第31話 最下位が勝つ日
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
炎の多角形が、音を立てて狭まってくる。
背後には場外線。
正面には三つの出口が見える。けれど、二つは光を曲げて作られた偽物だ。
「目を逸らすな、ティアナ。これが、君の選んだ結果だ」
炎の向こうで、ユリウスが長剣を構える。
どの出口を選んでも、彼の剣か炎が待っている。
逃げ道はない。
だから僕は、用意された出口から逃げることをやめた。
炎の線を目で追う。
床を走る火は互いに繋がり、一つの術式として魔力を巡らせている。ただし、流れは完全に均一じゃない。
火柱と火柱の間。
わずかに炎が薄くなる場所がある。
左腕の紋章が熱を持った。
途端に、視界を囲む炎すべてが巨大な食べ物へ変わる。
甘く、濃く、腹の底を焼くほど魅力的な魔力。
全部を喰えばいい。
そうすれば、この包囲は消える。
けれど、それだけの魔力を喰ったあと、僕は本当に口を閉じられるのか。
炎だけで止まれるのか。
ユリウスも、観客も、ティアナもいるこの場所で。
「全部は、喰わない」
自分の肩幅を確かめる。
必要なのは勝つための力じゃない。
僕一人が抜けられる穴だけだ。
一つを、一呼吸だけ喰え。
そして、必ず口を閉じろ。
剣と身体で左腕を隠す。
炎がユリウスの手から完全に離れ、床へ定着していることを確かめた。
僕は一呼吸だけ、黒い紋章を開いた。
炎の壁、その一点だけが震えた。
縦長の範囲が黒い糸へほどけ、制服の袖の下へ吸い込まれていく。
炎に、人一人分の穴が開いた。
残りの包囲は燃え続けている。
『足りぬ』
獣じみた声が、頭蓋の内側を引っ掻いた。
『炎すべてを喰え。光も、男も喰らえ』
胃が裏返りそうになる。
『もっと甘いものが近くにある。口を閉じるな』
左手が、炎の向こうへ伸びようとした。
僕は奥歯を噛み締める。
口を閉じる。
紋章へ意識の蓋を叩きつけた瞬間、左腕から胸まで、熱した針を何本も通されたような痛みが走った。
「なにをした?」
ユリウスの顔から、初めて余裕が消えた。
答えている時間はない。
吸収した魔力は、僕自身の魔力にはなっていなかった。
腹の内側に溜まることもない。
炎として使うこともできない。
暴食の内側で属性の形を失った魔力が、行き先を求めて暴れている。
僕は残り少ない自分の魔力で、第一階位魔法の型を作った。
小さく、単純で、何度も失敗してきた型。
そこへ、喰った魔力を燃料として流し込む。
大半が熱となって消えた。
左腕の痛みがさらに強くなる。
それでも靴底へ、摩擦軽減が届いた。
通常の摩擦がある状態で、床を蹴る。
一歩分だけ短距離加速。
踏み込みを終えた直後、靴底の摩擦を落とした。
身体が炎の穴へ滑り込む。
肩すれすれを火が舐めた。熱が制服を焦がす。
けれど、抜けた。
穴の先では、ユリウスが待っていた。
狙いは僕が摩擦を戻す瞬間。
前と同じなら、片足ずつ止めようとした身体が硬直する。そこへ長剣を置けばいい。
ユリウスの判断は正しい。
だから、僕は止まらなかった。
右足だけ摩擦を戻す。
靴底が床を噛んだ瞬間、残っていた勢いを横へ逃がした。
身体が半回転する。
足首と膝に、捻じ切られそうな痛みが走った。
完全な方向転換には程遠い。それでも、ユリウスが待っていた直線から肩一つ分だけ外れる。
長剣が制服の胸元を掠めた。
「同じ技ではない、か」
ユリウスは驚いても止まらない。
剣を返しながら光を曲げ、三人に増えて僕を囲む。
どれが本物か、目では追えない。
僕は薄い防壁を一枚だけ、斜め前へ作った。
紙より薄い第一階位防壁。
攻撃を防ぐ力なんてない。
左のユリウスが防壁を通過する。
破れない。
虚像だ。
右から来た剣が防壁へ触れ、乾いた音とともに引き裂いた。
そこだ。
剣を寝かせ、長剣を受け流す。
重い。
腕が沈み、傷めた肩まで衝撃が突き抜けた。
「小細工を重ねても!」
炎が横から迫る。
新しい薄膜を作るより早く、僕は床へ転がった。
脇腹を火花が打つ。安全術式が光ったあとも、焼ける痛みは残った。
立ち上がる。
虚像の前へ防壁を一枚。
破れない。
別の位置へ、もう一枚。
炎が破る。
その奥から本物の剣。
受け流す。
間に合わず、肩を打たれる。
次は脇腹。
続いて手首。
本体を見分けても、剣術の差は消えない。
速さも、力も、技術も、ユリウスが上だ。
「工夫では、才能の差は埋まらないと言ったはずだ」
「まだ、終わってない」
僕は正面から剣を振った。
ユリウスの長剣が、最短の軌道で合わせられる。
弾かれた。
もう一度、同じ角度。
また最短で防がれる。
三度目も同じだ。
ユリウスの防御は正確だった。
癖なんかじゃない。
正面から来る剣へ、正面から最短で合わせる。それが彼にとって最善だから、迷わず選んでいる。
僕は打ち負けながら、その位置を覚えた。
喰った魔力は、もうほとんど残っていない。
摩擦軽減と、何枚もの薄い防壁。
残りは、剣の重さを二度変える程度。
そして僕自身の魔力も、あと一度で空になる。
直線にしか進めない。
外せば右脚が痺れ、立つことすらできなくなる。
それでも、僕が最後に選べるのはこれだけだ。
剣先の少し前へ、髪の毛ほど薄い防壁を置く。
ユリウスの虚像が左右へ広がった。
「終わりだ、アルト・ロウェル」
「終わらせるよ、ユリウス」
身体強化。
短距離加速。
剣への魔力纏い。
三つの魔法を、一瞬だけ繋ぐ。
「《閃駆》!」
僕の身体が直線へ射出された。
ユリウスは見抜いている。
進路を変えられない僕の正面へ、迷いなく長剣を合わせた。
それでいい。
僕は振り始める瞬間だけ、剣を軽くする。
腕の速度を超えて、剣先が前へ走った。
ユリウスの本物の長剣が、剣先の前に置いた薄い防壁を破る。
乾いた音。
目じゃない。
これが接触直前の合図だ。
軽量化を解除。
さらに、一呼吸より短い一瞬だけ、本来より僅かに重くする。
手首が軋んだ。
肘が悲鳴を上げる。
肩の奥で何かが弾けたような痛みが走った。
けれど、今度は指一本分もずれない。
直線加速。
魔力を纏った刃。
接触直前の重量。
三つが、ただ一度だけ重なった。
剣と剣が激突する。
ユリウスの長剣は折れなかった。
ただ、その完璧な防御線から弾き出された。
「な――」
開いた胸元へ、僕の剣が届く。
刃が触れる寸前、ユリウスの防具と僕の剣に刻まれた安全術式が、目を焼くほど強く輝いた。
本来なら胸を断つはずだった斬撃が、すべて激しい衝撃へ変換される。
轟音。
ユリウスの身体が床を滑った。
長剣が手から離れ、彼は仰向けに倒れる。
僕の右脚からも感覚が消えた。
魔力は空だ。
剣を杖にして踏み止まろうとしたが、片膝が床へ落ちた。
それでも場外線までは、まだ半歩ある。
審判がユリウスへ駆け寄る。
「ユリウス・クラウゼル、戦闘続行不能!」
一瞬、競技場から音が消えた。
審判の腕が、僕へ向けて上がる。
「勝者、アルト・ロウェル!」
次の瞬間、歓声が爆発した。
「元最下位が勝った!」
「上位五名を倒したぞ!」
「アルト・ロウェルだ! 本当に勝ち上がった!」
僕は剣を握ったまま、息を吐いた。
勝った。
暴食だけじゃない。
何度も繰り返した基礎剣術も、失敗し続けた第一階位魔法も、止まれなかった滑走も、指一本ずれた剣も。
その全部がなければ、最後の一撃には届かなかった。
医療係の術式を受け、ユリウスがゆっくり目を開けた。
まだ立てず、上半身を起こすだけで顔を歪める。
それでも彼は言い訳をしなかった。
「僕は君の努力を、結果が出る前に無価値だと決めつけた」
歓声が静まっていく。
ユリウスは冷たい青い目で、まっすぐ僕を見た。
「その無礼を謝罪する、アルト・ロウェル」
次に観客席のティアナへ顔を向ける。
「君の好意を敗者への同情と呼んだ発言も撤回する。君が誰の隣を選ぶかに、今後、僕は口を出さない。ティアナ、君にも謝罪する」
急に好意的な顔になったわけじゃない。
ただ敗者として、決めた約束を守った。
その直後だった。
胃が裏返った。
「う……っ」
口の中へ唾液が溢れ、吐き気と空腹が同時に込み上げる。
左腕の紋章が焼ける。
胸まで続く魔力の経路が、内側から灼かれているように痛い。
競技場を覆う安全結界が、巨大な料理に見えた。
観客席から漂う無数の魔力が、甘い匂いとなって僕を包む。
倒れているユリウスにも、まだ魔力が残っている。
『喰え』
閉じたはずの声が、また笑った。
競技場の入口から、ティアナが駆けてくる。
「アルト!」
明るく、温かく、よく知っている魔力。
それが誰よりも甘い食べ物に見えた。
左手が勝手に持ち上がりかける。
僕は右手で左手首を掴んだ。
痺れた右脚を引きずり、自分から後ろへ下がる。
「ティアナ、そこで止まって」
ティアナの足が止まった。
喜びに輝いていた顔へ、一瞬だけ不安が浮かぶ。
けれど、理由を問わない。
「みんな、少し離れて」
ティアナは医療係へ短く伝え、その場から動かなかった。
僕も左手を離さない。
二度目の口は開かない。
ティアナにも、ユリウスにも、結界にも触れない。
歓声はまだ続いている。
僕の名前が、競技場いっぱいに響いている。
学院中が元最下位の勝利へ沸く中で、僕は勝利より先に、自分の飢えからティアナを守らなければならなかった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




