んでいく。


 それでも、その一言だけは、はっきりと僕の耳へ届いた。


「死なないで、アルト。」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

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