第32話 双獣の挑発
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
医務室を出た瞬間、廊下にいた生徒たちの視線が一斉に集まった。
「アルト・ロウェルだ」
「本当にユリウスに勝ったんだよな?」
「元最下位が、上位五名を……」
元最下位。
昨日までなら最下位と呼ばれていたのに、今は前へ一文字増えている。
喜ぶべきなのだろう。
けれど、左腕の紋章が制服の下で疼くたび、素直に胸を張る気にはなれなかった。
「炎を分解した剣士だって」
「属性適性なしで、どうやったんだ?」
「本当に剣で消したのか?」
疑問と警戒の混じった声も聞こえる。
僕は答えず、携帯食の残りを口へ入れた。
固い穀物を噛んで飲み込む。腹には溜まるのに、身体の奥に残った空洞までは埋まらない。
右脚の痺れは歩ける程度まで治まっていた。
肩と手首と肘には、剣を振るたびに思い出しそうな痛みがある。
それでも、仲間の魔力が食べ物に見える状態は収まっていた。
「顔色、さっきよりは戻ったね」
少し離れた場所で待っていたティアナが言った。
「うん。検査でも、今すぐ寝込む必要はないって」
「今すぐ、という言い方が気になるけど」
ティアナは眉を寄せたものの、競技場で何があったのかを問い詰めなかった。
僕たちはフィア、レグルスと合流し、中央広場へ向かった。
三人迷宮競技の受付が始まっていたからだ。
受付台で渡された申請用紙には、名前を書く欄が三つあった。
僕たちは四人。
欄は三つ。
分かっていたことなのに、空白を目の前にすると意味が重くなる。
「個人戦の結果だけで決めるべきではない」
レグルスが競技規則をめくりながら言った。
「探索、戦闘、罠への対応、全員での帰還。何を優先するかによって必要な三人は変わる」
「事前に競技区画の詳しい情報は出ないみたい」
ティアナは別紙を広げた。
「公開されてるのは、制限時間と持ち込める道具の数だけだね」
「なら、今ここで決める必要はない」
フィアが淡々と言う。
「個人戦の順位と、迷宮での役割は同じではないから」
右手の傷を残す彼女自身が言うと、その言葉には別の重さがあった。
「少なくとも、戦闘順位だけでアルトを外すのは反対だからね」
ティアナが申請用紙を押さえる。
僕を入れると決めたわけではない。
ただ、最初から外す理由にもならない。
四人で規則を確認しようとした時、受付広場の向こうから大きな声が飛んできた。
「いた! 噂の元最下位くん!」
赤茶色の髪が、人混みの上で跳ねた。
大きな犬耳を立てた少女が、太い尾を勢いよく振りながら歩いてくる。
両腕には、ごつい魔導籠手。
金色の瞳は、こちらを見つけたことを隠そうともせず輝いていた。
その半歩後ろには、黒髪の少女がいる。
黒い猫耳と細長い尾。
青緑色の瞳を細め、腰の湾曲した双短剣へ軽く手を添えている。
「ガルナ・フェルザとフェリナ・フェルザ……」
レグルスが呟いた。
戦闘順位上位十五名級の獣人双子。
犬獣人の姉と猫獣人の妹。
正反対の二人は、学院でまとめて双獣と呼ばれている。
「元がつくようになってよかったね!」
姉のガルナが、白い歯を見せて笑った。
「ユリウスを倒した試合は見たよ。最後の一撃、すごかった!」
「お姉ちゃん。褒めに来たみたいになってるよ」
妹のフェリナが、笑顔のまま姉の脇腹を小さく突く。
「勝ったことは本当だし、褒めるところは褒めるって!」
「そうだね。個人戦の勝利は本物」
フェリナの青緑色の瞳が、僕から三人分の申請欄へ移る。
「それで、元最下位くんも三人迷宮競技に出るつもりなの?」
「まだ誰が出るかは決めてないよ」
「ふうん。土姫と雷剣のお荷物だったのに、個人戦で一度勝っただけで、集団戦まで通用すると思ってるのか気になって」
ティアナが一歩前へ出かけた。
「お荷物って――」
僕はその前で軽く手を上げた。
言葉が刺さらなかったわけじゃない。
鎧蜥蜴戦では、僕の力が足りなかった。
浅層復帰実習では、ティアナの蔦がなければ滑走を止められなかった。
フィアやレグルスが作った機会へ、僕が繋いでもらった場面も多い。
だからこそ、感情だけで否定しても意味はない。
「個人戦と集団戦が違うのは分かってる」
「分かってるだけじゃ駄目だよ!」
ガルナは魔導籠手を胸の前で打ち合わせた。
鈍い金属音に、周囲の生徒が振り返る。
「集団戦っていうのは、一人で三人分強ければいいわけじゃない。こういうこと!」
ガルナとフェリナは、受付広場の隣にある簡易練習区画へ歩いていった。
仕切り壁と低い足場が並び、参加者が連携を確認できる場所だ。
フェリナが係員へ使用札を渡す。
短時間の練習用らしく、周囲に薄い安全膜が張られた。
「始めていいよ」
フェリナが配置につく。
ガルナは仕切り壁の手前に立ち、正面だけを向いた。
練習装置が動き出す。
壁の向こうから、青い訓練球が射出された。
完全にガルナの死角だ。
フェリナが音もなく走る。
一歩で足場へ上がり、そのまま仕切り壁の側面を駆けた。
黒い残像が二つに分かれて見える。
壁の上からなら、ガルナへ迫る訓練球が見える。
だが、声はない。
手振りも視線もない。
それなのに、ガルナの犬耳とフェリナの猫耳が、同じ瞬間に動いた。
ガルナが振り返らないまま、右腕だけを後方へ振る。
魔導籠手から小さな衝撃波が放たれた。
青い訓練球の中心へ正確に当たり、勢いを失った球が受け網へ落ちる。
「見ていなかった」
フィアが目を細めた。
「音へ反応したわけでもない。球が射出されるより先に、腕を動かしていた」
続いて、練習区画へ白い煙が満ちた。
フェリナの姿が見えなくなる。
煙の中では、複数の移動標的が動き始めていた。
そのうち一つだけに香料が塗られているらしい。
ガルナの鼻が小さく動く。
右。
左。
もう一度、右。
視界を奪われているはずのフェリナが、煙の中で同じ方向へ進路を変えた。
足音は聞こえない。
低い壁を蹴る音すら、消音魔法に消されている。
ガルナの尾が左へ振れた。
煙の中で、フェリナの細い尾も同じ方向へ動く。
次の瞬間、訓練用の短剣が飛んだ。
煙を切り裂き、移動標的の中央へ突き立つ。
命中を知らせる光が灯った。
煙が薄れる。
ガルナは一歩も動いていない。
フェリナも標的を直接見てはいなかった。
「合図じゃない」
僕は二人の動きを思い返す。
「感覚そのものを渡してるんだ。ガルナはフェリナが見た球の位置を受け取った。今度はフェリナが、ガルナの嗅覚で捉えた方向を受け取った」
「正解」
フェリナが標的から短剣を抜いた。
「でも、考えていること全部が分かるわけじゃないよ。必要な感覚を、必要な時だけ借りるの」
「思考まで読めたら、フェリナが毎日あたしを怒る前に逃げられるんだけどな!」
「怒られる理由を考えた方が早いと思うよ」
笑顔で返されたガルナの犬耳が少し垂れた。
性格も話し方も違う。
けれど戦いになれば、二つの身体が一つの索敵網として動く。
「迷宮なら、片方が曲がり角の先を見ながら、もう片方が後方を警戒できる」
ティアナが練習区画を見渡した。
「離れても、お互いの位置を見失いにくいんだね」
「分断されたように見えても、情報は途切れない」
レグルスも表情を引き締める。
「挟撃を仕掛ける側にとっては、厄介だな」
「切り替える前に兆候はある」
フィアが双子の耳と尾へ視線を向ける。
「目と耳と尾が、一瞬だけ同じ方向へ動いていた」
「よく見てるね、雷剣ちゃん」
フェリナは認めたが、困った様子はない。
それだけで能力のすべてを見抜いたわけではないのだろう。
「私たちはもう登録済み」
フェリナが三人の名前で埋まった受付札を軽く掲げた。
「三人目も決まってる。あなたたちとは別班だよ」
「あたしたち二人の死角は、ほとんどない!」
ガルナが胸を張った。
「三人目が加われば、もっと強い!」
フェリナは僕たちの申請用紙を覗き込む。
「でも、そっちは四人。出られるのは三人だけ」
視線が僕へ向く。
「土姫、雷剣、銀槍。それで三人になるよね」
レグルスの眉が動いた。
「勝手に僕たちの編成を決めるな」
「順位と実績を並べただけだよ」
フェリナは細長い尾を揺らす。
「元最下位くんを入れたら、誰か一人を外さないといけない。それに迷宮で彼を守るなら、土姫と雷剣の動きまで制限される」
「それなら、やっぱり土姫と雷剣のお荷物じゃない?」
ガルナが悪気を隠さず言った。
ティアナの頬が膨らむ。
フィアの顔から感情は読めない。
僕は三人の前に出るのではなく、三人と同じ位置へ立った。
「僕が荷物かどうかは、君たちが決めることじゃない」
ガルナの金色の瞳が細くなる。
「ユリウスへ勝ったことで、集団戦まで強くなったとは思ってない。僕は三人に助けられてきたし、まだ一人でできないことも多い」
「じゃあ、外れる?」
「それを今ここで決めるつもりはない」
三人分しかない申請欄を見る。
「一対一と集団戦が違うのは分かってる。だから、競技で確かめよう」
ガルナの太い尾が、勢いよく左右へ振れた。
「いいね! それなら話が早い!」
「一対一では勝っても、集団戦では通用しない」
フェリナが笑う。
「ユリウスを倒した剣が、仲間と一緒にいる時でも振れるのか見せてよ」
「勝負は三人迷宮競技だ!」
「受けて立つ、とはまだ言わない」
レグルスが申請用紙を双子から遠ざけた。
「誰が出場するかは、僕たち四人で決める」
「個人順位だけで選ぶつもりはない」
フィアも続ける。
「迷宮で必要なのは、速い者や強い者を三人並べることだけではないから」
「アルトは守られてるだけじゃないよ」
ティアナが僕の隣で言った。
「実習で、何度も状況を次へ繋いでくれた。出る三人はまだ決めないけど、最初から外す理由もないから」
「なら、誰を選ぶか楽しみにしてる!」
ガルナが魔導籠手を掲げる。
「競技で泣いても待ってあげないからね、元最下位くん!」
「迷宮では観客の歓声も、一対一の間合いも助けてくれないよ」
フェリナが背を向ける。
「そこで本当に通用したら、その時はお荷物って呼ぶのをやめてあげる」
二人は同時に歩き出した。
言葉を交わしていないのに、右と左から来た生徒を同じ瞬間に避ける。
離れて見えても、二人の感覚は繋がっている。
「随分、好き勝手言われたな」
レグルスが不機嫌そうに呟いた。
「でも、実力は本物だね」
ティアナは双子が去った方向を見ていた。
「対策を考える前に、私たちの三人を考えないと」
「今日は規則を持ち帰るだけでいい」
フィアが受付の案内を取る。
「誰かを急いで外せば、それこそ相手の言葉に動かされたことになる」
僕たちは、名前の書かれていない申請用紙を畳んだ。
時計塔の針は、もうすぐ正午を指す。
ティアナが時計と僕を交互に見た。
「午後の約束は、ちゃんと空けておいてね」
「うん。忘れてないよ」
まずは、この四人で三人分の答えを見つけなければならない。
一人で勝った僕へ、双獣が突きつけた次の問いは――三人でも勝てるのか、だった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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