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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第165話 左半身の怪物

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



《暴食》が開いた瞬間、僕の左腕だけでは、第五環から流れ込むものを受け止めきれなかった。


壁、床、天井から押し込まれていた魔力が、一斉に向きを変えた。


露出した黒い紋章へ吸い込まれ、左腕の内側へ落ちていく。痛みが消えたのは一瞬だけだった。


次の瞬間、左手の指先が黒銀色に染まった。


皮膚の上を覆ったのではない。


爪も指も、その形そのものが内側から組み替わる。獣の鉤爪を思わせる五本の先端が石床を削り、その後ろから節を重ねた外殻が手首を呑み込んだ。


見たことのある範囲だった。


三心拍。一呼吸。過去に確認した《部分換装》と、そこまでは同じだった。


けれど、止まらなかった。


「左手指先、前腕まで変化。既知範囲を――超過」


ローディンさんが記録板へ書きつける声が聞こえた。


外殻は肘を越えた。


左上腕を覆い、肩へ食い込む。黒い紋章そのものは肩の手前で止まったままなのに、その終点から吐き出されるように黒銀色の甲殻が広がっていく。


「ぐ、う……っ!」


左脇腹が内側から押し広げられた。


制服が裂け、その下から昆虫の腹節を思わせる薄い装甲が何枚も重なった。腰を回り、左太腿へ落ちる。膝の形が鋭く変わり、脛から足首までを獣じみた外殻が包んだ。


左の靴が裂けた。


黒銀色の足先が床へ触れただけで、石に細い亀裂が走る。


さらに冷たいものが左顎へ這い上がった。


顎、頬、こめかみ。


顔の左半分が、狼の骨格と甲虫の殻を無理に重ねたような形へ閉ざされていく。


右目には、変わらない僕の右手が見えていた。


濃紺の髪も右脚も、そのままだ。


なのに左半身だけが、もう僕の身体ではないものへ変わっていた。


「アルト・ロウェル、停止しろ。能力使用命令は出ていない」


ローディンさんの声は揺れなかった。


僕は命令を理解していた。


右手を床へつき、指が痛むほど石の継ぎ目を掴む。


「離れ……て……」


言葉は左顎の外殻に擦れ、歪んだ息になった。


止まりたい。


誰にも近づいてほしくない。


それなのに黒銀色の左脚は腰を持ち上げ、鉤爪の左手は床から離れた。


「高出力は使えません」


セルフィナが弓を構えたまま言った。


「放出した魔力が、左側へ引かれています。事実として、今も供給圧は上昇中です」


「それに、最大火力を直接当てたらアルトが死ぬ」


ティアナが荒い呼吸を整えた。


「止めるよ。壊すのはアルトじゃなくて、動くための道」


「同意する。僕たちが狙うべきは身体ではない」


レグルスが銀槍を低くした。


フィアは何も重ねなかった。


剣を左手主体で握り直し、短く告げる。


「脈だけ斬る」


セルフィナの矢が四方へ飛んだ。


一本は壁の目地へ、一本は床の溝へ、残る二本は支持枠の上下へ刺さる。


小さな風精霊たちが矢から距離を取り、自ら選んだ位置で空気の流れを示した。


粉塵が左へ引かれる。


床の圧力札が跳ね、その直後に左脚の外殻が軋んだ。


「圧力札の上昇から動作まで、ほぼ一呼吸です。左脚が先、左腕が後」


セルフィナの翡翠色の瞳が、僕の左右を別々に追う。


「右手は床を掴んだままです。右半身は、今も抵抗しています」


その言葉に縋る余裕さえなかった。


左脚が床を蹴った。


僕の身体が右手を引きずり、ティアナへ迫る。


「大地よ、根を抱き、壁を結び、退く命の道を囲め。崩れる一角を隣なる礎で支え、ここに連なる守りを築け――第二階位・土・植物複合魔法《根壁連砦》」


ティアナの足元に土色と緑色の魔法陣が重なった。


詠唱文字が石床を走る。


床の割れ目から太い根が噴き出し、僕の左足首へ巻きついた。第二、第三の根が左腕を壁へ引き、隆起した土壁が脇腹の外殻を左右から挟み込む。


首も胸も締めていない。


右半身には触れず、変わった側だけを別々に止める拘束だった。


僕の動きが止まった。


「今――」


ティアナが叫びかけた瞬間、開いた《暴食》が術式へ食いついた。


人でも、根でもない。


それらを維持していた放出魔力だけが、緑色の詠唱文字ごと僕の左半身へ吸い込まれる。


光を失った根は、それでも物理的な拘束として残った。


だからこそ、黒銀色の左腕は力任せに引いた。


太い根が一本ずつ弾けた。


土壁へ左肩が食い込み、亀裂が中央まで走る。


やめろ。


動くな。


僕は右手で床を掴んだまま、左腕の軌道を内側へ押し戻そうとした。


その抵抗が指一本分だけ届いたのか、振り抜かれた鉤爪はティアナではなく土壁を砕いた。


爆ぜた石片がティアナの肩へ当たる。


「っ……!」


ティアナの身体が壁際へ弾かれた。


床へ落ちても、すぐに片腕をついて起きようとする。けれど膝が震え、立ち上がれない。


「ティアナ・テラフォード、呼吸あり。右肩打撲」


ローディンさんは僕の前へ出なかった。


次の拘束が残した時間でティアナの救助帯を掴み、支持枠の陰へ引く。状態を記録するより先に、頭と肩を安全な位置へ移した。


その間にレグルスが走った。


ティアナの土壁が残した割れ目と、セルフィナの矢が示す線。その二つを銀槍の先へ結ぶ。


「風よ、我が銀槍に沿って螺旋を結び、重なる守りの継ぎ目へ潜れ。貫く一点を押し広げ、閉ざされた標への道を開け――第二階位・風魔法《螺旋開甲》」


白い詠唱文字が銀槍を巡った。


幾重もの風が螺旋となり、狭い保守区画を震わせる。


槍先が狙ったのは肉ではない。


左肩と脇腹を繋ぐ黒銀外殻の継ぎ目だった。


「フィア、道は僕が開く!」


槍の風が甲殻の重なりへ潜り込み、閉じていた隙間を僅かに押し広げた。


フィアへ続く、一本の槍路。


けれど左脚が石床を踏み砕いた。


砕けた床石が槍路へ盛り上がり、僕の身体が半回転する。続いて左腕が銀槍の側面へ叩きつけられた。


硬い衝突音が区画を貫いた。


風の直線が折れ、銀槍が壁へ押しつけられる。


「くっ!」


レグルスは槍を放さなかった。


そのために身体ごと持ち上げられ、背中から床へ落ちた。息が一度に吐き出され、紫の瞳が苦痛に細まる。


それでも槍先は僕から逸らされていた。


最後まで、僕を貫かない角度を守っていた。


「レグルス・ヴァルモント、意識あり。呼吸回復待ち」


ローディンさんがレグルスの肩を救助帯へ通す。


僕の左腕が再び動く前に、支持枠の陰へ退避させた。


「右手の抵抗、継続しています」


セルフィナが新しい位置へ移りながら言った。


「左脚が踏み込んだ直後、肩の継ぎ目が開きます。次の一度が――」


左腕が壁を薙いだ。


上側の矢が砕けた。


続けて支持枠へ鉤爪が当たり、二本目の矢が折れる。床を踏み直した衝撃で、溝へ刺さっていた三本目まで跳ね飛んだ。


風精霊たちは触れられる前に散った。


誰一人、《暴食》へ引かれてはいない。


「観測点、残り一つ」


最後の矢が示した空気の揺れを見て、セルフィナがフィアへ顔を向ける。


「左脚の次です。右側は止めようとしています」


直後、左足が床を蹴った。


鉤爪が最後の矢ではなく、その刺さっていた石壁ごと抉る。


飛び散った石片がセルフィナの額と脚へ当たった。細い血が額を伝い、彼女は弓を手放して膝をつく。


ローディンさんが倒れた身体を受け止めた。


「セルフィナ、意識あり。精霊離脱確認」


残ったのはフィアだった。


金髪が巻き上がる粉塵に揺れる。


右腕の簡易固定具は外れていない。痺れの残る指を添えるだけにして、左手で剣を支えていた。


「アルト」


短く、僕の名を呼ぶ。


右手へ力を込めた。


止まれ。


せめて、今だけ動くな。


「紫電よ、我が刃に沿い、偽りの脈だけを断て――第一階位・雷魔法《雷装・断脈》」


紫色の魔法陣がフィアの足元へ開いた。


雷属性の粒子が弾け、鋭い詠唱文字が剣身を駆け上がる。


フィアが踏み込む。


セルフィナが見つけ、ティアナが止め、レグルスが押し広げた左肩の継ぎ目へ、ただ一筋の剣が走った。


《雷剣・断線》。


人ではなく、意思を奪う脈だけを断つ剣。


紫電が黒銀外殻へ触れる寸前、《暴食》が光を引き込んだ。


雷が細くなる。


それでも、物理の刃は消えない。


剣先が継ぎ目へ届く。


届いてほしいと、僕は願った。


なのに黒銀色の左腕が割り込んだ。


剣と甲殻が衝突する。


火花が弾け、保守区画を金属音が打ち抜いた。


フィアは剣を離さなかった。


けれど左腕は刃の側面を横殴りに弾き、彼女の握力ごと押し切った。


剣が宙を舞う。


折れてはいない。


石床へ落ち、澄んだ音を何度も立てながら遠くまで滑った。


フィアの身体も逆方向へ飛ばされた。


右腕を庇いながら肩から床へ落ち、起き上がろうとした膝が崩れる。


「フィア・ヴァルティエ、意識あり。簡易固定具維持。呼吸あり」


ローディンさんが剣ではなくフィアへ走った。


救助帯を掴み、黒銀色の左腕が届かない支持枠の陰へ引く。


ティアナの息が聞こえる。


レグルスも胸を押さえながら呼吸を取り戻している。セルフィナは額の血を拭い、退避した精霊たちを目で確認していた。


フィアも倒れたまま、僕を見ていた。


四人とも生きている。


誰も僕を殺す力を選ばなかった。


その代わりに、一人ずつ役割を渡し、次の一人が動く時間と、倒れた者を退避させる時間を残した。


それでも僕の左半身は止まらなかった。


深部側の管が、さらに低く鳴った。


圧力札の針が一斉に跳ね上がる。


新しい魔力が《暴食》へ流れ込み、黒銀色の甲殻が重い音を立てて噛み合った。


「アルト・ロウェル、停止しろ」


ローディンさんが記録板を握ったまま命じる。


「全員生存。能力使用命令なし。現在も停止命令を継続する」


聞こえている。


全部、分かっている。


僕は右手の爪が割れるほど床を掴んだ。


ローディンの停止命令が響く中、僕の右手は床を掴み、怪物になった左半身だけが第五環の奥へ一歩を踏み出した。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

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