表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

168/174

第168話 傷の差

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



マリアベル・ザルルグが最初に測ろうとしたのは、僕がどれほど痛むかではなく、傷が何心拍で閉じるかだった。


彼女が戻ってきた時、拘束室には新しい器具が運び込まれていた。


歯車式の計時器。心拍ごとに札を送る小さな振り子。清潔な白布と水。そして、銀色の細い刃物。


どれも人格を持たない、普通の道具だった。


だからこそ、それらが何に使われるのかは、見ただけで分かった。


「最初の比較試験を始めます」


マリアベルは金属製の記録板を卓上へ置いた。


僕の両手首と両足首は、黒い拘束環へ固定されたままだ。腰と胸を押さえる帯も外されていない。


左腕はむき出しだった。


治療布も、第一固定も、第二固定もない。黒銀色の封魔具は、手の届かない施錠箱の中に収められている。


濃紺の髪も、青灰色の瞳も変わってはいない。


黒い紋章も肩の手前で止まっていた。


けれど左腕には赤黒い圧迫痕が残り、指先は僕の意思から半拍遅れて震えている。


「何をするつもりだ」


「傷の閉鎖速度を測定します」


マリアベルは、僕の右側へ取り付けられた細い支持台を示した。


「通常状態と、外部魔力を受けている状態。その差を確認いたします」


「僕は実験に協力するとは言っていない」


「はい。了承は得ておりません」


返事は丁寧だった。


それでも、実験を止める気配はない。


無名の成人担当者が拘束台の横へ立ち、僕の右腕を支持台へ載せた。


手首を押さえる革帯が追加される。


力を込めても、右手は指を曲げることしかできなかった。


「左腕じゃないのか」


「既存の損傷と黒い紋章の影響を避けます。比較には、右腕のほうが適しています」


「傷つけることだけは慎重なんだな」


「比較条件を揃えなければ、記録の意味が失われます」


僕の身体を気遣っているのではない。


傷つけた後に得る数字を気遣っている。


成人担当者が水で右前腕を拭いた。


冷たさが過ぎた直後、刃の先端が皮膚へ置かれる。


「浅く、爪二枚分。筋肉と腱へは到達させないでください」


「やめろ」


マリアベルではなく、刃物を持った手へ言った。


だが、手は止まらなかった。


銀の線が右前腕を滑った。


鋭い痛みが一本走り、その後から熱さが追いついてくる。


傷は短く浅い。


それでも、細い赤が皮膚の上へ膨らみ、腕の傾きに沿ってゆっくり流れた。


成人担当者が刃物を離す。


白布で傷を押さえはしない。


血を拭うこともなかった。


「計時を開始してください」


振り子が動き始めた。


かち、と小さな歯車が鳴る。


一心拍。


二心拍。


僕の胸の固定帯が、呼吸のたびに軋んだ。


傷の痛みは大きくない。騎士団の訓練で受けた擦り傷と比べても、深いものではなかった。


それでも、自分の意思を無視して作られた傷は、痛みの種類が違った。


十心拍。


流れていた血が右前腕の横で細く固まり始める。


二十心拍を越えても、傷の両端は開いたままだった。


「通常の凝固反応を確認」


マリアベルは計時器だけを見ている。


僕の顔を見ない。


苦しいかとも、痛みが強いかとも尋ねなかった。


五十心拍。


左腕の黒い紋章に変化はない。


《暴食》も開かない。


髪も、腕も、脚も人間のままだ。


百心拍を越えた頃には出血が弱まり、傷の表面に細い血の筋が残った。


けれど、それだけだ。


傷口が消えることも、皮膚が元通りになることもない。


僕の身体には、拘束されているだけで傷を治すような力はなかった。


百五十心拍。


振り子の音を聞きながら、僕は五人の呼吸を思い出した。


フィアも、ティアナも、レグルスも、セルフィナも、ローディンさんも生きていた。


レイシアも、まだ第五環のどこかで僕を探している。


彼女と別々の配置を守って帰ると約束した。


今の僕にできることは少ない。


それでも、自分から星門派の道具になることだけはしない。


百八十心拍。


マリアベルが片手を上げると、振り子が止められた。


「通常状態。百八十心拍経過。表面閉鎖せず」


金属板へ文字が刻まれる。


痛みについては何も書かれなかった。


成人担当者が右腕から離れ、今度は壁の物理弁へ向かった。


拘束台の下で、重い金属が噛み合う。


床、壁、天井の圧力札は、まだ低い位置を示していた。


「次に、供給中の閉鎖速度を測ります」


「僕は《暴食》を使わない」


マリアベルは否定も説得もしなかった。


「供給弁を第一位置まで」


成人担当者が両手で弁輪を回す。


壁の奥から金属管の振動が伝わった。


足元の床が低く唸り、圧力札の針が一目盛りずつ上がっていく。


針も管も、僕の身体には接続されていない。


それでも、第五環から運ばれてきた魔力圧が、壁と床と拘束台の供給口を通じて左腕へ集中した。


黒い紋章が熱を持つ。


「やめろ……!」


次の瞬間、左腕の内側が空洞になった。


何かが僕の中へ入ってきたのではない。


僕の中に突然開いた穴が、外から押しつけられた魔力を引き込み始めた。


止めようとしても、指一本動かせない。


僕は能力名を口にしていない。


使うと決めてもいない。


それでも《暴食》は、外部条件を与えられただけで強制的に反応した。


供給口の周囲から粉塵が浮き、僕の左腕へ吸い寄せられる。


圧力札の針が一斉に下がった。


左手の指が拘束環の内側で痙攣する。


「吸収反応を確認。計時開始」


かち、と歯車が鳴った。


一心拍。


熱は左腕だけで止まらなかった。


肩を越え、胸を通り、腹の底へ広がる。


黒い紋章は肩の手前に留まっている。


黒銀色の外殻も現れない。


けれど皮膚の下だけを、焼けた鉄が走り回っているようだった。


二心拍。


右前腕の傷が、突然内側から引かれた。


「ぐっ……!」


切れた皮膚の両端が、見えない糸で無理に結ばれたように近づく。


治っていく感覚ではない。


まだ裂けている肉を、外側だけ強引に合わせられる痛みだった。


三心拍。


固まりかけていた血が、熱を受けて急速に乾く。


右手の指が跳ねた。


拘束された手首を引くと、傷の奥へ鋭い痛みが刺さる。


四心拍。


胸が激しく脈打った。


吐き気が喉元まで込み上げ、息を吸おうとしても固定帯が邪魔をする。


黒い紋章の内側は、まだ魔力を吸い続けていた。


五心拍。


傷口が細い一本の線まで縮む。


けれど皮膚の色は戻らない。


周囲が赤く膨らみ、その中心だけが黒ずんでいった。


六心拍。


表面が塞がる。


その下では、傷がまだ開いているような痛みが脈打っていた。


右腕を内側から裂く熱と、外側から締めつける痛みが重なる。


七心拍。


「表面閉鎖を確認」


マリアベルの声がした。


「供給停止」


成人担当者が弁輪を反対へ回した。


金属管の唸りが弱まり、圧力札の針が通常位置へ戻っていく。


外から押し込まれる魔力が途切れると、左腕の空洞も形を保てなくなった。


《暴食》は閉じた。


僕が閉じたのではない。


閉じるよう命じたわけでもない。


ただ、吸うものがなくなったため反応が消えただけだった。


熱は消えなかった。


額から汗が流れ、背中の衣服が肌へ貼りついている。


左手も右手も震えていた。


右前腕には、爪二枚分の赤黒い瘢痕が盛り上がっている。


傷口は見えなくなった。


だが、右手の指を僅かに曲げるだけで、瘢痕の下から裂けるような痛みが走った。


「傷が閉じただけだ。治ってなんかいない」


マリアベルは瘢痕へ目を向けた。


「完全治癒とは記録しておりません」


「だったら、この熱も痛みも記録しろ」


返事の代わりに、金属筆が記録板を擦った。


通常状態。百八十心拍、未閉鎖。


強制吸収反応中。七心拍、表面閉鎖。


完全治癒、未確認。


並んだのは、それだけだった。


「聞こえなかったのか」


「聞こえております」


「右腕の中がまだ裂けているみたいに痛む。全身が熱い。指もまともに動かない」


僕が訴えるたび、胸の固定帯が軋んだ。


マリアベルの筆は動かなかった。


「今回の記録項目は、痛みではなく閉鎖時間です」


穏やかな声だった。


僕の痛みを面白がっているわけではない。


だから、余計に冷たかった。


「人間を生きた中継核にするなら、痛みは関係ないのか」


「無関係とは申し上げません。しかし今回比較するのは、外部供給の有無による閉鎖時間の差です」


「僕が壊れても、流れさえ繋がればいいんだな」


「長時間維持へ耐えられるかは未確認です。異常な発熱と瘢痕がある以上、今回の結果だけで適合とは判断できません」


失敗とも、成功とも言わない。


傷を閉じた僕の身体も、残った痛みも、次の試験へ進むための数字に変えられていく。


成人担当者が刃物と白布を片づけた。


傷をもう一度開くことはなかった。


治療することもなかった。


施錠箱の中には、黒銀色の封魔具が変わらず収められている。


あれが左腕にあれば、この反応を防げたのかもしれない。


あるいは、同じように第五環の圧力で剥がされただけかもしれない。


今の僕には確かめる方法がない。


「次の試験は行わないのか」


「本日のこの項目は終了です。再現性の確認には、身体状態が比較可能でなければなりません」


「次も傷を作るつもりか」


「次の項目について、今お伝えする予定はございません」


マリアベルは記録板を閉じた。


痛みで歯が鳴りそうになる。


僕は奥歯を噛み、声を押し殺した。


早く傷が閉じても、強くなったわけではない。


便利な力を得たわけでもない。


僕の身体は、流し込まれた魔力に耐えきれず、裂けた場所を正しく治すことさえできないまま塞いだ。


それを星門派は、門を繋ぎ続けるための可能性と呼ぶ。


僕は右手の指をゆっくり握った。


瘢痕の下から激痛が走る。


それでも、痛みを感じているのは僕だ。


記録板の数字でも、生体中継核でもない。


アルト・ロウェルとして、ここから帰る。


レイシアのところへ。


五人が待つ王国側へ。


その意思だけは、どれだけ数字を並べられても渡さない。


マリアベルの記録板に残ったのは、僕の苦痛ではなく、治ったふりをした傷が閉じるまでの七心拍だけだった。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ