第19話 改竄された魔石
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
誘導魔石が示す青い矢印は、帰還路を向いていなかった。
僕の手の中で一度回り、真下を指して止まる。
透明だった魔石の内部へ、細い黒線が走った。
「アルト、それを捨てて」
フィアの声と同時に、足元で巨大な歯車が噛み合った。
石床を四角く囲むように亀裂が走る。
レグルスが銀槍を突き立て、ティアナの蔦が僕たちの腕へ絡みついた。
魔石から放たれた黒い光が、壁と床の継ぎ目へ吸い込まれていく。
壊れたんじゃない。
初めから、これを起こすために作られていた。
「この魔石、道を示してるんじゃない」
石床が大きく傾く。
「道を作ってる――!」
――二十分前。
学院迷宮の入口で、バルト先生が僕たち四人を見回した。
「目的は浅層にある三つの確認地点を巡り、制限時間内に戻ることだ。速さは評価しない」
先生は背後の観測区画を指した。
内部には迷宮各所を映す監視水晶が並び、教師たちが複数の実習班を見守っている。
「異常を見つけた時点で実習は終了。攻略より撤退を優先しろ」
「了解しました」
僕が答えると、青白い誘導魔石が渡された。
「これはアルトが持て。四人の中で、魔導具の術式を一番読めるのはお前だ」
レグルスは銀槍を肩へ担ぎ、迷宮の暗がりへ目を向けた。
「僕とフィアが前方を確認する。アルトは中央、ティアナは後方でいいか」
「異議なし」
フィアが短く答える。
「じゃあ私は、帰り道を作っておくね」
ティアナが石床へ触れると、亀裂から小さな双葉が顔を出した。
通過した曲がり角へ芽を残し、誘導魔石以外の目印にするつもりらしい。
僕たちは、四人で浅層へ入った。
学院迷宮の壁には、一定間隔で魔導灯が埋め込まれている。
それでも角の先までは照らせない。
最初の交差路でフィアが足を止め、細剣の柄へ手を添えた。
一人で消えるほど遠くには行かない。
角の先を確かめると、すぐに戻ってきた。
「右は行き止まり。左に古い靴跡がある」
「魔物の気配は?」
「ない。実習班の跡だと思う」
レグルスが指先へ小さな風を集めた。
舞い上がった埃が左の通路へ流れていく。
「空気も淀んでいない。予定どおり左へ進もう」
第一確認地点までは、何も起こらなかった。
壁の認証板へ誘導魔石を近づけると、一つ目の印が青く点灯する。
ティアナは認証板の下にも芽を残した。
「目印、多すぎない?」
僕が尋ねると、彼女は土を軽く払って立ち上がった。
「迷宮で道を覚えてるふりをするよりはいいでしょ?」
「それはそうだね」
第二確認地点へ向かう途中、僕たちは別の実習班と合流した。
その先頭に立っていたのは、白木の長弓を背負ったエルフの少女だった。
腰まで届く淡い銀緑色の髪。
細長い耳と、澄んだ翡翠色の瞳。
セルフィナ・シルヴァリス。
十回生の戦闘順位上位十名に入り、遠距離索敵では学年最高峰といわれる生徒だ。
「復帰実習だと伺いました」
セルフィナは僕へ丁寧に頭を下げた。
「浅層とはいえ、以前事故に遭われた場所です。地図との照合を忘れないことをお勧めします」
「ありがとう。気をつけるよ」
彼女の肩に、小鳥の形をした半透明の風が留まっていた。
契約している風の精霊らしい。
その小鳥が突然羽を逆立て、セルフィナの肩から飛び退いた。
「どうしました?」
セルフィナが腕を差し出しても、精霊は戻らない。
僕の持つ誘導魔石の周囲を旋回し、警戒するように甲高い音を鳴らした。
セルフィナの翡翠色の瞳が細くなる。
「その魔石を、少し見せていただけますか」
差し出すと、彼女は直接触れず、手のひらへ風を集めた。
淡い気流が魔石の表面を撫でる。
「妙ですね」
「何が?」
「通常の誘導魔石は、内部の魔力を使って現在地を探ります。しかし、これは逆です」
風の精霊が魔石から距離を取る。
「周囲の魔力を吸い寄せて、どこかへ流しています」
「壊れてるの?」
ティアナが地図を広げた。
「まだ断定できません。ただ、人族の魔導具は精霊ほど状態を率直には示しませんから」
声音は穏やかだった。
けれど、精霊より魔導具を劣ったものと見ることに、何の迷いもないように聞こえた。
僕は地図と誘導魔石を見比べた。
第二確認地点を過ぎた先で、地図は右を示している。
ティアナが残した芽も、右の通路に並んでいた。
しかし魔石の矢印だけが、左の石壁を向いている。
フィアはすでに壁際へ移動していた。
指で表面をなぞり、白い石粉を拾う。
「削れた跡がある。古くない」
ティアナが床の亀裂へ指を置く。
細い根が、石壁の下へ潜っていった。
「壁の向こうに空洞がある。かなり広い」
レグルスも手のひらから風を送る。
風は壁の亀裂へ吸い込まれたまま、戻ってこなかった。
「奥で下へ流れている。地図にない下り道だ」
僕は誘導魔石を魔導灯へ透かした。
セルフィナが、僕の手元を見る。
「内部術式をお読みになるのですか?」
「できる範囲だけだけど」
「失礼しました。属性適性のない方が、魔石内部の微細術式まで判別する例は少ないもので」
言葉は丁寧でも、できるとは思っていないことが伝わってきた。
誘導魔石の中には、五本の術式がある。
経路、現在地、帰還方向、緊急信号、個体識別。
だが学院の認証印の奥に、もう一本、黒い術式が隠れていた。
二つへ分岐し、封印を囲み、起動条件へ繋がっている。
「故障じゃない」
自然な魔力汚染なら、術式は滲む。
衝撃で壊れたのなら、線が途切れる。
この黒い線は、整いすぎていた。
「誰かが、別の場所へ向かう命令を書き足してる」
セルフィナの表情が僅かに変わった。
もう一度風を流し、黒い術式の位置を確かめる。
「……一致しています。私の精霊が感じた流れの先です」
彼女は僕を見た。
「訂正します。少なくとも術式解析では、私より先に答えへ到達されたようですね。アルトさん」
「今は評価してる場合じゃない」
レグルスが帰還路を振り返る。
「撤退する。封鎖区画の調査は教師へ任せるべきだ」
誰も反対しなかった。
僕は通信石へ魔力を流す。
「バルト先生、応答してください」
『どうした』
「誘導魔石と地図の経路が一致しません。認証印の下に、黒い第六術式があります」
『識別番号を読め』
番号を伝えると、紙をめくる音が聞こえた。
『その魔石は今朝、検査を通っている。施錠保管庫から正規に出されたものだ』
「検査後に入れ替えられた可能性は?」
『外側だけならな。だが認証印の下へ術式を刻むには、学院の整備権限と専用器具が必要だ』
通信越しに、別の教師へ指示を飛ばす声が聞こえる。
『セルフィナ班は他班へ撤退を伝えながら入口へ戻れ。アルトたちは動くな。俺が迎えに行く』
「承知しました」
セルフィナは素早く答えた。
立ち去る前に、風の小鳥を僕たちの頭上へ飛ばす。
「精霊を残します。通信が乱れた場合、位置を辿る目印になります」
セルフィナ班が右の通路へ戻っていく。
僕たちはその場で動きを止めた。
次の瞬間、誘導魔石の矢印が真下を指した。
黒い術式が点灯する。
左の石壁が奥へ沈み、隠された通路が開いた。
同時に帰還路を塞ぐように、背後の壁が落ちる。
セルフィナの風精霊が、閉じる壁の隙間を抜けようとした。
だが黒い光に弾かれ、向こう側へ押し戻される。
『アルトさん――!』
通信石からセルフィナの声が響いた直後、足元の床が傾いた。
「全員、掴まれ!」
レグルスが銀槍を横へ渡す。
フィアは滑り落ちながら細剣を壁へ突き立てた。
刃が石を削り、激しい火花を散らす。
「繋ぐよ!」
ティアナの蔦が四人の腰と腕へ巻きついた。
けれど傾斜は急になり、蔦が一本ずつ千切れていく。
床が跳ねた。
ティアナの身体が浮き、僕の胸元へ飛び込んでくる。
咄嗟に腰へ腕を回し、壁との間へ肩を入れた。
「アルト、左!」
身体を捻ると、突き出した岩が脇を通り過ぎる。
フィアの細剣。
レグルスの槍。
ティアナの蔦。
四人の抵抗が重なり、落下速度が僅かに落ちた。
僕たちは狭い整備通路から、広い空洞へ投げ出された。
背中から石床へ落ちる。
息は詰まったが、骨は折れていない。
「全員いるか」
レグルスの声に、それぞれが返事をする。
ティアナは僕の胸へ手をついたまま顔を上げた。
「もう離して大丈夫」
「あ、ごめん」
すぐに腰から腕を解く。
彼女は立ち上がると、千切れた蔦を回収しながら周囲を見回した。
空洞の壁には、灰色の魔石が等間隔で埋め込まれている。
迷宮内の魔力濃度を一定に保つ、固定式の安定魔石だ。
本来なら淡く光るだけの石から、黒い線が伸びていた。
誘導魔石と同じ術式。
それらは床を這い、空洞中央へ集まっている。
フィアが壁際へ近づいた。
「刻印の向きが逆。迷宮側からじゃない。今落ちてきた整備通路側から刻まれてる」
ティアナは壁に残った黒い灰を摘まむ。
「焼かれた根だ。術式を隠すために、ここだけ植物を枯らしてる」
レグルスが閉ざされた頭上を見た。
「外から入り込んだ者が、偶然見つけられる場所じゃない」
施錠保管庫にあった誘導魔石。
学院の認証印。
専用の刻印具。
地図にない整備通路と、固定された安定魔石。
すべてへ触れるには、学院の構造と巡回時間を知っている必要がある。
「この魔石が、たまたま私たちへ渡ったの?」
ティアナの問いに、すぐには答えられなかった。
「まだ分からない」
僕は通信石を握る。
「でも、偶然だと決めることもできない」
通信へ魔力を流した。
「先生、安定魔石にも同じ術式があります。全部、空洞中央へ魔力を送っています」
『安定魔石だと? その区画は教師でも自由には入れん!』
足音が響いている。
バルト先生は、すでに迷宮内を走っていた。
別の雑音に、セルフィナの声が重なる。
『風の精霊が弾かれました。ですが流れは追えます。第二確認地点の二十メートル以上、下です』
『よし。セルフィナは入口で位置を維持しろ。アルト、四人とも何も触るな。必ず迎えに――』
激しい雑音。
通信石の光が消えた。
腰の緊急帰還具からも、同時に魔力が抜ける。
空洞中央で、何かが呼吸した。
暗がりの中に、拘束具へ繋がれた鎧蜥蜴がいる。
本来なら人の腰ほどしかない、F級の小型魔物。
けれど目の前の個体は、四本の脚だけで僕の背丈を超えていた。
安定魔石から吸い上げられた魔力が、鎧のような鱗を内側から膨張させている。
「まだ刺激しないで」
僕たちは攻撃せず、距離を取った。
先生たちは位置を把握している。
戦うより、到着まで時間を稼ぐべきだ。
しかし床を走る黒い術式が、拘束具へ届いた。
一つ目の金具が外れる。
二つ目。
三つ目。
重い鎖が石床へ落ちた。
フィアが細剣を抜く。
レグルスが銀槍を構える。
ティアナの蔦が背後へ防壁を編んだ。
僕も剣を抜く。
「倒そうとしない」
鎧蜥蜴の瞳が開く。
「先生が来るまで、生き残る」
巨大な尾が壁を叩き、空洞全体が揺れた。
天井から砕けた石が降る。
手元の誘導魔石には、三つの文字が青く浮かんでいた。
危険度F。
安全。
実習続行可能。
目の前の怪物が空洞を震わせても、魔石だけは、それを安全なF級だと嘘をつき続けていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




