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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第193話 全身換装

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



生きて帰ると決めた直後、左腕の黒銀色は、僕の意思を置き去りにして肩を越えた。


「止まって」


誰へ命じた言葉でもなかった。


左腕の《暴食》へ向け、自分の身体へ向けて発した。


けれど、肩手前で止まっていた黒い契約紋章は、僕の声に従わなかった。


黒銀色の外殻が左肩を覆う。


冷たいはずの表面とは反対に、その下では皮膚と筋肉が焼けるように熱かった。


「三契約の反応値が同時上昇!」


成人封印担当者が確認板を見比べる。


「盾列を維持。封印柱の圧力を一段階上げます」


複数の担当者が手動の操作具を動かした。


演武場を囲む封印柱の表面へ、淡い光が同時に走る。


僕を苦しめるためではない。


この異変を透明な隔壁の外へ出さないための操作だ。


それでも、三方向から押さえられた契約経路は静まらなかった。


左腕、右上腕、上胸部。


離れた位置にある三つの紋様から、身体の奥へ別々の圧力が食い込んでくる。


星門派に何度も魔力を流し込まれ、二つの因子を強制注入された身体の中で、その圧力が繋がった。


黒銀色が胸へ流れた。


「違う……僕は、何もしていません」


上胸部を覆った外殻は、衣服の上から形を変え、背中へ回り込む。


脇腹を締め上げ、腹部へ薄い層を重ねていく。


僕は左手で外殻を剥がそうとした。


短い小指だけは、黒銀色に覆われても短いままだった。


指先が再生することもない。


外殻は身体の一部のように動きながら、僕の力では一欠片も外れなかった。


「アルト、手を止めろ。自分の皮膚まで傷つける」


ガイ団長の声が飛ぶ。


「止めたいんです!」


返事をした直後、右上腕の《憤怒》が強く脈打った。


赤黒い熱が骨へ届く。


肩の内側で硬いものが軋んだ。


「うっ……!」


肩幅が押し広げられる。


胸郭が内側から膨らみ、呼吸の形まで変えられた。


長期拘束で衰えていた背中と腕の筋肉が、回復の段階を無視して膨張する。


上腕が太くなり、前腕の腱が引き延ばされた。


黒銀色の外殻は、その変化を待っていたように右肩へ渡った。


右腕を覆い、赤黒く盛り上がった異常瘢痕の上へ重なる。


傷が治ったわけではない。


外殻の下で瘢痕は熱を持ち、脈に合わせて鋭く痛んだ。


「骨格変化を確認! 筋力反応も急上昇しています!」


「正規換装の手順は?」


「ありません。本人の開始命令なし。召喚獣との協調反応なし。安全経路も確認できません」


成人封印担当者の言葉を聞きながら、僕は奥歯を噛んだ。


団長たちの召喚獣全身換装とは違う。


本人の意思で始め、召喚獣と協調し、構築された魔力経路を通して鎧を形成するものではない。


今の僕は、形も出力も選べない。


解除方法も分からない。


右脚の骨が軋んだ。


続いて左脚にも痛みが走る。


太腿と下腿の筋肉が強制的に膨らみ、腰から伸びた黒銀色が両脚を包んだ。


足先まで覆われても、鉤爪は生まれない。


翼も尾も角もない。


人間の輪郭を無理に引き延ばし、その外側へ黒銀色の鎧を押しつけたような姿だった。


透明な隔壁へ映る僕の身体は、以前より一回り大きい。


けれど、鎧の隙間から見える髪は白いままだった。


目も左右とも青灰色だ。


僕であることを示す色だけが、変えられずに残っていた。


「左腕から全身へ換装領域が拡大」


記録担当者が筆を走らせる。


「三契約の作用を確認。ただし契約紋様の融合はありません」


「魔神による強制全身換装として記録しろ」


ガイ団長が告げた。


強制。


その二文字だけが、今の身体に合っていた。


僕は力を求めていない。


判決へ怒りを感じても、それを誰かを殴る理由にはしていない。


それでも《憤怒》は、恐怖も苦痛も衝撃も、全て戦うための骨格と筋力へ変えていく。


上胸部の《色欲》が締まった。


暗紫色の契約紋様から、細い線が伸びる。


黒銀色の胸当てを縫い、肩から腕へ、腹部から腰へ、両脚へ走っていく。


三つの紋様が一つになったわけではない。


暗紫色の線は、別々の外殻を縛り合わせる糸のように、鎧の継ぎ目へ食い込んだ。


同時に、言葉ではない意味が押し寄せた。


レイシアを奪われた。


取り戻すためには、ここにいる者を排除すればいい。


フィアたちは僕を捨てた。


処刑する側を選び、僕の前へ並んでいる。


誰も信じるな。


レイシアがいなければ、何も残らない。


それは声ではなかった。


誰かの姿も見えない。


僕の記憶へ偽の意味を縫いつけ、鎧を動かす理由に変えようとする圧力だった。


「レイシアは奪われたんじゃない。何も知らされていないだけだ」


胸を締め上げる線へ言い返す。


レイシアは正規任務だと信じて荒野へ向かった。


僕を見捨てたのではない。


自分の意思で僕から離れたのでもない。


「みんなに捨てられたと、僕は決めていない」


フィアを見る。


剣へ手を掛けず、決められた位置に立っている。


ティアナも、レグルスも、セルフィナもいる。


四人の足元には閉じた封印箱が置かれ、確認印は破られていない。


何のためにここへ来たのかは分からない。


それでも、分からないことを契約紋様の望む答えへ置き換えるつもりはなかった。


外縁のローディンも動いていない。


「これは僕の感情じゃない」


僕がレイシアを大切にしたいと思うこと。


彼女と孤児院へ帰りたいと願うこと。


正式な手続きをして、指輪を二人で選びたいと思うこと。


それはアスモリーナを刻まれる前から、僕が選んだものだ。


誰かを排除してレイシアを所有したいなどと、僕は望んでいない。


「人格確認を継続します」


成人医療担当者の声が、外殻越しに届いた。


「名前を答えられますか」


「アルト・ロウェル」


喉まで黒銀色に覆われ、声は低く掠れていた。


それでも僕の言葉だった。


「年齢は」


「十六歳です」


「対象境界を答えてください」


「人間と精霊は対象外です。今も変わりません」


「レイシア・ロウェルの現在を認識できますか」


「何も知らされず、荒野任務へ行っています。僕は次の面会へ帰りたいです」


成人医療担当者が記録役へ頷く。


「応答一貫。自己認識、年齢認識、対象境界を維持。人格消失は確認されません」


「顕現体もありません」


成人封印担当者が続けた。


「三契約は同時反応中。ただし三魔神の外部顕現には該当しません」


人格は残っている。


三魔神も姿を現していない。


即時死刑の三条件のうち、二つは起きていなかった。


その確認が終わるより先に、演武場の空気へ異なる変化が生じた。


息はできる。


酸素が薄くなったわけではない。


それでも、空間を満たしていた何かが一方向へ流れ始めた。


透明な隔壁の内側に浮かぶ微かな光の塵が、僕へ向かって集まってくる。


「魔素流動を確認!」


封印担当者が叫ぶ。


「第一確認板、濃度低下!」


「第二地点も低下しています!」


「外周側でも同じです。中心へ流入しています!」


集まった自由魔素が、黒銀色の鎧へ触れた。


外殻が吸い込んだのではない。


黒銀色の隙間を抜け、僕の身体の奥へ直接入り込んでくる。


「止まれ……!」


僕は両腕を胸の前へ引き寄せた。


呼吸を整え、左腕の《暴食》へ流れ込む経路を閉じようとする。


以前から守ってきた対象境界を繰り返す。


人間は対象外。


精霊も対象外。


周囲の自由魔素も、今は必要ない。


それでも流れは止まらなかった。


「吸収を止めてください!」


成人封印担当者の声が響く。


「止めようとしています! でも、止まりません!」


外殻へ集まった魔素が、体内で別のものへ変わる。


魔力だった。


僕が練り上げようとしたのではない。


三つの契約経路と、星門派に作り替えられた接続構造が、取り込んだ魔素を強制的に魔力へ変換している。


胸郭の内側で火がついた。


「ぐっ……ああっ!」


血管に沿って灼熱が走る。


心臓が早鐘のように脈打ち、膨張した筋肉が痙攣した。


吐き出した息まで熱い。


右前腕の瘢痕が外殻の下で裂けるように痛み、左腕、右上腕、上胸部の三つの紋様が別々の熱を放つ。


口元へ血が滲んだ。


黒銀色の鎧は強くなっているのに、その内側の僕は焼かれていく。


力を得るほど身体が壊れる。


安全な強化ではない。


「体内魔力量が上昇しています!」


「上昇速度は一定ではありません。周囲濃度の低下に伴い、流入量も落ち始めています!」


無限ではない。


演武場周辺にある自由魔素を取り尽くせば、供給は弱まる。


けれど、その前に僕の身体が変換速度へ耐えられなくなる。


視界が明滅した。


膝をつこうとしても、膨張した脚と黒銀色の外殻が立った姿勢を維持する。


身体を動かす主導権が、少しずつ僕から離れていく。


それでも意識はある。


「みんな、離れてください!」


僕は盾列と四人へ叫んだ。


「吸っているのは周囲の魔素だけです。でも、次に何が起きるか分かりません。僕は誰も傷つけたくない!」


ガイ団長は僕を見たまま、成人担当者へ問いかけた。


「人格は」


「維持されています。本人は吸収停止を望み、退避も求めています」


「身体行動の全面支配は?」


「確認されません。意思による拒否は残っています」


「三魔神の顕現は」


「ありません」


ガイ団長の視線が封印担当者へ移る。


「魔素低下は設備の誤作動じゃねえな」


「三地点の確認板で一致しています。外周から中心へ実流入。封印柱の消費だけでは説明できません」


別の成人封印担当者も確認板を掲げた。


「こちらも同じです。通常の契約反応を越えています」


「本人の意思で止められるか」


「停止要求と本人の拒否を確認しました。それでも流入は継続しています」


成人医療担当者が僕の呼吸と反応を見ながら答えた。


「アルト・ロウェル本人は吸収へ同意していません。停止を試みています。魔力変換による身体損傷も進行中です」


確認は一人ではなかった。


複数の確認板。


成人封印担当者。


成人医療担当者。


恐怖や外見ではなく、実際に起きている現象によって三つ目の条件が揃っていく。


「周囲魔力の強制吸収。本人意思による停止不能」


記録担当者が読み上げる。


「人格消失なし。三魔神同時顕現なし」


ガイ団長は目を閉じなかった。


僕から視線を外さないまま、灰鬼騎士団へ片手を上げる。


盾列の内側で、騎士たちが一斉に姿勢を変えた。


フィアが所定の位置へ一歩進む。


ティアナは別の方向へ移り、レグルスとセルフィナも間隔を広げた。


四つの封印箱は閉じられたまま残っている。


ローディンは演武場の外縁から動かなかった。


誰もまだ武器を振るっていない。


僕も誰も攻撃していない。


それでも、僕の意思では止められない現象が、僕を殺してよい条件へ変えた。


「『周囲魔力の強制吸収を確認。即時死刑へ移行する』という宣告とともに、灰鬼騎士団の盾列が、全身を黒銀色に覆われた僕へ向けて開いた。」

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