第24話 王都の買い物
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
「というわけで、二人で行ってきて」
中央広場へ着くなり、メルナは買い物一覧をティアナへ押しつけた。
その上には、学院から預かった祭典用の予算証も載っている。
「三人で行く予定だったよね?」
「昨日の開幕演出に使った幻像魔導具、点検しないといけなくなったの」
「昨日は先生に任せたって言ってなかった?」
「任せたけど、やっぱり心配になりました」
メルナの笑顔が少しも心配そうではない。
ティアナは疑わしそうに目を細めた。
「絶対、今考えたでしょ」
「細かいことを気にすると、せっかくの二人きりを楽しめないよ?」
「メルナ!」
「買い物が終わるまで戻ってこなくていいから。それじゃあね!」
橙色の髪を揺らし、メルナは校舎へ走っていった。
僕はティアナの持つ一覧を覗く。
「人数が減ったなら、荷物は僕が多めに持つよ」
「……アルトは、本当にそういうところだよね」
「何か間違えた?」
「間違ってないから困ってるの」
意味は分からなかった。
それでもティアナは帰ろうとは言わない。
僕たちは予定どおり、二人で王都へ向かった。
七彩祭の期間中だけあって、魔導具街は普段より混雑していた。
店先には七色の布が飾られ、武具店も菓子の屋台も、学院の生徒を呼び込もうと声を張り上げている。
人の波が横切るたび、ティアナとの間が開きそうになる。
「あっ」
ティアナが僕の制服の袖を掴んだ。
「はぐれそうだから。いい?」
「うん。この方が歩きやすいね」
僕が歩幅を緩めると、ティアナは袖を掴んだまま隣へ並んだ。
「アルトは、誰かと二人で王都へ来たことある?」
「孤児院の買い出しなら何度か。でも、学院に入ってからは一人が多いかな」
「じゃあ今日は、いつもと違うね」
「荷物を分けられるから助かるよ」
「そこじゃないんだけどなあ」
ティアナの声は人混みに紛れ、よく聞こえなかった。
最初に入ったのは、魔導靴を扱う店だった。
店員へ事情を話すと、僕は椅子へ座らされ、両足の靴を脱ぐことになった。
「こりゃひどいな。右だけ外側が削れてる」
並べられた靴底は、明らかに厚さが違う。
「摩擦軽減を使う時、右へ多く魔力を流してるだろう?」
「はい。右脚で踏み込む癖があるので」
「このまま続けると、靴より先に足首を傷めるぞ」
セルフィナの指摘どおりだった。
店員が出してきたのは、高価な速度強化靴ではない。
見た目は普通の黒い靴底だった。
「こいつは訓練用の交換式だ。魔法は入ってないから、履いても速くはならん。ただ、左右へ魔力を通しやすくて、摩擦を削っても熱を持ちにくい」
表面がいくつかの部品へ分かれている。
削れた場所だけ取り外し、交換できるらしい。
「上位品の方が速くなりますか?」
「速くはなる。ただし、今の制御で速度だけ上げたら壁へ突っ込む」
「それは、もう何度かやってます」
「なら標準品にしろ」
反論できなかった。
交換式靴底を取り付けてもらい、店内奥の短い試走路へ立つ。
正面には、安全用の厚い布が何枚も吊られていた。
「短距離加速は禁止だからね」
ティアナが念を押す。
「使わないよ。摩擦の左右差を確かめるだけ」
両足へ、ごく弱い摩擦軽減を使う。
床から伝わる抵抗が、同時に薄くなった。
以前の靴なら、右足だけ先に滑って身体が回転していた。
今回は正面へ進む。
「真っすぐ!」
ティアナの声が聞こえた直後、僕は止まれないことを思い出した。
「わっ」
両腕を広げたまま、吊られた布へ突っ込む。
何枚もの布に包まれ、ようやく足が止まった。
後ろからティアナの笑い声がする。
「ちゃんと真っすぐ突っ込んだね」
「前より綺麗に失敗できた」
「それ、成長って呼んでいいのかな?」
少なくとも左右差は減っている。
靴底を替えただけで、停止方法まで身につくわけではない。
僕は学生向けの標準品を購入した。
次に入った訓練魔導具の店で、奇妙な金属環を見つけた。
腕輪ほどの大きさで、内側に細い術式が刻まれている。
「重量調整環だよ」
店員が訓練用の木剣へ金属環を取り付けた。
「武器の重さを段階的に変えて、筋力や姿勢を鍛える。実戦用じゃないし、武闘大会への持ち込みも禁止だ」
木剣を持ち上げる。
最初は普通の重さだった。
環の目盛りを一つ動かすと、手の中から重さが抜ける。
「軽い……」
さらに逆方向へ目盛りを動かすと、腕が下へ引かれた。
重さを変えるだけで、剣の形も長さも変わっていない。
振り始める時だけ軽くする。
速度が乗ったあとで、通常の重さへ戻す。
もし自分の魔法で、命中直前だけ重くできたなら――。
「アルト?」
「ごめん。少し考えてた」
「また、新しい使い方?」
「まだ考えだけだよ。重さを変える魔法も使えないし、切り替える瞬間も分からない」
今の僕が持っても、すぐ技になる物ではない。
だからこそ、感覚を覚える訓練には使える。
新品は高かったため、傷のある中古品を自分の学院支給金で購入した。
武具関係の買い物を終えると、一覧に残ったのはティアナの祭典用小物だった。
髪飾り。
手袋。
それから、舞踏会用衣装の確認。
「衣装は時間がかかるから、アルトは他のお店を見ててもいいよ」
「一緒に来たんだから、選ぶところまで付き合うよ」
「本当に?」
「一人で決めるより、誰かに見てもらった方が選びやすいでしょ」
「……うん。じゃあ、見てて」
ティアナは衣装店の奥へ入った。
しばらくして、試着室の幕が開く。
一着目は、白と金を基調にした衣装だった。
肩から腰へ金色の刺繍が走り、長い裾が床近くまで伸びている。
露出は少なく、騎士団の式典でも使えそうなほど格式が高い。
「どうかな?」
「すごく立派だね。土亀騎士団の式典に出ても浮かないと思う」
「やっぱり、そう見えるよね」
似合っていないわけではない。
けれどティアナの背筋は普段より硬く、笑顔にも力が入っていた。
「もう一着あるから、着替えてくるね」
二度目に幕が開く。
淡い緑と生成り色の衣装だった。
裾と袖には、小さな葉の刺繍がある。
白と金の衣装より華やかさは控えめだが、動くたびに布が柔らかく揺れた。
ティアナも、今度は肩の力を抜いて笑っている。
「どっちがいいと思う?」
「緑の方がいい」
「すぐ決めたね」
「そっちの方が、ティアナがいつもみたいに笑ってるから」
ティアナが瞬きをする。
頬が少しずつ赤くなった。
「それって……衣装が似合うって意味?」
「うん。ティアナによく似合ってる」
「じゃあ、可愛い?」
そこだけ、声が小さかった。
僕はもう一度、淡い緑の衣装を見る。
いつも制服や訓練着で会う時とは違う。
でも、葉の刺繍も柔らかな色も、ティアナの明るい笑顔によく合っていた。
「うん。可愛いと思う」
ティアナの顔が、さっきより赤くなる。
「そ、そっか。なら、こっちにしようかな」
「私も緑の方がいいと思う」
入口から聞こえた声に、僕たちは同時に振り返った。
フィアが立っていた。
腰まで届く金髪に、いつもの黒いカチューシャ。手には、小さな書類を持っている。
「フィア? どうしてここに?」
「メルナに、祭典用予算証の控えを届けろと言われた。私なら一番早いから、と」
ティアナが受け取る。
「控えなら、帰ってからでもよかったのに」
「私もそう言った。でも、今すぐ必要になるかもしれないと言われた」
どうやら、本当に必要だったわけではなさそうだ。
フィアは淡い緑の衣装を着たティアナと、僕を交互に見た。
眉が僅かに寄っている。
「右手、痛むの?」
「違う」
フィアは包帯の残る右手を見た。
「でも、見ていると妙に落ち着かない」
「衣装が?」
「アルトとティアナを見ていると」
ティアナの肩が少し動く。
「どうして?」
「理由は分からない」
フィア自身も、その感覚に困っているようだった。
ティアナを責めることも、店を出ていくこともしない。
ただ、胸元へ一度手を当てている。
「それより、靴底を買ったんだよ」
ティアナが話題を変えた。
「フィアにも見てもらおうと思ってたの。速く動くなら、一番詳しいでしょ?」
僕は交換式靴底を見せた。
フィアはしゃがみ、素材と分割された部品を確認する。
「左右差は減る。でも、停止時に両足の摩擦を同時に戻すから前へ投げ出される」
「そこが直せなくて」
「両足を同時に戻す必要はない」
フィアが僕の右足を指した。
「片足だけ先に摩擦を戻す。次に身体を横へ流して、もう片方を戻す。速度を消すのではなく、向きをずらして分ける」
「片足ずつ……」
僕は止まることだけを考えていた。
勢いを一度で消せないなら、二つに分ける方法もある。
「次の訓練で試してみる。でも、今日はやらないよ」
「ここで試したら、商品棚へ突っ込む」
もっともな指摘だった。
ティアナが衣装を着替え、僕たちは店を出た。
通りの向こうから、メルナが手を振っている。
「お疲れさま。買い物、どうだった?」
「なんでフィアまで送ったの?」
ティアナが詰め寄る。
「予算証の控えを届けてもらっただけだよ」
「絶対、ほかにも理由があるでしょ」
「結果的に靴の助言ももらえたんだから、よかったじゃない」
メルナは僕たちを順番に見る。
衣装の包みを抱えたティアナ。
新しい靴底と重量調整環を持った僕。
そして、僕とティアナを見るたびに僅かに眉を寄せるフィア。
「なるほど。本人が一番分かってないやつだ」
「何か言った?」
僕が尋ねると、メルナは笑顔で首を振った。
「何も。帰ろうか」
学院へ戻る途中、王都広場に人だかりができていた。
大型魔導映像が、魔物戦線からの速報へ切り替わっている。
荒れた大地。
土煙の向こうで、城壁ほどもある巨大な影が動いた。
その正面に、一人の騎士が立っている。
銀の髪。
水を纏った剣。
遠くからでも見間違えるはずがない。
「水蝶の騎士だ!」
「レイシア様なら大丈夫だ!」
王都の人々が歓声を上げる。
僕は足を止めた。
隣でティアナも映像を見上げている。
楽しかった今日が消えたわけではない。
買った靴も、重量調整環も、ティアナの緑の衣装も、すべて僕の手元に残っている。
それでも映像の中のレイシアは、誰の声も届かない場所で、巨大な敵と一人で向かい合っていた。
王都中が彼女なら大丈夫だと笑う中で、僕だけは、その“大丈夫”の向こう側にいるレイシアを見ようとしていた。
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