第27話 雷剣の敗北
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
「両者、前へ!」
午後の競技場へ、バルト教師の声が響いた。
向かい合う二人は、どちらもここまで二戦全勝。
学院最速の雷剣、フィア。
学年最高峰の索敵能力を持つ精霊弓、セルフィナ。
勝った方だけが、予選組一位として本戦へ進む。
「雷剣が予選から出てくるなんて、相手も運がないな」
「いや、セルフィナなら止められるかもしれない」
「止める? 動いたところを見られれば、だろ」
観客席の期待が、二人の間へ降り積もる。
腰まで届く金髪を黒いカチューシャで留めたフィアは、細剣の切っ先を低く構えていた。
右手には薄い巻き布が残っている。
向かい側のセルフィナは、白木の長弓へ矢をつがえていない。
淡い銀緑色の髪の周囲を、半透明の風精霊がいくつも漂っていた。
「勝敗は戦闘続行不能、または両足の場外! 始め!」
バルト教師の腕が下りる。
雷光が弾けた。
フィアの姿が、開始位置から消える。
観客の目には、金色の線だけが残ったはずだ。
それなのに、セルフィナの矢は先に放たれていた。
誰もいない空間へ向けて。
次の瞬間、その空間へフィアが現れる。
細剣と矢がぶつかった。
甲高い音。
フィアは矢を弾きながら身体をひねり、そのままセルフィナの脇へ抜けようとする。
セルフィナの周囲で風が巻いた。
淡い銀緑色の髪が浮かび、細い身体が後方へ滑る。
フィアの細剣が、白木の弓を僅かに掠めた。
けれど、一撃が触れただけでは試合は終わらない。
セルフィナは着地と同時に、三本の矢をつがえた。
放たれた矢は、またフィアのいる場所を狙っていなかった。
一歩先。
雷を纏って進む、その到達地点へ降り注ぐ。
フィアは一瞬だけ加速を切り、右へ跳んだ。
一本を細剣で弾く。
二本目を身を屈めて避ける。
三本目は、フィアではなく地面へ突き刺さった。
矢羽根の下から細い根が伸びる。
根は競技場の床を這い、フィアの後ろへ回り込んだ。
「速さを止める気じゃない」
僕は思わず呟いた。
セルフィナはフィアの脚へ蔦を巻きつけようとしていない。
矢と根で、フィアが走れる場所だけを減らしている。
「では、何を狙っているの?」
隣にいたティアナが尋ねる。
「行き先を決めさせるんだと思う。フィアが自分で選んだように見える道へ、先に矢を置いてる」
フィアが再び加速する。
左。
そこには矢。
雷の軌道が折れ、右へ変わる。
次の矢は、もう右側へ飛んでいた。
セルフィナはフィアの姿を追っていない。
翡翠色の瞳は、競技場全体へ向けられている。
風精霊たちが拾っているのだ。
足元へ雷が集まる微かな揺れ。
踏み込みで押し退けられる空気。
金髪や制服へ生じる僅かな帯電。
そして、動き出す直前の重心。
フィアが消えてから目で追うのでは遅い。
だからセルフィナは、消える前に射ている。
「でも、全部は止められない」
フィアの雷が、二つへ分かれたように見えた。
急加速。
直後に制動。
残った雷光だけを前へ流し、本人は斜めへ踏み込む。
セルフィナの矢が残像を貫いた。
フィアは低い姿勢から細剣を突き出す。
セルフィナが弓を盾のように立てた。
切っ先が弓の側面を滑り、制服の肩へ触れる。
安全術式の光が弾けた。
それでもセルフィナは戦闘を続けられる。
弓を回して細剣を外へ押し出し、風を足元へ集めて距離を取った。
「今のを避けるのか……」
「逆です」
僕たちの近くにいた上級生の声へ、セルフィナが戦いながら答えたわけではない。
けれど彼女の戦い方は、そう告げていた。
避けたのではない。
近づかれることまで含め、離れる準備をしていた。
セルフィナが地面へ二本の矢を撃つ。
新しい根が伸び、競技場の左半分を細かく区切った。
フィアは一度立ち止まった。
細剣の先が、ほんの僅かに揺れる。
何かへ気づいたように、足元の雷を消した。
「雷を使わない?」
ティアナが身を乗り出す。
フィアは普通に走った。
身体強化すら最小限。
速い。
けれど、先ほどまでの雷速とは比べられない。
セルフィナの矢は、フィアの右前方へ放たれた。
雷を纏っていれば到達したはずの場所。
しかしフィアは、まだその手前にいる。
矢が空を切った。
セルフィナの翡翠色の瞳が、初めて大きく開く。
フィアはそこから雷を弾けさせた。
予兆を読まれてから動くのではなく、読ませる予兆そのものを遅らせた。
間合いが一気に消える。
細剣がセルフィナの長弓を下から跳ね上げた。
弓が手を離れかける。
セルフィナは左手だけで弓を掴み直し、風の塊を二人の間へ叩き込んだ。
フィアが後ろへ滑る。
セルフィナも反対側へ飛ばされ、膝をついた。
あと半歩。
フィアが完全に懐へ入っていれば、セルフィナは弓を失っていた。
「速いだけじゃない……戦いながら、読み方を変えさせた」
僕が追いつきたいと思ったのは、あの速さだけではない。
一度読まれたなら、二度目は違う剣を出す。
その判断ごと、フィアの剣だった。
セルフィナが立ち上がり、四本の矢を連続で放つ。
今度は正面からフィアを射抜くためではない。
右肩。
右脇。
細剣の鍔。
フィアが右手で処理しなければならない位置へ、矢が重なる。
一射目を弾く。
二射目も弾く。
三射目で、細剣が大きく震えた。
四射目を受けた瞬間、フィアの右手から一度だけ力が抜ける。
傷が残っている。
フィアはすぐに握り直したが、剣先が戻るまで半瞬かかった。
セルフィナは見逃さなかった。
矢を当てて右手を壊そうとはしない。
ただ、握り直す回数を増やしている。
競技場の地面には、すでに何本もの矢が刺さっていた。
そこから伸びた根が、細い線となって走路を狭めている。
左には蔦。
右には場外線。
残ったのは、セルフィナへ真っすぐ続く道だけだった。
「露骨な道だ」
罠だと、僕にさえ分かる。
フィアにも分かっているはずだ。
それでも、細剣を正面へ向けた。
右手の巻き布が赤く滲み始めている。
フィアの肩が、見覚えのある角度へ動いた。
鎧蜥蜴との戦いより前。
自分の右手を傷つけた、あの斬撃へ入る時の構え。
「フィア……」
使えば、蔦も矢もまとめて断てるのかもしれない。
けれど、右手はもう一度耐えられる状態ではない。
フィアの細剣が僅かに上がる。
そして、止まった。
肩の力を抜き、普通の刺突の構えへ戻す。
右手を壊す斬撃は使わない。
今ある雷と細剣だけで、正面を抜くつもりだ。
足元で雷が揺れた。
風精霊が一斉に振り向く。
フィアが消えるより先に、セルフィナは二本の矢を放った。
一本は左。
もう一本は右。
どちらも、今のフィアがいる場所には飛んでいない。
雷光が一本道を駆け抜ける。
フィアはセルフィナへ迫った。
左の矢が着地点へ刺さり、蔦を伸ばす。
細剣が一閃し、蔦を断った。
だが、右の矢から伸びた蔦への反応が半瞬遅れる。
右手の傷。
それでもフィアは剣を返し、二本目まで切った。
蔦は身体へ巻きついていない。
足も止めていない。
ただ、その一瞬で十分だった。
セルフィナが弓を横へ振る。
風が、フィアの側面へ叩きつけられた。
止めるほど強い風ではない。
雷速の進路を、僅かに右へ曲げるだけの風。
フィアの細剣が、セルフィナの頬のすぐ横を通り過ぎた。
身体はそのまま場外線へ向かう。
右足が線を越えた。
フィアは左足で踏み止まろうとする。
傷んだ右手では細剣を地面へ突き立てられない。
左足も、競技場の外へ着いた。
「場外!」
バルト教師の声が響く。
「勝者、セルフィナ・シルヴァリス! 三戦全勝、本戦進出!」
歓声とどよめきが重なった。
フィアは場外で姿勢を立て直し、自分の両足を見下ろした。
判定へ抗議はしない。
セルフィナも笑っていなかった。
白木の長弓を垂直に立て、胸元へ手を添える。
正式な敬礼だった。
「あなたが動き出した後では、私には追えません」
セルフィナは静かに告げる。
「だから、動く前を読みました。一度でも読み違えていれば、場外にいたのは私です」
フィアはしばらくセルフィナを見ていた。
やがて細剣を下げ、小さく頭を傾ける。
敗北を認める礼だった。
その時、観客席から別の声が落ちてきた。
「雷剣が予選敗退か」
「あの家系なら、本戦へ進んで当然だと思っていたのに」
「期待外れだな」
「血筋ほどの剣じゃなかったのか?」
さっきまで速さへ歓声を上げていた人たちの声だ。
期待していた分だけ、敗北へ向ける言葉も鋭い。
僕は立ち上がりかけて、座り直した。
ここで僕が怒鳴っても、フィアの敗北が消えるわけではない。
セルフィナの勝利を軽くするだけだ。
フィアも観客席を見なかった。
細剣を鞘へ収め、一人で退場口へ消えていく。
僕は少し時間を置いてから、競技用武器の返却所へ向かった。
フィアは木製の台へ細剣を置き、右手の巻き布を外していた。
血は薄く滲んでいる。
大きく傷が開いたわけではない。
フィアは新しい布を右手へ巻いていた。
けれど同じ場所を二度、三度と通している。
「見ていた?」
「うん」
「なら分かる。読み負けた」
フィアは巻き布を引いた。
「右手のせいだけではない。傷がなくても、最後の道へ入った時点で、セルフィナの狙い通りだった」
「うん。セルフィナの勝ちだよ」
フィアの手が止まった。
「慰めに来たのではないの?」
「そのつもりはないよ」
「なら、何を言いに来たの?」
僕は競技場で見た剣を思い出す。
「フィアは、途中で読まれてることに気づいた。雷を使わない踏み込みで、一度セルフィナの予測を外した」
「でも、その次を読まれた」
「右手を壊す斬撃も使わなかった」
フィアの瞳が僅かに細くなる。
「あれを使っていれば勝てた、とは言わない。使っても負けていたかもしれない。でもフィアは、今後の剣を捨ててまで今日の一勝を取りに行かなかった」
「その結果、負けた」
「うん」
否定はしない。
今日の勝者はセルフィナだ。
それでも、僕が見ていた剣まで変わるわけではない。
「負けた剣に、追いつきたいと言うの?」
フィアが尋ねる。
僕は頷いた。
「今日負けても、僕が追いつきたいと思ったのは、やっぱりフィアの剣だ」
巻き布が、フィアの指から落ちた。
床へ届く前に左手で掴む。
「……意味が分からない」
「僕も、これ以上うまくは言えないよ」
「そう」
フィアは視線を逸らし、右手へ布を巻き直した。
また同じ場所を二度巻いている。
きつく締めすぎたことへ気づいたのか、今度は少し緩めた。
僕が返却所を出ようとした時、フィアの左手が胸元へ上がった。
傷があるのは右手のはずだった。
それでも、剣を握っていない左手は、しばらくフィアの胸元から離れなかった。
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