第155話 隣ではない配置
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
作戦図の上で、僕の札とレイシアの札は、同じ第五環へ向かいながら別々の線へ置かれた。
昨日、極秘戦闘規定室で《全身換装》の規定を確認した翌朝。
星冠教団本部の位置を示す七本の針が置かれてから、十三日が過ぎていた。
七騎合同作戦議場の長い卓には、第五環の旧構造図と七騎士団の透明図が重ねられている。
赤い糸は外周封鎖線。
青い糸は救護線。
黒い糸は正規帰還路を通る第一侵入線。
緑の糸は独立した退路。
どの線も紙へ描かれているだけだ。敵の位置を示すことも、閉じる隔壁を予告することもない。
それでも十三日分の記録と成人騎士たちの判断が、一本ずつの糸へ込められていた。
僕の木札は黒い糸の内側。
レイシアの札は青い糸の先にあった。
距離にすれば、作戦図の上で手のひら一つ分。
けれど、その間には三枚の隔壁札と、二つの経路番号が置かれていた。
「配置審査を開始します」
騎士団長統括席に立ったオルフェンが告げた。
その前には成人選抜名簿、医療審査書、封印確認書、構造審査書が積まれている。
七人の団長だけではない。
成人封印責任者、成人医療担当、土亀の構造責任者、各団の記録官も席についていた。
僕たち新人の希望だけで決まる配置ではなかった。
これまで作戦図の端にあった黄色い候補欄には、五枚の札が残っている。
アルト・ロウェル。
フィア。
ティアナ・テラフォード。
レグルス・ヴァルモント。
セルフィナ。
その横には、成人監督者としてローディンの札が置かれていた。
成人記録官が最初に僕の札を取り上げる。
「アルト・ロウェル。医療審査は条件付き。左手指先の震え、感覚遅延、前腕部の疼痛が残存。疲労時には右脚の痺れあり」
左腕の治療布の下で、指先が小さく震えた。
黒銀色の封魔具は、昨日と同じく二重に固定されている。治療布に破れはなく、封魔具にも変形や熱はない。
黒い紋章も肩の手前で止まったままだ。
「任務は限定情報照合のみ」
成人記録官が続ける。
「中央器成院で確認した器成術式、認証番号、欠けた星の方向印、設備規格との差異を成人担当へ報告する。敵設備の操作、起動、接続は禁止」
「認証台にも触れさせません」
ローディンが確認した。
「未知の鍵穴、導管、封印台へ左腕を置かせない。アルト本人を認証手段として要求された場合、その経路を破棄します」
アーサー団長の前に座る成人封印責任者が頷いた。
「《暴食》《部分換装》の事前使用許可は?」
「ありません」
オルフェンが答える。
「アルト君の配置は、能力使用を前提としたものではありません」
僕の札が黄色い欄から持ち上げられた。
置かれた先は、第一侵入線の先頭ではない。
成人盾役を示す大きな札。
その後ろに封印確認班と構造確認班。
さらに内側へ設けられた細い枠の中だった。
「次。フィア」
腰を越える金髪を背へ流したフィアが、まっすぐ作戦図を見ている。
右腕にはまだ簡易固定具が残っていた。以前より指は動くようになっているが、痺れが消えたわけではない。
「医療審査は条件付き。長時間の剣保持と連続切断は禁止」
成人医療担当が記録を読む。
「任務は成人封印担当が安全対象と確定した術式線の切断候補。通常戦闘の前衛には配置しない」
フィアは短く尋ねた。
「切断対象が確定しない場合は?」
「斬らない」
成人封印責任者の返答も短かった。
「閉鎖周期が不足した場合は?」
「見送る」
「承知した」
フィアはそれ以上言わなかった。
中央器成院で八本の強制接続線を切った時と同じだ。
剣を振るえることより、振らない判断ができること。
それが今回も参加条件になっていた。
フィアの札が僕の隣ではなく、成人封印担当の札へ接する位置に置かれる。
近い場所で動くとしても、彼女が僕の監督者になるわけではない。
「ティアナ・テラフォード」
蜂蜜色の長髪が揺れ、ティアナが小さく息を整えた。
「魔力経路の回復は進んでいる。ただし、長時間の継続行使は不許可」
土亀の成人構造責任者が透明図へ細い定規を当てた。
「人、建築構造、敵術式が狭い範囲で重なった場合のみ、局所分離候補とする。支柱、床、排水路、熱路の維持は成人構造班が担当する」
「地下全体を支えようとしない、だね」
ティアナが確かめる。
通常の親しみある声だったが、返答を聞く瞳は真剣だった。
ゴウセル団長が静かに言う。
「担当範囲は成人構造責任者が示す。指定外へ広げるな」
「うん。指定された境界だけを見るよ」
ティアナは頷いた。
父娘の会話は、それだけだった。
けれど、ティアナの札が成人構造騎士の内側へ正確に置かれたことで、互いの信頼は十分に伝わった。
「レグルス・ヴァルモント」
白金の短髪を整えたレグルスは、自分の札が動く前に医療記録へ目を向けた。
「肩と腕の累積疲労は軽減。ただし、狭所での連続作業は禁止」
「僕の役割は限定開口と排気補助ですね」
「成人破砕班が安全箇所を指定した時だけだ!」
イグナシオ団長の声が議場へ響く。
「隔壁も保守板も、君一人に壊させるつもりはない! 鉄楔と破砕梁を入れ、構造班が支えたあとで道を開く!」
「承知しました。僕が先に槍を入れることもありません」
レグルスの札は、炎獅子成人破砕役と成人盾役の間へ置かれた。
全体を率いる位置ではない。
成人騎士たちが作った安全な一点へ、必要な作業を届ける位置だった。
「セルフィナ」
淡い銀緑色の長い髪。その毛先だけが薄い水色を帯びている。
セルフィナは正式な騎士ではない。
だから彼女の札には、他の四人とは違う白い確認札が重ねられた。
「外部協力者として、成人責任者の直接指揮下へ置きます」
光龍の成人記録官が読み上げる。
「任務は外部観察。水滴、粉塵、振動、金属音、確認札の傾き、周囲の精霊が避ける方向など、複数の現象を報告すること」
「精霊を敵設備へ接触させる予定はありません」
セルフィナは冷静に答えた。
「観測できた事実と推測も分けて報告します。ただし、私一人では判断できない場合があります」
「それでよい」
アーサー団長が告げる。
「切断、進入、撤退の決定は成人指揮官が行う。あなたへ命令責任は負わせない」
「承知しました」
セルフィナの札にも、成人責任者を示す札が重ねられた。
五枚の黄色い札が、候補欄からなくなる。
けれど、成人選抜隊の先頭へ並べられたわけではなかった。
成人封印隊の中央へ設けられた細長い枠の内側に、五枚が分けて置かれている。
最後にローディンの札が、僕のすぐ後ろへ移された。
「この六名を、作戦上の限定作業列とします」
オルフェンが告げた。
フィアが作戦図から視線を上げる。
「新しい班ではない?」
「違います」
オルフェンは明確に否定した。
「固定班でも、戦団でもありません。雷虎成人封印隊の内側で、指定された時だけ専門作業を行う一時配置です」
成人記録官が、六人を囲む枠の外側へ大きな札を並べた。
前方に成人盾役。
その後ろに成人封印騎士。
左右へ土亀成人構造騎士と、隔壁を担当する成人騎士。
後方には救護員と退路担当。
必要な地点では、炎獅子成人破砕役が外側から接続する。
六人で一つの区画へ入る図ではない。
成人隊の厚い列の内側に、僕たちの作業位置が点として置かれている。
「移動、待機、作業開始、作業停止、撤退は、成人封印隊長が指揮します」
成人封印責任者が説明する。
「成人先行確認が終わるまで、限定作業列は次区画へ入らない。一度扉が開いても進まない。往路認証だけでなく、復路の物理確認まで待つ」
透明図へ、隔壁を示す横線が引かれた。
一本ごとに成人担当の札が残される。
普通の鉄楔。
停止杭。
留め縄。
確認札。
新しい区画へ進むほど前だけを見るのではなく、戻るための人員を後ろへ残していく。
「退路担当を前線増援へ回すことは禁止」
ゴウセル団長が確認した。
「一つの隔壁で限定作業列が分断された場合、後方担当はその場を離れず、第二封鎖線を維持する」
「こちらからも追って入らないわ」
シルフィ団長が外周図へ指を置く。
「地下伝令が一つ途絶えても、全外周隊を同じ保守口へ集めません。敵が待っている可能性を消さないためですわ」
成人騎士団が罠を考えていないわけではない。
僕たちの札が成人隊の内側にあるのも、正しい道なら安全だと思っているからではなかった。
正しい道だからこそ敵が閉じる。
それを承知した配置だった。
「ローディンの任務を確認します」
オルフェンに促され、ローディンが立った。
「アルト・ロウェルの直接監督。身体状態、封魔具、治療布、二重固定の確認。接触対象、発言、反応の記録。未知設備との接続防止。無許可の《暴食》《部分換装》を停止します」
声に迷いはない。
「異常を確認した場合、アルト本人の継続意思にかかわらず限定作業を停止。成人封印隊長へ報告し、撤退命令へ移行します」
「前衛成人隊が交戦状態へ入った場合は?」
ガイ団長が尋ねた。
「私は監督位置を離れません」
「前が押されたら?」
「代替前衛には入りません。成人封印隊長の命令に従い、アルトと共に後退します」
ローディンも成人騎士だ。
武器を扱えないわけではない。
それでも今回の担当は戦うことではなかった。
僕を見て、記録し、止めること。
敵を追うより、命令線へ僕を残すこと。
「停止命令に従えるな、アルト」
ローディンが僕へ向き直った。
「はい」
「対象が目の前にあってもだ」
「成人確認が終わるまで触れません。止められたら退きます」
「記録する」
ローディンは短く答え、席へ戻った。
僕の札と彼の札を、細い監督線が結ぶ。
それは僕を疑って縛るだけの線ではない。
僕一人へ判断を背負わせないための線でもあった。
左手の指先に遅れて痛みが届く。
参加を認められたからといって、身体が治ったわけではない。
《部分換装》を使えるようになったわけでもない。
僕の役割は、見た事実を成人騎士へ伝えることだった。
「限定作業列の配置は以上です」
オルフェンが五枚の医療審査書へ確認印を置いた。
「ただし、作戦当日の医療停止、封印停止、構造停止は有効です。一人が停止対象になった場合、他の者が独断で代行してはなりません」
「全員揃わないと進めない列でもない、ということですか」
レグルスが問う。
「はい。成人指揮官が撤退、交代、別手順を選びます。君たちの誰かが欠けたからといって、無理に別の新人へ役割を移しません」
五人でなければ成立しない班ではない。
僕たちが止まっても、成人騎士団は次の手順を選ぶ。
逆に成人隊が安全を作れなければ、僕たちの出番そのものがない。
それが限定作業列だった。
成人記録官が次の透明図を重ねる。
青い糸が、第五環の外側から収容区画へ伸びた。
水蝶騎士団の捕虜救助線。
その先頭へ、レイシアの札が置かれる。
「水蝶騎士団は、外環から収容区画側へ進入」
オルフェンが説明する。
「本部内で収容者を確認した場合、敵信徒、民間人、捕虜、負傷騎士を区分し、地下出口側の第一救護点へ搬送します」
「中央器成院の捕虜八人については?」
ギルバート団長が確認する。
「副責任者と水蝶成人治療隊を残します」
レイシアは即答した。
「八人の治療と記録を途切れさせません。本部側へ出す成人隊とは別に、中央器成院の受領線を維持します」
捕虜を救うため、別の捕虜を置き去りにすることはない。
ヴァレクの移送と物証保全にも、それぞれ光龍と雷虎の成人隊が残る。
七騎士団全軍が第五環へ入るわけではなかった。
レイシアの指先が、自分の札へ触れた。
そのまま、ほんの少しだけ僕の札の方へ滑る。
二つの札の間にある青い糸と黒い糸は、交わらない。
「救助線を、正規帰還路側へ寄せることはできませんか」
レイシアが尋ねた。
声は団長として落ち着いていた。
けれど、長い耳がわずかに伏せられている。
「少なくとも外側の認証区画までは、限定作業列と同じ経路を使えます。そこで分けるなら――」
「認められない」
ゴウセル団長が静かに遮った。
レイシアの水色の瞳が、構造図へ向く。
ゴウセル団長は二つの隔壁札を定規で結んだ。
「ここで重量扉が閉じれば、封印確認と救助指揮を同時に失う。救護用の担架と破砕器材が同じ狭路へ入れば、撤退時に互いを塞ぐ」
成人封印責任者も確認札を置く。
「二つの経路は、隔壁周期も認証方向も別に管理します。一方が開いたことを、もう一方の安全根拠にはできません」
「限定作業列が閉じ込められた場合、救助線は?」
レイシアが問う。
「直ちには入れません」
「……助けに向かうことも?」
「成人指揮官の確認前には認められません。同じ罠へ二本目の隊列を入れることになるからです」
議場が静まった。
正しい判断だった。
僕にも分かる。
一方が罠へ掛かった時、もう一方まで同じ場所へ飛び込めば、敵が閉じる扉は一枚で済んでしまう。
それでも、レイシアの指は自分の札を強く押さえていた。
薄い木札が、紙の上で小さく鳴る。
「配置を勝手に変えるつもりはないよ。命令された救助線を守る。でも……アルトと別の道なのを、平気だとは言えない」
隠そうとして隠し切れなかった言葉ではない。
レイシアは自分の感情を分かった上で、短く口にした。
フィアは何も言い返さなかった。
自分の札が僕の近くにあることを誇ることも、レイシアの不満を否定することもしない。
ただ、成人封印担当と自分を結ぶ線が切れていないか、静かに確認している。
ガイ団長が団長席から身を起こした。
「救助線は、アルトの隣に立たせるための線じゃねえ」
レイシアの視線がガイ団長へ向く。
「アルトを含めて、戻ってきた負傷者を受け取る場所をなくさねえための線だ。お前が黒い糸へ寄れば、青い糸が空く」
「分かっています」
「なら、嫌なまま受け取れ。嬉しそうに従う必要はねえ」
レイシアは一度、目を伏せた。
淡い銀青の髪が頬へ落ちる。
僕の近くにいたいという気持ちと、団長として守るべき人たち。
どちらかが嘘なのではない。
両方とも本当だから、木札一枚を動かせないのだ。
やがてレイシアは顔を上げた。
伏せられていた長い耳も元へ戻る。
「水蝶騎士団長レイシア・ロウェル、捕虜救助線を受領します」
成人記録官が受領時刻を書き込んだ。
レイシアの札は動かない。
青い糸の先で、水蝶成人隊と担架、第一救護点、地下出口側の受領区画へ繋がっている。
「アルト」
レイシアが僕を見た。
「命令位置から離れないで」
監督命令ではない。
配置を変えて自分のところへ来てほしいという言葉でもなかった。
「うん。僕も配置を守る。必ず救助線へ戻るよ」
レイシアは小さく頷いた。
笑顔にはならなかった。
それでも、もう自分の札を動かそうとはしなかった。
オルフェンが二つの作戦線の先へ、白い受領札を置く。
黒い第一侵入線は、核心制御側から独立退路へ戻る。
青い捕虜救助線は、収容区画から別の退路へ戻る。
二本が初めて接続するのは、第五環の内側ではない。
地下出口側に設けられる救護受領点だった。
「最終確認を行います」
オルフェンの声に、全員の視線が作戦図へ集まった。
「限定作業列は雷虎成人封印隊の内側。移動、作業、停止、撤退は成人封印隊長が指揮します」
成人封印責任者が確認印を置く。
「ローディンはアルト・ロウェルの直接監督、記録、停止担当。攻撃担当ではありません」
ローディンが頷く。
「アルトは限定情報照合。フィアは確認済み術式線の切断候補。ティアナは局所分離候補。レグルスは限定開口と排気補助。セルフィナは成人指揮下の外部観察」
五枚の札へ、それぞれ異なる成人責任札が添えられる。
「六人のみでの進入は禁止。成人先行確認より前へ出ない。未知区画に残らない。敵首領を発見しても追跡しない」
「承知しました」
僕たち五人とローディンの返答が重なった。
「水蝶騎士団は独立した捕虜救助線。中央器成院の治療隊は残留。ヴァレク移送、物証保全、王都および王国各地の通常防衛も継続します」
レイシア、アーサー団長、ギルバート団長がそれぞれ受領を示した。
「《全身換装》の一律使用許可なし。《暴食》《部分換装》の事前使用許可なし。作戦当日の医療、封印、構造停止は、現在の配置承認より優先します」
最後の三枚の停止札が、作戦図の外縁へ置かれた。
これで配置は決まった。
けれど、突入日時は伏せられたままだ。
星冠塔へ向かう命令も、第五環へ入る命令も出ていない。
僕たちはまだ王国選抜局の議場にいる。
窓の外では、午前の光が王都の屋根を照らしているはずだった。
作戦図へ目を戻す。
僕の近くには、ローディン、フィア、ティアナ、レグルス、セルフィナの札がある。
その外側には、何重もの成人騎士の札が置かれていた。
六人だけの班ではない。
六人で勝つための配置でもない。
成人騎士団が安全を確かめ、必要な一点だけを僕たちへ渡すための列だった。
少し離れた青い糸の先にはレイシアがいる。
同じ通路を進むことはできない。
同じ隔壁の内側へ立つこともない。
それでも、彼女が守る救助線は、僕たちが帰る場所から外されてはいなかった。
僕とレイシアの札は隣り合わず、それでも二本の線は、誰かを置き去りにしないための救護受領点で繋がっていた。
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