表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/91

第17話 九歳の雨



翌朝になっても、雨はやまなかった。


僕が外套へ腕を通していると、ティアナが無言で胸元へ手を伸ばしてきた。


「痛っ」


「やっぱり。まだ痛いんじゃない」


昨日、レグルスの槍を受けた場所を、制服の上から指先で確かめられる。続いて彼女は僕の前へしゃがみ、右脚の包帯まで確認した。


「今日は話をするだけだよね?」


「うん。今日は戦わない」


「本当に?」


「本当だよ」


疑うように僕を見上げたあと、ティアナは緩んでいた制服の襟を直した。


顔が近い。


少し緊張している僕には気づかず、外套の留め具まで丁寧に留めてくれる。


「約束。帰ってきたら、ちゃんと聞かせてね」


「分かった」


「怪我も増やさないこと」


「……努力します」


「そこは断言してよ」


頬を膨らませたティアナに見送られ、僕は旧訓練庭へ向かった。


古い石壁に囲まれた訓練庭には、雨音だけが響いていた。


中央には、銀色の長槍を携えたレグルスが立っている。


「来たか、アルト」


「あの……昨日言っていた、僕の忘れ物って?」


レグルスは答えず、懐から何かを取り出した。


投げ渡されたそれを、両手で受け止める。


黒ずんだ木片だった。


雨と泥の染みが残り、握りの部分には幼い手で巻いた布が張りついている。


古びて折れた、木剣の柄。


「君の忘れ物だ」


レグルスの声には、隠しきれない苛立ちがあった。


「次に僕へ勝ちに来るまで預ける、と君は言った」


「僕が……?」


「だが、六年間取りに来なかった」


指先で柄の傷へ触れた。


その瞬間、雨音が遠くなった。


胸の奥へ押し込めていた景色が、ひび割れた記憶の底から溢れ出した。


六年前。


僕たちが九歳だった日のことだ。


その日、レイシアは学院を飛級卒業した。


「先に行って待ってるからね」


学院の門前で、レイシアは僕の頭を撫でた。


騎士団の外套は、まだ小さな身体には少しだけ大きかった。


「うん。僕もすぐ追いつくよ」


僕は笑って手を振った。


レイシアの姿が雨の向こうへ消えるまで、ずっと。


一緒に強くなろう。


そう約束したのに、レイシアだけが先へ行った。


僕はまだ、学院の下位で木剣を振っている。


寂しいと言ったら、困らせてしまう。


置いていかないでと言ったら、レイシアの夢を邪魔してしまう。


だから誰もいない旧訓練庭へ逃げた。


雨に打たれながら、何度も木剣を振った。


涙が出ても、雨なら誰にも分からないと思った。


「いち、に……っ、さん……!」


足を滑らせ、泥へ膝をつく。


それでも立ち上がろうとした時、何かが目の前の泥へ落ちた。


銀色の訓練槍だった。


「ふざけるな……!」


訓練庭の奥に、濃紺の髪を濡らした少年が立っていた。


レグルスだ。


その日の模擬戦で、彼が同年代の生徒全員に勝ったことは僕も知っていた。


けれど、その顔は勝った人には見えなかった。


『若君へ怪我をさせたら、父上に叱られる』


『ヴァレイン家に恨まれたくないからな』


『今のうちに負けておけば、きっと覚えていただける』


彼と戦った子たちが、そんな話をしていたことも思い出した。


僕は泥の中から銀色の槍を拾った。


両手で持つと、木剣よりずっと重かった。


「はい、レグルス」


差し出すと、彼は目を見開いた。


「……なぜ僕の名前を呼ぶ」


「え?」


「ヴァレイン様と呼ばないのか。僕はヴァレイン家の嫡男だ」


何を怒っているのか、当時の僕にはよく分からなかった。


「でも、君の名前はレグルスでしょ?」


「そうだが……」


「僕が戦うのは、ヴァレイン家じゃなくてレグルスだから」


僕は槍を彼の胸へ押しつけた。


「それより、僕と戦ってよ」


「君が僕と?」


レグルスの視線が、僕の木剣と細い腕を順に見た。


「勝てると思っているのか」


「分からない。でも、ちゃんと戦うよ」


少しの沈黙のあと、レグルスは槍を構えた。


「後悔するなよ」


結果は、勝負と呼ぶのも恥ずかしいほど一方的だった。


一度目は、槍先へ触れる前に胸を突かれた。


二度目は、木剣を弾かれた。


三度目は足を払われ、泥の中へ顔から倒れた。


それでも僕は木剣を拾った。


「もう一回」


「やめろ」


「まだできるよ」


「僕には勝てない!」


レグルスの声が雨音を裂いた。


「どうして降参しない。僕は君より強い。戦う前から分かっていただろう!」


「だって……」


痛む腕で木剣を持ち上げる。


「まだレグルスが、勝った顔をしてないから」


彼の槍先が止まった。


「何を言っている」


「みんながわざと負けたこと、分かってるんでしょ?」


レグルスの顔が歪んだ。


怒らせたと思った。


それでも、目を逸らしたくなかった。


「僕は弱いけど、わざと負けたりしないよ」


「僕を哀れんでいるのか」


「違うよ。僕も勝ちたいから戦うんだ」


泥だらけのまま、僕は木剣を正面へ構えた。


「もう一回、レグルス」


今度のレグルスは、最初から本気だった。


突き出された槍を避けるだけで精一杯になる。


肩を打たれ、腕を打たれ、それでも槍を見続けた。


雨で地面はぬかるんでいた。


レグルスが踏み込んだ瞬間、その靴がわずかに滑る。


僕は木剣を下から振り上げ、槍を横へ逸らした。


空いた場所へ、夢中で飛び込む。


木剣の先が、初めてレグルスの肩へ触れた。


「あ……」


次の瞬間、槍の柄が僕の胸へ当たった。


泥の中へ倒れた拍子に、木剣が乾いた音を立てて折れる。


勝ったのは、レグルスだった。


それでも彼は、自分の肩へ触れたまま動かなかった。


「届いた……」


僕が笑うと、レグルスは信じられないものを見るように僕を見た。


僕は折れた木剣の柄を拾い、彼へ差し出した。


「これ、預かっていて」


「なぜ僕が」


「次は僕が勝つから。その時に返して」


「……いつ来る」


「レイシアと、レグルスの両方に追いついたら」


レグルスは木剣の柄を握った。


「なら、僕を見失うな」


金色の瞳が、初めてまっすぐ僕を映した。


「僕も、君が追いつけないほど強くなる」


「うん。何度でも戦おう」


雨音が、現在へ戻ってくる。


僕の手の中には、六年前の木剣の柄があった。


忘れていたんじゃない。


レイシアは英雄になった。


レグルスは上位へ進んだ。


僕だけが戦闘順位最下位のまま、約束した場所から動けなかった。


思い出せば、何も果たせていない自分と向き合わなければならない。


だから、記憶の奥へ押し込んだ。


「忘れたんじゃなかった」


僕は木剣の柄を握り締めた。


「思い出すのが怖かったんだ」


「僕は六年間、君が挑みに来るのを待っていた」


レグルスの声が震えていた。


「なのに君は、水蝶の騎士の背中しか見なくなった。僕がどれだけ勝っても、一度もこちらを見なかった」


「レグルス……」


「君が『僕なんか』と言うたび、あの日の僕まで否定される」


怒りの奥にあったものを、今度は見落とさなかった。


「僕は、君が追いつく価値もない相手だったのか」


「違う」


謝るだけでは、六年は戻らない。


「今の僕は、まだレグルスと同じ場所には立てない。昨日だって、一度も勝てなかった」


「そんなことは分かっている」


「でも、もう見ないふりはしない」


僕はレグルスをまっすぐ見た。


「次は、僕から挑む」


レグルスはしばらく黙っていた。


やがて僕の手にある木剣の柄を、さらに強く押し返す。


「それはもう君が持て。古い約束を理由に、これ以上待つつもりはない」


「でも、僕はまだ勝ってない」


「なら、一度くらい僕に勝ってみせろ」


レグルスは背を向けた。


「それまでは君を認めない」


友達になったわけじゃない。


けれど今度こそ、僕は彼を見失わない。


旧訓練庭を出ると、軒下にティアナが立っていた。


「待ってたの?」


「約束を破って戦ってないか、確認しに来ただけです」


ティアナは僕の前へ来ると、雨で冷えた手を両手で包んだ。


「思い出せた?」


「うん。忘れちゃいけない約束だった」


「また大切な人が増えた?」


「ライバルだよ」


「なら、ちゃんと勝たないとね」


ティアナの手は温かかった。


学院へ戻ると、掲示板の前に人だかりができていた。


翌日の順位模擬戦。その対戦表に、二つの名前が並んでいる。


レグルス・ヴァレイン。


ユリウス・クラウゼル。


人垣の中央には、金髪と青い瞳を持つ少年が立っていた。


戦闘順位上位五名に入る、光と火の魔法剣士。


ユリウスは僕を一瞥すると、隣に立つレグルスへ冷たい笑みを向けた。


「最下位との昔話で満足したのなら、次は現実を教えてやる」


その手が、腰の長剣へ触れる。


「――明日の試合で、君の槍を折る」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ