第190話 永久封印、または死
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アルト・ロウェルは被害者であり、人格も善意も失っていない――そう認定した同じ判決文が、彼の永久封印を命じていた。
非公開法廷の証拠机に置かれた紙を、ガイ・ゴルテイトは黙って見下ろしていた。
一般傍聴人も報道関係者もいない。アルトとレイシアの席も、初めから用意されていなかった。
ガイの大剣は扉の外へ預けられている。
裁判長が、判決文の前半を読み上げた。
「アルト・ロウェルは正式任務中に拉致され、一年間にわたる非合意の拘束、拷問、人体実験を受けた被害者である」
サタネグラスとアスモリーナの契約は強制されたもの。
四人を殺した記憶とレイシアを殺した光景は、星門派が作った偽記憶と幻。
人間や精霊を喰った事実はなく、救助隊、医療担当者、レイシアへの攻撃も確認されていない。
《憤怒》《色欲》の反応は自分から申告し、医療手順を守っている。レイシアへ隔壁解除や任務放棄を求めたこともない。
「人格、倫理観、対象境界は維持されている。レイシア・ロウェルへの愛情は正常であり、婚約も双方の自由意思による。自発的犯罪行為及び犯罪意思は認められない」
そこまでなら、判決文はアルトを守る紙だった。
裁判長が次の頁を開いた。
「一方、三つの契約経路は未解明であり、以前の黒銀色の封魔具は現在の接続構造へ安全に再装着できない。新たな封魔具も完成していない」
確認済みなのは、外部設備がアルトの意思を越えて左半身を強制換装させたこと。
未確認なのは、三契約への刺激が全身へ波及する可能性、三魔神同時顕現、周囲魔力の強制吸収、星冠塔との再共鳴だった。
どれも実際には起きていない。
だが、起きた場合に三重封印病室が耐えられる保証も、王都で止められる保証もなかった。
「以上により、第一処分を永久封印とする」
室内で、記録官の筆が紙を擦った。
永久封印は刑事罰ではなく、国家危険管理処分。
自動的な解除日も、釈放予定もない。
アルトの善意を否定せず、その善意だけでは身体への外部強制を止められないとして、未来を閉じる判決だった。
オルフェンが静かに尋ねた。
「治療と封魔具の研究は、封印後も継続されるのですな」
「研究停止は命じない。しかし、成果が得られることも、封印解除も保証しない」
裁判長の返答に、ガイは拳を開いた。
握り続ければ、爪が掌へ食い込むところだった。
判決文には続きがあった。
「永久封印施設への移送中、三つの緊急条件のいずれか一つが確認された場合、第一処分を中止し、事前判決に基づく即時死刑へ移行する」
一つ目は、ベルゼバス、サタネグラス、アスモリーナの三魔神同時顕現。
二つ目は、客観的に確認されたアルト・ロウェルの人格消失。
三つ目は、本人の意思で停止できない周囲魔力の強制吸収。
「人格消失の定義を確認する」
ガイが低く言った。
「黙った、倒れた、怯えた。それだけで殺せる条件にはさせねえぞ」
セシリアが医療側の確認手順を読み上げた。
自己名がアルト・ロウェルであること。
現在の年齢が十六歳であること。
人間と精霊を対象外とする境界が維持されていること。
本人固有の記憶へ一貫した反応があり、自らの意思による拒否や停止が残っていること。
「失神、睡眠、恐慌、混乱、偽記憶の発作は、人格消失とは判断しません。成人医療担当者と成人封印担当者、双方の確認を必要とします」
「周囲魔力の吸収も同じだ」
ガイは封印専門官を見た。
「紋様が光った程度で処刑へ移すな」
「通常の魔力循環や微弱な反応は該当しません。本人が停止できず、周辺設備または環境の魔力減少が複数の観測で確認された場合に限ります」
「三魔神同時顕現以外は、一人の判断じゃ成立しねえ。それを一字も曖昧にせず書け」
記録官が確認手順を追記した。
裁判長が、執行担当を読み上げる。
「永久封印施設への護送、及び緊急条件成立時の即時死刑は、灰鬼騎士団が担当する」
ガイは目を逸らさなかった。
「理由は」
「アルト・ロウェルの入団時から現在までの記録を、最も多く保有する騎士団だからだ」
《暴食》単独契約時の状態。
以前の封魔具を装着していた時の反応。
通常の発語、判断、戦闘軌道、対象境界。
強制左半身換装時の記録と、救助後の医療記録。
それらを比較し、一時的な混乱と人格消失を見分けるには、灰鬼騎士団が最も適しているという判断だった。
親しいから殺させるのではない。
憎んでいるからでもない。
最もアルトを知っているから、その命を終える役目まで任される。
「俺たちにやらせるなら、殺していい条件を一文字も曖昧にするな」
ガイは判決文へ指を置いた。
「条件が成立しない限り、あいつは生きたまま運ぶ。恐怖だけで部下を殺す命令なら受けねえ」
「その条件を執行命令へ明記する」
「永久封印も死刑も、あいつの犯罪に対する罰じゃない。それも残せ」
裁判長が記録官へ頷いた。
その一文も、正式記録へ加えられた。
だが、本人への説明欄には別の文章が用意されていた。
『王都外の施設において、三契約へ対応した封印治療及び適合検査を実施する。現在の三重封印病室では行えない接続確認を目的とする』
永久封印という言葉はない。
死刑条件もない。
「本人へ判決を開示しないのか」
「通知による契約反応を避ける。移送終了まで、判決と執行条件は機密とする」
法務官は続けた。
「レイシア・ロウェルにも通知しない。移送と同日に、王都から離れた荒野での魔力変動調査へ配置する」
任務自体は実在する。
王都外周の魔力変動と避難経路を確認する、七大魔法騎士に相応の任務だった。
その裏には、《憤怒》《色欲》の重要な反応対象を遠ざける目的と、条件成立時の処刑へ介入させない目的がある。
「二人とも、何も知らねえままか」
「それが移送時の反応を最小化する」
合理的な答えだった。
正しい答えだと、ガイには思えなかった。
判決公判が終わった後、ガイは三重封印隔離病棟へ移動した。
翌日の移送に備え、灰鬼騎士団長としてアルトの通常状態を確認するためだった。
透明な隔壁の内側には、白い髪の少年がいた。
左右の瞳は青灰色。右前腕の赤黒い異常瘢痕と、短くなった左小指もそのままだ。
左腕の黒い紋章、右上腕の赤黒い紋様、衣服の下の上胸部にある暗紫色の紋様は、それぞれ別の位置に留まっている。
換装も、新たな力の発動もない。
成人担当者が移送について説明していた。
「王都外の施設で、三契約に対応する封印治療と適合検査を行います。現在の病室では実施できない接続確認が目的です」
「検査が終わったら、ここへ戻るんですか」
アルトが尋ねた。
「終了後の扱いは、検査結果を確認して決定します」
戻れないとは言わない。
戻れるとも約束しない。
だが、永久に封じるとも伝えない。
「分かりました。反応があれば、移送中も報告します」
アルトはそれ以上疑わなかった。
成人担当者へ王都の封印治療について尋ね、検査結果を次回の面会で説明できるよう、自分にも記録を読ませてほしいと頼んだ。
次回。
その言葉が、ガイの耳に残った。
やがて面会手続きを終えたレイシアが、透明な隔壁の外側へ入ってきた。
淡い銀青色の長髪をまとめ、水蝶騎士団長としての外套を着けている。
彼女は監視区画にいるガイへ一礼した。
新人騎士の検査移送前確認へ団長が立ち会っていることを、不自然には思っていないらしい。
ガイは壁際へ下がった。
二人の会話へ割り込む資格などなかった。
「明日から少し遠い任務に行ってくる」
「何日くらい?」
「まだ分からない。でも、終わったらすぐ来る」
「僕も別の施設で検査だって」
「戻る頃には終わってるかな」
「たぶん。次に会ったら、孤児院へ何を話すか決めよう」
「指輪の話もね」
「うん。約束」
声に涙はなかった。
不自然に長い沈黙も、別れの言葉もない。
アルトが上胸部へ短く手を添えると、成人医療担当者が反応を記録した。だが彼はレイシアへ任務を断るよう求めず、隔壁を開けようともしなかった。
二人は透明な隔壁へ近づいた。
アルトが右手を上げる。
レイシアも同じ場所へ左手を置いた。
透明な板を挟んでいるため、互いの温度は届かない。
それでも二人にとっては、数日後の面会まで続く、ごく普通の約束に見えた。
面会時間を告げられると、レイシアは通常の手順で退出した。
アルトも白い寝台へ戻り、成人担当者へ検査前の食事について確認している。
ガイが監視区画を出たところで、成人法務担当者が待っていた。
差し出されたのは、灰鬼騎士団長宛ての封書だった。
ガイはその場で封印を確認し、誰もいない記録室へ移ってから開いた。
王都外の永久封印施設への移送。
条件不成立なら永久封印。
三魔神同時顕現、人格消失、周囲魔力の強制吸収のいずれかが成立すれば即時死刑。
護送及び処刑担当は灰鬼騎士団。
成人医療担当者と成人封印担当者を同行させる。
レイシアへの判決及び執行目的の通知は禁止。
アルト本人への判決開示も禁止。
条件が成立しない限り、生存させたまま永久封印施設へ運ぶ。
最後まで読んだガイの手には、先ほどの二人が透明な隔壁へ重ねた手が残像のように残っていた。
次に会ったら指輪の話をしようと約束した二人の知らないところで、アルトを永久封印へ運び、異変が起きれば秘密裏に処刑せよという命令が、灰鬼騎士団へ下されていた。
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