第169話 消えない捜索線
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
星冠教団本部突入作戦は失敗した――けれど、アルト・ロウェルが死んだという記録は、どこにもなかった。
地上統括指揮所から届いた紙命令には、未達成となった項目が並んでいた。
本部中枢の制圧ならず。
星門派首領の確保ならず。
第五環全構造の把握ならず。
回転区画によって複数の進入線が維持不能となり、アルト・ロウェルは敵設備により搬送された。
中枢制圧を目的とした突入は終了。以後、封鎖、救助、捜索へ移行する。
失敗という二文字は、書き換えようがなかった。
それでも七騎士団が壊滅したわけではない。
星冠塔の一般利用者と王国職員は避難済み。地上区画は無傷で、民間利用区画との境界も維持されている。
第五環への進入口には成人封印騎士が残り、番号札、鉄楔、停止杭、留め縄も失われていない。
救助された捕虜は後方へ送られ、未救助区画へ通じる生命維持線も守られていた。
そして、アルトと同じ保守区画にいた五人は、全員生きている。
後方救護区画へ入った私を迎えたのは、薬と濡れた布、血、石粉の匂いだった。
五人は別々の寝台に横たわっていた。
誰も戦線へ戻れる状態ではない。
フィアの右腕には以前からの簡易固定具が残り、その上から肩と脇腹まで新しい布が巻かれていた。青い瞳は開いているが、唇には血の気がない。
ティアナは胸へ固定布を当てられ、浅い呼吸を繰り返している。
レグルスも脇腹を押さえ、息をするたび顔を歪めていた。
セルフィナの額と肩には包帯があり、淡い銀緑色の髪の間から伸びる耳も力なく伏せられている。
ローディンは上体を起こすことを医療員に禁じられたまま、胸の上へ傷だらけの記録板を置いていた。
「……止められなかった」
フィアが言った。
謝罪ではなかった。
自分自身へ刃を向けるような声だった。
「剣は届いた。でも、弾かれた。アルトを止められず、棺にも届かなかった」
「私の壁も破られました」
ティアナが息を詰めながら続ける。
「床の下まで見ていたのに、搬送軌道が繋がる場所を……」
「排気が足りなかった」
レグルスが拳を握った。
「圧を全部逃がせていれば、あいつはあんな姿にならなかったかもしれねえ」
セルフィナは目を伏せた。
「観測点を最後まで残せませんでした」
ローディンも記録板へ指を置く。
「主監督として、アルト・ロウェルを王国側へ帰還させられなかった。停止命令も完遂できていない」
五人の言葉を聞くたび、胸の奥が切り裂かれた。
アルトを返してほしい。
今すぐ立ち上がって、第五環の壁を一枚ずつ剥がしたい。
けれど、その衝動で地下を壊せば、アルトへ続く道まで失う。
私は震える指を握った。
「見たものを全部ください。あなたたちが残したものが、アルトへ続く道になります」
フィアが私を見た。
「責めないの?」
「あなたたちはアルトを殺そうとしなかった」
最大火力なら、別の結果になったかもしれない。
けれど四人は、アルトを生かしたまま止めようとした。
互いの役割を繋ぎ、倒れた後も次の一人が動く時間を残した。
最後には、アルト自身が五人へ向かう致命的な軌道を逸らした。
誰か一人でも違う選択をしていれば、ここに五つの呼吸はなかった。
「責める理由はありません。報告をお願いします」
救護区画の隣へ臨時の照合卓が置かれた。
負傷者を移動させないため、成人記録官が寝台と卓を往復する。
最初に運ばれたのは、フィアが切断した物理制御線だった。
生命維持線ではないと複数の成人担当が確認し、彼女が一度だけ剣を振るった線。
切断面は斜めに揃い、外環側の端には番号札が残っている。
もう一方は短かった。
「切った直後、こっちだけ床へ引かれた」
フィアが残った端を示す。
「音は下。壁じゃない。金属が擦れて、その後に張り直された」
保守区画から回収された床板にも、細い擦過痕があった。
制御線の内側端が、床溝の奥へ引き込まれた跡だ。
成人封印騎士が旧構造図と番号を照合する。
「外環弁だけに繋がる線なら、切断後に内側へ巻き取られる理由がありません」
「別の巻き上げ機構が内側にある」
ガイ団長が低く言った。
「可能性だ。まだ決めるな」
自身でそう付け足し、透明図へ一本目の矢印を引いた。
次はティアナの報告だった。
彼女は寝台の上から、成人構造騎士が描いた床下断面図を確認する。
「床下の金属歯は、第五環の回転軌道と同じ曲率ではありませんでした」
「より小さいな」
ゴウセル団長が娘の顔を一度見てから、定規を当てた。
父親として抱く感情は、その太い指先にも表れていた。
それでも判断は静かだった。
「車輪溝も中心側へ湾曲している。僅かだが下降もしている」
旧構造図では、その先は中央支持部として塗られていた。
通路はない。
けれど、ティアナが確認した曲線を延ばすと、既知の第五環より一回り小さな円弧が現れる。
「無垢の支持部なら、車輪溝を受け入れる空間はありません」
ティアナの声は弱い。
それでも言葉は明瞭だった。
「床下に、別の空間があります」
透明図へ、二本目の線が引かれた。
レグルスが提出したのは、回収された三枚の圧力札だった。
縁には彼自身が刻んだ小さな目印がある。
「排気路を開く前、開いた直後、別の供給が来た後。この三つだ」
ローディンの記録時刻と合わせる。
外環側の供給圧は《旋流排気》によって低下していた。
ところが、床下の回転継ぎ手へ繋がる札だけは下がっていない。
天井側の供給が増えた後、さらに一目盛り上昇している。
「搬送棺の出発後は?」
成人記録官が尋ねた。
「外側は戻った。だが、床下だけは唸りが残った。最後は地上じゃなく、中心側へ抜けた」
レグルスは息を詰まらせ、医療員に制止された。
その報告を成人輸送担当が確認する。
既知の第五環供給管だけでは、圧力の消えた方向を説明できなかった。
三本目の線も、中心へ向かった。
セルフィナの証言は、目に見えない空間を物理的な痕跡で示した。
「私が壁と支持枠へ打った矢には、薄紙を結んでいました」
精霊による探知ではない。
薄紙、粉塵、結露、車輪音、扉の反響。
「搬送棺が消えた後、薄紙は中心側から戻る空気で揺れました。地図では石壁になっている方向です」
「扉の音は?」
「一枚ではありません。時間を置いて、奥へ遠ざかりながら閉じました。正確な枚数と距離は分かりません」
一枚の壁の向こうだけでは、あの反響は生まれない。
空気が通り、車輪音が遠ざかり、物理扉が順番に閉じるだけの空間がある。
四本目の線が重なった。
最後は、ローディンの記録板だった。
傷と血の付いた金属板には、隔壁の落下から搬送棺出発までが時刻順に残されている。
六人全員の生存確認。
環状区画の回転。
成人隊との直接連絡断絶。
封魔具の強制解除。
第五環からの魔力注入。
《暴食》の強制開放。
左半身の強制換装。
四人による非致死制圧。
搬送棺出現。
黒銀色の封魔具回収。
中心側軌道への出発。
最後の文字だけは、筆圧が乱れていた。
それでも、読めた。
「アルト・ロウェル、生存。致命軌道を自ら逸らす」
私は、その一文へ指を置いた。
生きていた。
私がそう感じるからではない。
婚約者だから分かるのでもない。
アルトを最後まで見ていた監督騎士が、時刻とともに残した記録だ。
「棺の蓋が閉じた時も、呼吸を確認した」
ローディンが言った。
「搬送棺は殺害設備ではありません。肩、腰、脚を保持し、生体を運ぶ構造でした」
「封魔具まで一緒に持っていった」
ガイ団長が透明図を睨む。
「その場で殺す気なら、こんな面倒な棺も軌道も要らねえ」
回転前の保守区画を旧構造図へ戻す。
フィアの制御線。
ティアナの軌道曲線。
レグルスの圧力移動。
セルフィナの空気と反響。
ローディンの車輪方向と時刻。
五つの線は、外環にも地上にも向かわなかった。
全てが、中央支持部の内側へ収束した。
ゴウセル団長が小さな円弧へ定規を沿わせる。
「内環の可能性がある」
誰も断定はしなかった。
五百年前から秘匿された保守区画かもしれない。
後世に増設された搬送路かもしれない。
古い記録から削られた設備かもしれない。
正確な深さも入口も分からない。
それでも、存在しないことにはできない。
旧構造図が偽りなのではない。
図が記録した範囲より、さらに内側があった。
作戦記録官が状態分類用の紙を広げた。
死亡。
行方不明。
生存可能性あり。
敵性拘束下。
家族への通知と捜索優先順位を定めるため、空欄には必ず何かを書かなければならない。
私は震えの残る手を卓へ置いた。
「遺体も、死亡を示す記録もありません。アルト・ロウェルの死亡認定を、私は認めません」
アーサー団長が記録板と透明図を順番に確認した。
「搬送時の生存記録があり、移送先候補も存在します。死亡確認の根拠はありません」
「構造上も、捜索を打ち切る理由はない」
ゴウセル団長が続ける。
「生きて運ばれた。それで十分だ」
ガイ団長の言葉は短かった。
記録官は空欄へ書き込んだ。
敵性拘束下。
生存可能性あり。
捜索継続。
突入作戦は終わる。
けれど、捜索まで終わりはしない。
成人封印騎士を地下進入口へ残す。
成人構造騎士は搬送軌道と荷重線を調べる。
通気口、戻り弁、圧力札を番号ごとに照合し、紙の報告を成人伝令が地上へ運ぶ。
捕虜の生命維持線は守り、負傷者を前衛へ戻さない。
内環を壊して開くのではなく、アルトが生きて通れる救出路を探す。
それが、これからの捜索線だった。
私は自分の左手を握った。
まだ指輪はない。
帰還したら孤児院へ報告し、二人で選ぶはずだった。
だから、この手を別れのために握るつもりはない。
泣いた痕も、掠れた声も消えてはいなかった。
それでも、次の命令は言えた。
「捜索線を維持してください。アルトを生きて受け取る救護位置まで、全て残します」
アルト・ロウェルは死亡者ではない――地図にない内環へ続く捜索線を、私は一本たりとも消させなかった。
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