第159話 星冠塔直下へ
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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夜明けの星冠塔は、戦場になる直前まで、王都の日常そのものの顔をしていた。
正面回廊から出てくるのは、武装した信徒ではない。
書類箱を抱えた王国職員。保護者に手を引かれた子ども。杖をつきながら、成人救護員に支えられて歩く老人。
僕たち選抜部隊が到着した時には、事前に用意されていた区画図と名簿に従い、段階的な避難が始まっていた。
「中央閲覧室、利用者十二名。職員四名。全員退避」
光龍騎士団の記録担当が報告し、回廊の柱へ白い確認札を結ぶ。
「東側事務室、保守員が一名残っています」
「設備停止の説明を終え次第、外の確認所へ。拘束は不要です」
別の成人騎士が答えた。
保守員だから教団員とは限らない。
地下に本部があるからといって、地上で働く全員を敵にしていい理由にはならなかった。
水蝶騎士団の地上残留隊は、歩行に補助が必要な人々を塔外へ誘導している。足を痛めた女性を担架へ移した救護員が、僕たちとは反対方向へ進んでいった。
僕は成人封印隊の内側から、その流れを見送った。
王都アウレリスの中央に立つ星冠塔セントラルタワー。
五百年前の巨大遺跡の上へ築かれ、王国施設としても使われてきた塔だ。
最上階には神界へ通じる扉がある。
けれど、今日の目的地は上ではない。
僕たちが向かうのは塔の直下。五百年前の地下環状遺構、その第五環に実在する星冠教団本部だった。
「間違えるなよ」
僕のすぐ後ろで、ローディンが低く言った。
「地上の塔を落とす作戦じゃない。地下への道を押さえ、本部だけを切り離す」
「はい」
左腕には治療布が巻かれ、その上から黒銀色の封魔具が二重に固定されている。
痛みは消えていない。
歩く振動が肘の内側まで響き、左手の指先は曲げようとしてからわずかに遅れて動いた。
それでも、封魔具に破損も変形もない。治療布にも裂けはなく、肩の手前で止まっている黒い紋章にも変化はなかった。
僕の前には成人封印騎士。
左右には成人盾役と構造騎士。
後ろにはローディン、その先にはフィア、ティアナ、レグルス、セルフィナがいる。
六人だけで動く隊列ではない。
僕たちは雷虎成人封印隊の内部に置かれた、限定作業列だった。
「アルト」
ローディンが僕の視線を確かめる。
「未知の設備には触れるな。照合を求められた場合も、対象を先に成人担当が確認する」
「分かっています」
「封魔具を外せと要求する経路なら?」
「その経路を捨てて撤退します」
ローディンは記録板へ短い線を引いた。
《暴食》にも《部分換装》にも使用許可はない。
僕は本部を開ける鍵でも、罠を試す道具でもなかった。
星冠塔の外周では、風鷹騎士団の選抜隊が屋根、道路、搬入口へ分かれていた。地下へ全員を入れず、外から近づく者と地下から出てくる者の両方を監視する。
西側では炎獅子騎士団の成人破砕役が、閉鎖保守口の前へ器材を下ろしている。
ただし、まだ何も壊さない。
土亀の構造担当が支柱と導管を確認し、安全な開口箇所を指定した場合だけ動く待機線だ。
土亀騎士団も一か所には集まっていなかった。
地上の基礎柱。
地下排水路へ続く管理口。
正規帰還路の重量扉。
退路上の隔壁。
各所へ構造騎士が置かれ、入口ごとに床と塔への影響を記録している。
光龍騎士団は避難確認を続けながら、投降者や収容者を受け入れる区画と物証搬出線を分けていた。
灰鬼騎士団の成人隊も、核心へ進む列と退路を保持する列へ分かれている。
ガイ団長の姿は核心進入側にあったが、灰鬼の全員がその後ろへ続くわけではない。
「南側基礎、地上確認完了」
「外環側旧保守階段、救助線配置完了」
次々に届く報告を、統括指揮所の記録官が紙へ書き込んでいく。
統括指揮所は、星冠塔地上部の王国管理区画に置かれていた。
学院長兼騎士団長統括オルフェン・レグナスは、地下構造図を広げた卓の前に立っている。
「一般利用者の退避を確認しました」
ギルバート団長の報告に、記録官が札を裏返す。
「王国職員の退避も完了。必要な保守担当者は塔外確認所へ移動済みです」
「地上中央回廊、管理移行完了」
「外周封鎖線、成立」
「第二封鎖線、配置完了」
報告のたび、作戦図の上へ別々の色の針が置かれる。
地下へ入らない部隊もいる。
王都と王国各地の防衛へ残った騎士もいる。
中央器成院では捕虜八人の治療が続き、ヴァレクの生存移送と物証保全にも成人騎士が付いている。
ここへ集まったのは、七騎士団の全軍ではなかった。
それでも、地図の線に空白はなかった。
オルフェンは、救護受領点と物証搬出線の札を最後に確認した。
「正規帰還路が実在することは確認済みです。しかし、敵の管理下にある事実も変わりません」
静かな声が統括指揮所から各作戦線の責任者へ届く。
「開いた扉を安全な扉とはみなさないこと。一つの隔壁で、指揮、救護、封印、退路を同時に失わないこと。復路確認前に、全隊を次の区画へ入れてはいけません」
七騎士団長と成人責任者が、それぞれの位置で命令を受ける。
オルフェンが卓上の第五環へ指を置いた。
「星冠教団本部突入作戦を開始します」
鐘も歓声もなかった。
各隊が、決められた線へ同時に動き始めた。
僕たち雷虎成人封印隊は、星冠塔の南側基礎へ向かう。
その途中、外環側の旧保守階段へ進む水蝶騎士団の列が見えた。
先頭近くに、淡い銀青の長髪が揺れている。
レイシアだった。
彼女の手には救助線の区画図があり、背後には担架担当と成人治療騎士が続いている。
僕たちの間には、二つの成人隊と石造りの回廊があった。
名前を呼べる距離ではない。
呼ぶ必要もなかった。
レイシアがこちらを見る。
僕と水色の瞳が重なった。
ほんの一瞬。
レイシアは水蝶騎士団長として、小さく頷いた。
僕も限定作業列の位置から、同じように頷き返す。
昨夜と今朝に交わした約束を、もう一度言葉にすることはしなかった。
互いの持ち場を守る。
その先にある救護受領点へ戻る。
視線が離れると、レイシアは振り返らずに外環側へ進んだ。
僕も彼女を追わなかった。
「前を見ろ、アルト」
ローディンの声に、僕は南側基礎へ向き直る。
正規帰還路の入口は、星冠塔の地上回廊から一段下がった保守区画にあった。
石壁の一部へ、荷車一台が通れる大きさの重量扉が埋め込まれている。
派手な教団印はない。
王国の保守設備と同じような番号札が付き、脇には導管圧を逃がす物理弁と、閉鎖時の停止部が並んでいた。
だからこそ、五百年の地下遺構へ紛れ込むことができたのだろう。
雷虎の成人封印担当が、金属盆に三枚の封印鍵を並べる。
「切り欠き番号、帰還票と一致」
別の担当者が記録を読む。
「方向印、第五環側。重ね順、二、一、三」
「認証枠の摩耗方向、旧記録と一致」
三枚の鍵が、正しい向きで一枚ずつ重ねられた。
僕は確認線の外側から、金属板の端に刻まれた番号を見る。
中央器成院で見た欠けた星の印。
けれど、その隣にある区分線は器成派のものではない。
「中央器成院の装置認証とは違います」
僕が告げると、ローディンがその発言だけを記録する。
「どこが違う」
成人封印担当が尋ねた。
「欠けた星の向きは同じです。でも、器成派の印には内側へ向く短い線がありました。これは外環側へ向いています。帰還票の星門派区分と一致します」
「限定照合を記録。以後の判断は成人封印担当が行う」
僕はそれ以上、認証枠へ近づかなかった。
左腕も、封魔具も、鍵の代わりにはしない。
成人担当が三枚の鍵を認証枠へ差し込み、規定の順番で物理弁を回す。
金属の奥で、重い部品が噛み合う音がした。
一度。
間を置いて、もう一度。
重量扉がゆっくりと内側へ動き始める。
冷えた地下の空気が、細い隙間から流れ出した。
扉の向こうに敵はいない。
異常な音も、罠の作動もなかった。
ただ石段が、灯りの届かない下方へ続いている。
「正常開放を確認。ただし、安全未承認」
成人封印担当は即座に告げた。
開いた扉の下へ鉄楔が打ち込まれる。
停止部へ太い停止杭を入れ、留め縄を地上側の固定環へ結ぶ。
土亀の構造騎士が扉の重量と床の沈みを確認し、雷虎の別担当が戻り弁の位置を記録した。
「成人盾列、進入」
盾を持つ騎士たちが先に石段へ入る。
一定の間隔を空けて封印騎士が続き、隔壁と認証板を一つずつ目視確認する。
次に構造騎士。
その背が階段の曲がり角へ消えても、僕たちへはまだ前進命令が出なかった。
待つことも作戦だった。
やがて下から留め縄が二度引かれる。
先行区画の物理確認が終わった合図だ。
成人封印隊長が僕たちを見た。
「限定作業列、進入。成人隊の内側を維持しろ」
フィアが右腕の簡易固定具を確かめる。
ティアナは構造図を胸元へ収め、レグルスは成人破砕役との距離を保つ。
セルフィナも観察記録板を持ったまま、先頭へ出ようとはしなかった。
僕が一歩を踏み出すと、右脚の奥に弱い痺れが走る。
ローディンはそれを見逃さなかった。
「歩行継続は」
「可能です。悪化したら申告します」
「申告前でも、こちらが止める」
「はい」
地上から差し込む朝の光が、石段の途中まで伸びている。
その先には、五百年前の地下遺構が口を開けていた。
本物の鍵で開いた、本物の道。
だからこそ、その先の全てを敵も知っている。
僕は左腕を身体の近くへ寄せ、成人盾列の背を追った。
レイシアとは別の侵入線を進みながら、僕は星冠塔直下――敵が待つ第五環へ続く本物の道へ足を踏み入れた。
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