第29話 賭けられた隣
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
競技場を埋めていた花園が、ゆっくりと土へ還っていく。
ティアナは試合後の確認を終えると、係員たちに混じって残った根を回収していた。
自分の魔法だからと、片づけまで人任せにはしないらしい。
やがて着替えを済ませたティアナが、僕たちのいる通路へ駆けてきた。
「お待たせ!」
少し湿った髪が肩の上で跳ねる。
メルナが真っ先に両腕を広げた。
「本戦進出おめでとう、土姫様! それと公開デートのお誘いもおめでとう!」
「そっちは大声で言わなくていいから!」
ティアナが慌ててメルナの口を塞ぐ。
けれど、周囲の生徒たちは既にこちらを見ていた。
僕まで顔が熱くなる。
「アルト」
「うん?」
「明日の午後、忘れてないよね?」
確かめるように覗き込まれる。
「忘れてないよ。一緒に七彩祭を回るんだよね」
「デートとして、だからね」
「う、うん」
ティアナは満足そうに笑い、僕の隣へ並んだ。
その時、上段へ続く階段の途中にユリウスがいることに気づいた。
冷たい青い瞳が、僕ではなくティアナへ向いている。
一枚の花弁が彼の肩へ落ちた。
ユリウスはそれを指で摘み、僅かな炎で灰に変えた。
「本戦の組み合わせが出るよ!」
メルナの声と同時に、中央広場の大型掲示板へ光が走った。
予選を突破した生徒たちの名前が、組ごとに並んでいく。
僕は自分の名前を探した。
すぐに見つかった。
本戦一回戦。
アルト・ロウェル。
その反対側にあった名前は――。
ユリウス・クラウゼル。
周囲がざわめいた。
「いきなり上位五名か」
「予選は勝てても、さすがに相手が悪いだろ」
「クラウゼルは三試合とも圧勝だったぞ」
胸の奥が重くなる。
ユリウスは強い。
魔力量も、剣術も、使える属性の数も僕より上だ。
怖くないと言えば、嘘になる。
掲示板の下に、試合時刻が表示された。
明日の午前。
ティアナとの約束より前だ。
「都合がいい」
背後から声がした。
振り返ると、いつの間にかユリウスが立っていた。
「何が?」
僕が尋ねると、ユリウスは掲示板へ目を向けたまま答えた。
「君の予選突破が、偶然だったとは言わない。三勝は結果だ。そこまで否定するほど、僕は不公平ではない」
褒めている声ではなかった。
「だが、結果はまだ三つだけだ。昨日まで戦闘順位最下位だった事実は消えない」
「分かってる」
「なら、自分の立場も理解すべきだ」
ユリウスの視線が、僕の隣にいるティアナへ移る。
「迷宮では彼女に守られた。防壁、拘束、足場。君が前へ進めた場面の多くに、ティアナの魔法がある」
「それは僕だけじゃない。僕たちは互いの力を使って――」
「言い換えても同じだ。君は彼女の力へ寄りかかっている」
ユリウスが言葉を重ねる。
「ティアナほどの魔法使いなら、三人迷宮競技でも優勝を狙える。だが、君と組めば彼女はまた君の不足を補うことになる」
「私が誰と組むかは、まだ――」
ティアナが口を挟もうとした。
だが、ユリウスは彼女の言葉を無視した。
「僕と組めばいい。僕なら彼女へ優勝を与えられる」
まるで、最初から決まっていることのような口調だった。
「土姫の隣には、それに釣り合う力と家格を持つ者が立つべきだ」
「それを決めるのは君じゃない」
僕が答えると、ユリウスの目がようやく僕へ戻った。
「建前はそこまでにしよう」
口元が僅かに歪む。
「僕はティアナが欲しい」
周囲の声が一瞬遠ざかった。
ティアナの表情からも笑みが消える。
「彼女の力も、家柄も、その容姿も、僕の隣に置くに相応しい。いずれ彼女も理解すると思っていた」
ユリウスの青い瞳が細くなる。
「だが、昨日まで最下位だった君へ、彼女があの笑顔を向ける。正直に言えば、不愉快だ」
「だから僕と戦うの?」
「違う」
ユリウスは静かに笑った。
「ただ彼女の隣に立つだけでは足りない。君から奪うから意味がある」
背筋に冷たいものが走った。
ユリウスが欲しがっているのは、ティアナだけではない。
僕からティアナを奪ったという事実だ。
「君を彼女の目の前で地面へ這わせる。その直後、僕が彼女の手を取る」
「何を――」
「午前に君を倒し、午後には僕が彼女を連れて祭りを歩く。学院中が、誰を選ぶべきだったのか理解する」
ティアナ本人が目の前にいる。
それなのにユリウスは、彼女の予定も気持ちも、既に自分のものになったように語っていた。
「条件を出そう」
ユリウスが僕の剣へ視線を落とす。
鞘には、ティアナが結んでくれた緑色の組紐がある。
「僕が勝てば、三人迷宮競技から降りろ。明日の約束も取り消せ。その組紐も返せ」
「……断る」
「まだある。今後、ティアナの隣へ立つな」
ユリウスはティアナへ目を向け、確信に満ちた声で続けた。
「迷宮競技でも、舞踏会でも、その後も、空いた隣には僕が立つ」
僕の中で、何かが強く軋んだ。
怖さが消えたわけじゃない。
それでも、この条件だけは受けられない。
「その条件じゃ受けない」
ユリウスが眉を上げる。
「ティアナは、僕が賭けていいものじゃない」
「綺麗事で逃げるつもりか?」
「違う。僕が競技から降りるかどうかは僕が決められる。でも、その後ティアナが誰と組むかは、僕にも君にも決められない」
僕はユリウスから目を逸らさなかった。
「僕が負けても、ティアナが君を選ぶ理由にはならない」
「なるさ」
即答だった。
「彼女は弱い君へ向けた庇護欲を、好意と取り違えている。君が僕の足元へ倒れれば、その勘違いも終わる」
周囲には、いつの間にか人だかりができていた。
「土姫を賭けるのか?」
「勝った方が相手になるってことか?」
そんな声が聞こえる。
ユリウスは訂正しない。
むしろ、観衆が増えるほど満足そうに見えた。
僕が断れば、逃げた男として残る。
受けて負ければ、ティアナの前で全部を失う。
最初からそのために、人の多い場所で話しかけたのだ。
「最低」
隣から、低い声が聞こえた。
ティアナが一歩前へ出る。
「私の気持ちを、あなたが勝手に説明しないで」
「今は、そう思っているだけだ」
「違う」
「彼が敗北するところを見れば、君も理解する。敗者へ向けた同情を、好意と取り違えていたと」
「アルトが負けても、私はあなたを選ばない」
ユリウスの表情は変わらない。
「拒むのは自由だ。君が僕を拒むほど、振り向かせた時の価値が上がる」
ティアナの肩が震えた。
怯えではない。
怒りだった。
「明日のデートへ行くのはアルト。あなたじゃない。この組紐だって、あなたに返せなんて言われる筋合いはない」
「明日の午前が終わっても、同じことを言えるならね」
「言えるよ」
ティアナは僕の鞘へ結ばれた組紐を指先で掴んだ。
「でも、アルトが私を賭ける形にはしない」
それから僕を見る。
「条件を変えるね」
「ティアナ?」
「アルトが負けたら、私が三人迷宮競技から降りる」
周囲がどよめいた。
「ユリウスとは組まない。デートも取り消さない。組紐も返させない。私が競技から降りるだけ」
「そんな……ティアナまで出られなくなる必要はないよ」
「あるよ。私の選択を、勝手に間違いだって言わせないために」
ティアナはユリウスへ向き直る。
「アルトが勝ったら、試合後に観客の前で私たちへ謝って。私の気持ちを同情だと言ったことも撤回して」
声は震えていなかった。
「それから、私が誰の隣を選ぶかへ、二度と口を出さないで」
「自分の出場権を、この男へ預けるのか?」
「違うよ」
ティアナが僕の目を見る。
「アルトが私を賭けるんじゃないよ」
緊張を隠すように、少しだけ笑った。
「私が、アルトに賭けるの」
胸が強く締めつけられた。
信じてもらえた嬉しさだけじゃない。
僕が負ければ、ティアナは競技へ出られない。
その重さまで、僕へ預けようとしている。
ユリウスは、そんなティアナを見て笑った。
「いいだろう」
欲しかった相手から拒絶された顔ではなかった。
むしろ、二人まとめて壊す道具を手に入れたような笑みだった。
「なら、君は彼を選んだせいで三人迷宮競技まで失う」
「そうはならない」
「その時になっても、同じ顔で彼の隣へ立てるか見せてもらおう」
ユリウスは一歩だけティアナへ近づいた。
触れはしない。
それでも、青い瞳は既に傷ついた彼女を見ているようだった。
「泣いて縋る場所が必要になった時には、僕が隣にいる」
「いらない」
ティアナは即座に言い切った。
僕は彼女を見る。
「本当にいいの?」
「私の参加は、私が決める」
迷いのない返事だった。
僕は息を吸い、ユリウスへ向き直る。
「その勝負、受ける」
「ようやく身の程を知る気になったか」
「違う」
ティアナは僕のものじゃない。
勝った者が手に入れる賞品でもない。
だからこそ、彼女の言葉を勝手に塗り替えようとするユリウスを、このままにはできない。
「君が勝っても、ティアナは君のものにはならない」
「敗者の言葉になる」
「ならないよ」
僕は掲示板に並ぶ二つの名前を見た。
「明日、観客の前で君に認めさせる」
ユリウスは鼻で笑い、背を向けた。
「君の希望と、彼女の信頼。その両方を折ってやる」
金色の髪が人波の向こうへ消えていく。
掲示板には、僕とユリウスの名前が向かい合っていた。
賭けられたのはティアナじゃない。彼女が僕へ預けた信頼と、その隣へ立ち続ける覚悟だった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




