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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第194話 魔剣サタン

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



灰鬼騎士団の盾列が開いた瞬間、僕の右腕は、僕が命じるより先に武器を求めた。


止まれ、と念じた。


右腕は止まらない。


右足が石床を踏みしめ、黒銀色の外殻に覆われた腰が落ちる。僕の知らない構えへ、身体が勝手に組み替えられていく。


見えている。聞こえている。


僕はアルト・ロウェルで、十六歳だ。


レイシアは何も知らずに荒野任務へ出されている。フィアたちも生きて、演武場に立っている。


それなのに、身体の半分ほどが遠い。


僕が動かそうとするより半歩早く、サタネグラスの因子が筋肉へ命令を流していた。


胸郭の内側では、集められた自由魔素が魔力へ変えられ続けている。息をするたび、焼けた空気を吸い込んだように肺が痛んだ。


「本人の反応あり! 人格応答は継続しています!」


成人医療担当者の声が届く。


返事をしようとした直後、左手に激痛が走った。


黒銀色の外殻の下で、短いままだった左小指の先へ赤黒い光が集まる。


「ぐっ……ああっ!」


欠けた先端から、硬い芯が押し出された。


骨に似た支持構造。その周りへ筋肉と腱を真似た赤黒い因子組織が巻きつき、最後に黒銀色の外殻が指の形を整える。


失った小指が戻ったように見えた。


けれど、これは治療ではない。


指先から伝わるのは人間の皮膚の感触ではなく、熱い異物を傷口へ差し込まれた感覚だった。


両手剣を握らせるためだけに、《憤怒》が欠けた部分を戦闘用に補ったのだ。


右前腕の赤黒く盛り上がった瘢痕は消えていない。新しい小指も、換装が終わった後まで残るか分からない。


「再構成を確認! 生体治癒とは断定できません!」


記録する声を押しのけるように、右上腕の契約紋様が脈打った。


赤黒い因子が右腕を下り、開かれた掌へ流れ込む。


最初に現れたのは柄だった。


長い握りが掌の中で形を得て、両側へ鍔が張り出す。そこから刀身の芯が伸び、周囲から集められた魔力を呑み込んで、黒赤い両刃へ変わった。


知らない武器だった。


握り方も、重心も、剣筋も習ったことがない。


それでも名称だけが、焼き印のように意識へ刻み込まれた。


《魔剣サタン》。


僕の剣ではない。


僕が鍛えたものでも、望んで呼び出したものでもない。


サタネグラスの因子が、僕の身体を使うために一時的に作った両手剣だった。


再構成された左小指までが柄へ巻きつく。


「避けてください!」


声を絞り出した瞬間、両脚が沈んだ。


「僕の身体が動きます!」


「防御陣形《灰壁陣》!」


成人騎士たちが盾を重ねる。


一列目が膝を落とし、その背へ二列目が盾を添えた。さらに後ろから三列目が支え、灰色の壁が僕の正面を塞ぐ。


僕の身体は《魔剣サタン》を右へ引いた。


止めようと肩へ力を込める。


それでも腰が回った。


黒赤い刀身が、横薙ぎに灰壁へ激突する。


耳を潰すような金属音が演武場を走った。


一枚目の盾がへこみ、二枚目へ衝撃が抜ける。列を組んだ成人騎士たちの靴底が石床を削り、盾列全体が数歩押し戻された。


端にいた二人が倒れた。盾の縁で肩を打ち、腕から血を流している。


けれど、立ち上がろうとしている。


死んでいない。


僕は刃を最後まで振り抜かせまいと、残っている意識で右肩を引き戻した。


「僕は……誰も傷つけたくない!」


「発言を記録! 本人意思と身体動作が一致していません!」


成人医療担当者が叫ぶ。


左腕の《暴食》、右上腕の《憤怒》、上胸部の《色欲》。三つの契約紋様は別々の場所に残っている。


だが、そこから伸びた命令だけが、黒銀色の身体を同時に動かしていた。


「左右から入る!」


フィアの短い声が響いた。


紫電が細身の剣へ集まる。


「紫電よ、我が刃に宿り、乱れた契りの道を照らせ。肉を避け、偽りの脈だけを断て――第三階位・雷魔法《紫電脈断》」


一年前のフィアが扱っていた雷より、細く、鋭く、制御されている。


彼女は左側から踏み込み、左肩を越えた黒い接続へ切っ先を滑らせた。


「剣技《雷剣・断線》!」


剣が肉を避け、外殻の下を走る魔力線だけを狙う。


反対側ではティアナが両手を石床へ触れさせた。


「大地よ、眠れる根を束ね、荒ぶる足を抱き留めよ。肉を傷つけず、乱れた魔力の道のみを分かち、ここに幾重の牢を築け――第四階位・土・植物複合魔法《地脈樹牢》」


石床の継ぎ目から太い根が幾重にも伸びる。


根は僕の足首、膝、腰へ巻きつき、地面から黒銀色の外殻へ流れ込む魔力の経路を押し分けた。


第四階位。


僕がいなかった一年の間も、ティアナたちは立ち止まっていなかった。


右側では、レグルスが銀槍を低く構えていた。


槍の周囲へ風が集まり、幾重もの螺旋を作る。


「風よ、我が銀槍に幾重の螺旋を結べ。肉を避け、重なる鎧の継ぎ目へ潜り、荒ぶる赤き脈のみを穿て――第四階位・風魔法《天穿螺旋》」


炎ではない。


研ぎ澄まされた風が銀槍を包み、右上腕の赤黒い契約紋様へ一直線に向かってくる。


「狙いは契約紋様の外縁だ。身体そのものではない!」


セルフィナが上胸部を指した。


彼女の周囲で、淡い光が細い糸へ変わる。


「風に宿る小さき隣人よ、見える傷ではなく、重なる魔力の縫い目を示して。命を避け、乱れた結びだけを細糸で封じよ――第三階位・精霊魔法《透脈封糸》」


光の糸が、黒銀色の外殻を走る暗紫色の縫い目へ絡みついた。


四方向から、三契約の接続だけが狙われる。


助けようとしているのか、処刑条件を止めようとしているのか、僕には判断できない。


それでも、四人が僕を殺すための急所を狙っていないことだけは分かった。


サタネグラスの因子は違った。


四人を排除対象として捉えた瞬間、視界の端へ赤黒い軌道が走る。


僕が考えるより先に、身体が回転した。


「駄目だ!」


《魔剣サタン》がフィアへ返る。


刃は首へ向かっていた。


僕は右手の指一本すら自由にできなかった。それでも肩を内側へ押し込み、剣筋を僅かに下げる。


黒赤い刃ではなく、刀身の腹がフィアの剣とぶつかった。


フィアの身体が弾かれ、石床を滑る。肩から成人盾列へ衝突したが、すぐに片膝をついた。


生きている。


背後から根が腰を締めた。


僕の左脚が勝手に持ち上がり、ティアナの胴を蹴り抜こうとする。


膝を曲げろ。


浅くしろ。


僕は全身換装の奥に残った自分の筋肉へ、必死に命令した。


蹴りは完全には止まらなかった。それでも足先の直撃を外し、脛の外殻がティアナの防御へ触れるだけに変わる。


衝撃でティアナは地面を転がった。


《地脈樹牢》の根が数本切れたが、彼女は腕で顔を守りながら起き上がろうとしている。


右上腕へ風の槍が届く。


《天穿螺旋》が黒銀色の外殻の継ぎ目へ食い込み、《憤怒》の接続を外側から抉った。


身体が反射的に右肘を振るう。


レグルスの胸を砕く軌道だった。


僕は拳を開き、肘を下げた。


前腕の側面が銀槍へ当たり、レグルスごと弾き飛ばす。彼は空中で槍を回し、石床へ穂先を突き立てて勢いを削った。


着地と同時に膝をついたが、倒れきらない。


最後に、暗紫色の縫い目へ光の糸が食い込んだ。


胸を締めつけていた偽の離別恐怖が、一瞬だけ緩む。


セルフィナが糸を引いた。


僕の身体は彼女を追尾し、《魔剣サタン》を振り上げる。


やめろ。


レイシアは奪われたんじゃない。


四人に捨てられたとも、僕は決めていない。


これは僕の感情じゃない。


剣が振り下ろされる直前、僕は左足の踏み込みを半歩だけ遅らせた。


セルフィナが光の糸を放して横へ跳ぶ。


黒赤い刃は彼女を外れ、石床を深く割った。砕けた石の衝撃に押され、セルフィナは透明な隔壁の手前まで転がった。


四人とも倒された。


けれど、誰も死んでいない。


偽記憶の中で感じた、剣がフィアを断つ重さが蘇る。ティアナの声、レグルスの折れた槍、弾き飛ばされたセルフィナの身体。


違う。


今、目の前にいる四人は呼吸している。


「致命軌道の変更を確認!」


成人医療担当者が告げた。


「アルト・ロウェルの人格反応は維持! 完全な人格消失ではありません。身体命令のみ、部分的な意思支配を受けています!」


周囲魔素の流入はまだ止まらない。


ただし、演武場内の濃度が落ちたことで量は減っている。《魔剣サタン》を振るうたび、蓄積された魔力も大量に失われていた。


無限ではない。


それでも、変換される魔力は胸郭の内側を焼き続ける。


口元から血が垂れ、黒銀色の顎を伝った。


「アルト!」


ガイ団長が大剣を抜いた。


重い刀身を両手で構え、押し戻された盾列の間から正面へ進み出る。


「聞こえてるなら、少しでいい。剣を俺へ返せ」


「聞こえて……います!」


僕の返答を待たず、身体が《魔剣サタン》を頭上へ掲げた。


「全部止められなくても、軌道だけは変えろ。お前が残ってることは、もう記録で分かってる!」


ガイ団長が腰を落とす。


「大剣防御技《灰鉄受け》!」


《魔剣サタン》が振り下ろされた。


僕は両腕を止められない。


せめてガイ団長の大剣へ。


盾列ではなく、倒れた四人でもなく、正面で受けると決めている一本へ。


残った意識で剣筋を僅かに寄せた。


黒赤い両刃と大剣が衝突する。


火花と衝撃が円形に広がり、ガイ団長の両足が石床へ沈んだ。


「防御陣形《灰壁陣》、団長の背を支えろ!」


成人騎士たちが大盾を重ね、ガイ団長の背後へ押し当てる。


別の団員たちが左右から駆けた。


「集団拘束技《灰鎖固定》!」


太い鎖が僕の右上腕へ巻きつく。


二本目が左腕と胴をまとめ、三本目と四本目が両脚へ回された。団員たちは鎖の端を石床へ落とし、停止杭を打ち込んで固定する。


一打ごとに鎖が張り、黒銀色の外殻が軋んだ。


サタネグラスの因子は拘束を引き裂こうと、膨張した筋肉へさらに力を流す。


僕は反対に、足を石床へ残そうとした。


剣を押し込む身体と、押し戻そうとする僕の意識が、同じ肉体の中でせめぎ合う。


演武場の外縁にはローディンがいる。フィアたちの閉じた封印箱も、それぞれの配置近くに残されたままだ。


誰も箱を開いていない。


誰もこの場から消えていない。


今あるのは、僕を処刑しようとする公式命令と、それに抗う僕の意思、そして僕の意思を無視して戦う身体だけだった。


「アルト、もう一度だ!」


ガイ団長の声が、金属音を越えて届く。


「お前は誰だ!」


「アルト・ロウェルです!」


「何を守る!」


「人間と精霊は対象外です! 僕は、誰も殺したくない!」


返事をした僕の口とは無関係に、《魔剣サタン》はガイ団長の大剣を押し潰そうとする。


けれど、僕はまだここにいる。


レイシアと次に会う。


孤児院へ何を話すか決める。


正式な婚約手続きについて尋ねて、指輪は二人で選ぶ。


白い髪も、右腕の傷も、本物ではない左小指も抱えたまま、それでも僕として彼女の隣へ帰る。


そのために、剣筋をほんの少しずつ正面へ返し続けた。


ガイ団長の大剣と《魔剣サタン》が正面から噛み合い、その背後で灰鬼騎士団の盾、鎖、停止杭が、意識を半分奪われた僕の身体を演武場へ繋ぎ止めた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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