第41話 封印区画への道
「そこで止まれ!」
僕たちが地下階段へ足をかける直前、鋭い声が廊下へ響いた。
振り返ると、バルト教師が険しい顔で立っていた。
その後ろには、結界用の杖を持った教師が二人いる。
「無許可で封印区画へ入るつもりか」
僕たちは顔を見合わせた。
四人で行くと決めたばかりだ。
けれど、進入禁止が解除されたわけではない。
「痕跡が消える前に確認したかったんだ」
僕は正直に答えた。
「処分なら、戻ってから受ける」
「戻れれば、だろうが!」
バルト教師の声が一段大きくなる。
しかし、すぐに怒鳴るのをやめた。
「説教はあとだ。状況が変わった」
「何があったの?」
ティアナが尋ねる。
バルト教師は地下階段の先へ一度目を向けた。
「七彩祭の片づけを担当していた生徒が三人、帰寮確認へ応じていない。在籍証を照合したところ、封印区画の内側から微弱な反応が返ってきた」
「生きているのか?」
レグルスの問いに、バルト教師はすぐには頷かなかった。
「生命反応は残っている。だが、少しずつ弱くなっている」
僕の腰に下げた鞄が、急に重く感じられた。
犯人を追うための調査ではなくなった。
向こう側に、助けを待つ生徒がいる。
「学院長がお前たちと話す。ついてこい」
僕たちは地下階段から離れ、バルト教師のあとを追った。
臨時指揮室には、学院長を中心に複数の教師が集まっていた。
机の上には封印区画の図面と、三つの在籍証を示す光点が浮かんでいる。
どれも弱く明滅していた。
その少し離れた場所に、セレネ教師が立っている。
左右には別の教師がつき、自由に動ける状態ではない。
祭典用魔導具の補助制御核。
封印区画への入室記録。
どちらにも、セレネ教師の認証が残っていたからだ。
「まず理解してほしい」
学院長が僕たちを見渡す。
「本来なら、生徒を危険な区画へ送ることはない。教師が救出へ向かう」
「なら、なぜ向かわない?」
レグルスが尋ねた。
学院長は図面の一部へ触れた。
外周を示す銀色の線へ、黒い線が複雑に絡みつく。
「封印区画の防御術式が、黒い術式によって歪められている。教師級の大きな魔力を内部へ入れれば、防御術式が強力な侵入者と判断する可能性が高い」
図面上の通路が次々と閉ざされていく。
「通路の閉鎖、内部封印の強化、在籍証との通信遮断。教師の魔力を流した試験用の探査具は、入口を越える前に切断された」
教師が入れないのは、力が足りないからではない。
強すぎる魔力そのものが、救出を妨げてしまう。
「生徒級の出力なら?」
僕が尋ねると、学院長は頷いた。
「防御術式を強く刺激せず、内部へ進める可能性がある。確実ではない。だからこそ、外側へ最大限の支援を置く」
学院長は一人ずつ僕たちを見る。
「アルト・ロウェル。君は黒い術式の周期を一度解析している」
「薄い防壁を目盛りにすれば、残った魔力線を追えると思う」
「ティアナ。君は地形と退路を維持できるか?」
「できる。床や壁を土で支えて、帰り道へ根を残す。救助した三人を運べる足場も作るよ」
「フィア。先行確認は?」
フィアは名前を呼ばず、静かに答えた。
「短い距離に限る。勝手に奥へは進まない。異常があればすぐ三人のところへ戻る」
「レグルス」
「風で通路の先と魔力の淀みを調べる。直接触れる必要がある装置には、銀槍を使って距離を取る」
四人とも、できることは違う。
僕たちが最強だから選ばれたわけではない。
一人では足りない部分を、残りの三人で補えるからだ。
学院長はしばらく沈黙したあと、重く頷いた。
「アルト、ティアナ、フィア、レグルス。四名へ、生徒救出を目的とした封印区画への進入を許可する」
正式な任務。
その言葉に、肩へ別の重さが加わった。
「第一目的は、生徒三名の救出だ。犯人の追跡も、証拠の回収も二の次とする」
「分かった」
僕が答えると、学院長はさらに続けた。
「危険なら必ず撤退すること。一人でも戦闘続行や移動が困難になれば、全員で戻れ。救助対象を発見しても、安全な退路がなければ無理に進むな」
事件を解決する任務ではない。
僕たちが背負うのは、三人を生きて連れ帰ることだけだ。
「入口はどうやって開ける?」
レグルスの問いに、学院長はセレネ教師へ視線を向けた。
セレネ教師が一歩前へ出る。
監視する教師も同時に動いた。
「私は予備制御核を持ち出していません」
静かな声だった。
怒りも、過剰な弁明もない。
「入室記録へ残された認証にも覚えはありません。ですが、外側の封印が私の認証でしか開かないのなら、私が封印を開けます」
「内部へ入れば、あなたの認証へ黒い術式が反応する可能性がある」
学院長が告げる。
「承知しています。私は入口へ残り、正規封印を維持します」
セレネ教師は机の上で明滅する三つの光を見た。
「中にいる生徒まで、疑いの証拠にするつもりはありません」
彼女が犯人なのか、誰かに認証を利用されたのか。
今はまだ分からない。
だからこそ学院長は、監視をつけたうえで役割を与えたのだ。
「通信はこちらで管理する」
指揮室の端から、聞き慣れない声がした。
灰青色の短髪に、細い眼鏡。
僕たちと同じ制服を着た男子生徒が、小さな金属杭を机へ並べている。
「ノア・フェルト。位置計測と通信接続を担当する」
本人が簡潔に名乗った。
顔に緊張はあるが、手元の作業は正確だった。
一本目の杭へ魔力を流すと、細い光の線が二本目へ繋がる。
「これを通路へ一定間隔で置く。君たちの通信と現在位置は、僕が外から確認する」
「内部へは来ないの?」
ティアナが尋ねる。
「戦闘順位は中位より下。無理に入っても救助される人数を増やすだけだ」
ノアは淡々と答えた。
自分の役割を低く見ているわけではない。
内部へ入らず、通信を守ることを選んでいる。
「通信が二度途切れたら撤退して」
ノアが僕たちへ一本ずつ小さな通信片を渡す。
「三度目を試す頃には、救助される側が増えてる」
厳しい言葉だが、間違ってはいない。
準備を整えた僕たちは、教師たちとともに再び地下へ向かった。
階段へ入る前には、すでに周辺支援が動き始めていた。
セルフィナが、行方不明者の持ち物へ風精霊を触れさせる。
三体の精霊は匂いを覚えるように周囲を回り、通気口、石床の隙間、地下水路へ分かれていった。
やがて封印区画へ続く中央通路の前で集まる。
それ以上は進もうとしなかった。
小さな身体を震わせ、暗い奥を警戒している。
「三人の気配は、この先へ続いています」
セルフィナは風精霊を呼び戻した。
「ですが、精霊は内側の封印を恐れています。精霊が止まった先からは、あなたたちの目で探してください」
「情報だけで十分だ」
レグルスが答える。
その背後では、ノアが最初の中継杭を床へ打ち込んでいた。
光の線が地上へ続いていく。
ユリウスはさらに上の階で、教師と生徒を配置していた。
「祭典用魔導具から目を離すな。医務室側にも光防壁を二重に置け。退避が必要になった場合、身分を問わず最も近い出口へ誘導しろ」
指示を終えたユリウスが、僕たちを見る。
「君も内部へ来るのかと思った」
僕が言うと、ユリウスは僅かに顎を上げた。
「内部へ入る者だけが任務を担うわけではない」
光の防壁が、地下入口を覆うように展開される。
「封印区画から何かが漏れた時、地上に防御がなければ救助どころではない。君たちが戻る場所は、僕が守る」
友人のような笑顔はない。
ただ、自分が担うべき場所へ堂々と立っていた。
「任せるよ、ユリウス」
「当然だ。次に君と競う前に、地下で勝手に倒れられては困る」
先へ進むと、廊下の景色が不自然に歪んだ。
正面にあったはずの通路が壁へ変わる。
振り返れば、僕たちの足跡も、人影も消えていた。
メルナの幻像だ。
味方だけに見える小さな橙色の光が、正しい道を示している。
「誰が見てるか分からないからね」
メルナが二枚の投擲輪を腰へ戻す。
「外から見れば、ここは行き止まり。誰も通ってないように見える。でも、光の印を追えば同じ道で帰れるよ」
物理的な道を作ったわけではない。
救助経路を、外から見つけにくくしただけだ。
「ミナの方は?」
ティアナが尋ねる。
「落ち着いてる。だから今は、こっちに集中して」
メルナは同行しない。
自分が残る場所を理解していた。
地下通路の分岐では、先に偵察へ出ていた双子が戻ってきた。
「左は駄目だ」
ガルナが普段より抑えた声で告げる。
「設備通路が途中で完全に塞がれてる。三人の匂いも、そっちには続いてない」
上方の点検口から、音もなくフェリナが降りる。
「上も使えないよ。黒い魔力線が何本も張られてる。触れた後に何が起きるかまでは分からない」
二人の耳と尾が、一瞬だけ同じ方向へ動いた。
視界と匂いを共有し、最後の確認をしたのだろう。
「三人の気配は中央」
フェリナが暗い通路を指す。
「私たちは外側で左右を見張る。帰り道を塞がれないようにね」
軽口も挑発もなかった。
僕たちは中央通路を進んだ。
ノアが一定間隔で中継杭を置き、バルト教師たちがその外側へ結界を重ねていく。
やがて、封印区画の外扉が見えた。
巨大な石造りの扉へ、銀色の術式が幾重にも刻まれている。
その下には、血管のような細い黒線が走っていた。
セレネ教師が扉の前へ立つ。
左右の教師が監視を続ける中、掌を認証部へ当てた。
「登録認証、接続」
銀色の術式が順番に点灯する。
直後、下に隠れていた黒い線が浮かび、セレネ教師の腕へ絡みつこうとした。
教師たちが身構える。
セレネ教師は手を離さず、正規術式だけへ魔力を流し続けた。
同時に、僕の左腕が疼いた。
制服の袖の下で、黒い紋章が熱を持つ。
暴食は開かない。
右手で左手首を押さえ、反応だけを耐える。
横から視線を感じた。
フィアが僕の左腕を見ている。
けれど、何も言わなかった。
「外側の封印を開きます」
セレネ教師の声とともに、石扉が低い音を立てて左右へ動いた。
隙間の向こうには、光の届かない通路がある。
黒い術式は消えていない。
セレネ教師が正規封印を押さえ、扉が閉じるのを防いでいるだけだ。
「私はここへ残ります」
セレネ教師が僕たちを見た。
「この手を離せば、外扉が閉じる可能性があります。必ず通信を維持してください」
その後ろにはノア、セルフィナ、メルナ、双子、バルト教師たちがいる。
さらに地上では、ユリウスが防衛を指揮している。
内部へ入らなくても、全員が任務の一部を担っていた。
僕たちだけで救出へ向かえるわけではない。
戻る道を守る者がいるから、進めるのだ。
通信片から学院長の声が届く。
『任務条件を再確認する。救助を最優先。犯人追跡と証拠回収は行わない。通信が二度途切れた場合は撤退。一人でも移動困難になれば、全員で戻れ』
「了解」
四人の声が重なった。
ティアナが暗い通路を見つめる。
「四人で入って、全員連れて帰ろう」
「救助対象が増えた分、帰りは七人だ」
レグルスが銀槍を握り直す。
「一人でも欠ける帰還を、成功とは呼ばない」
フィアは細剣へ手を添え、静かに頷いた。
僕も薄い第一階位防壁を一枚だけ広げる。
防ぐためではない。
通路に残る黒い魔力線を測るためだ。
一人で背負わない。
危険を隠さない。
四人で入り、全員で戻る。
僕たちはその条件を胸へ刻み、開いた外扉を越えた。
地上に残る仲間たちの魔法を背に、封印区画の闇へ踏み込んだのは、僕たち四人だけだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




