第199話 アルトを呼ぶ五人
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
ガイ団長の目配せを受けた五人は、返事をせず、僕を囲む別々の位置へ動いた。
正面では、召喚獣全身換装《両面宿儺》の灰黒色の鎧が《魔剣サタン》を受け続けている。
ガイ団長の本来の両腕が大剣を握り、追加された一本が剣の背を支え、残る一本が黒赤い刀身の腹を押していた。
換装固有技《四腕重圧》。
その背後には灰鬼騎士団の成人盾列が重なり、左右から伸びる鎖が僕の腕、胴、両脚を停止杭へ繋いでいる。
それでも僕の身体は前へ出ようとした。
右上腕の赤黒い契約紋様が脈打つたび、《魔剣サタン》へ押し込む力が増す。
「右列、肩を入れろ!」
ガイ団長の後ろで盾が鳴った。
停止杭が石床から指一本分浮き、鎖が軋む。
僕は踏み込みを浅くしようとした。
けれど、サタネグラス因子に奪われた脚は、逆に膝を伸ばした。
「止まって……ください」
自分の身体へ向けた言葉は、掠れた息にしかならなかった。
胸郭の内側を魔力変換の熱が焼く。周囲から流れ込む自由魔素は減っている。それでも黒銀色の外殻は、残された魔素まで集めて魔力へ変え続けていた。
演武場外縁から、ローディンが進み出た。
片手には、確認印の並んだ記録の写しがある。
「フィア、ティアナ、レグルス、セルフィナは生存している。お前が殺した記録は存在しない」
四つの名前が、一つずつ耳へ届いた。
同時に、存在しない感触が両手へ蘇る。
フィアの剣を折った重さ。
ティアナを追い詰めた足音。
レグルスの折れた槍。
セルフィナを弾き飛ばした衝撃。
違う。
あれは星門派に埋め込まれた記憶だ。
目の前には、全員が立っている。
ローディンは記録を成人担当者へ渡すと、僕の腰へ巻かれた中央の胴鎖を取った。
成人騎士二人と並び、全身で後方へ引く。
「中央杭、固定する」
鎖の輪が停止杭へ掛けられ、留め金が手動で閉じられた。
腰を引かれた僕の身体が一瞬傾く。
《魔剣サタン》が、その反動を利用して横薙ぎへ移ろうとした。
ガイ団長の二つの視界が動きを追い、追加腕が刀身を押し戻す。
左側から弓弦が鳴った。
一本目の索付き矢が、左肩を覆う黒銀色外殻の端へ掛かる。
二本目は腰の外殻、その継ぎ目だけを捉えた。
三本目が石床へ突き立ち、二本の索を停止杭へ繋ぐ。
「弓技《三点縫留》」
セルフィナが弓を下げず、淡い銀緑色の髪の隙間から僕を見た。
「確定記録では、四人とも救助後に本人確認を受けています。死亡を示しているのは改竄された記憶だけです。記録と記憶は両立しません」
声は静かだった。
けれど、その言葉には複数の根拠があった。
救助後の本人確認。
成人医療担当者による記録。
そして、今ここに立っている四人。
左肩を動かすと、三本の索が同時に張った。
矢は肉へ入っていない。黒銀色の外殻だけを引き、僕の上半身が右へ回ることを止めている。
それでも外殻は索を引き千切ろうと膨らんだ。
「アルト!」
ティアナが石床へ片手をつく。
蜂蜜色の髪が、僕から吹き出す魔力の風に煽られていた。
「危険を隠さないと決めたよね」
以前も僕は、異変を小さく伝えようとした。
心配させたくないと理由をつけて、危険を一人で抱えようとした。
ティアナはそれを許さなかった。
「今、何が痛いの。どこを取られてるの。言って!」
「右腕と……両脚。身体の半分くらい、命令が届きません。胸と、血管が……焼けています」
「なら、そこを止める!」
ティアナが大きく息を吸った。
「石床を媒体に、中心から四方へ根を走らせよ。右脚、左脚、腰、停止杭の順に絡み、外殻を砕かず動きの支点だけを縛れ。四つの根がそれぞれの杭へ結ばれた時、拘束を完成せよ――第四階位・土・植物複合魔法《四根停止陣》」
石床の亀裂から、太い根が四方向へ走った。
第一の根が右脚へ絡む。
第二の根が左脚を石床へ縫い止める。
第三の根が腰を囲み、ローディンの中央胴鎖と重なった。
最後の根が枝分かれし、四方の停止杭へ巻きつく。
外殻を砕かず、動きの支点だけを拘束する構造だった。
僕の両脚が動かなくなる。
ティアナの肩が大きく上下した。第四階位の魔法を維持する指先は震えている。
それでも手を石床から離さなかった。
右側から、銀槍の石突きが床を打つ。
「勝手に競争から降りるな」
レグルスの紫の瞳が、僕ではなく《魔剣サタン》の軌道を追っていた。
「君に勝たないまま終わられたら、僕は何のためにここまで来た」
黒赤い刀身が、ガイ団長の大剣から離れようと跳ねる。
レグルスは銀槍を正面へ向けた。
「我が銀槍を媒体に、正面三歩の風を螺旋へ束ねよ。刃の外縁、鍔、右腕の順に流れを掛け、振り下ろす力を石床の外側へ逃がせ。穂先と剣筋が交差した時、偏向を完成せよ――第四階位・風魔法《螺旋偏軌陣》」
銀槍の周囲へ風が集まった。
螺旋状の流れが《魔剣サタン》の刃の外縁へ絡み、鍔へ移り、最後に僕の右腕を包む。
剣は止まらない。
けれど、成人盾列へ向かおうとした軌道が、石床の外側へ押し流された。
レグルスが穂先を交差させる。
黒赤い刀身が銀槍を押し下げ、その両腕が震えた。踏み締めた足元の石が割れる。
それでもレグルスは槍を離さない。
風の螺旋が剣筋を限定し、ガイ団長の大剣が受けられる正面へ戻していく。
残る一人が、僕の右側へ入った。
フィアの細剣に紫電が走る。
狙っているのは僕の腕でも、契約紋様そのものでもない。
右上腕から《魔剣サタン》へ伸び、僕の意思より先に身体を動かしている赤黒い線だった。
「紫電よ、我が刃に沿い、偽りの脈だけを断て――第一階位・雷魔法《雷装・断脈》」
第一階位の紫電が、細い刃の輪郭だけをなぞる。
大きな力ではない。
だからこそ、僕を巻き込まず一本の線だけへ届く。
フィアが踏み込んだ。
「剣技《雷剣・断線》」
細剣が赤黒い身体命令の線を横切った。
肉体は斬られていない。
右上腕の契約紋様も残っている。
それでも、サタネグラス因子から右腕へ流れていた命令が一瞬だけ乱れた。
《魔剣サタン》の切っ先が下がる。
フィアの右腕も反動で跳ねた。指先が震え、細剣を取り落としかける。
彼女は左手で短い拘束鎖を掴み、僕の右肘へ回した。
成人盾列側へ鎖を渡し、自分も身体を後ろへ倒して引く。
そして僕を見た。
「次も、一緒に帰る」
音が戻った。
遠く聞こえていた鎖の軋みも、盾列の掛け声も、ティアナの荒い呼吸も、急に近くなる。
青灰色の視界が開いた。
僕はアルト・ロウェル。
十六歳。
フィアがいる。
ティアナがいる。
レグルスがいる。
セルフィナがいる。
四人とも生きている。
追撃して殺した記憶は偽物だ。
レイシアを殺した光景も幻だ。
人間と精霊は対象外。
誰も殺したくない。
僕は死にたくない。
レイシアとの次の面会へ帰りたい。
孤児院へ報告する言葉を決めて、指輪を一緒に選びたい。
「フィア……ティアナ、レグルス、セルフィナ」
四人の姿が、偽記憶の死体ではなく、今ここに立つ現実として見えた。
「生きてる」
《魔剣サタン》が止まった。
一呼吸だけ、右腕が僕のものになる。
けれど、左腕の黒い契約紋章が飢えを広げた。
声も記録も約束も、空白へ沈めようとする圧力。
周囲に残る自由魔素へ、黒銀色の外殻が手を伸ばす。
人間と精霊は対象外。
その境界だけは渡さない。
次に右上腕の赤黒い契約紋様が激しく脈打った。
痛み。
恐怖。
騙されていた衝撃。
それらを怒りへ変え、全員を敵として排除しろという命令が身体へ流れ込む。
違う。
これは僕の判断じゃない。
上胸部の暗紫色の契約紋様が締まる。
レイシアを失う。
仲間に捨てられる。
未来を奪われる。
だからレイシアだけを選び、他の全てを排除しろという偽の意味が、鎧の継ぎ目へ縫い込まれていく。
レイシアは誰かの所有物じゃない。
みんなを捨てる理由にもならない。
三つの紋様は別々の場所にあった。
融合していない。
それでも三方向から押しつけられた反応が重なり、僕の身体主導権を再び奪う。
「動く……また、動きます!」
《魔剣サタン》が持ち上がった。
レグルスの風が剣筋を引く。
フィアの鎖が右肘を止める。
セルフィナの三本の索が左肩と腰を引く。
ティアナの根が両脚を石床へ縛り、ローディンと成人騎士が中央胴鎖を停止杭へ固定する。
ガイ団長の四本の腕が大剣を押し当てた。
背後では成人盾列が重なる。
根が軋む。
索が伸びる。
停止杭が一本、石床から僅かに浮いた。
それでも全ては切れなかった。
《魔剣サタン》の動きが数呼吸だけ鈍る。
ガイ団長の後方を捉える面が、五人と盾列の位置を確かめた。
「左右へ退け!」
成人盾列が二つに分かれる。
五人も拘束を残したまま、振り下ろされる大剣の軌道から身体を外した。
ガイ団長が大剣を構え直す。
本来の両腕が柄を握った。
三本目の腕がその上へ重なり、四本目が大剣の背へ添えられる。
灰黒色の両脚が開き、踵が石床へ沈む。
僕は白い髪の隙間から、ガイ団長を見た。
灰黒色の兜、その前方の視界と目が合う。
「アルト」
「はい」
別れの返事じゃない。
僕はまだ、生きて帰ることを諦めていない。
ガイ団長の四本の腕へ、全身の重さが集まった。
「換装固有技《四腕重断》」
大剣が頭上から落ちてくる。
どこを狙っているのか、僕には分からなかった。
ガイ団長の四本の腕が最大の一撃を振り下ろし、演武場全体を揺らす衝撃が、僕の視界を白く塗り潰した。
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