第187話 全部話す
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
成人記録官が白紙の一枚目へ僕の名前を書いた時、僕は治療へ繋げるために、一年間のことを全部話すと決めた。
事情聴取は、王国側が確保した臨時救護区画で行われた。
僕は白い救護用寝台へ上体を起こしている。手首にも足首にも拘束具はない。
白くなった髪は戻らず、右前腕には赤黒い瘢痕が盛り上がっていた。左小指は短いままだ。
左腕の《暴食》、右上腕の《憤怒》、上胸部の《色欲》。
三つの契約紋様も、別々の場所に残っている。
成人記録官の隣には救護担当者が座り、レイシアは部屋の奥で待っていた。
「最初に、この事情聴取の目的を説明します」
記録官は筆を置き、僕を見た。
「星門派による被害を正式記録へ残し、治療方法と封印技術の再検討へ使用します。回収した設備との照合、関係者の追跡にも必要です。あなたの刑事責任を問うための尋問ではありません」
その言葉へ、僕は小さく頷いた。
「記憶改竄が確認されています。そのため、身体や設備から確認できる事実、あなたが体験したと認識する内容、偽記憶と判明した内容、現在も不明な部分を分けて記録します」
机には番号札と紙、筆、墨だけがある。
黒い鏡板も、脈を測って反応を楽しむ星門派の担当者もいない。
「途中で休止できます。答えたくない質問には答えなくても構いません。最後に全て読み返し、訂正できます」
「分かりました」
全部話せば、王国は僕の身体へ何が行われたのかを知る。
三つの契約を外す方法も、以前の封魔具を調整する方法も探せるかもしれない。
同じことを誰かへ繰り返させないためにも、黙ってはいられなかった。
「保守区画へ入った経緯からお願いします」
僕は一度息を整えた。
「僕たち六人は、成人封印隊の正式な命令で入りました。勝手に先行したわけではありません」
区画は五百年前の物理機構で回転した。
転移でも幻でもなかった。
進路を分断された後、星門派の設備が治療布と第一固定、第二固定、黒銀色の封魔具を強制的に外した。
「僕も仲間も、封魔具を外していません。王国側からの解除命令もありませんでした」
記録官の筆が紙を進む。
「《暴食》は、自分の意思で開放しましたか」
「いいえ。強制的に開かれました」
左半身が黒銀色へ変わり、僕の意思とは別に動いた。
ティアナの拘束を破り、レグルスの槍を折り、セルフィナを弾き飛ばし、フィアを倒した。
「四人を傷つけることを選んだわけではありません。それでも、傷つけたのは僕の身体です」
喉が狭くなる。
「残っていた意識で、致命傷になる軌道だけは外しました。その後、黒鉄製の搬送棺へ入れられました」
記録官は、選択していないことと、致命軌道を外したことを別々の行へ記した。
次は、拘束室について尋ねられた。
黒い物理拘束台。
両手首、両足首、腰、胸、頭部の拘束。
「研究への協力を了承しましたか」
「していません」
右前腕へ残った異常瘢痕を見せる。
「この傷ができる実験へ同意しましたか」
「していません」
左手を敷布の上へ出した。
「左小指の先端を失う処置へ同意しましたか」
「していません」
欠けた指先には、今も存在しない部分が疼く感覚があった。
食事の量と間隔を変えられ、空腹時の《暴食》を測られた。
水分と睡眠、休息の周期も制限された。
繰り返し魔力を流し込まれ、意識を失う限界量まで測定された。
「意識を失った後も、実験は続きました」
星門派は僕の身体だけを測ったのではない。
空腹。
恐怖。
怒り。
生きようとする意思。
孤児院へ帰ろうとする意思。
仲間を傷つけた罪悪感。
レイシアへの愛情。
人間を対象とするかどうか。
「人間は対象外だと、何度も伝えました。壁にも刻みました」
「人間または精霊を捕食した事実はありますか」
「ありません。肉体も、血液も、魂も、記憶も、能力も、体内魔力も喰っていません。精霊の魂や生命、魔力もです」
その回答も、確認済みの本人証言として記録された。
記憶実験へ話が移ると、指先の震えが強くなった。
拉致時の本物の記憶を、最初から強制再生された。
本物の記憶では四人を傷つけたが、追撃はしていない。
終端は、搬送棺の蓋が閉じた瞬間だった。
「その先へ、四人を殺す偽の続きを接続されました」
フィアの剣の重さが掌へ戻る。
右手で持っていたはずの剣が、次には左手へ移る。傷の位置も、槍の破片も、搬送棺が閉じた時間も一致しない。
「矛盾には気づきました。でも、疲れていて、自分が罪から逃げるために矛盾を作っているのかもしれないと思いました」
成人救護担当者が休止を勧めた。
僕は水を一口飲み、呼吸が戻るまで待ってもらった。
止めると言えば、本当に筆は止まっていた。
「続けられます」
次に見せられたのは、救助へ来たレイシアを自分で殺す幻だった。
声も、髪も、瞳も、長い耳も、手を差し出す仕草も、本物の記憶から作られていた。
孤児院への帰還、婚約手続き、指輪選びの約束まで使われた。
「現在は、四人もレイシアも生きていると確認しています。殺害記憶は事実ではありません」
僕は明確に告げた。
「ただ、剣の重さや声は残っています。偽記憶だったと分かっても、身体は本当に起きたことのように反応します」
記録官は「殺害」ではなく、「殺害する偽記憶を接続された」と書いた。
「その後、髪の色が失われました」
白髪へ目を向けても、記録官は能力の覚醒とは記さなかった。
次に、二つの因子について話した。
サタネグラスの因子は小さな容器に入れられ、右上腕へ短い中空針で注入された。
「名前を呼びましたか」
「いいえ」
「力を求めましたか」
「求めていません」
「契約条件を選びましたか」
「選んでいません。契約すると言ったこともありません」
それでも、右上腕へ赤黒い紋様が刻まれた。
アスモリーナの因子は別の容器にあり、上胸部へ注入された。
同じ質問へ、全て同じように答えた。
同意していない。
名前を呼んでいない。
力を求めていない。
契約を選んでいない。
記録官は、二つとも「本人の同意なしに行われた強制注入および強制契約」と記した。
「契約後、人格や判断の変化はありますか」
右上腕の紋様が微かに熱を持つ。
「怒りが流れ込んでくることはあります。でも、それを誰かを傷つける理由にはしません」
一年を奪われた痛みを、誰かへの憎しみに変えようとする圧力はある。
けれど、僕を探し続けた人たちが見捨てたとは考えていない。
「レイシアを失うのが怖いです。でも、そばにいることを強制したいわけではありません」
上胸部が締めつけられた。
それでも、彼女の自由を奪いたいとは思わない。
「反応があることと、それを僕が望んでいることは別です。人間と精霊は、今も対象外です」
記録官はそれらを犯罪意思ではなく、強制契約後の非自発的反応として記録した。
「レイシア・ロウェルが、記憶実験の特定対象となった理由に心当たりはありますか」
僕はレイシアを見た。
隠す理由はなかった。
「突入前夜の時点で、僕たちは正式手続き前の婚約者でした」
婚約は二人の意思で交わした。
王国へ登録も公表もしていない。
任務後に孤児院へ報告し、正式な手続きを行い、二人で指輪を選ぶ予定だった。
それは二つの因子を注入される前から存在した、僕たち自身の約束だ。
「レイシア・ロウェル。証言は正式記録へ残ります。事実確認をお願いします」
レイシアは成人記録官へ向き直った。
「事実です。突入前夜の時点で、私とアルト・ロウェルは正式手続き前の婚約者でした」
孤児院への報告、正式手続き、指輪選びも事実だったと続け、証人欄へ署名した。
事情聴取の終わりに、記録官は調書を最初から読み返した。
「四人を殺害した」という表現はない。
四人を殺した偽記憶を接続された。
レイシアを殺害したのではなく、殺害する幻を見せられた。
二魔神と契約したのではなく、本人の同意なしに強制契約を成立させられた。
僕は一か所ずつ確認し、震える右手で本人確認を残した。
その後、三契約の反応を安全に観察するため、僕とレイシアは一時的な透明隔壁に分けられた。
隔壁の向こうで、レイシアの署名が乾くのを待っている。
「これで、王国の記録にも残ったね」
「うん。でも、まだ正式な手続きじゃない」
「治療が終わったら、ちゃんとやろう」
「その前に孤児院へ報告だよ」
「それから指輪を選ぶ」
「一年遅れた分、ゆっくり選ぼう」
急がなくてもいい。
傷と契約を隠さず治療し、五人へ会い、二人で孤児院へ帰る。
その先で、今度こそ僕たち自身の意思を正式な形へ変えればいい。
王国の正式記録へ残された婚約は、僕たちが治療の先で二人一緒になる未来へ踏み出した、最初の一行だった。
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