第205話「尋問官サイラス」
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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翌朝、第一刻。
王国管理施設の地下尋問室には、秒針の音がよく響いた。
机を挟んだ向かいに、両手を拘束されたローデン評議官が座っている。左右の壁際には監察院、騎士団統括部、王国法務院から派遣された立会人が一名ずつ。
机の上にあるのは水差しと、三冊の記録だけだ。
拷問器具はない。
私は拷問を好まない。慈悲や潔癖さからではなく、役に立たないからだ。
痛みが作るのは真実ではない。痛みを止めるために、尋問官が望んでいる供述を作らせる。事実と虚偽が混ざれば、その後に得る証言まで汚染される。
それは尋問ではない。証拠の破壊だ。
「氏名を」
「ローデンです」
「役職は」
「王国評議官。現在も解任の通知は受けていません」
「拘束された時刻は」
「昨日、第九刻を少し過ぎた頃です。正確な時刻は、そちらの記録をご覧ください」
答えが判明している質問を五つ重ねた。
返答までの時間。どこまでを認め、どこからを留保するか。言葉の選び方は一定している。だが、声や目の動きだけで嘘を決めることはしない。反応は次の質問を選ぶ材料であって、証拠ではない。
私は一冊目を開いた。
「学院の旧地下設備に対し、三件の緊急認証が行われている。使用されたのは、あなたの認証印です」
「印の複製は不可能ではありません」
「そのとおりです」
否定せず、次の頁をめくる。
「だから印だけなら、ここへは持ってきません。認証時の魔力波形、生体反応、使用時刻。すべてあなたの登録情報と一致しています。同時刻、あなたが評議会庁舎の認証室へ入った記録もある」
紙が机を滑る。
ローデン評議官は一通り目を通し、静かに顔を上げた。
「精巧な記録ですね」
「学院襲撃に関与したか、とは聞きません。この認証を行ったのはあなたか」
問いを広げれば、相手へ逃げ道を与える。必要なのは思想の自白ではなく、一つずつ動かせない事実にすることだ。
「記録がそう示している、としか申し上げられません」
「回答を拒否、と記録する」
立会人の羽根ペンが動いた。
私は一冊目を閉じ、二冊目を開く。古い施設図を机へ広げた。
「封印庫へ続く災害時用保守経路です。三年前の安全基準改定時、あなたは崩落により使用不能と判定し、監視対象から外した」
「安全委員会の承認を受けた判定です」
「その半年後、あなたの権限で補修された。通行可能になった後も、記録上は使用不能のままだった」
図面の上へ、鑑定書を重ねる。
「学院で拘束した侵入者の靴と器具から石粉が出た。この経路の壁材と組成が一致している」
「災害時の退路を確保するための補修です。発注も入構手続きも正規のものですよ」
「ええ。判定も、監視除外も、補修工事も、それぞれ単独なら合法です」
水差しの表面に、灯りが細く揺れた。
「あなたは違法な扉を作らなかった。合法的な手続きの隙間に、教団だけが通れる道を残した」
ローデン評議官は否定しなかった。
三冊目を開く。
「学院襲撃時の通信記録です。指示系統は四つに分割され、互いの送信者を秘匿していた。よくできている」
「お褒めにあずかり光栄です、と申し上げるべきでしょうか」
「ただし、返信先は最終的に同一の休眠通信回線へ集まっていた。その回線を再開させた認証番号は、一冊目の緊急認証と一致する」
四枚の命令書を、時刻順に並べた。
「王国各地への陽動。学院地下門の開放。心臓遺物の引き出し。そして、アルトの生存確保」
「彼は主の器です」
「あなたは王都側と学院襲撃部隊を繋ぐ中継責任者だった」
声の調子は変わらない。ローデン評議官も、必要以上の反応は見せなかった。
「命令を受け取った場所は」
「お答えできません」
「上位者の称号」
「同じです」
「定期報告の送り先。次回連絡の方法。教団本部へ入るための認証手順」
返答はなかった。
私は待った。秒針が十二回進む。
沈黙も記録になる。だが、本部に繋がらなければ、次の襲撃は防げない。
質問の順序を変えようとしたとき、ローデン評議官が口を開いた。
「四度でしたね」
私は問い返さない。
「あなたが七大魔法騎士候補に挙げられた回数。そして、落とされた回数です」
候補者審査は極秘だ。評議官の権限でも閲覧できない。
「能力、判断力、実績は、いずれも基準以上。それでも七環奉儀に必要な最大魔力出力だけが届かなかった。判断を磨き、部下の損耗を減らし、誰にも成し遂げられない任務を終えても、生まれ持った出力だけは変えられなかった。ご自身では、どう受け止めておられますか」
「尋問対象が私へ質問するな」
「では、事実だけを」
ローデン評議官は穏やかに続けた。
「リディア・フォルク。極秘潜入任務《冬鴉》に参加した影蛇の騎士。撤収口を内側から封鎖し、あなたの退路を確保して死亡した。公式には、彼女はその任務に存在していない」
その名も任務も、最高機密記録から出たことはない。
「王国は彼女を記録から消した。あなたが持ち帰った成果も、公には別部隊の功績になった。ですが、私たちは知っています。彼女が何を守ったか。あなたが何を成し遂げたか」
私は水差しにも、書類にも触れなかった。
候補者審査記録と《冬鴉》の完全記録。その双方へ接触できる者は少ない。審査委員、統括部の機密管理官、法務院の指定監査官。代理閲覧と複写履歴まで重ねれば、さらに絞れる。
揺さぶりのために、ローデン評議官は情報源の輪郭をこちらへ渡した。
「本日の尋問は終了する」
「本部を諦めますか」
「あなたが本部を隠す段階から、私を勧誘する段階へ目的を変えた。これ以上は、あなたへ発言の機会を与えるだけだ」
椅子を引き、立ち上がる。
ローデン評議官は追いすがらなかった。ただ、私が扉へ着く直前、静かな声を置いた。
「王国が与えなかったものを、得る方法はあります」
私は振り返らず、尋問室を出た。
扉が閉まると、三人の立会人へ向き直る。
「候補者審査記録と《冬鴉》完全記録の閲覧者を照合してください。本人閲覧だけでなく、代理申請、複写、廃棄確認に署名した者も対象に。結果は各院で封緘し、私へ別々に提出を」
監察院の立会人が頷いた。
「次回の尋問は?」
「照合結果が出るまで行いません。今日のローデン評議官は、我々へ情報を渡すより、私の中へ言葉を残すことを選んだ」
そう告げた私を、三人はいつもどおりの影蛇騎士団長として見ていた。
その夜。
影蛇騎士団本部の執務室で、私は一人、七大魔法騎士候補者審査記録の封印を解いた。
情報漏洩経路を調べるためだ。
そう理由を定め、閲覧板へ指を触れる。薄い光とともに、私の名を記した四度分の記録が開いた。
一度目の落選後、判断速度を磨いた。
二度目の後、指揮系統を組み直し、部隊の損耗率を下げた。
三度目の後、成功率がないとされた潜入任務を完遂した。
四度目には、戦闘能力も判断力も指揮能力も、過去の私を上回っていた。
最大魔力出力を除いて。
四枚すべてに、同じ結論が残されている。
「能力、判断力、実績は基準以上。ただし七環奉儀に必要な魔力出力を満たさない」
判断は正しい。
七環奉儀は、七人の膨大な魔力を繋いで神界の扉を封じる。出力の足りない者を一環へ置けば、危険に晒されるのは私一人ではなく、王都すべてだ。
だから私は、選考を恨んではいない。
だが、正しい判断だったことと、傷つかなかったことは別だった。
照合に必要なのは閲覧履歴だ。審査本文を開く必要はなかった。
それでも私は、四枚目の記録を閉じずに見ている。
教団へ加わるつもりはない。因子を探す命令を出すつもりもない。
ただ、二度と開かないと決めて封じた記録を、自分の手で開いてしまった。
静まり返った執務室で、朝の声が蘇る。
「怠惰の因子は、まだ王都にあります。努力では越えられない壁を、消してくれる力です」
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