第149話 片方の星冠
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
他人の魔力が剥がれ落ちたあとも、ヴァレク・サルディオは膝をつかなかった。
制御廊の上で、白灰色の司祭衣が静かに揺れている。
八人の捕虜から束ねられていた障壁は消えた。それでも、ヴァレクの背後では予備集積板が明滅し、中央装置の駆動軸が鈍い音を立てて回り続けていた。
捕虜へ伸びていた八本の線は、もうない。
代わりに、制御廊の操作輪から一本だけ、細い光が中央装置へ垂れていた。
「予備系統だ! まだ切れていない!」
雷虎の成人封印騎士が確認札を掲げた。
ヴァレクが操作輪を半周させる。
予備集積板の一段が消灯し、残されていた魔力が制御廊の防護板へ流れ込んだ。
衝撃が階段を駆け下りる。
「盾列、受けろ!」
ガイ団長の命令と同時に、ガルドが大盾を石段へ据えた。
盾面が大きく軋む。
ガルドの長靴が石を削り、その背中を二人の成人騎士が支えた。階段の縁へ打ち込まれた停止杭が床を抉り、衝撃を左右の盾へ逃がしていく。
それでも三人まとめて半歩押し戻された。
「交代!」
後列の成人盾騎士が前へ出る。
ガルドは意地で残ろうとせず、凹みの増えた大盾を後ろへ引いた。肩を一度回し、新しい盾列の側面へ移る。
一人に全てを耐えさせない。
だから、成人騎士団の隊列は崩れなかった。
「奪った力を失っても、まだ設備へ縋るか」
ガイ団長が大剣を肩へ担いだ。
ヴァレクは返事をしなかった。
操作輪へ置いた手だけを動かし、二度目の衝撃を送り込む。
鉄柵が曲がり、石壁の表面が剥がれた。
灰鬼成人隊は階段の左右へ分かれ、支柱と操作輪への道を同時に塞いでいる。ガイ団長自身もヴァレクへ飛び掛からず、中央装置を視界から外さなかった。
僕は、その隊列より後ろにいた。
セシリアから出された活動停止命令は続いている。
左腕には治療布と黒銀色の封魔具が二重固定されたままだ。前腕の奥では、三呼吸の負担が鋭い痛みとなって残っている。
指先は震え、触れた感覚が遅い。
熱を持った身体を支える右脚にも、痺れが戻っていた。
ローディンは僕を停止線より前へ出さない。
「アルト。あの残留魔力はどう見える」
短い問いだった。
ヴァレクの身体から漏れた薄い力は、操作輪へ向かう線と重なっていた。
外に見えてはいる。
けれど、その根はヴァレク本人から離れていない。
「外へ出ていても、あれは本人と繋がっています」
僕は答えた。
「ヴァレク本人も、魂も、能力も対象にしません」
「それでいい」
ローディンは僕を前へ送り出さなかった。
ヴァレクを喰えば、彼が僕を何と呼んだのか、その理由まで分かるかもしれない。
そんな保証はどこにもない。
何より、目の前にいるのは処理槽へ分けられた危険物ではない。罪を犯し、拘束されるべき一人の人間だ。
僕が決着を奪う場面ではなかった。
「制御線の照合を続行します」
雷虎成人封印班が、床溝と予備集積板へ確認札を置く。
一人が制御廊側の物理弁を見る。
もう一人は地下出口へ向かう帰還線を確認し、別の騎士が水蝶の救護線と土亀の避難区画を記録板へ照合した。
アーサー団長は鞘に収まったエクスカリバーへ手を掛けない。
「一度の観測で切断を許可しません。二周期を照合してください」
「了解」
ヴァレクが操作輪を回す。
予備集積板が消灯する。
最後の制御線が張り、防護板から衝撃が放たれた。
一周期目。
捕虜側の帰還線に変化はない。
水蝶も、避難区画を囲む根も引かれない。
二周期目。
操作輪と予備集積板だけが明滅し、中央装置の駆動軸が速くなる。
成人封印騎士が八枚の確認札を見比べた。
「最後の制御線、捕虜との接続なし」
別の騎士が続ける。
「救護線、避難区画、帰還線への分岐なし。切断後、人体への逆流なし」
「切断すれば、予備集積板から制御廊への供給が止まります」
アーサー団長の青い瞳が、記録板からフィアへ移った。
「安全対象と確認しました。最後の一線だけを切断してください」
フィアは成人盾列の後ろで待っていた。
金色の長髪は汗で頬へ張り付き、剣を握る右腕には簡易固定具が残っている。
八本を断った直後だ。
呼吸も、指先の痺れも、回復しているはずがない。
それでも、独断では一歩も前へ出ていなかった。
「前面、三枚!」
成人盾騎士が階段へ盾を並べる。
ガルドが右側面へ大盾を入れ、フィアへの射線を塞いだ。
ヴァレクが操作輪へ力を込める。
残る予備集積板が一斉に明滅した。
成人盾列が身を沈める。
その内側で、フィアが剣を立てた。
「紫電よ、我が刃に沿い、偽りの脈だけを断て――第一階位・雷魔法《雷装・断脈》」
紫電は刃の縁だけを走った。
部屋全体へ広がらない。
捕虜の救護線にも、水蝶にも、味方の盾にも触れない。
予備集積板が消灯する。
最後の制御線が、ヴァレクから中央装置へ強く張った。
「盾列、耐えろ!」
衝撃が放たれた。
一枚目の盾が傾き、二枚目の成人騎士が肩を入れる。
ガルドの大盾へ金属片が突き刺さった。
その間を、フィアが一歩だけ進む。
ヴァレク本人へは向かわない。
細く張った制御線だけを、刃の中へ収めた。
《雷剣・断線》。
紫の一線が横切った。
制御廊と中央装置の間で、最後の光が切れる。
予備集積板の明滅が止まった。
駆動軸は惰性で回り続けているが、ヴァレクの周囲に残っていた薄い防護膜は、支えを失って空中へ散った。
「供給停止!」
「人体側、変化なし!」
「最後の制御線、切断確認!」
フィアは追撃しなかった。
剣を下ろした途端、右腕が震える。呼吸も浅く、足元が一度揺れた。
「フィア、終了です。後方へ」
セシリアの声が飛ぶ。
フィアはヴァレクを見据えたまま、成人騎士に守られて停止線まで戻った。
僕の隣へ来ても、剣を持ち直そうとはしなかった。
これで、ヴァレクへ他人の力を渡す線はなくなった。
だが、中央装置はまだ回っている。
残留圧力に押され、太い駆動軸が石台の中で唸っていた。
「人体、魂、帰還線との接続を再確認」
ガイ団長は大剣を構えたまま待った。
雷虎成人封印班が、切断された線を一本ずつ指差す。
「捕虜八人、接続なし」
「水蝶救護線、接続なし」
「避難区画、接続なし」
「残存するのは装置内部の閉鎖循環だけです」
光龍の成人記録官が、制御札、封蝋、番号板、設計断片を石台から回収した。
必要な物証を運び終えると、白い保全札が掲げられる。
土亀成人構造班は、中央装置を支える柱と地下全体を支える柱へ別々の色縄を結んでいた。
ゴウセル団長が太い駆動軸を指す。
「赤縄の軸は破壊可能。青縄の柱へ刃を入れるな。中央環は捕虜と反対側へ落とす」
「了解だ」
イグナシオ団長が炎獅子成人破砕班へ腕を振る。
「鉄楔を入れろ! 燃やすな、止めてから壊すぞ!」
四人の成人騎士が回転する支持輪の隙間へ、長い柄の付いた鉄楔を差し込んだ。
最初の一本は弾かれた。
盾に当たり、重い音を立てて床へ転がる。
二本目を反対側から入れる。
三本目を破砕梁で押し込む。
長靴が石床を滑り、成人騎士の肩が梁へ沈んだ。
支持輪の回転が遅くなる。
「今だ、ガイ!」
ガイ団長が大剣を振り下ろした。
魔力の爆発はない。
分厚い刃の重量が、駆動軸へ正面から叩き込まれた。
轟音が核心部を揺らす。
一撃目では断ち切れない。
大剣の刃が鉄へ食い込み、ガイ団長の両腕へ反動が返った。
「楔、増し打ち!」
炎獅子成人騎士が金槌を振るう。
鉄楔が支持輪へ深く潜り、軋んだ回転を止めた。
土亀成人構造班が床楔と留め縄を締める。
「軸固定!」
ガイ団長が大剣を引き抜いた。
掌から血が滲んでも、そこで無理に振り回さない。刃の角度を成人構造騎士の示した赤縄へ合わせる。
二撃目。
軸の半分まで亀裂が走った。
支持輪が傾く。
灰鬼と炎獅子の成人盾列が、破片の飛ぶ方向へ盾を並べた。
「中央環、右へ倒れる!」
「搬出路を空けろ!」
水蝶成人隊が、捕虜の寝台を境界線の内側へ動かす。
八人はまだ立てない。
意識を取り戻していない者も、浅い呼吸を続ける者もいる。
レイシアは寝台の位置を一つずつ確認し、淡い銀青の髪を揺らした。
水色の蝶が増える。
捕虜の顔と胸。
搬出路。
破砕班の前。
僕とフィアの停止位置。
後方へ下がったティアナとレグルス。
制御廊へ上がる成人拘束班。
さらに一羽が、ヴァレクの頭上へも向かった。
敵であっても、生存拘束の対象だ。
崩落に任せて殺すことは、作戦の目的ではない。
「三撃目で落とすぞ」
ガイ団長が大剣を構える。
レイシアの声は静かだった。
「水蝶隊、呼吸域を保持。土亀の支柱より前へ出ないで」
水蝶が薄い水膜を結ぶ。
大きな梁を支える膜ではない。
粉塵と小さな金属片、漏出する魔力を、人の顔と胸から数寸だけ逸らすための層だった。
「落とせ!」
三撃目が駆動軸を断った。
鉄の中心が折れる音は、雷鳴より低かった。
支持輪が外れ、予備集積板の固定枠へ衝突する。
集積板が一枚ずつ石台から落ち、封印材の破片を撒き散らした。
成人盾列へ金属片が降り注ぐ。
ガルドの大盾が一つを受け、別の盾が傾いた鉄柵を止める。
土亀成人構造班が青縄の柱へ支柱を追加した。
中央環が、指定された右側へ倒れる。
搬出路とは反対側だった。
石床が揺れ、天井材の一部が剥がれ落ちる。
同時に、非常用放出弁が破裂した。
熱気と残留魔力が核心部へ吹き出す。
レイシアの水蝶が一斉に動いた。
薄い水膜が捕虜の顔を覆わず、その手前で熱気を左右へ分ける。
飛び散った石粉は水滴に絡め取られ、床へ沈んだ。
鋭い封印材の欠片が僕たちへ向かう。
水蝶が軌道を僅かに逸らし、ガルドの盾が受け止めた。
衝撃そのものを一人で消してはいない。
土亀が柱を支える。
炎獅子が熱を持った破片を長柄の器具で退ける。
灰鬼が盾を繋ぐ。
水蝶成人隊が捕虜の寝台を守る。
その全ての隙間を、レイシアの精密な制御が埋めていた。
「漏出、搬出路から外れました!」
「支柱維持!」
「捕虜八人、呼吸継続!」
レイシアの指先が震えていた。
水蝶が増えるほど、呼吸は深くなる。それでも、僕だけを見ることはなかった。
最後の破片が落ちるまで、捕虜も騎士も、拘束対象のヴァレクさえ保護線から外さなかった。
中央装置の回転音が止まった。
駆動軸は折れ、支持輪は変形し、予備集積板の固定枠も石台から外れている。
再び人間を繋いだとしても、もう循環を作ることはできない。
「中央装置、再使用不能」
成人封印騎士が確認した。
その声を聞いたヴァレクが、初めて操作輪から手を離した。
だが、降伏はしなかった。
傾いた鉄柵を足場にし、制御廊の奥へ移ろうとする。
出口ではない。
壁際に残された予備の制御札へ向かっていた。
「行かせるな」
ガイ団長が階段を上がる。
ヴァレクの周囲から薄い力が押し出された。
それはもう成人盾列をまとめて吹き飛ばすほどではない。それでも一人の騎士をよろめかせ、最初に投げられた拘束鎖を弾いた。
ヴァレク自身の力なのか、衣服や承認印に残ったものなのかは分からない。
アーサー団長も断定しなかった。
「残留魔力を本人の内側へ封じてください。属性判断は後です」
雷虎成人封印班が二方向から封印帯を投げる。
ヴァレクは片方を腕で払い、制御廊の手すりを越えようとした。
ガイ団長の大剣が、その進路へ横から入った。
刃ではない。
分厚い剣の腹が壁となり、ヴァレクの身体を制御廊中央へ押し戻す。
「生きて吐いてもらう。逃げ道はねえよ」
炎獅子成人盾列が左右から狭まった。
一枚目の盾が正面を塞ぐ。
二枚目が肩の向きを変える。
灰鬼成人騎士が背後から右腕を取り、別の騎士が左肩を鉄柵から引き離した。
ヴァレクは身体を捻り、最初の拘束鎖から片腕を抜く。
だが、成人騎士は一人ではなかった。
抜けた側へ次の灰鬼騎士が入り、足元を光龍の成人拘束班が押さえる。
手枷が右手へ掛かる。
左手。
足枷。
胴鎖。
雷虎の封印帯が司祭衣の外側へ巻かれ、本人から漏れる力を帯の内側へ留めた。
拘束具一つで全てが終わったわけではない。
成人盾騎士が三方向に残り、灰鬼成人隊が両肩と腕を押さえ続ける。
ヴァレクはなお立とうとした。
ガイ団長は大剣を振り下ろさない。
鍔を肩口へ当て、重心だけを崩した。
ヴァレクの片膝が石床につく。
誰も追撃しなかった。
殴り続ける者も、首を取ろうとする者もいない。
光龍の成人記録官が白灰色の司祭衣から、欠けた星の承認印を外した。
物証布の上へ置き、既刊資料の刻印と照合する。
裏面の個人承認番号。
欠けた星を囲む細い二重線。
中央器成院の命令書に残されていた封蝋と一致した。
「個人承認番号、一致」
別の記録官がヴァレクの顔と資料を確認する。
「欠けた星の承認印、既存記録と一致」
成人指揮官が正式に告げた。
「器成司祭長ヴァレク・サルディオ、本人確認。生存拘束」
その言葉が地下へ響いた。
ヴァレクは生きている。
僕へ向けた視線にも、まだ答えはなかった。
けれど、今ここで問いただすことは許されない。
尋問は記録と監督の下で行われる。僕とヴァレクだけの会話にしてはならない。
「医療確認へ移します。拘束と監視は継続してください」
セシリアは敵だからと診察を拒まなかった。
同時に、手枷も足枷も外させない。
光龍成人拘束班がヴァレクを取り囲み、崩れた制御廊から安全な床へ移す。
その横を、最初の捕虜の寝台が通った。
水蝶成人隊と土亀の搬送班が四方を支えている。
続いて二人目。
三人目。
八人全員が生きているという報告は届いたが、誰一人として完全に回復したわけではない。
失った魔力がどこまで戻るのか。
身体に後遺症が残るのか。
それはまだ分からなかった。
地下へ成人伝令が駆け込んできた。
「地上個室棟、組織的抵抗を制圧! 武装信徒は拘束、または投降!」
別の伝令が続く。
「中央回廊、裏門とも光龍が保持! 人員移送帳、命令書、封蝋、番号板を確保!」
外周からの札も届いた。
「風鷹より。外部増援なし。星門派の大規模接近、確認されず。銀鷲派遣遊撃は第二侵入線で待機を継続」
星門派が来なかったことは、味方である証明にはならない。
ただ、この戦場へ姿を見せなかったというだけだ。
ガイ団長は止まった中央装置を見下ろした。
「強制循環は終わりだ。顕現工程も動かねえ」
雷虎成人封印班が確認札を返す。
「中央装置、再起動不能。残留魔力は封鎖下」
光龍の記録官が報告書へ書き込んだ。
首領、生存拘束。
中央装置、物理破壊。
捕虜八人、生存移送中。
指揮文書、器材、兵装、押収。
地上および地下の組織的抵抗、終結。
成人伝令が報告書を受け取り、丘陵後方の統合指揮所へ向かった。
返答は短かった。
騎士団長統括オルフェン・レグナスの確認印が押された指揮札には、一行だけが記されている。
――器成派、軍事的壊滅を確認。
思想が消えたわけではない。
全ての信徒を捕らえたとも、潜伏する小規模な細胞が存在しないとも書かれていない。
それでも、首領と中央拠点と顕現設備を同時に失った器成派は、組織的な軍事行動を続けられなくなった。
僕は物証袋へ収められる欠けた星の承認印を見た。
星冠教団には、もう一つの大派閥がある。
星冠塔。
熱と魔力の輸送網。
神界への門。
星門派の首領も、教団本部の場所も、押収された書類には記されていなかった。
僕たちが止めたのは、人間を器に変えようとした片方だ。
戦いそのものが終わったわけではない。
器成派の軍事的壊滅が告げられても、砕けたのは星冠の片方だけで、星門派と教団本部はなお王国のどこかに残っていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




