第150話 本部への地図
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
中央器成院から持ち帰った証拠は、どれも単独では星冠教団本部を指していなかった。
突入から一日が過ぎた朝。
王国選抜局の七騎合同作戦議場には、七つの団旗と一枚の王都地図が戻されていた。
ただし、昨日まで置かれていた中央器成院の構造模型はない。
代わりに長い証拠卓へ並ぶのは、封蝋の付いた帰還票、折り畳まれた輸送図、切り欠きを持つ金属板、そして二重封印された古い記録簿だった。
僕は討伐隊員としてではなく、制限情報照合者として末席に座っている。
左腕には治療布と黒銀色の封魔具があり、二重固定も解かれていない。
指を伸ばすと感覚が一拍遅れた。
前腕の痛みも、微熱も残っている。長く立っていれば右脚まで痺れるため、ローディンは最初から僕の椅子を証拠卓の近くへ置かせていた。
「出席許可は正午前までだ。延長はない」
「分かっています」
短く答えると、ローディンは僕の右斜め後ろへ立った。
証拠卓の向こうでは、成人記録官が帰還票を一枚ずつ透明な保全板へ載せている。
学院長オルフェン・レグナスは教壇ではなく、騎士団長統括席に立っていた。
七人の団長は既に着席している。
誰も彼の権限を問い直さない。
「では、物証の照合を始めましょう」
オルフェンの穏やかな声に、光龍の成人記録官が最初の保全板を持ち上げた。
「中央器成院から回収された帰還票です。使用済み九枚、未使用四枚。状態と番号は昨夜の封印記録から変化ありません」
帰還票は転移の道具ではなかった。
薄い紙札の端へ金属片を挟み、発行番号と検印を記しただけのものだ。
表面には出発拠点の名がある。
旧王立第七施療院。
北西物資庫。
丘陵保守口。
だが、帰還先は文字で書かれていない。
代わりに三桁の承認番号と、欠けた星の封蝋が押されていた。
ギルバート団長が一枚を指す。
「器成派の区分印だ。こちらは?」
記録官が別の票を横へ並べる。
「星門派の区分印です。中央器成院の物証保管棚から押収されました。出発経路は異なりますが、帰還承認番号は一致しています」
紙札の上端にある印は違う。
一方は器を示す輪。
もう一方には塔を囲む細線がある。
それでも、帰還欄へ刻まれた番号は同じだった。
「一枚では、共用倉庫の番号とも考えられます」
アーサー団長が言った。
長い金髪を高く束ね、青と白銀の甲冑をまとっている。腰のエクスカリバーは鞘に収まったままだ。
「発行日の異なる票も一致していますか」
「はい。最も古い票と直近の票で、同じ中枢番号が使われています」
成人記録官は票を発行日順へ並べ替えた。
欠けた星の向きも同じではない。
北が欠けたもの。
西が欠けたもの。
斜め下が欠けたもの。
それらを番号順に置くと、欠けた部分だけが少しずつ内側を向いた。
けれど、それだけでは場所にならない。
ゴウセル団長が腕を組んだまま問う。
「番号と方向印の対応表は」
「帰還票にはありません」
「なら、次を重ねろ」
簡潔な指示に、光龍の物証担当が輸送図を広げた。
布へ写された図面には、王都北西部から複数の線が伸びている。
燃料庫、旧施療施設、地下保守口、民間倉庫。
表向きはそれぞれ別の場所へ荷を送る輸送網に見えた。
赤い線が熱。
青い線が魔力器材。
黒い線が人員と荷車の経路だ。
イグナシオ団長が太い指を一本の赤線へ置く。
「行きは北へ分かれている。戻りはどうだ」
物証担当が薄い透明紙を輸送図へ重ねた。
透明紙には、帰還票の承認番号だけが書き写されている。
一枚目の票。
二枚目。
三枚目。
それぞれの番号を輸送図の復路検印へ合わせると、分かれていた黒線が王都中央へ向かって重なり始めた。
出発時には別の倉庫を通る。
荷車も人員も、同じ経路を使わない。
それなのに復路だけは、途中から一つの保守線へ集まっている。
「王都中央区画か」
ガイ団長が無精髭を撫でた。
雑に羽織った外套の下では、昨日中央装置を砕いた両腕へ治療帯が巻かれている。
「だが、ここだけじゃ広すぎるな」
その通りだった。
王都アウレリス中央には、星冠塔だけでなく、王国の行政施設、商会、居住区、水路管理所が集まっている。
線が中央へ向かうというだけで、その全てを敵拠点にはできない。
「輸送量にも注目してください」
シルフィ団長が、輸送図の右端を指した。
尊大な声音は変わらないが、示したのは推測ではなく記録欄だった。
「熱の送り先と、帰還する人員の数が合っていませんわ。表向きの倉庫だけなら、この量は余ります」
赤い線に記された輸送量は、王都中央の登録倉庫が消費する量を上回っている。
余剰分の行き先だけが、図面から消されていた。
ゴウセル団長の成人構造官が、五百年前の王都地下構造図を隣へ広げる。
現在の道路より古い。
王都アウレリスが築かれる以前、この地にあった巨大遺跡の平面図だった。
幾重もの環状通路が、王都中央を囲んでいる。
第一環。
第二環。
第三環。
外側の一部は今も水路や貯蔵庫として使われているが、内側ほど閉鎖区画が多い。
輸送図の消えた赤線は、その環状遺構へ入ったところで途切れていた。
「第五環以深は閉鎖済みと王国記録にある」
ゴウセル団長が地図の中央を見る。
「本当に閉じているなら、熱の余剰はどこにも流れん」
次に運ばれてきたのは、三枚の封印鍵だった。
鍵と呼ばれているが、扉へ差し込む形ではない。
掌ほどの金属板で、それぞれ異なる切り欠きと小さな方向印を持っている。
雷虎の成人封印担当が一枚ずつ確認する。
「中央器成院の装置鍵とは規格が異なります。切り欠き番号は、帰還票の中枢承認番号と一致」
アーサー団長が一枚の端へ視線を落とした。
「単独で使用する鍵ではありませんね」
「はい。重ねる順番が指定されています」
三枚を一枚ずつ輸送図へ置く。
最初の金属板は、王都中央の広い範囲しか示さなかった。
二枚目を重ねると、切り欠きが地下環状遺構の内側へ寄る。
三枚目の方向印を帰還票の欠けた星へ合わせた時、細い隙間が第五環の一点で交わった。
そこは星冠塔セントラルタワーの直下だった。
議場が静まる。
王都中央に立つ巨大な塔。
最上階には神界へ通じる扉があるとされ、下層部には王国の管理施設も入っている。
周辺には民間人も多い。
塔全体を敵の城として攻撃することなどできない。
アーサー団長の青い瞳が、旧構造図の上端にある「神界門関連施設」の欄へ一瞬だけ止まった。
その意味を、僕には読み取れなかった。
彼女はすぐに視線を第五環へ戻す。
「鍵が示すのは地下です。最上階の扉と同一視すべきではありません」
「同意します」
雷虎の封印担当が記録板へ書き込む。
「現時点で確定できるのは、中枢認証地点が星冠塔直下の第五環にあることだけです」
ギルバート団長が手を挙げた。
「帰還票、輸送図、封印鍵。三つは全て中央器成院から回収された物証だ。同じ場所で偽装された可能性を除けない」
勝利を急いで確定に変えない問いだった。
オルフェンも否定しない。
「そのための四つ目ですね」
証拠室の扉が開いた。
二人の成人封印官が、鎖の付いた記録箱を運び込む。
箱の封蝋には二重の認証印があった。
一つは学院侵攻事件後の押収印。
もう一つは、王国管理施設へ移送した際の保管印だ。
「ローデン評議官拘束時の押収記録です」
その名に、僕の背後にいるローディンは反応しなかった。
二人は別人だ。
ローデン評議官は制度を利用して学院へ入り込み、僕を人間ではなく器として見た星冠教団の信徒。
ローディンは、今も僕の出席時間を管理している主監督騎士だ。
成人封印官が二重の印を照合してから箱を開く。
ローデン評議官本人はここにいない。
新しい自白が得られたわけでもない。
中から出されたのは、以前から保管されていた認証記録と監査簿だった。
記載の一部は欠けている。
担当者名は偽名。
移送物も「封印保守材」としか書かれていない。
それでも、評議会受入口を通過した時刻と、存在しない保守区画への認証履歴が残っていた。
光龍の記録官が帰還票を一枚持ち上げる。
「中枢承認番号、一致」
雷虎の封印担当が金属板の裏面を見る。
「切り欠き番号も一致します」
土亀の構造官が、監査簿の区画欄へ定規を置いた。
「旧環状遺構、第五環。星冠塔南側基礎から入る閉鎖保守路だ」
過去の記録だけでは、存在しない区画への偽認証としか分からなかった。
中央器成院の帰還票だけなら、別の共用拠点かもしれなかった。
輸送図だけなら、王都中央の倉庫を疑うに留まった。
封印鍵だけでも、切り欠きの意味を決められない。
四つが重なって、初めて同じ場所を指した。
オルフェンが成人記録官を見る。
「確度は」
「帰還票、輸送図、封印鍵、旧認証記録の四系統が一致。偶然の重複では説明できません」
記録官は断定できる範囲だけを口にした。
「星冠教団中枢への帰還地点は、王都アウレリス中央、星冠塔セントラルタワー直下。五百年前の地下環状遺構、第五環です」
本部の位置が、一枚の地図の上で確定した。
ただし、中が見えたわけではない。
出入口の数も分からない。
捕らわれている人間がいるかどうかも、星門派の首領がそこにいるかも確認されていない。
星冠教団全体の最高指導者についても、空欄のままだった。
「位置が分かっても、破壊はできんな」
イグナシオ団長が腕を組む。
「塔ごと燃やせば早い、なんて話じゃねえ。上も周りも王国の人間だ」
レイシアが輸送図の周辺区画を見る。
「避難線が必要だね。塔の利用者だけじゃなく、中央区画の住民と水路側も分けないといけない」
公の声だった。
昨日守った捕虜八人についても、水蝶の成人治療隊を残している。次の戦いのために、今の救護を放り出したわけではない。
ガイ団長が第五環の外側を指す。
「地下でやるなら、上を落とさねえ侵入路が要る。正面の塔から降りるのは最後の案だ」
「第五環へ通じる旧保守路は一つとは限らん」
ゴウセル団長が応じる。
「閉鎖記録を全て洗い直す。排水路と熱路を同じ入口として数えるな」
七人が同じ答えを口にするのではない。
それぞれが、自分の持ち場から必要な空欄だけを確認していく。
その中で、シルフィ団長が帰還票の端を指で叩いた。
「本部の位置だけで満足するのは早いですわ。発行日をご覧なさい」
帰還票は古い順に並んでいた。
直近になるほど、発行間隔が短くなっている。
特に器成派討伐の直前から、緊急中枢帰還印の付いた票が増えていた。
輸送図にも新しい筆跡がある。
本来は外へ向かっていた矢印の横に、王都中央へ戻る線が追記されている。
熱。
魔力器材。
封印材。
人員。
どれも星冠塔直下へ集まりつつあった。
「外周監視記録とも一致します」
風鷹の成人記録官が別の報告板を出した。
「複数の地方拠点から王都方向へ向かう荷車を確認。ただし、最終到着地点と人員数は未確認です」
ギルバート団長が帰還票の区分印を確かめる。
「直近の発行分は、星門派が中心だな」
「はい。器成派の印を持つ票も一部ありますが、残存信徒か支援者かまでは断定できません」
星門派は器成派と敵対していた。
けれど、王国に協力したわけではない。
器成派が軍事的に壊滅した今、空いた拠点や物資を回収し、本部へ集めている可能性もある。
あるいは、もっと大きな計画の準備かもしれない。
「確定事項と推測を分けましょう」
オルフェンが卓上の報告板を閉じた。
「星門派を中心とする残存戦力が、本部へ集結している。ここまでは物証と観測が一致しています」
穏やかな声が続く。
「本部防衛か、次の計画のためかは未確認。人数、首領の所在、集結完了時刻も不明です」
アーサー団長が短く問う。
「熱と魔力の輸送量は増加中ですか」
「はい。少なくとも減ってはいません」
星冠塔の最上階。
神界への扉。
そこへ繋がる熱と魔力の輸送網を重視する星門派が、本部へ戦力と器材を集めている。
時間を掛ければ情報は増える。
けれど、敵の準備も進む。
オルフェンは七人の団長を見渡した。
「中央器成院の事後処理は継続します。捕虜八人の治療、ヴァレクの移送、物証保全から成人戦力を外してはなりません」
七人が黙って頷く。
「王国各地の通常防衛も維持します。七騎士団全軍を王都中央へ集めることは許可しません。副団長、残留隊、専門騎士団と調整し、必要な選抜案を提出してください」
机上の地図へ、王都中央区画の避難範囲が薄い鉛筆で引かれた。
星冠塔そのものを敵として塗り潰す線ではない。
民間人を逃がす道。
王国施設を維持する線。
地下第五環へ届く可能性のある保守口。
熱と魔力の輸送を止める場所。
負傷者を外へ運ぶ道。
逃走者を拘束する外周。
全て、これから調べるための空欄だった。
「星冠教団本部突入の準備を開始する」
オルフェンは声を荒らげなかった。
それでも七人の団長が、一斉に立ち上がった。
「承知しました」
返答が重なる。
発令されたのは突入ではない。
準備開始だ。
開始時刻も、最終侵入路も、部隊人数も決まっていない。
新人である僕たちの参加欄も空白だった。
僕の名前が前線にも後方にも書かれていないことを、誰も臆病とは呼ばなかった。
審査されるべきものが残っている。
左腕の状態。
封魔具。
一呼吸の《暴食》。
三呼吸の《部分換装》。
終了宣言と消失時機が一致しただけで、任意解除は確認されていない。
次へ行きたいという意思だけで、決めていい配置ではなかった。
会議の主要確認が終わると、ローディンが僕の退室時刻を確認した。
まだ少しだけ余裕がある。
レイシアは水蝶の青い準備札を手に、僕の前へ来た。
「アルトの配置は、まだ決まってないね」
「うん。審査に従うよ」
「私も勝手に決めない」
淡い銀青の髪が肩から流れる。
レイシアは公の議場で、僕だけを連れ出そうとはしなかった。
「配置を勝手に変えるつもりはないよ。でも、次は私もアルトの隣で戦う」
その隣は、命令を無視して同じ足場へ立つことではない。
水蝶と灰鬼。
違う騎士団の作戦線を切れさせず、互いへ届く持ち場を作るという意思だった。
「僕も、与えられた場所から線を切らさない」
そう答えると、レイシアは水色の瞳を細めた。
約束を形式へ急がせる言葉はなかった。
次にフィアが近づいた。
右腕の簡易固定具は残り、指先も完全には動いていない。連続して術式線を断った疲労が、白い顔にも薄く出ている。
フィアはレイシアを押し退けない。
自分の参加が決まったとも言わなかった。
ただ、作戦図の帰還線を見たあと、僕へ告げた。
「次も、一緒に帰る」
勝つ、ではなかった。
誰かを倒す、でもない。
一緒に行けるかどうかすら、まだ決まっていない。
それでも、命令を守り、自分の持ち場を果たし、帰還するという意思は今ここで選べる。
「うん。一緒に帰ろう」
フィアは一度だけ頷いた。
レイシアも否定しなかった。
二人の言葉は競い合うためではなく、それぞれの立場から同じ帰還線へ置かれたものだった。
証拠卓では、七人の団長が団旗色の金属針を受け取っていた。
全軍投入を示すものではない。
各団が選抜部隊案と、避難、構造、突破、封印、外周、証拠保全、救護の準備案を提出する印だ。
王都地図の中央には、星冠塔を示す星の印がある。
その真下。
五百年前の地下第五環へ、細い円が書き加えられていた。
僕がその印を見た時、内側から低い声が届いた。
『次も喰え、器』
僕から呼び掛けたのではない。
ベルゼバスは本部の構造も、星門派の首領も語らない。
ただ、僕を器と呼び、喰うことだけを求めた。
「何を喰うかは僕が決める」
小さく返した。
ベルゼバスが納得した気配はない。
味方になったわけでも、僕が《暴食》を完全に制御したわけでもない。
それでも、人間を喰わないことも、誰かの意思を奪わないことも、救助を先にすることも、僕が選び続ける。
オルフェンが最初の針を受け取った団長へ視線を送る。
水蝶の青。
土亀の黄褐色。
炎獅子の赤。
雷虎の紫。
風鷹の緑。
光龍の白。
灰鬼の灰。
七人は長い宣言をせず、それぞれの針を地図へ置いた。
まだ空白の侵入路。
未確認の収容区画。
人数の分からない星門派。
そして、王都の真下に隠されていた教団本部。
準備は始まった。
けれど、誰一人としてこの場から出陣はしない。
地図の中央、星冠の印へ突き立てられた七本の針が、僕たちの次の戦場を示していた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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