第30話 光炎の貴公子
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
「本戦一回戦、アルト・ロウェル対ユリウス・クラウゼル!」
名前を呼ばれた瞬間、観客席から歓声が降ってきた。
そのほとんどは、僕へ向けられたものではない。
「光炎の貴公子だ!」
「予選三試合、誰にも触れさせなかったんだろ?」
「戦闘順位上位五名と、元最下位か……」
僕と向かい合うユリウスは、歓声など聞こえていないように静かに立っていた。
整えられた金髪。
冷たい青い瞳。
右手に握る長剣には、まだ魔力を纏わせていない。
それでも構えを見ただけで分かる。
隙がない。
魔法を使わなくても、剣士として僕より強い。
「両者、武器と安全術式を確認」
審判が僕たちの剣へ触れる。
刃を覆う術式が淡く光った。
致命傷は防いでくれる。
だからといって、痛みや骨折までなくなるわけではない。
「勝敗は、戦闘続行不能、あるいは両足の場外によって決する」
観客席の一角に、ティアナたちがいた。
ティアナは胸の前で両手を組み、真っ直ぐ僕を見ている。
その隣にはメルナ。
少し離れてフィアとレグルスも座っていた。
ユリウスが観客席へ顔を向ける。
「目を逸らすな、ティアナ」
よく通る声だった。
「君が賭けた男の現実だ」
ティアナは答えなかった。
ただ、一度も視線を外さない。
「僕は君の見世物になるつもりはないよ、ユリウス」
「すぐに立っていられなくなる。見世物にすらならないさ」
ユリウスが長剣を構えた。
僕も剣を抜く。
鞘に結ばれた緑色の組紐が、風に揺れた。
「始め!」
審判の声と同時に、ユリウスの身体が光に滲んだ。
右へ一歩。
そう見えた。
僕は右から迫る剣へ、自分の剣を合わせる。
けれど、刃が触れない。
虚像だ。
遅れて左肩へ衝撃が走った。
「っ!」
僕の身体が傾く。
ユリウスの本体は、見えていた場所より一歩左にいた。
追撃の剣が脇腹へ迫る。
受けようとした瞬間、一本だった剣筋が三本に分かれた。
上段。
横薙ぎ。
下からの切り上げ。
どれが本物か判断できない。
中央を防いだ。
外れた。
脇腹へ重い一撃を受け、息が押し出される。
安全術式が火花を散らす。
致命傷にはならない。
それでも痛みは本物だった。
踏ん張ろうとした僕の足を、ユリウスが正確に払う。
背中から床へ叩きつけられた。
「ぐっ……」
「アルトはまだ戦闘可能だ。続行!」
審判の声を聞きながら、僕は剣を支えに起き上がる。
開始から、まだ僅かしか経っていない。
それなのに左肩も脇腹も痺れていた。
「光だけを見ているから外す」
ユリウスは剣を下ろさない。
「剣だけを見ても同じだがね」
床へ向けられた切っ先から、細い炎が走った。
炎は僕を狙わない。
競技場を斜めに横切り、一本の線を作る。
続けて二本目。
三本目。
僕の左右へ逃げ道を残しながら、床を分割していく。
右にユリウスの姿が見えた。
左には炎。
右へ動く。
その瞬間、見えていたユリウスが光の中へ崩れた。
虚像。
本体の長剣が、右へ逃げた僕の正面で待っていた。
辛うじて剣で受ける。
金属音とともに、腕が押し戻された。
力でも負けている。
剣を滑らせて受け流そうとした瞬間、足元から火柱が上がった。
後ろへ跳ぶ。
そこへ光を纏った切っ先が伸びる。
僕は身体を捻った。
胸元を剣が掠め、安全術式の光が弾ける。
「魔法で追い込んで、剣で取る……」
「逆もある」
ユリウスの剣が振り下ろされる。
僕が横へ避けた先で炎が弾けた。
熱に押され、体勢が崩れる。
そこへ剣の腹が叩き込まれた。
僕は床を転がり、場外線の手前で止まる。
光と炎と剣術。
三つを順番に使っているんじゃない。
剣を避けた先へ炎があり、炎から逃げた先へ虚像がいる。
どこから一つが始まり、どこで終わるのか分からない。
すべてが一続きだった。
正面から剣を合わせても勝てない。
見えている姿を追っても、本体へは届かない。
それなら――姿を追う前に、場所を変える。
床を蹴る。
一歩分の短距離加速。
踏み込みが終わった直後、交換式靴底へ摩擦軽減を流す。
身体が一気に前へ滑った。
炎の線と線の間。
人一人が通れる僅かな切れ目へ入る。
ユリウスは僕へ剣を振らなかった。
その場から、ただ見ている。
何かを待っている。
まず右足の摩擦を戻す。
靴底が床を捉えた瞬間、右足の横で炎が爆ぜた。
「しまっ――」
衝撃で膝が内側へ折れる。
左足の摩擦を戻そうとする。
その時にはもう、流れていく僕の上半身の先へユリウスが立っていた。
光を纏った剣の腹が、右肩へ叩き込まれる。
鈍い音。
肩から床へ落ち、勢いのまま何度も転がった。
滑走中を狙われたわけじゃない。
速さを失い、足が床へ繋がる瞬間を待たれていた。
「一度見せた未完成の技が、二度も通ると思ったのか」
「最初から……摩擦を戻す場所を待ってたんだね」
「予選に出た意味が、君にだけあると思うな。見せた手札は、対戦相手のものでもある」
右肩に力が入りにくい。
滑走はもう使えない。
同じ止まり方をすれば、次は場外へ運ばれる。
観客席から声が聞こえた。
「滑った先を読まれた!」
「違う」
フィアの声だった。
「先じゃない。止まる瞬間を狙われた」
「アルトの予選をすべて分析しているな」
レグルスが低く続ける。
「しかも厄介なのは、魔法がなくとも剣で押し切れることだ」
その通りだった。
ユリウスの優位は、光を破れば終わるものではない。
炎を抜けても、その先には強い剣士がいる。
それでも、見えないままでは何も始まらない。
光の屈折は、姿をずらす。
なら、ずらされた姿ではなく、光が曲がる場所を探す。
僕は剣先を石床へ押しつけた。
横へ強く擦る。
細かな石片と砂埃が舞い上がった。
「目潰しか?」
「そんなに届かないよ」
左手を前へ出す。
第一階位防壁。
僕の魔力では、紙より頼りない薄さしか作れない。
剣も炎も防げない。
けれど今は、それでいい。
半透明の膜を扇状に広げ、舞い上がった砂埃を表面へ付着させる。
無数の砂粒が、防壁の上へ点々と並んだ。
位置の変わらない、小さな目盛りだ。
ユリウスの姿が再び光へ滲む。
三つに増えた。
左。
中央。
右。
三つの虚像が同時に踏み込んでくる。
防壁に並ぶ砂粒を見る。
左側の粒は真っ直ぐだ。
中央も変わらない。
けれど右斜め前。
一直線だった砂粒の並びが、途中だけ折れ曲がって見えた。
光が、そこで曲がっている。
「そこだ!」
虚像を見ず、砂粒のずれへ踏み込む。
何もないように見えた空間から、ユリウスの青い瞳が現れた。
初めて驚きが浮かぶ。
距離は剣一本分。
本体だ。
僕が剣を振り上げるより早く、ユリウスの左手から炎が広がった。
薄い防壁が一瞬で焼け落ちる。
付着していた砂埃も熱風に吹き散らされた。
同時にユリウスの姿が横へずれる。
光の角度を変えられた。
同じ目盛りは、もう使えない。
それでも、本体の位置を捉えた一瞬は消えていない。
僕は剣へ魔力を流す。
軽量補助。
訓練用の重量調整環で、何度も変化を確かめた。
ただし、あの魔導具はここにはない。
自分の魔法で軽くできるのは、一瞬だけ。
剣を振り始める瞬間、重さが僅かに消える。
腕がいつもより速く動いた。
刃がユリウスの肩へ迫る。
命中の直前。
軽量補助を解除する。
本来の重さが剣へ戻った。
その瞬間、切っ先が指一本分だけ沈んだ。
手首が重さの変化に追いつかない。
肘が外へ逃げる。
狙っていた肩から、剣筋が下へずれた。
ユリウスの長剣が、その僅かな隙間へ差し込まれる。
光を纏った刃同士が激突した。
僕の剣は完全に止められた。
「くっ……!」
押し返された衝撃が手首から肘へ突き抜ける。
指が痺れ、握力が緩んだ。
ユリウスは一歩も退いていない。
僕の剣を弾き上げ、そのまま胸元へ蹴りを入れる。
身体が後方へ飛んだ。
受け身を取り、どうにか片膝で止まる。
あと数歩で場外だ。
「振り始めだけ剣を軽くし、当たる前に戻したか」
ユリウスは僕の意図を一度で見抜いた。
「発想だけなら悪くない」
褒める声ではない。
「だが、工夫では、才能の差は埋まらない」
長剣の切っ先が僕へ向く。
「君が僕へ届くには、摩擦を切り替え、砂を撒き、防壁を広げ、剣の重さまで変える必要がある」
ユリウスは観客席のティアナへ視線を向けた。
「僕は一つの魔法と一振りで、それを上回る」
床へ剣が振り下ろされた。
炎が走る。
一本ではない。
僕の左右、背後、斜め前。
幾本もの炎が繋がり、多角形の檻を作った。
残された正面に出口が見える。
けれど、その周囲だけ光が不自然に揺れていた。
本物の出口か。
炎の上へ重ねられた虚像か。
砂埃はもう残っていない。
滑走は読まれた。
右肩が痺れ、剣を握る手首と肘も痛む。
背後には場外線。
炎の線が、少しずつ内側へ狭まってくる。
「目を逸らすな、ティアナ」
炎の向こうで、ユリウスが長剣を構えた。
「君が僕ではなく彼を選んだ結果だ」
ティアナは目を逸らさなかった。
僕もまだ、膝をついたままでは終われない。
剣を握り直し、狭まる炎を見据える。
炎に塞がれた出口の向こうで、ユリウスの剣だけが、僕の敗北を待っていた。
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