表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/88

第3話 属性適性なし



 左腕の熱で、目が覚めた。


 まだ夜明け前だった。


 寮の窓から差し込む薄青い光の中で、僕は掛け布団をめくる。手袋の下にあるはずの黒い紋章が、じくじくと脈打っていた。


 昨日よりは薄い。


 けれど、消えてはいない。


『腹が減っているな、アルト』


 頭の奥で、獣のような声が笑う。


「……黙って」


『隠せばいい。喰わなければいい。いつまで保つ?』


 答えずに、僕は手袋をきつく引き上げた。


 昨日までなら、手袋なんてただの防寒具だった。


 今は違う。


 僕の中にいるものを、世界から隠すための布だった。


     ◇


 食堂へ続く廊下には、朝から生徒たちの足音が響いていた。


 壁に埋め込まれた魔導灯――魔石の力で光る照明――が、朝の薄暗さを淡く照らしている。


 その一つを見た瞬間、左腕が熱くなった。


 魔導灯の中にある魔石が、見える。


 青白い光の粒が、小さな果実みたいに揺れている。


 食べられる。


 そんな考えが、自然に浮かんだ。


「……っ」


 僕は視線を逸らした。


 パンの匂いがする。厨房からスープを運ぶ音が聞こえる。


 普通の朝だ。


 なのに、世界のどこにでもある魔力が、僕を呼んでいる気がした。


『一口でいい』


「駄目だ」


『誰も気づかん。灯りが少し暗くなるだけだ』


「それでも駄目だ」


 小さく呟くと、前方から声が飛んできた。


「アルト!」


 振り返る。


 ティアナが、少し息を切らして立っていた。


 いつもは明るく結んでいる髪も、今日はどこか急いで整えたように見える。僕を探していたのだと、すぐにわかった。


「おはよう」


「おはようじゃないよ。昨日、ちゃんと眠れた?」


「うん。少しだけ」


「少しだけって、眠れてない人の言い方だよね」


 ティアナは僕の顔を覗き込んだ。


 近い。


 慌てて半歩下がると、彼女の視線が僕の左手袋へ落ちた。


「まだ痛む?」


「平気だよ」


「ほんとに?」


「ほんと」


 嘘だった。


 痛いというより、怖い。


 この手が、いつかティアナの魔力まで欲しがるかもしれないことが。


 僕は無意識に左側を庇うように身体を傾けた。


 ティアナは一瞬だけ黙った。


 でも、理由を聞かなかった。


 代わりに僕の制服の袖をそっと掴んで、手袋の端を整えてくれる。


「左が嫌なら、右に立つから」


「ティアナ」


「一人になろうとするのだけは駄目」


 言い方は優しいのに、逃げ道がなかった。


「昨日、約束したでしょ」


 もう一人でどこかへ行かないで。


 あのとき泣きながら言われた言葉を思い出す。


 僕は頷いた。


「……うん。ありがとう」


 ティアナは少しだけ笑って、僕の右隣に並んだ。


 左腕の紋章はまだ疼いていた。


 それでも、さっきまでより呼吸がしやすかった。


     ◇


 朝食のあと、僕は教員棟の小さな会議室へ呼ばれた。


 迷宮実習中の事故について、話を聞かれるためだ。


 扉の前にはロイドがいた。


 昨日と同じ制服を着ているのに、ずいぶん小さく見える。顔色は悪く、僕と目が合った瞬間、すぐに俯いた。


「ロイド」


 呼ぶと、肩が震えた。


「アルト、僕は……」


 そこまで言って、彼は唇を噛む。


 言葉が続かない。


 昨日のことを、なかったことにされたら嫌だと思った。


 でも、今すぐ責める言葉も出てこなかった。


「今は、無理に言わなくていいよ」


「でも……」


「僕も、まだ整理できてないんだ」


 ロイドは、何かを言いかけて、結局何も言えなくなった。


 僕は会議室の扉を開けた。


 中には学院長と数人の教師がいた。


 穏やかな顔をした学院長の隣で、年配の教師が書類を机へ置く。


「アルト・ロウェル。君は実習中、許可された範囲を外れた可能性がある」


「……はい」


「封印された深部で発見された以上、偶発的な事故だけで済ませるわけにはいかん。卒業を控えた十回生として、迷宮実習への参加停止、場合によってはさらに重い処分も検討すべきだろう」


 胸の奥が沈んだ。


 迷宮実習の単位は、卒業後に騎士団へ進むためにも必要だ。


 ここで失えば、僕はレイシアの隣に立つどころか、学院を卒業することさえ危うくなる。


「僕は……勝手に深部へ行ったわけじゃありません」


「では、どうしてあの場所に?」


 答えられない。


 祠のことも、ベルゼバスのことも、灰鴉のことも。


 話せばいいのかもしれない。


 でも、それで誰が信じてくれるのか。


 魔神と契約した最下位の生徒なんて、僕でも怖い。


「わかりません」


 結局、そう言うことしかできなかった。


 教師たちの空気が少しだけ冷える。


 そのとき、学院長が静かに口を開いた。


「アルト・ロウェルが故意に規則を破った証拠はありません」


 穏やかな声だった。


 けれど、誰も反論できないほどはっきりしていた。


「落下した生徒を、落ちたことだけで罰するつもりはありません」


「しかし、学院長」


「今回の件は、迷宮内の局地的な崩落事故として扱いましょう」


 学院長は僕を見た。


「ただし、調査が終わるまで迷宮実習への参加は停止です。必要な実習単位も保留となります」


「……はい」


 守られた。


 退学にも、重い処分にもならなかった。


 それでも、前へ進む道を止められたことに変わりはない。


 会議室を出ると、廊下の向こうから小さな声が聞こえた。


「最下位がまた問題を起こしたんだって」


「ティアナ様まで巻き込んだらしいよ」


「卒業、できるのかな」


 聞こえないふりをした。


『言い返せ』


 ベルゼバスが囁く。


『お前を見下す者どもだ』


「……知らないだけだよ」


『知らぬ者は、いつも安全な場所から石を投げる』


 その言葉だけは、否定できなかった。


     ◇


「アルト」


 背後から呼び止められた。


 振り返ると、基礎剣術担当のバルト教師が立っていた。


 大柄な身体に、使い込まれた革の手袋。いつも訓練場で大声を飛ばしている人なのに、今は不思議なくらい静かだった。


「少し歩くぞ」


 学院の裏手にある訓練場まで、並んで歩く。


 まだ誰もいない朝の訓練場には、木剣を振った跡がいくつも残っていた。


「お前の魔力が少ないことは知ってる」


 バルト教師は言った。


「属性適性なしと診断されていることもな」


 その言葉は、何度も聞いてきた。


 属性適性なし。


 火も、水も、風も、土も。生まれつき得意とされる属性を、僕は一つも持っていない。


 魔法騎士になるには、あまりにも不利な診断だった。


「でもな」


 バルト教師は、僕の手にある片手剣を見る。


「お前は才能で剣を振っているんじゃない」


「……はい」


「毎日、諦めずに振った剣で立っている」


 昨日、黒狼へ向けた剣を思い出した。


 怖かった。


 逃げたかった。


 それでも、剣だけは離せなかった。


「属性適性なしでも、剣まで適性なしだったわけじゃない」


 胸の奥で、何かが少しだけ持ち上がった。


「明後日の早朝、ここへ来い」


 バルト教師は言った。


「身体強化。短距離加速。剣への魔力纏い。第一階位だけで、お前の戦い方を作り直す」


「……僕でも、ですか」


「お前だからだ」


 バルト教師は、僕の肩を強く叩いた。


「逃げるなよ、アルト」


「はい」


 今度は、迷わず答えられた。


     ◇


 夜。


 寮の消灯後、僕は誰にも見つからないよう学院迷宮へ向かった。


 昨日、灰鴉に通された道を、記憶を頼りに進む。


 深部の冷たい空気が、肺へ入り込んだ。


「来たか」


 灰色の外套をまとった男が、岩壁にもたれていた。


 灰鴉。


 四十代半ばに見えるその男は、僕を一度だけ見てから、左腕の手袋へ視線を落とした。


「誰かに話したか」


「話してません」


「ベルゼバスの名もか」


「はい」


 灰鴉は少しだけ頷く。


「今日は訓練じゃない。お前が口の軽い人間か、確かめたかっただけだ」


「因子って……何なんですか」


 会議室を出たあとから、その言葉が引っかかっていた。


 灰鴉は、祠の暗闇を見るように目を細める。


「魔神の因子。魔神の力を宿す核だ」


 声は低い。


「宿主の魔力も、怒りも、恐怖も喰って育つ。呪いに近いものだ」


 左腕が、冷たくなった。


「学院に知られれば、お前は生徒ではなくなる」


「……どうなるんですか」


「研究材料か。兵器か。処分対象だ」


 言葉が重く落ちた。


「だから、誰にも話すな」


「灰鴉さんは」


 喉が乾く。


「灰鴉さんは、僕を助けてくれるんですか?」


 灰鴉はすぐには答えなかった。


「助けたのは、お前を救うためだけじゃない」


 やがて、冷たく言う。


「暴食を迷宮の外へ出さないためだ」


 わかっていたはずなのに、少しだけ苦しかった。


 僕はまだ、誰かに救ってもらえると思っていたのかもしれない。


 灰鴉は背を向ける。


「まずは学院で生き残れ」


「……はい」


「剣を持つ資格を、自分で取り戻せ」


 灰鴉は振り返らない。


「次に俺が呼ぶまで、ここへは来るな」


     ◇


 寮へ戻ったあとも、眠れなかった。


 ベッド脇に置かれた魔法鏡――遠くの相手と声を繋ぐための魔導具――は、暗いままだった。


 鏡面に指を触れる。


 何度呼びかけても、返事はない。


「……レイシア」


 静かな部屋で、僕は小さく呟いた。


「僕は大丈夫だよ」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ