第20話 共通の敗北
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
鎧蜥蜴の尾が、唸りを上げた。
「伏せて!」
ティアナが両手を振り下ろす。
僕たちの前で、何重にも編まれた蔦が壁になる。
直後、巨大な尾が激突した。
蔦が千切れ、衝撃だけが空洞を駆け抜ける。
身体を低くしていた僕たちの頭上を、砕けた石が飛んでいった。
「右へ動く!」
フィアが叫ぶ。
四人で壁際へ移動する。
鎧蜥蜴は追ってこなかった。
巨大な身体を反転させ、唯一の出口らしき整備通路へ尾を叩きつける。
轟音。
天井が崩れ、出口が大量の瓦礫に塞がれた。
「逃がす気がないのか……?」
「違う。本能で、自分の縄張りを閉じたんだ」
レグルスが風を送り、瓦礫の隙間を探る。
「風が通らない。あそこからは出られない」
鎧蜥蜴が身体を震わせた。
鱗の間を、黒い光が走る。
落下時に傷ついていたはずの脇腹が盛り上がり、砕けた鱗が下から押し出された。
新しい鱗が、傷を完全に覆う。
壁へ目を向ける。
安定魔石から伸びる黒い術式が脈打つたび、鎧蜥蜴へ魔力が流れ込んでいた。
「壁から補給を受けてる」
「なら、あの魔石を壊せばいい?」
ティアナの蔦が、最も近い安定魔石へ向く。
「駄目だ」
僕はすぐに止めた。
「安定魔石は迷宮の魔力濃度を支えてる。ここだけじゃなく、上の階層まで繋がってるかもしれない」
無理に破壊すれば、溜め込まれた魔力が一度に溢れる。
空洞の崩落だけでは済まない可能性があった。
「改竄された術式だけを消せる?」
フィアが尋ねる。
「今の僕には無理だ。下手に触れば、何が起きるか分からない」
鎧蜥蜴が四本の脚で床を掻いた。
石が削れ、巨体が沈む。
突進の構えだ。
「散らばらないで!」
ティアナが地面へ種を撒く。
僅かに溜まった土から蔦が伸び、僕たちの背後へ斜めの土壁が立ち上がった。
鎧蜥蜴が突進する。
正面から受けることはできない。
土壁の傾斜に沿うように、四人で側面へ逃れる。
巨体が壁へ衝突した。
空洞全体が震え、鎧蜥蜴が顔を上げて咆哮する。
その瞬間だけ、喉元の鱗が扇のように開いた。
内側に、柔らかな皮膚が見える。
「喉だ」
僕の言葉に、三人の視線が集まる。
詳しく話す時間はなかった。
「ティアナ、脚を。フィアは頭を上げさせて。僕が開く。レグルスが刺す」
「分かった」
誰も問い返さなかった。
鎧蜥蜴がこちらを向く。
ティアナが両手を握り込んだ。
土壁の陰から蔦が走り、鎧蜥蜴の両後脚へ巻きつく。
「今!」
フィアの細剣が、床を擦った。
刃から放たれた雷が石床を走り、鎧蜥蜴の左前脚へ届く。
巨体が痙攣し、フィアへ顔を向けた。
フィアは一人で飛び込まない。
雷を纏ったまま、蔦の届く範囲を保って横へ走る。
鎧蜥蜴が牙を剥き、彼女へ吠えた。
喉の鱗が開く。
僕は右脚だけへ身体強化を流した。
一歩。
強化を切る。
次に足裏へ魔力を集中し、短距離加速を使う。
二つを同時には繋がない。
《閃駆》ではなく、それぞれの第一階位魔法として使う。
鎧蜥蜴の顎下へ滑り込む。
開いた鱗の一枚へ、剣の鞘を差し込んだ。
「ぐっ……!」
鱗が閉じようとする。
両手で鞘を押し込み、隙間を広げる。
「レグルス!」
銀槍を構えたレグルスの周囲で、風が収束した。
身体ではなく、槍先だけを加速させる。
放たれた刺突が、僕の肩の横を通り過ぎた。
槍先が鱗の隙間へ吸い込まれる。
硬いものを貫く音。
喉元へ、僅かに血が滲んだ。
届いた。
四人の攻撃が、初めて一つの場所へ重なった。
だが次の瞬間、壁中の安定魔石が黒く光った。
大量の魔力が鎧蜥蜴へ流れ込む。
槍が刺さった傷口から新しい鱗が生え、レグルスの穂先を押し戻した。
僕の鞘も弾き出される。
「離れろ!」
鎧蜥蜴の体内から、魔力が溢れた。
衝撃波が空洞全体へ広がる。
身体が浮いた。
背中から石床へ落ち、肺の空気が押し出される。
ティアナの蔦が千切れた。
フィアの雷が消える。
レグルスの銀槍が床を跳ねた。
それでも鎧蜥蜴の喉元には、傷一つ残っていなかった。
「来る!」
フィアが叫ぶ。
鎧蜥蜴が暴れた。
誰か一人を狙っているのではない。
尾が壁を薙ぎ、前脚が床を砕き、巨体そのものが空洞を壊していく。
「下がって!」
ティアナが土壁を立ち上げる。
尾が直撃した。
壁も蔦も、一度に砕ける。
無数の岩が僕たちへ降り注いだ。
ティアナは避けるより先に、両腕を広げた。
彼女の正面に大きな花が咲き、花弁が僕とレグルスを覆う。
岩が花弁を突き破った。
鈍い音とともに、ティアナの肩が跳ねる。
「ティアナ!」
脇腹にも石が当たり、彼女は膝をついた。
フィアが雷を纏って駆ける。
攻撃のためではない。
「左へ二歩! 次は上!」
落石の隙間を読み、僕たちへ進路を示している。
その背後から、鎧蜥蜴の尾が振り抜かれた。
直接は触れていない。
それでも尾が生んだ風圧が、華奢な身体を持ち上げた。
フィアが壁へ叩きつけられる。
右手の包帯へ赤い染みが広がり、細剣が指から滑った。
レグルスが彼女の前へ入る。
「伏せろ!」
銀槍を横へ構えた直後、二度目の尾が激突した。
金属が軋む。
銀槍の柄へ、細い亀裂が走った。
レグルスの身体も槍ごと弾かれ、床へ転がる。
脇腹を押さえたまま起き上がろうとするが、右腕が震えていた。
同じ一撃で、僕たちの形が崩された。
ティアナの壁も。
フィアの速さも。
レグルスの槍も。
何一つ、鎧蜥蜴を止めていない。
巨体が迫る。
僕は剣を構え、倒れた三人の前へ出た。
身体強化を使う。
右脚に力を込める。
けれど鎧蜥蜴の前脚は、剣で受けられる大きさではなかった。
爪が刃へ食い込む。
金属が悲鳴を上げ、一部が欠けた。
「っ……!」
全体重を乗せられ、片膝が床につく。
腕が震える。
剣を押し返せない。
左腕の紋章が、焼けるように熱くなった。
『喰え』
ベルゼバスの声が、頭の中へ響く。
『壁も、獣も、すべて喰えば勝てる』
意識を魔力へ向けてしまう。
安定魔石から溢れる濃厚な魔力。
鎧蜥蜴の内側で膨れ上がる魔力。
どちらも、甘い匂いを放つ食べ物のように感じられた。
『守りたいなら、力を選べ』
その向こうに、三つの光があった。
ティアナの温かな土色。
フィアの鋭い雷光。
レグルスの澄んだ風。
傷つき、弱くなった三人の魔力まで、飢えた僕の中へ流れ込もうとしている。
暴食を開けば、鎧蜥蜴だけで止められない。
僕が二体目の怪物になる。
「使わない」
『ならば、そこで潰れろ』
爪の重さが増した。
僕は欠けた剣を握り直す。
暴食を使わなくても勝てると思ったわけじゃない。
もう、勝てないことは分かっていた。
それでも仲間を喰うより先に、剣を離したくなかった。
鎧蜥蜴が前脚を持ち上げる。
僕の右脚には、立ち上がる力が残っていない。
その爪が、今度こそ僕たちへ振り下ろされた。
崩れた天井の隙間から、半透明の小鳥が飛び込んだ。
風で形作られた、セルフィナの精霊。
小鳥は整備扉の前で弾け、淡い翡翠色の光を残した。
直後、扉が外側から吹き飛んだ。
「四人から離れろ!」
バルト先生が空洞へ飛び込む。
鎧蜥蜴へは向かわない。
先生の剣が、壁を走る黒い術式を正確に斬った。
一本。
二本。
三本。
安定魔石から鎧蜥蜴へ流れていた黒い魔力が途切れる。
「供給を切った! 拘束しろ!」
後方から入った教師たちが、僕たちの前へ防壁を展開した。
光の鎖が鎧蜥蜴の四肢と尾へ巻きつく。
巨体が暴れ、鎖を引き千切ろうとする。
しかし、砕けた鱗はもう再生しない。
バルト先生が床を踏み込んだ。
全身に流れていた魔力が、剣を握る両腕へ集まる。
剣の腹が、鎧蜥蜴の顎を下から打ち抜いた。
巨体が浮き、背中から地面へ沈む。
石床が陥没した。
教師たちは緩めることなく拘束術式を重ね、鎧蜥蜴の口と四肢を完全に封じた。
四人で何をしても止まらなかった魔物が、動かなくなる。
「生存者四名、確認! 負傷者から運べ!」
先生たちの声が遠く聞こえた。
そこで、僕の意識は途切れた。
次に目を開けると、白い天井があった。
学院の医務室。
胸には包帯が巻かれ、右脚は固定されている。
隣の寝台では、ティアナが肩と脇腹を治療されていた。
向かいには、右手へ新しい包帯を巻かれたフィア。
さらに奥に、腕と肋骨を固定されたレグルスがいる。
壁へ立てかけられた銀槍には、はっきりと亀裂が残っていた。
僕の欠けた剣も、寝台脇の台へ置かれている。
「鎧蜥蜴は拘束した」
医務室の壁際に、バルト先生が立っていた。
「調査中だが、戦闘能力は少なくともC級上位。供給量次第ではB級に届いていた可能性もある」
誰も声を出さない。
「お前たちの撤退判断は正しい。時間を稼ぐ判断も、喉を狙った作戦も間違っていない」
先生は、そこで言葉を切った。
「だが、正しい判断だけで生き残れるほど、実戦は甘くない」
否定する言葉はなかった。
「今回は、お前たちの力が足りなかった」
それだけを告げ、バルト先生は医務室を出ていった。
沈黙が残る。
誰か一人が失敗したのなら、その失敗を直せばよかった。
けれど今回は違う。
僕の判断も。
ティアナの魔法も。
フィアの速さも。
レグルスの槍も。
四人で合わせた攻撃さえ、何も残せなかった。
寝台の端で、何かが動いた。
ティアナが、動かせる方の手をこちらへ伸ばしていた。
僕も指先だけを伸ばす。
僅かに触れる。
「いる?」
小さな声だった。
「いるよ」
それ以上、言葉は続かなかった。
フィアは包帯を巻き直された右手を見つめている。
レグルスは、亀裂の入った銀槍から目を逸らさない。
僕も欠けた剣を見た。
誰も、次は勝つとは言わなかった。
しばらくして、レグルスが寝台から上体を起こした。
「その槍、修理できそう?」
僕が尋ねる。
レグルスはすぐには答えなかった。
亀裂へ指を沿わせ、銀槍を強く握る。
「アルト。明日、訓練場へ来てくれ」
「また勝負?」
「違う」
レグルスは、フィアとティアナにも視線を向けた。
「今度は、僕一人では足りない話だ」
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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