第33話 三人迷宮競技
三人迷宮競技の入口に、僕たちは並んでいた。
僕、ティアナ、フィア。
四人からこの三人を選んだのは、戦闘順位が理由ではない。
僕が術式を解析し、ティアナが進める地形を作り、フィアがその道を最速で抜ける。
競技規則を読み込んだ末に決めた役割だった。
「勘違いするな」
別の入口から、レグルスがこちらを見る。
彼の両脇には、今回だけ班を組む二人の生徒が立っていた。
「僕は席を譲ったわけではない。僕は僕の班で、君たちより上へ行く」
「うん。僕たちも負けるつもりはないよ」
レグルスは鼻を鳴らし、銀槍を肩へ担いだ。
二日前の午後、僕とティアナは約束どおり七彩祭を回った。
その時のことを思い出したのか、ティアナと目が合う。彼女は少しだけ頬を赤くしたあと、すぐ競技区画へ視線を戻した。
「三つの通過札を起動し、最奥の魔導核を破壊。その後、三人全員で帰還すること」
入口を管理する教師が告げる。
「罠の作動、隊列の分断、競技用魔導人形による捕縛には加算時間が発生する。異常を感じた場合は即座に停止しろ」
競技用の迷宮は、構造と難度を揃えた別区画へ班ごとに入る方式だ。
他班との直接戦闘はない。
純粋に、三人で迷宮を攻略する力が試される。
「準備は?」
フィアが細剣の柄へ手を置く。
「できてる」
「私も!」
ティアナが答えた直後、開始を告げる鐘が鳴った。
石扉が左右へ開く。
僕たちは同時に駆け出した。
最初の広間へ入ったところで、フィアが急停止する。
石床へ、青白い魔力線が幾重にも走っていた。
その中央には、赤く光る解除石が置かれている。
「分かりやすい」
ティアナが解除石を見る。
「だから怪しいね」
「うん。たぶん囮だ」
解除石へ繋がる魔力線は多い。
けれど、どれも光が途中で途切れている。
罠を停止させる装置なら、魔力を受け取るだけでなく、床全体へ停止命令を返す経路が必要だ。
「少し待って」
紙のように薄い第一階位防壁を作り、一番近い魔力線へ差し込む。
防壁は破れない。
二本目も同じ。
三本目へ触れた瞬間、薄膜が弾けた。
「作動しているのはこっちだ」
魔力線が明滅する間隔を数える。
床の端にある三つの中継点が、右、中央、左の順に光っていた。
流れを止めるなら、逆だ。
「左、中央、右。ティアナ、左をお願い。フィアは右」
二人は頷き、それぞれの中継点へ移動する。
「左!」
ティアナが土を隆起させ、中継点を押し込む。
「中央!」
僕が剣先で中央の石を押す。
「右!」
フィアの細剣が最後の中継点を突いた。
床の魔力線が一斉に消える。
中央の解除石だけが激しく発光し、何もない場所へ押し戻しの魔法を放った。
「やっぱり囮だったね」
ティアナが息を吐く。
広間の奥で、一枚目の通過札が緑色へ変わった。
解析に時間はかかった。
それでも加算時間はない。
次の区画では、床が一定の間隔で沈んでいた。
向こう側の壁には二枚目の通過札と、床を固定するための取っ手がある。
「私なら渡れる」
フィアが沈む周期を見て言う。
「でも、三人が渡らないと札は起動しない」
「先に僕が向こうの固定装置を動かす」
「じゃあ、これね」
ティアナの手から細い蔦が伸び、僕の腰へ巻きついた。
外れないように確認するため、ティアナが僕のすぐ近くへ屈み込む。
肩までの髪が僕の頬をくすぐった。
「きつくない?」
「だ、大丈夫」
「顔、赤いよ?」
「ティアナが近いから……」
口にしてから、余計に恥ずかしくなった。
ティアナの指が止まり、今度は彼女の耳まで赤くなる。
「そ、そういうのは、今言わなくていいから」
「二人とも、競技中」
フィアの冷静な声が飛んできた。
「ご、ごめん!」
僕たちは同時に離れた。
蔦は腰へ巻かれたままだ。
通常の摩擦がある状態で床を蹴る。
一歩分の短距離加速。
踏み込みが終わった直後、靴底の摩擦を減らした。
沈み始めた石板の上を滑る。
一枚目。
二枚目。
三枚目が沈み切る寸前、僕の身体は向こう側へ抜けた。
停止線が迫る。
片足の摩擦を戻したが、身体は止まり切らない。
「ティアナ!」
「任せて!」
腰の蔦が強く引かれた。
壁へ激突する寸前で前進が止まり、今度は反動で後ろへ引き戻される。
取っ手を掴んだ直後だったため、僕はその場で尻餅をついた。
「止まったけど、格好よくはないね」
「成功は成功だよ」
ティアナが笑う。
僕が取っ手を下げると、沈んでいた石板が固定された。
ティアナとフィアが渡り、二枚目の通過札が起動する。
その先で待っていたのは、上下を繰り返す巨大な石柱だった。
安全な迂回路は右側にある。
けれど、大きく遠回りになる。
「地面の下を調べるね」
ティアナが片膝をつき、石床へ両手を触れた。
「石柱の下に土がある。全部は止められないけど、角度なら変えられる」
石床の継ぎ目から、細い根が潜り込む。
土が僅かに隆起し、一本目の石柱が斜めに傾いた。
二本目には太い根が楔として入り、中ほどの高さで止まる。
三本目も、異なる高さで固定された。
三本の石柱が、奥へ続く一つの斜面になる。
「長くは保たないよ!」
「十分」
フィアは一人で飛び出さず、僕たちが斜面へ乗るのを待った。
三人で石柱を駆け上がる。
ティアナの額へ汗が滲む。
最後尾の彼女が通過した直後、一本目の石柱が再び動き始めた。
固定は完全じゃない。
それでも三枚目の通過札へ、三人で到達できた。
最奥では、青い魔導核を三重の金属環が囲んでいた。
環には防御術式が刻まれ、それぞれ異なる周期で回転している。
「力ずくで壊したら?」
「外側の環が閉じる。たぶんしばらく開かなくなる」
僕は三つの光を数えた。
一つ目が消える。
二つ目が遅れて消える。
三つ目が消えた直後だけ、三本の環の隙間が一直線に重なる。
「ティアナ、環の基部を一瞬だけ止められる?」
「一瞬なら」
根が床を走り、回転環の台座へ絡む。
土が基部を左右から挟んだ。
回転が僅かに遅くなる。
フィアは細剣を構え、動かない。
速いからこそ、合図を待っている。
一つ目。
二つ目。
「三つ目の光が消えた直後」
三つ目が消える。
「今!」
雷鳴が狭い部屋を揺らした。
フィアの姿が消える。
三重の回転環が作った僅かな隙間を、一筋の雷が通過した。
細剣の切っ先が魔導核の中心へ届く。
甲高い音とともに核へ亀裂が走り、青い光が消滅した。
「破壊を確認。帰還経路が開きます」
通信石から教師の声が流れる。
「戻る」
フィアがすぐに僕たちの位置へ帰ってきた。
三人で来た。
だから、三人で帰る。
来た道を戻り、石柱区画へ到達する。
そこで、予定より早く二本目の楔が外れた。
石柱の斜面が崩れ始める。
「今なら抜けられる」
フィアが動こうとして、足を止めた。
一人だけなら間に合う。
けれど僕とティアナは同じ速度では進めない。
「次の周期を待とう」
僕は上下する石柱を数える。
「七回目に三本が階段状になる」
「そこへ足場を足すね」
ティアナが残った魔力で土を盛り上げる。
七回目。
三人で同時に走った。
数秒は失った。
それでも誰一人分断されず、入口まで帰還する。
「アルト・ロウェル班、競技完遂!」
鐘が鳴った。
悪くない記録だった。
けれど最速ではない。
全班の競技が終わるまで、観客席の監視水晶へ主要班の動きが映し出された。
セルフィナ班は、風精霊を先行させていた。
行き止まりと魔力線を事前に探り、二人の班員へ迷いなく進路を伝える。
三人の足が一度も止まらない。
双子班では、ガルナとフェリナが左右の経路へ分かれていた。
ガルナの嗅覚がフェリナへ道を伝え、フェリナの視界がガルナの死角を補う。
三人目が中央装置を動かした瞬間、離れた二枚の通過札がほぼ同時に起動した。
メルナ班では、何人もの幻像が魔導人形を逆方向へ誘う。
本物の二枚の投擲輪だけが壁を跳ね、離れた起動装置を連続で叩いた。
レグルス班も速い。
風で側道を調べ、動く仕掛けを銀槍で保持しながら、二人の班員を先へ通していた。
どの班にも、三人でなければできない攻略がある。
やがて大型掲示板へ順位が表示された。
一位、セルフィナ班。
二位、ガルナ・フェルザ班。
三位、アルト・ロウェル班。
四位、メルナ・アリエス班。
五位、レグルス・ヴァレイン班。
「六秒差……」
ティアナが二位との記録差を見る。
高順位だ。
それでも、双子班には届かなかった。
「ほら! 一対一と三人戦は違っただろ!」
ガルナが太い尾を振りながら駆けてくる。
「私たちの勝ち!」
「予想よりずっと速かったけどね」
フェリナも隣へ並ぶ。
「特に元最下位くん。ちゃんと二人の役に立ってた」
「その言い方!」
ティアナが頬を膨らませる。
「でも、お荷物って呼ぶのを完全にやめるには、まだ一勝足りないかな」
フェリナは楽しそうに笑った。
僕は順位表を見上げる。
「今回は僕たちの負けだ」
「素直だね」
「でも、次も同じとは限らない」
ガルナの犬耳がぴんと立つ。
「いいね! 次も勝つ!」
「その前に一位を取った班がいるけどね、お姉ちゃん」
フェリナに指摘され、ガルナの尾が止まった。
「つ、次はセルフィナ班にも勝つ!」
その時、五位の札を受け取ったレグルスが歩いてきた。
「僕は僕の班で競った。結果について言い訳をするつもりはない」
銀槍を肩へ担ぎ、僕たち三人を見る。
「だが、次は君たちより上へ行く」
「僕たちも、次は二位じゃなくて一位を狙うよ」
「三位だよ、アルト」
ティアナに訂正される。
「あ……そうだった」
ガルナが大声で笑い、フェリナまで口元を押さえた。
ユリウスへ勝ったからといって、僕があらゆる場所で一番になったわけじゃない。
一人で強いことと、三人で速く進めることも違う。
一対一で勝った僕は、三人で一位にはなれなかった。だからこそ、双獣へ返すべき敗北が一つ増えた。
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