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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第39話 祭りの終わり



七色の旗が、朝の風の中で一本ずつ外されていた。


光の帯は消え、屋台の跡には空の木箱だけが積まれている。


昨夜まで花火を打ち上げていた魔導具は、それぞれ切り離され、灰色の封印布で覆われていた。


黒い術式による魔力吸収は止まっている。


教師たちが祭典用魔導具を個別に隔離したことで、新たな被害も出ていない。


それでも校門には帰宅を待つ家族が並び、学院職員が一人ずつ昨夜の状況を聞き取っていた。


七彩祭は、完全に終わっていた。


「大丈夫?」


隣を歩くティアナが、僕の顔を覗き込んだ。


「少し空腹なだけだよ」


朝食は普段の倍近く食べた。


それなのに、胃の底には何も届いていないような感覚が残っている。


魂蝕の呪いを消化して広がった器は、元には戻っていない。


胸の内側に生まれた僅かな余白も、以前より負荷へ耐えられる魔力経路も、確かに僕のものになっていた。


その代わり、左腕の奥では深くなった飢えが静かに口を開けている。


僕は制服の上から左腕を押さえた。


一歩後ろを歩くフィアの視線が、そこへ向けられている。


目が合うと、フィアは何も言わず前を向いた。


問い詰めてはこない。


だからこそ、彼女が昨夜の光景を忘れていないことが分かった。


医務室の前では、メルナが温かな飲み物の入った器を二つ持って待っていた。


「ミナ、起きてるよ。ただし長話は禁止だって」


「うん」


ティアナの返事には、いつもの弾むような明るさがなかった。


扉を開けると、白い寝台の上でミナが身体を起こしていた。


顔色はまだ白い。


けれど首元にも腕にも、黒い紋様は残っていなかった。


「おはよう。みんなで来ると、医務室が狭くなるね」


「それを言えるなら安心した」


僕が答えると、ミナは小さく笑った。


枕元には一枚の紙が立てかけられている。


七色の花火と、両腕を広げた茶色い髪の少女。その後ろには、何人もの子どもたちが描かれていた。


「昨日の子が置いていったんだって」


ミナが紙を見つめる。


「家族のところへ帰れたんだね」


「全員、無事だよ」


ティアナが答えた。


その言葉に、ミナは安心したように肩の力を抜いた。


医療担当者の検査では、魂に欠けた部分はない。肉体にも後遺症は残らず、消耗が戻れば退院できるという。


昨夜、ほんの一瞬でも狙いを誤っていたら、そうはならなかった。


「怖くなかったの?」


ティアナが俯いたまま尋ねた。


ミナはすぐには答えなかった。


布団の上へ置いた自分の手を見つめ、指をゆっくり握る。


「怖くなかったわけじゃないよ」


笑顔は浮かべなかった。


「黒いものがこっちへ来た時、何が起こるのか分からなかった。倒れてからも、ずっと寒かったし……本当は、すごく怖かった」


ティアナの肩が僅かに震えた。


「私が、もっと早く道を作れていたら……」


「ティアナは道を作ってたよ。だから、あの子たちは逃げられたんでしょ?」


「でも、ミナは――」


言葉が続かなかった。


メルナは励ましの言葉を急がなかった。


ティアナの手へ温かい器を持たせ、その隣の椅子へ腰を下ろす。


「今すぐ元気にならなくてもいいよ」


いつものからかうような笑みではなく、静かな声だった。


「ミナが目を覚ましている時に、ここにいればいいんだから」


ティアナは器を両手で包み、小さく頷いた。


ミナは枕元の絵へ視線を戻す。


「考えるより先に、あの子を押してたの。もう一度同じことが起きたら、ちゃんと考えて動けるかは分からないけど」


「退院後も騎士を目指すの?」


僕が尋ねると、ミナは今度こそ笑った。


「もちろん。退院したら、また訓練しないと。まだ騎士の試験も受けてないから」


寝台の上から起き上がることさえ止められているのに、その言葉は弱くなかった。


扉が控えめに叩かれた。


入ってきたのはセルフィナだった。


淡い銀緑色の髪のそばを、小さな風精霊が漂っている。


「状態を確認しに来ただけです」


セルフィナはそう断ってから、ミナを真っ直ぐ見た。


「一つ、聞きたいことがあります」


「私に?」


「あなたが倒れれば、救助する側が一人減ります。あなたには魂蝕の呪いを防ぐ力もなかった。生存の可能性を考えれば、合理的な選択ではありません」


言葉は冷たいが、ミナを責める響きではなかった。


本当に分からないから、尋ねている。


「なぜ、自分より先に他人を選んだのですか?」


ミナは困ったように眉を下げた。


「選んだっていう感じじゃなかったかな。あの子に当たるって思ったら、身体が動いてたから」


「自分が死ぬ可能性は考えなかったのですか?」


「あとから、いっぱい考えたよ」


ミナの指が布団を掴む。


「死にたくなかった。もっと学院にいたいし、騎士の試験も受けたい。だから、勇気があったのかは自分でも分からない」


セルフィナは黙り込んだ。


風精霊まで、彼女の肩近くで静止している。


人族の短い命を、無計画に危険へ投げ出した。


そう片づけることなら簡単だったはずだ。


けれど、その行動によって一人の子どもが生きている。


「理解できません」


やがてセルフィナが言った。


そして、僅かに視線を落とす。


「だから、覚えておきます」


それ以上は何も言わず、セルフィナは医務室を出ていった。


窓の外から、子どもたちの声が聞こえた。


校門へ続く道を、ガルナとフェリナが離れた位置から挟んで歩いている。


ガルナは先頭近くで鼻を動かし、通路や行き交う人々の匂いを確かめていた。


フェリナは最後尾から、暗い渡り廊下や積まれた荷物の陰へ目を配っている。


一瞬だけ、二人の耳と尾の動きが重なった。


互いの感覚を渡したのだろう。


普段なら僕を見つけるだけで何か言ってくる二人が、今日は軽口を口にしない。


最後の子どもが家族へ引き渡されるまで、二人は歩みを止めなかった。


「アルト、少しいいか」


医務室の入口にバルト教師が立っていた。


「祭典用魔導具から、確認してほしいものが出た」


僕は三人へ一度振り返った。


メルナが見舞客の記録を引き受け、ティアナはミナのそばにいる。


フィアだけが、僕の左袖を見ていた。


僕は何も言わず、バルト教師のあとを追った。


調査に使われている教室では、学院職員と貴族側の祭典運営担当者が向かい合っていた。


机には点検記録や搬入一覧が積み重ねられている。


その中央で、ユリウスが冷たい青い瞳を双方へ向けていた。


「学院の管理下で起きた事件だ」


貴族側の一人が言う。


「まず学院が責任を――」


「順番をすり替えるな」


ユリウスが遮った。


「学院は接続後の点検記録を出せ。貴族側は搬入前の保管記録を出せ」


「クラウゼル家として、どちらを疑っているのです?」


「どちらの紋章が上かを争っている場合ではない」


ユリウスは尊大に顎を上げる。


「両方の警備を抜けたから、あの術式は観客へ届いた。片方へ責任を押しつけて終わらせるつもりなら、僕が許さない」


被害を受けた者が貴族か平民かも、彼は口にしなかった。


机の端には、ひび割れた補助制御核が置かれていた。


バルト教師が保護術式を解き、その表面を示す。


「黒い術式を正規回路の下へ通した認証紋だ。登録された魔力署名との照合結果が出た」


僕は淡く光る印を覗き込んだ。


「一致したのは、セレネ教師の署名だ」


さらに、花火設備を再接続していた時間帯に、学院地下の封印区画へ入った記録も残っているという。


そこにも、セレネ教師の認証が使われていた。


封印区画からは、祭典用魔導具へ転用できる予備制御核が一つ消えている。


並べれば、答えは一つしかないように見えた。


「目撃者は?」


「いない」


「署名の複製は?」


「困難だが、不可能とは言い切れん」


僕は補助制御核へ顔を近づけた。


黒い術式の残滓は複雑に折り重なり、術者の癖や魔力の流入方向まで隠している。


それなのに、セレネ教師の認証紋だけは傷一つないほど鮮明だった。


「これだけ、綺麗すぎる」


「どういう意味だ?」


バルト教師に尋ねられ、僕は認証紋を指した。


「他の痕跡は全部消そうとしている。それなのに、これだけは誰でも照合できる形で残ってる。隠し忘れたんじゃなくて、見つけさせるために残した可能性もある」


ユリウスが制御核を見下ろす。


「つまり、セレネ教師へ疑いを向けるための証拠か」


「まだ分からない。でも、犯人だと決めるには早いと思う」


「同感だ。疑うことと、断罪することは別だ」


ユリウスは結論だけを認め、それ以上僕を持ち上げなかった。


僕は薄い第一階位防壁を一枚作り、制御核の下へ差し込んだ。


防壁は攻撃を防ぐことなく、残った魔力に触れて細かく震えた。


黒い光が一定の間隔で明滅する。


魂蝕の呪いと同じ周期だった。


次の瞬間、左腕の紋章が疼く。


食欲ではない。


一度味わった苦味を、舌が思い出すような反応だった。


防壁の端だけが、教室の床を越えた先へ引かれている。


方角を辿れば、学院地下の封印区画へ続いていた。


「痕跡が、まだ繋がってる」


だが黒い光は、見る間にも薄くなっていく。


バルト教師はすぐに進入を許可しなかった。


封印区画には危険な魔導具と術式資料が保管されている。結界を専門の教師が確認する前に入れば、別の被害を招く可能性がある。


正しい判断だった。


正式な調査は、安全確認が終わってから始まる。


その頃まで、この痕跡が残っている保証はない。


セレネ教師へ疑いが集まっている間に、別の誰かが封印区画の証拠を消す可能性もある。


左腕の反応まで説明すれば、僕は暴食について話さなければならない。


フィアはすでに何かへ気づいている。


これ以上、ティアナや仲間たちを危険な呪いへ巻き込みたくもなかった。


一人で行くことが正しいとは思わない。


隠し事を増やすだけだとも分かっている。


それでも、痕跡は待ってくれない。


祭りは終わった。けれど、消えかけた黒い痕跡を追うため、僕は誰にも告げず、一人で封印区画へ向かうことを決めた。

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