第202話「帰れない五人」
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
その一文の下へ、淡い光が走った。
『まず、君たちの名を死者の列へ加えたことを詫びる』
『あれは誤認ではない。私たちが意図して作った虚偽だ』
僕は、浮かび上がった文字を何度も目でなぞった。
演武場に残された灰。
ガイ団長の大剣。
僕たち五人の生存反応が消えたという記録。
全てが、最初から作られていた。
顔を上げる。
ティアナは驚いていなかった。
傷を庇うように石壁へ背を預け、封書ではなく僕を見ている。
動かしにくい右腕を胸元へ寄せたフィアも、肩を負傷したレグルスも、疲弊した精霊を傍らで休ませるセルフィナも同じだった。
そこにあったのは驚きではない。
僕が真相へ辿り着くのを待つ沈黙だった。
「……知ってたの?」
ティアナが、ゆっくり頷いた。
「うん」
「いつから?」
「あの夜。学院長に呼ばれた時から」
執行前夜。
僕だけが隔離病棟で、翌日の検査を信じていた夜。
「私たち四人と、ガイ団長が呼ばれたの。あの役割札も、封印箱も、全部アルトを生きて国外へ逃がすためのものだった」
「四人も死んだことにするって、それも?」
「聞いてた」
「僕の暴走に巻き込まれたことにするのも?」
一瞬の間を置いて、ティアナはもう一度頷いた。
「そこまで聞いた」
フィアが短く続ける。
「承知して、入った」
レグルスは壁へ預けていた背を僅かに起こした。
「君に知らせないことまで含めて、計画だった。僕たちの誰か一人でも口を滑らせれば、演武場での配置は成立しなかったからね」
「ただし、説明されたのは国外転移と死亡偽装までです」
セルフィナが封書へ視線を戻す。
「実行後に王国で何が起きるか、その全てを知らされていたわけではありません」
四人は、僕の暴走へ偶然巻き込まれたのではなかった。
僕を演武場から生きて逃がすため、自分たちの名前まで死者の列へ置くと、あの夜に決めていた。
ガイ団長が振り下ろした大剣も、僕たちを覆った灰も、最後に消えた五つの生存反応も、一つの計画として繋がっていた。
理解できても、何も感じずに受け入れられるわけではない。
どうして僕だけに言わなかったのか。
どうして自分たちの未来まで差し出したのか。
問いかけるより先に、封書へ次の文字が現れた。
『星冠教団に君たちの生存を知られれば、追跡は続く。侵攻部隊を失っても、標的が生きている限り、彼らは別の手段で君たちを探すだろう』
『ゆえに、標的となった五人は全員死亡したと信じ込ませ、捜索そのものを終わらせる必要があった』
『現場を封鎖し、国外転移の痕跡を隠すには、演武場に残された高濃度の魔神反応にも説明が要る。私たちはそれを、アルト・ロウェルの魔神因子が暴走した結果として公表した』
『同行者四名を巻き込み、死なせた可能性があると発表したことも誤報ではない。追跡者に疑念を残さないため、意図して作った偽りだ』
左腕の治療布の下で、鈍い熱が脈打った。
僕は死者になっただけではない。
救おうとしてくれた四人を殺した災厄として、王国の記録に残された。
ティアナたちは、その汚名まで知ったうえで演武場へ来た。
『アルト。君へその汚名を背負わせた責任から、私は逃げない。事情があったという言葉で許されるとも考えていない』
許してほしいとは書かれていなかった。
他に方法がなかったとも、自分たちの行為は正しかったとも書かれていない。
封書の中央で一度光が途切れ、少し長い間を置いてから新しい文章が浮かんだ。
『ここから先は、計画を伝えた時点では確定していなかった事実を記す。四人も含め、よく読んでほしい』
ティアナの表情が変わった。
フィアも僅かに顎を上げる。
ここからは、四人にとっても初めて知ることだった。
『死亡偽装の全容を知る者は、王国上層部の一部と私、そして実行に関わった少数の協力者に限られる』
『正式な手続きを通せば、その途中で星冠教団へ情報が漏れる恐れがあった。そのため、五人の死亡記録の作成、国外への転移、転移痕の秘匿、王国機関への虚偽報告は、王国全体の承認を得ずに行われた』
行ごとに、言葉の重さが増していく。
演武場での一撃は、処刑ではなく、僕たちを国外へ逃がすための出口だった。
けれど僕たちが生きて姿を現せば、その出口は反逆の証拠へ変わる。
『今、君たちが帰還すれば、協力者たちは五人を救った者としてではなく、国家記録を改竄し、危険因子の保有者を国外へ逃亡させた者として裁かれ得る』
『最悪の場合、その行為は王国への反逆と判断される』
ガイ団長は、命令に従って僕を処刑したことになっている。
僕が王国へ帰れば、それが虚偽だったと証明される。
僕を殺せなかったのではない。
意図して逃がしたのだと。
「私たちが生きていること自体が、学院長たちの罪を証明するんだ……」
ティアナが膝の上で指を固く結んだ。
先ほどまでとは違う。
死亡偽装そのものではなく、その先に待つ代償を知った顔だった。
「国家の承認を得ていない以上、善意だったという主張だけでは覆せない」
レグルスが浅く息を吸う。傷めた肩が動き、眉が僅かに寄った。
「記録を変えた者、転移に関わった者、痕跡を消した者。その全員が調査対象になる。僕たちが帰還すれば、王国は計画そのものを無視できなくなるからね」
助けてもらった僕たちが、助けてくれた人たちを罪人にする。
国境を越えれば帰れるという話ではなかった。
続く文章は、王国の内側に残る危険を告げていた。
『星冠教団の侵攻部隊は壊滅した。しかし、それを教団そのものの消滅と考えてはならない』
『王国内には今も残党がいる。どの機関、どの部署、どの騎士団まで影響が残っているのか、現時点では断定できない』
誰が敵なのかは書かれていない。
分からないからこそ、正式な手続きさえ使えなかった。
「侵攻に加わった者だけを排除しても、情報を渡した者が残っていれば意味がありません」
セルフィナが静かに告げる。
「ただし、この文章だけで特定の機関や人物を疑うこともできません。分かっているのは、影響が残っている可能性だけです」
決めつければ、味方まで敵にする。
信じ切れば、本当の敵へ僕たちの生存を渡す。
どちらにも進めないまま、次の文章が現れた。
『そしてアルト。君が抱える三つの魔神因子は、今も不安定な状態にある。相互干渉が何を引き起こすのか、完全に制御する方法が存在するのか、私にも分からない』
『王国へ戻った君が保護される保証はない』
『再び暴走する前に処分すべき災厄。王国が管理すべき危険兵器。あるいは、星冠教団を誘い出すための餌。そのいずれかとして扱われる可能性がある』
三つの言葉が、どれも現実になり得た。
演武場で人格が残っていた僕に、即時死刑の命令が出ていた。
あの記録が残っている王国へ戻れば、次は逃がす計画もない。
「四人が証言してくれれば――」
口にしかけた考えを、次の一文が塞いだ。
『四名の証言があれば安全になるとも限らない。彼らもまた、虚偽への共犯者、人質、あるいは情報源として拘束され得る』
帰るとは、生きていると名乗ることだった。
僕たちを知る人の前へ戻ることだった。
けれど今は、その一つ一つが、誰かを捕らえる理由になる。
長い沈黙のあと、封書は僕たちを縛る言葉ではなく、三つの道を示した。
『ただし、これは帰国を禁じる命令ではない』
『君たちを救ったことは、私が君たちの未来を決める権利にはならない』
その一文だけは、学院長の声で聞こえた。
『第一に、国外で本名を捨て、戦いから離れて静かに暮らす道がある』
『第二に、エルフ国へ向かう道がある。彼の地には人の王国より古い記録が残り、精霊との関わりから、魔神因子を制御する知識を得られる可能性がある。ただし、治療も制御も保証できない』
『第三に、ここに記した危険を理解したうえで、五人自身が別の道を選んでよい』
最後に、オルフェン・レグナスの名が浮かんだ。
そこで光は止まった。
誰もすぐには話さなかった。
四人は死亡偽装を知ったうえで、僕を救う計画に加わった。
けれど、その後に待つ危険まで承知していたわけではない。
ならば、あの夜の選択に縛られる必要はない。
「僕は、エルフ国へ行く」
声にしても、迷いは生まれなかった。
三つの因子を抱えたまま、人の多い場所で静かに暮らせるとは思えない。
治せる保証がなくても、知識が残っている可能性があるなら確かめたい。
「でも、四人は王国へ戻れる道を探してほしい。今すぐ名乗り出るって意味じゃない。安全に連絡できる相手を探して、死亡記録を正せる時を待つんだ」
「アルト」
ティアナが僕の名を呼ぶ。
僕は止まらなかった。
「国外へ逃がすところまでが、あの計画だったんだよね。そこから先まで、四人が付き合う必要はない」
ティアナには父親がいる。
何度危険に晒されても守ろうとした王国がある。
フィアには、剣士として進む未来がある。
セルフィナには故郷があり、共に生きる精霊たちがいる。
レグルスには家がある。僕との競争だけではない、その先の人生もある。
あの夜に選んだからといって、全てを捨て続けなければならない理由にはならない。
「僕のために、人生を捨てなくていい」
レグルスが、真っ直ぐ僕を見た。
「僕たちが君のためだけに動いていると思うのは、ずいぶんな思い上がりだ」
慰める響きはなかった。
傷ついた僕を気遣って、言葉を選んでもいない。
「僕は、自分の未来を君に返してもらった覚えはない。あの夜に役割を引き受けたのも、今ここにいるのも、僕自身の判断だ」
返す言葉を探す僕より先に、ティアナが口を開いた。
「私だって帰りたいよ。お父さんに生きてるって伝えたい。王国のみんなにも、ちゃんと帰ってきたって言いたい」
いつもの、すぐ隣から届く声だった。
けれど、その先は短く、強かった。
「でも、教団の残党がいるなら、何も知らずに帰るだけじゃ王国を守れない」
ティアナは封書を指先で示した。
「誰が嘘を流して、どこまで教団が入り込んでるのか。外から真相を確かめる。アルトについていくためだけじゃないよ。私が王国を守るために行くの」
フィアは動く方の手を膝へ置き、僅かに身体を起こした。
「五人で帰るって決めた」
それだけ言って、息を整える。
「まだ、誰も帰ってない」
一人だけ先に王国へ戻ることも。
僕だけを国外へ置いていくことも。
フィアにとっては、約束した帰還ではない。
セルフィナは、傍らで光を弱めている精霊を見てから話した。
「三つの因子と精霊の間に、私にも説明できない反応があることは事実です」
そこで言葉を区切る。
「その反応が何を意味するのかは、まだ分かっていません。故郷や精霊たちに関わる可能性はありますが、現時点では推測です」
翡翠色の瞳が僕へ向けられた。
「だからこそ、自分の目で確かめます。これは監視命令でも、あなたへの同情でもありません。アルト一人の問題だと決めることもできません」
最後に、レグルスが口元を引き締めた。
「僕は君に勝つ。そのために同行する」
「僕に……?」
「王国に処分された君や、因子に呑まれた君に勝っても意味がない。そんな結末を競争の勝敗に数えるほど、僕は自分を安く見ていない」
負傷した肩を庇いながらも、その姿勢は崩れない。
「君が君として進む先で、僕が先へ行く。対等な競争相手としてね。どこへ行くかは、僕自身が決める」
四人は、僕の許可を求めていなかった。
慰めてほしいとも、責任を取ってほしいとも言っていない。
あの夜、僕の知らない場所で一度選んだ。
そして今、あの時には知らなかった代償まで受け取ったうえで、もう一度選び直した。
僕は四人を守ろうとしていた。
けれど、守るという言葉を使って、四人の選択を無かったことにしようとしていた。
自分だけが危険を引き受ければいいと決めることも、全員の人生を背負おうとすることも、結局は同じだった。
彼らが何を選ぶかまで、僕の責任にしてはいけない。
「……分かった」
怖さが消えたわけではない。
それでも、四人の意思を僕の判断で切り捨てることはやめた。
「僕が、四人の未来を決めない」
一人ずつ顔を見る。
「エルフ国へ行こう。五人で」
誰も歓声を上げなかった。
笑い合うことも、手を重ねることもしない。
ティアナが小さく頷き、フィアは目を逸らさなかった。セルフィナは疲れた精霊を守るように手を添え、レグルスは当然の結論を聞いたように息を吐いた。
「目的地を決めただけでは、動けません」
セルフィナが傷を庇いながら告げる。
「私たちは長距離を移動できる状態ではありません。経路の確認も必要です。精霊たちにも、これ以上の負担はかけられません」
「それに、五人とも公式には死者だ」
レグルスが続けた。
「動き始める前に、全員へ適用する規則を決めるべきだね」
最初の規則に異論は出なかった。
「本名を公の場で使わない」
偽名は、まだ決めない。
けれど少なくとも、僕たちの名前を人前で口にすることはできない。
五人の名は既に、王国の死者名簿へ載っている。
二つ目は、僕から告げた。
「因子を安易に使わない」
三つの因子が何を起こすかは分からない。
使用した反応が残れば、そこから追跡される可能性もある。
「命が差し迫っていて、他に安全な方法がない場合だけにする。可能なら使う前に、四人へ伝える」
セルフィナが頷く。
「残留反応の有無も、その都度確認します。ただし、精霊だけへ負担を負わせる確認方法にはしません」
三つ目を、フィアが言った。
「異変を一人で隠さない」
「アルトの因子だけじゃないよ」
ティアナがすぐに続ける。
「傷も、魔力も、追跡されてるかもしれない兆候も。誰か一人が平気なふりをして済ませるのは禁止」
「私と精霊たちの異変も対象にしてください」
セルフィナが加える。
「五人全員へ同じ規則を適用する。それなら公平だ」
レグルスが結んだ。
一人ずつ、異論がないことを確認した。
ティアナが頷く。
フィアは「異論なし」と答えた。
セルフィナも同意する。
レグルスも受け入れた。
最後に四人の視線が僕へ戻った。
僕は無意識に、左腕を右手で押さえかけていた。
治療布の下で続いている熱。
痛みは増えていない。
もう少し様子を見てから話せばいい。
そう考えかけて、手を止めた。
「左腕が、さっきより熱い」
ティアナの表情が変わる。
それでも、すぐに腕を掴もうとはしなかった。
「いつから?」
「封書を読んでいる途中から。痛みは変わってない。でも、熱だけが強くなってる」
「因子によるものか、負傷によるものかは現時点では判断できません」
セルフィナは精霊を近づけず、治療布の外側から腕を確かめた。
「まず変化を記録しましょう。精霊へ直接触れさせるのは、その後です」
規則を決めても、左腕の熱は消えなかった。
三つの因子が安全になったわけでもない。
それでも、隠したまま一人で耐える道を選ばなかった。
状態を伝え終え、僕は封書を畳もうとした。
紙の端を持ち上げた時、最下部の折り目に細い光が残っていることへ気づく。
オルフェン学院長の名前よりも下。
隠されていた追記が、ゆっくりと浮かび上がった。
『最後に、君へ伝えなければならないことがある』
胸の奥が強く鳴った。
理由を考えるより先に、次の一文が現れる。
『水蝶騎士団長レイシア・ロウェルは現在、任務放棄の疑いにより、王都内で軟禁されている』
「レイシア……」
名前が、息と一緒に零れた。
幼い頃から知っている顔。
僕を呼ぶ声も、笑い方も、寂しい時に少しだけ近くなる距離も知っている。
騎士を目指す僕の原点になった人。
任務が終わったら、二人で孤児院へ帰ると約束した幼なじみ。
何年も魔法鏡へ声を送り続け、僕が帰る未来を諦めなかった人。
なぜ任務放棄を疑われたのか。
誰が軟禁を命じたのか。
僕たちの死亡偽装と関係しているのか。
封書は何も答えない。
今すぐ王都へ向かいたいという衝動が、傷ついた身体を内側から押した。
けれど、僕は立ち上がらなかった。
正面出口に残る追跡術式も、僕たちの負傷も、王国内に潜む教団の残党も消えていない。
急いで帰れば、レイシアのもとへ敵を連れていくかもしれない。
僕たちを救った人々まで、罪人にするかもしれない。
帰るために、今は帰れない。
その意味が、先ほどまでとは違う痛みを伴って胸へ突き刺さる。
僕たちが帰れない王国で、レイシアもまた自由を奪われていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




