表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/92

第47話 守るための暴食



 僕の左手は、眷属の胸奥に露出した黒い核へ向いていた。


 飢えた感覚が、あれを喰えと叫んでいる。


 けれど、喰ってはいけない。


「待って。まだ喰えない」


 僕の声に、三人の動きが止まる。


 肋骨のような装甲の奥で、核は生き物の心臓のように脈打っていた。そこから伸びる無数の黒い線が、眷属の四肢や大きな口へ繋がっている。


「核そのものは喰えない。まだ眷属の身体と繋がってる」


「なら、どうするの?」


 ティアナが問いながらも、根で僕の足元を支え続ける。


「核から外へ出て、本体から切り離された魔力なら喰える。ただ、他の魔力と区別できる印が必要だ」


 僕の左腕はまだ熱い。


 袖の下で黒い紋章が疼くたび、ティアナたちの内側にある魔力まで甘い匂いを放った。


『印など捨てろ』


 ベルゼバスの声が、頭蓋の内側を爪で引っ掻く。


『すべて喰え。核も、獣も、三人も喰え』


 吐き気を噛み殺し、僕は核だけを見る。


 一つを、一呼吸だけ喰う。


 第21話から何度も繰り返してきた、暴食へ呑まれないための制限。


 第43話では、その限定さえ眷属に逆利用された。


 だから今度は、僕一人で対象を決めない。


「印なら、私が付ける」


 ティアナが低く答えた。


 彼女は自分の足元から伸びる根へ視線を落とす。


「でも、私の魔力を混ぜたら、それまで一緒に喰われるかもしれないんだよね?」


「うん。敵の魔力そのものに、違いを作ってほしい」


「分かった。やってみる」


 迷いのない返事だった。


 けれど、その指先はわずかに震えている。


 失敗すれば、僕が彼女の魔力を喰うかもしれない。それでもティアナは逃げず、土へ両手を触れた。


 外側へ広げていた細い根が、黒い魔力の流れへ一本ずつ絡みつく。


 植物が敵味方を勝手に見分けているわけではない。


 ティアナ自身が目で追い、眷属から流れ出した黒い筋だけを選んでいた。


「印を付ける」


 根が黒い魔力を締める。


 短く。


 もう一度、短く。


 最後に、長く。


 黒い流れへ、三拍の歪みが刻まれた。


 ティアナの魔力が混ざったわけではない。根によって外から締めつけられ、敵の魔力そのものが独特の脈動を残したのだ。


「アルトは、この三拍だけを追って。長くは残らないから、一呼吸くらいが限界だよ」


 僕の空腹の中にも、その違いが見えた。


 短く、短く、長く。


 無数の食べ物に見えていた魔力の中で、その一塊だけが三度脈打っている。


「次は私が切る」


 フィアが細剣を構えた。


 右手の傷の名残が赤くなっている。それでも彼女の切っ先は揺れない。


 再生していた黒い接続線が、ティアナの根へ伸びた。


 フィアの細剣へ雷が一瞬だけ走る。


 白い軌跡が閃き、根へ絡もうとした一本が断たれた。


「一つ」


 続いて、黒い線がフィアの細剣に残った雷へ食らいつこうとする。


 彼女は雷をすぐに消し、脈動した瞬間だけを斬った。


「二つ」


 細い風へ伸びた線も切る。


「三つ」


 僕の左腕を目指して這ってきた線が、床すれすれで跳ねた。


 フィアが半歩だけ踏み込み、剣先で正確に断ち切る。


「四つ。仲間へ繋がる線は全部切る」


 散った黒い魔力が石壁へ染みを作る。


 僕はそれを喰わない。


 三拍の印がない。僕が選んだものではない。


 眷属が大口を開き、低い唸りを漏らした。


 閉じ始めていた肋骨状の装甲が、核を守ろうと重なっていく。


「閉じさせるものか」


 レグルスが銀槍を握り直した。


 落下時に負った肩の傷から、制服へ新しい赤が滲んでいる。


 それでも彼は退かない。


 銀槍の穂先ではなく、柄に近い部分を装甲の隙間へ滑り込ませた。


「核は僕が開く」


 足を踏みしめ、槍を梃子にする。


 軋む音とともに、重なりかけた黒い装甲が押し戻された。


 その奥で核が大きく脈打つ。


 レグルスは核を刺さない。


 細く絞った風だけを装甲の隙間へ送り込み、周囲の黒い霧を左右へ押し退けた。


 枝分かれしていた魔力の流れが開き、核から僕の左手まで、一本の空間が通る。


「一本道だけを見ろ」


「分かった」


 けれど、眷属も黙ってはいなかった。


 黒い核が、これまでで最も大きく膨らむ。


「主の器よ。飢えを満たせ」


 次の瞬間、核から大量の黒い魔力が噴き出した。


 濁流だった。


 一本道を埋め尽くし、僕たち四人をまとめて押し潰そうと迫ってくる。


 その左右には、細い黒い魔力が何本も散っていた。


 同じように見える。けれど、本流ではない。


「囮まで印を付けたら駄目だ!」


「見えてる!」


 ティアナが根を操る。


 迫る濁流の中心だけを選び、外側から締めつけた。


 短く。


 短く。


 長く。


 三拍の脈動が、黒い濁流の主流へ走る。


 囮の魔力には何も残らない。


「印は付いた!」


 眷属はさらに魔力を重ねようとする。


 切ったはずの黒い線も、核から再び伸び始めていた。


 一本がティアナへ。


 一本がレグルスの風へ。


 もう一本が、僕の左腕へ。


 フィアが駆けた。


 長い金髪が黒い濁流の前で翻る。


 細剣へ走る雷は、瞬きより短い。


 一本。


 二本。


 三本。


 再接続しようとする線だけを、脈打つ瞬間に断っていく。


 最後に残ったのは、核と印付きの濁流を繋ぐ太い一本だった。


「最後に核との線を切れば、あれは放出済みの魔力になる」


 フィアが細剣を両手で支える。


 右手が震えた。


 それでも踏み込みは鈍らない。


「切る!」


 雷光が走った。


 核から伸びていた線が裂け、印付きの黒い濁流が眷属本体から切り離される。


 同時にレグルスが風を絞り、散らばろうとする濁流を一本道へ戻した。


「道は一本だ!」


 黒い濁流が僕へ迫る。


 ティアナの三拍がある。


 仲間への線はない。


 核との接続も切れている。


 眷属から放出され、すでに本体から離れた魔力だ。


 条件は揃った。


『口を閉じるな』


 ベルゼバスが吠える。


『印など見るな。核も、獣も、三人も喰え!』


 胃が裏返りそうになる。


 唾液が溢れ、左腕の痛みで視界が明滅した。


 それでも、もう三人は食べ物に見えない。


 ティアナが印を作った。


 フィアが接続を断った。


 レグルスが道を通した。


 僕がすべきことは、最後の一つを選ぶことだけだ。


「一つだけ」


 僕は息を吸う。


「一呼吸だけ」


 半ば開いたままだった暴食へ、新しく口を開かせるのではない。


 今ある飢えへ、たった一度だけ喰うことを許す。


「僕が喰うのは、印の付いた敵の魔力だけだ」


 左腕の紋章が熱を放った。


 黒い濁流が一気に引き寄せられる。


 短く、短く、長く。


 三拍の印を持つ魔力だけが、細い渦となって僕の袖口へ吸い込まれていった。


 その横を、印のない囮が通り過ぎる。


 暴食はそちらへ口を広げようとする。


「違う」


 僕は歯を食いしばった。


 印のないものは喰わない。


 床へ散った魔力も喰わない。


 再生しかけた接続線も喰わない。


 核は喰わない。


 眷属の身体も喰わない。


 ティアナの根も、フィアの雷も、レグルスの風も喰わない。


 奥で弱く灯る三人分の生命反応も、絶対に喰わない。


 僕が選んだのは、三拍を刻まれた有限の一塊だけだ。


「アルト、あと半分!」


 フィアの声が届く。


 印の脈動が薄れ始めていた。


 ティアナの根が、もう一度だけ濁流を締める。


 短く、短く、長く。


 消えかけた印が、一瞬だけ戻った。


 レグルスは一本道を維持しながら、僕の左腕へ流れ込まないよう風を外側へ逃がしている。


 そして、最後の三拍が僕の腕へ消える直前、彼は風を止めた。


 余計な魔力が道から消える。


 印付きの黒い濁流、その最後の一筋が吸い込まれた。


「今!」


 ティアナが根への魔力供給を切った。


 根はただの植物へ戻り、黒い流れから離れる。


 フィアが再生しかけていた最後の接続線を断つ。


 レグルスが槍を引き、印のない残滓を横へ逃がした。


 僕は息を吐く。


 一呼吸が終わる。


「閉じろ……!」


 左腕の奥で、巨大な顎が抵抗した。


『まだ足りぬ』


 ベルゼバスの爪が意識へ食い込む。


『喰え。すべて喰え』


「喰わない!」


 僕一人の力だけではなかった。


 ティアナが余分な魔力を遠ざけている。


 フィアが繋がろうとする線を断ち続けている。


 レグルスが残った黒い魔力を僕から逸らしている。


 新しく口へ入ってくるものがなくなった、その一瞬。


 僕は左手を握り込んだ。


 袖の下で暴食の口が閉じる。


 途端に、胃を内側から削られるような空腹が襲った。


「うっ……!」


 膝が落ちる。


 吐き気とともに冷や汗が噴き出し、左腕を焼けた杭で貫かれたような痛みが走った。


 ティアナの根が僕の身体を受け止める。


「アルト!」


「大丈夫……とは言えない。でも、動ける」


 嘘はつかない。


 足には力が入る。意識もある。


 けれど、同じことを一人でもう一度できるとは思えなかった。


 印がなければ、敵の魔力だけを見分けられない。


 接続線が残っていれば、本体や仲間まで巻き込む。


 一本道がなければ、印のない魔力まで口へ入る。


 三人のうち、誰が欠けても成立しなかった。


 これは暴食を支配した力ではない。


 四人で条件を作り、かろうじて閉じられただけだ。


 重い音が通路へ響いた。


 眷属の四本の脚から黒い魔力が抜け、順番に折れ曲がる。


 肋骨状の装甲も形を保てず、石床へ崩れ落ちた。


 大きな口が開閉する。


 けれど、もう黒い攻撃は放たれない。


 装甲の奥には、暗くなった核が残っていた。


 壊れてはいない。


 喰ってもいない。


 眷属そのものも消滅せず、僅かに身じろぎしている。それでも、追ってくる力は残されていなかった。


「戦闘不能、というところか」


 レグルスが銀槍を構えたまま告げる。


「止めを刺す?」


 ティアナが尋ねると、僕は首を横へ振った。


「核が何に繋がってるか分からない。今は救助が先だよ」


「同意する。学院長から与えられた任務も、犯人追跡ではなく救助だ」


 レグルスが携帯用の計測板を拾う。


 ひびの入った板には、三つの弱い光が残っていた。


 一つは、今にも消えそうなほど小さい。


「まだ三人とも反応がある」


 フィアが奥を見る。


 眷属が塞いでいた先には、さらに下へ続く暗い通路が現れていた。


 通信は戻っていない。


 外側からの助けも来ない。


 僕の左腕には痛みが残り、胃は何も入っていないかのように飢えている。


 それでも、三人の魔力へ重なっていた食べ物の感覚は薄れていた。


「行ける?」


 ティアナが聞く。


 僕は一度だけ深く呼吸し、立ち上がった。


「うん。急ごう」


 四人で進む。


 今度こそ、奥にいる三人も連れて戻るために。


 一つを、一呼吸だけ――それは僕が暴食を支配した証ではなく、四人で誰かを守るために選び取った、たった一口だった。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ