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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第189話 被害者と災厄

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



アルトとレイシアが治療後の未来を語った医療記録を、ガイ・ゴルテイトは非公開法廷の証拠机で読んだ。


紙の上では、二人の未来も簡潔な記録に置き換えられていた。


『面会中、治療終了後のロウェル孤児院への帰還、正式な婚約手続き、婚約指輪の選択について会話。規則違反の要求なし。契約反応は本人が申告し、人格及び対象境界に変化なし』


ガイは、その一文を二度読んだ。


孤児院。


正式な婚約手続き。


婚約指輪。


無精髭を撫でる指が止まった。


隔離病棟へ入ったばかりだというのに、アルトは既にその先を見ているらしい。レイシアも同じ未来について話したことが、成人医療担当者の筆跡で残されている。


記録には感情など書かれていない。


それでもガイには、指輪を選ぶ二人の姿くらい想像できた。


その紙が置かれているのは、治療室ではなかった。


王都内に設けられた、窓のない非公開審理室だった。


厚い扉の外には成人警備担当者が立ち、入廷者の大剣も杖も預けられている。一般傍聴人も、報道関係者もいない。


証拠机の向こうには成人裁判長、法務官、封印専門官、記録官が並んでいた。


ガイの隣にはオルフェン・レグナスとセシリア・オルディスが座っている。


アルトとレイシアの席は、最初から用意されていなかった。


表紙には、機密扱いを示す封印札とともに『本人及び婚約確認者への通知保留』と書かれている。


二人は、この法廷が始まったことすら知らない。


「先に確認する」


裁判長が告げた。


「本審理は、アルト・ロウェルの刑事責任を問う通常裁判ではない。三魔神契約に対し、国家危険管理処分が必要かを判断する非公開特別審理である」


「本人に知らせずにな」


ガイが言うと、法務官が正面から頷いた。


「通知による精神的衝撃が、三契約へどのような反応を生むか確認できていません。星冠塔の魔力経路と封印上の弱点も審理対象です。星門派残党への漏洩を避ける必要があります」


「治療のために話せと言われた記録だぞ」


「利用目的が拡張されたことは認めます。だからこそ、この手続き自体も記録します」


オルフェンが静かに口を挟んだ。


「私とガイ・ゴルテイトが、本人への非通知と記録利用へ異議を申し立てたことも残してください」


裁判長は記録官へ視線を向けた。


筆が動き、異議が一字ずつ紙へ残された。


「通知の是非も審理事項とする。ただし、危険評価が終わるまでは保留を維持する」


納得できる言葉ではない。


だが、理由のない隠蔽でもなかった。


それが余計に重かった。


法務官が第187話の事情聴取記録を開いた。


正式任務中の拉致。


成人封印隊の命令による保守区画進入。


物理回転した区画。


星門派設備による治療布と固定具、黒銀色の封魔具の強制解除。


本人の意思を無視した《暴食》の開放と、左半身の強制換装。


アルトは仲間を傷つけることを選んでいない。残った意識で致命軌道を外した。


その後の一年間に行われた、拘束、飢餓、睡眠制限、魔力注入、意識喪失量の測定。


右前腕の異常瘢痕。


左小指先端の欠損。


四人を殺した偽記憶と、レイシアを殺した幻。


サタネグラスとアスモリーナの強制注入。


どちらの契約にも、本人の同意はなかった。


「以上について、回収設備、身体所見、複数の証言との間に重大な矛盾は確認されていません」


法務官は続けた。


「アルト・ロウェルが人間または精霊の肉体、魂、記憶、能力、体内魔力を喰った事実もありません。救助後の自発的攻撃行為も確認されていません」


「なら、まず被害者だと書け」


ガイが言った。


「危険性を書く前に、一年間やられ続けた側だと明記しろ」


「既に第一項へ記載されています」


裁判長が読み上げた。


「アルト・ロウェルは、正式任務中に拉致され、非合意の人体実験と強制契約を受けた被害者である。現時点で、自発的犯罪行為は確認されない」


ガイは椅子へ背を預けた。


最低限だ。


最低限だが、そこを曖昧にしたまま先へ進ませるつもりはなかった。


次に、セシリアが第188話の医療記録を開いた。


白い頭髪。青灰色の瞳。右前腕の赤黒い瘢痕。短い左小指。


左腕の《暴食》、右上腕の《憤怒》、上胸部の《色欲》。


三つの紋様は融合していない。


「《憤怒》の紋様には、封印扉と旧封魔具の説明時に熱が確認されています」


セシリアは記録から顔を上げた。


「アルトはそれを自分から申告しました。しかし、成人担当者への非難、威嚇、攻撃はありません。《色欲》の紋様はレイシアを視認した際と面会終了時に反応しています」


封印専門官が尋ねた。


「それはレイシアへの執着ではありませんか」


「その診断を裏づける行動はありません」


セシリアは即答した。


「アルトはレイシアへ残るよう求めていません。任務放棄、規則違反、隔壁解除も要求していません。反応は離別への不安を増幅しようとする非自発的なものです。愛情や倫理観そのものが変化した医学的証拠はありません」


「婚約は因子注入以前じゃ」


オルフェンが、レイシアの証人署名がある紙を示した。


「双方の自由意思による私的婚約です。《色欲》の作用によって生まれたものではありません」


法務官が婚約記録を確認する。


突入前夜の私的婚約。


帰還後、孤児院へ報告する予定。


正式な手続きと、婚約指輪を選ぶ予定。


そして、星門派はその記憶を利用して、レイシアを殺す幻を作った。


「愛情が異常だから利用されたのではない」


封印専門官が慎重に言った。


「本人にとって正常かつ重要な関係だったから、外部刺激として利用できたということです」


婚約そのものを罪にしているわけではない。


だが二人にとって未来を証明する署名が、この机では反応条件を示す資料へ分類されていた。


ガイは証拠机へ指を置いた。


「治療のために出した記録を使うなら、都合のいい所だけ抜くな」


室内の視線が集まる。


「契約紋様が反応した。それだけ書けば、危ねえ奴に見える。だが実際は、自分から反応を報告して、規則を守って、レイシアにも何も強いてねえ。そこまで全部読め」


「異論はありません」


裁判長は記録を閉じなかった。


「アルト・ロウェルの人格変容を示す証拠は、現時点で存在しません」


記録官の筆が、その一文を正式記録へ移した。


「人間性、倫理観、対象境界は維持されている。レイシア・ロウェルへの愛情も、強制契約以前から存在する正常な感情である。本人の善意及び犯罪意思に問題は認められない」


そこまで確認しても、審理は終わらなかった。


封印専門官が別の資料を広げた。


描かれているのは、第五環で発生した強制左半身換装の記録だった。


「ここから先は、確認済み事実と危険仮説を分けます」


専門官の指が、左半身だけを塗り分けた図へ触れた。


「確認済みなのは、外部設備が本人の意思を越えて左半身を換装させたことです。アルト本人の意識は残り、致命軌道を外す抵抗も行われました。しかし、換装そのものは止められなかった」


ガイも、その記録を何度も読んでいる。


だから否定できない。


アルトの善意が四人を救った。


同時に、その善意だけでは身体の変化を止められなかった。


「現在は、三つの独立した契約経路があります。外部刺激が三経路へ同時に及んだ場合、変化が全身へ波及する可能性を排除できません」


「強制全身換装は起きておらん」


オルフェンが確認した。


「はい。未確認の危険仮説です」


「三魔神同時顕現も同じか」


ガイが問う。


「同じです。発生記録はありません。しかし、同時活性化した際に三重封印病室が耐えられる保証もありません」


次の紙には、王都の魔力経路が描かれていた。


《暴食》が過去に反応したのは、放出または分離された魔力だけだ。人間や精霊を対象とした事実はない。


それでも三契約が同時に活性化した場合、周囲の魔素を本人の意思と無関係に取り込む可能性が挙げられた。


無限に吸収できるという話ではない。


だが王都には高密度の魔素と、多数の魔力設備が存在する。


そして中央には星冠塔がある。


「星門派の実験設備と、王都の古い魔力系統には構造上の類似が疑われます。過去にアルトの左腕が地下魔力へ反応した記録もある。接続構造が変化した現在、星冠塔との再共鳴を完全には排除できません」


「確率は」


ガイが尋ねた。


「算出できません」


「起きた場合の被害は」


「三契約の同時活性化、強制全身換装、周囲魔素の取り込みが重なれば、現行の三重封印病室だけで抑えられる保証はありません。星冠塔最上階の扉へ接続反応が及ぶ可能性もあります」


確率は分からない。


だが、起きた時の被害は王都規模。


無視できないという王国側の判断を、ガイは愚かだとは言えなかった。


「善人だから安全だなんて言う気はねえ」


ガイは医療記録を持ち上げた。


「だが、善意が足りないみたいに書くな。あいつの意思が残っていても身体を奪われる可能性が問題なら、そう書け」


裁判長が頷く。


「本審理の争点は、アルト・ロウェルの人格ではない。人格と善意が維持された状態で、身体だけを外部から強制された場合の危険である」


法務官が、処分候補の紙を机へ置いた。


現行の三重封印病室で治療を継続するか。


王都外へ移送するか。


旧封魔具の再調整や新たな接続方法を待てるか。


それとも、解除方法が存在しない現状を理由に、永久封印を選ぶか。


「永久に閉じるなら、それはアルトが悪いからじゃない」


ガイは言った。


「この国に、今のあいつを止める方法がないからだと記録しろ」


記録官の筆先が止まり、裁判長を見た。


「記録せよ」


紙へ、新しい一文が加わった。


永久封印は刑事罰ではない。


アルトの人格や善意への否定でもない。


王国側の制御手段が未完成であるために検討される国家危険管理処分である。


そんな言葉をいくら積み重ねても、封じられる未来まで軽くなるわけではない。


裁判長は判決を出さなかった。


三重封印病室の耐久、周囲魔素の遮断、星冠塔との経路切断、旧封魔具の再調整可能性を追加審理し、次回の判決公判へ持ち越すと告げた。


ガイは閉廷後も、医療記録の一文から目を離せなかった。


孤児院。


正式な婚約手続き。


婚約指輪。


二人が隔離の先の人生を決めようと話していた頃、秘密法廷では、善意を失わない被害者の身体を災厄として永久に封じるべきかが審理されていた。

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