第198話 両面宿儺
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
ガイ団長の大剣と《魔剣サタン》が噛み合ったまま、演武場の停止杭が一本ずつ石床から浮き始めた。
甲高い金属音が連続する。
僕の右腕へ巻かれた鎖が張り詰め、胴と両脚を引く鎖まで震えた。成人騎士たちが複数人で握っているのに、黒銀色に覆われた身体は構わず前へ出ようとする。
止まれ。
そう命じても、サタネグラス因子に奪われた半分は聞かなかった。
黒赤い両手剣がガイ団長の大剣を押し下げる。
ガイ団長の踵が石床を削り、その背中を三枚の盾が受けた。後列の成人騎士たちが、前列の肩へ身体を重ねる。
「右杭、打ち直せ! 胴鎖は緩めるな!」
号令に合わせ、浮いた停止杭へ大槌が振り下ろされた。
杭が石床へ戻る。
次の瞬間、僕の両脚が踏み込んだ。
また杭が浮いた。
胸郭の内側が焼けている。大気から集まる自由魔素は明らかに減っていたが、流入そのものは止まらない。
わずかに入った魔素が、三つの契約経路を通して魔力へ変換される。そのたびに血管の内側へ熱した針を通されるような痛みが走った。
それでも身体は休まない。
「ガイ団長……離れてください」
「聞こえてるな」
大剣越しに、ガイ団長の目が僕を捉える。
「僕の身体が、また動きます」
「なら、動く前に一寸だけ返せ」
《魔剣サタン》が押し込まれた。
僕は右手を開こうとする。
戦闘用に再構成された左小指の先へ異物のような熱が集まり、逆に柄を強く握り締めた。右腕の赤黒い契約紋様が脈打ち、刃はガイ団長の首へ向かおうとする。
違う。
そこじゃない。
僕は残っている力で手首を内側へ捻った。
黒赤い刃が数センチ逸れる。
ガイ団長は、その数センチへ大剣を滑らせた。
正面から受けていた刃を斜め下へ流し、腰を沈める。同時に右足を引き、僕の力を成人盾列の正面から外した。
「今だ! 盾を重ねろ!」
ガイ団長が一歩だけ間合いを外す。
入れ替わるように六枚の盾が押し出された。
《魔剣サタン》が横薙ぎに走る。
「伏せてください!」
前列の成人騎士が盾の陰へ身を沈めた。
黒赤い刃は盾の上端を二枚まとめて裂いた。けれど、僕が剣先を持ち上げた分だけ、その下にいた騎士の頭には届かなかった。
衝撃で盾列が後退する。
後列が踏みとどまり、鎖担当が左右へ分かれた。右腕へ二本、左腕へ一本、胴へ三本。両脚に回された鎖は、それぞれ別の停止杭へ固定される。
その向こうで、ガイ団長が大剣を地面へ立てた。
荒い息を一つ吐く。
そして、詠唱を始めた。
「灰の野に立ち、二つの空を同時に睨む双貌の鬼よ。前へ刃を向けても背を忘れず、右の腕が受ければ左の腕で重みを返すものよ。怒りに呑まれず、恐れに沈まず、四つの腕へ大地の重さを結べ。二つの地平を一つの戦場に重ね、我が呼び声へ応えて立て――第七階位・無属性召喚魔法《両面宿儺》」
詠唱の終結と同時に、ガイ団長の背後で灰黒色の魔力が立ち上がった。
それは三魔神の顕現ではない。
僕の契約紋様も、現れた存在へ共鳴していなかった。
灰黒色の巨体には、前後へ向いた二つの顔があった。太い四本の腕が異なる構えを取り、どちらの顔も同じ戦場を別方向から見渡している。
召喚獣、両面宿儺。
ガイ団長と正規契約を結んだ存在だった。
《魔剣サタン》が盾列を押し退け、詠唱を終えたガイ団長へ振り下ろされる。
「団長!」
叫びが上がる。
灰黒色の召喚獣が動いた。
巨体は粒子状の魔力へ崩れ、ガイ団長の両脚へ集まった。足甲、脛当て、膝当てが形成され、灰黒色の装甲が腰から胴へ這い上がる。
背中を覆う重い甲冑が生まれ、本来の両腕へ装甲が重なった。
両肩から、新たな二本の装甲腕が伸びる。
最後に首と頭部が覆われた。
前方へ向く面と、後方を捉えるもう一つの面。
二つの視界を備えた灰黒色の兜が閉じる。
召喚獣全身換装《両面宿儺》。
ガイ団長自身の意思で完成した、正規の全身換装だった。
黒赤い刃が届く。
ガイ団長は本来の両腕で大剣を持ち上げた。
轟音が演武場を揺らす。
二本の大剣が正面から激突し、足元の石床に放射状の亀裂が走った。
灰黒色の追加腕が一本、大剣の背を支える。
もう一本は《魔剣サタン》の腹へ横から掌を当て、刃がガイ団長の肩へ滑ることを防いだ。
それでも僕の身体は押した。
サタネグラス因子が骨格と筋肉を強制的に膨張させる。関節が軋み、筋肉の奥が裂けそうになっても出力だけは上がった。
ガイ団長の灰黒色の足甲が石床へ沈む。
「前列、団長へ接続!」
成人騎士たちが、ガイ団長の背後へ盾を差し込んだ。
一枚目の後ろへ二枚目。
さらに後列が盾と肩を押し、全員の足が石床を踏み締める。
「鎖、張れ!」
右腕、胴、両脚の鎖が同時に引かれた。
僕の身体が前へ出ようとする力が、四方の停止杭へ分かれる。
ガイ団長の前方の面は僕を見ていた。
後方の面は、盾列と鎖担当を見ているらしい。振り返らなくても、鎖が緩んだ方向へ追加腕が伸び、引き手を補助した。
「換装固有技《四腕重圧》」
ガイ団長の四本の腕が、それぞれ異なる役割を取った。
本来の両腕が大剣を握る。
三本目が大剣の背を押し上げる。
四本目が黒赤い刀身を横へ押す。
腰が落ち、両脚が開いた。
ガイ団長自身の体重が踵から石床へ沈み、背後の盾列、左右の鎖、停止杭が一つの制圧動作へ繋がる。
《魔剣サタン》が止まった。
完全にではない。
黒赤い刃は震えながら、少しずつガイ団長の大剣を押し下げている。
「全部止めなくていい」
兜の奥から、ガイ団長の声が届く。
「半歩だけ俺へ返せ」
僕は右脚を止めようとした。
けれど身体は、逆に左脚を軸に回転する。
噛み合っていた剣を外し、横薙ぎへ切り返した。
ガイ団長の前方の視界が刃を追う。
追加腕の一つが大剣の柄へ加わり、三本の腕で切り返しを受けた。残る一本が僕の右前腕を外側から押す。
黒赤い刃が盾列へ向かう。
このままなら、端にいる成人騎士へ届く。
僕は踏み込みを浅くした。
ほんの半歩。
《魔剣サタン》の切っ先が盾の表面を削り、騎士の胸元から外れた。
「そこだ!」
ガイ団長が身体ごと大剣を押し込む。
剣で僕を斬るのではなく、《魔剣サタン》の軌道だけを石床へ向けた。
黒赤い刃が床へ食い込み、石片が跳ねる。
右腕の鎖が引き絞られた。
僕の身体は柄を引き抜き、そのままガイ団長の胴へ肩からぶつかる。
灰黒色の重甲冑が鈍く鳴った。
ガイ団長が二歩下がる。
背後の盾列も一緒に押され、成人騎士たちの靴底が石床へ長い線を刻んだ。
停止杭が二本浮く。
三本目が傾く。
それでも盾列は崩れなかった。
「お前が残ってるのは分かってる」
ガイ団長の追加腕が、僕の右肩を押し返す。
「残って……います」
声を出すだけで、胸の内側が焼けた。
上胸部の暗紫色の線が締まり、レイシアを奪った者を排除しろという偽の意味を鎧へ流し込んでくる。
違う。
レイシアは何も知らされていないだけだ。
左腕の黒い紋章からは、考えることをやめて空白へ沈めという圧力が広がる。
それも僕の意思じゃない。
「人間と精霊は……対象外です」
「記録した!」
透明な隔壁の外から、成人医療担当者の声が返った。
「人格反応を維持! 身体動作との分離も継続しています!」
僕の身体はその言葉を無視して《魔剣サタン》を引き抜く。
刃が下から跳ね上がった。
ガイ団長は大剣を縦に立て、四本の腕で受ける。
金属音が重なった。
灰黒色の肩装甲へ亀裂が走り、ガイ団長の息が兜の内側で詰まる。
けれど、大剣は離れない。
背後の盾列が押す。
鎖が引く。
停止杭が耐える。
ガイ団長は僕の力を一人で受けていなかった。
灰鬼騎士団全体が、団長の身体を接点にして僕と押し合っていた。
演武場の左側で、フィアが剣を支えに立ち上がった。
少し離れた場所では、ティアナが膝についた土を払っている。
レグルスは落とした槍を拾い、セルフィナも透明な隔壁の手前で姿勢を戻した。
四人とも呼吸は乱れていた。
それでも、生きている。
演武場外縁にはローディンが立っていた。
誰も魔法を使わない。
詠唱も始めない。
四人が保持する封印箱も、閉じられたままだった。
《魔剣サタン》と大剣が、もう一度正面から噛み合う。
ガイ団長の前方の面が僕を捉え、後方の視界が盾列と演武場外縁を確かめる。
その灰黒色の兜が、ほんの一度だけ僅かに動いた。
ローディン。
フィア。
ティアナ。
レグルス。
セルフィナ。
五人は何も答えなかった。
フィアは左側の封印柱へ。
ティアナは亀裂の走った石床の中央へ。
レグルスは風の抜ける右側へ。
セルフィナは成人監視区画に近い透明隔壁の継ぎ目へ。
ローディンは外縁に沿い、別の封印柱との間へ移動した。
封印箱の蓋は、まだ一つも開かれていない。
誰も目的を口にしない。
それが処刑のための配置なのか、僕の身体を止めるための配置なのかも分からなかった。
ただ、五人は同じ瞬間に動いた。
「その一寸を、俺たちが受け持つ」
ガイ団長の四本の腕へ再び力が集まる。
僕も、《魔剣サタン》の軌道を一寸だけ外側へ押した。
ガイ団長が五人へ送った一度きりの目配せを合図に、僕には意味の分からないもう一つの配置が、激突の裏側で動き始めた。
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