第147話 器成派の首領
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
核心部で僕たちを待っていたのは、魔神ではなく、八人から奪った魔力をヴァレク一人の出力へ束ねる装置だった。
外殻の内側は、人が二人並ぶのも難しいほど狭かった。
旧施療院の石壁へ、後から金属設備を押し込んだ区画だ。
成人雷虎封印騎士が先頭を進む。
その後ろに成人封印担当、ガルド、ローディンさん、フィア、僕が続いた。
ガルドの大盾は正面を向けたまま通せない。半身になり、盾の角から保守足場へ入っていく。
頭上には太い導管が何本も走っていた。
強制循環室の八つの寝台から来たものだ。
導管は核心部の中央で幾層もの薄い金属板へ分かれ、板の間へ淡い魔力を溜めている。
「積層集積板。六層以上」
成人封印騎士が普通の確認札を置いた。
「下側が流入。上側の縦導管は、制御廊へ続いています」
集積板の横には、大人の両腕でも抱えきれない切替輪があった。
輪から伸びる歯車が、上下二つの金属弁へ繋がっている。
床には複数の溝が刻まれていた。
全てが別々の道を通っているわけではない。途中から同じ溝へ重なり、また違う方向へ分かれている。
そのうち一本だけが、開口部の方角を向いていた。
僕たちが入ってきた側。
正確には、僕の立つ位置へ向けて口を開いていた。
「放出口らしき構造を確認。目的は未確定」
成人封印担当が断定を避けた。
「触れるな。札の内側へ入るな」
白い確認札が床へ三枚置かれる。
僕はその外側で止まった。
背後からは、八人の苦しげな呼吸と、レイシアたち水蝶騎士団の短い報告が聞こえている。
強制循環は続いていた。
低い脈動が石床を通り、足裏へ届く。
一度。
二度。
三度目に、頭上の導管が明るくなった。
集積板へ溜まっていた魔力が上へ吸い上げられる。
縦導管の先、鉄格子越しに見える制御廊で、ヴァレクの周囲へ淡い障壁が重なった。
白灰色の司祭衣が、魔力の膜の内側で揺れる。
ヴァレク自身が詠唱した様子はない。
集積板から送られた魔力が、そのまま彼を覆っていた。
「上段、来るぞ!」
ガイ団長の声が響いた。
ヴァレクが制御廊の金属板へ手を置く。
障壁の一部が前へ押し出された。
形のない衝撃が、鉄格子と階段をまとめて叩く。
灰鬼の成人盾列が三枚の盾を重ねた。
一枚目が受け、二枚目が背後から支え、三枚目の騎士が石柱へ肩を当てる。
それでも、全員の長靴が一斉に滑った。
鉄柵が内側へ曲がる。
石壁の表面が剥がれ、細かな破片が降った。
ガイ団長も大剣の腹を盾列の背へ当て、押し戻される力を受けていた。
一人で止めてはいない。
四人の成人騎士と、盾と、石柱へ衝撃を分けている。
「でけえ出力だが、お前一人の魔力じゃねえな」
ガイ団長の靴底が、石床へ二本の跡を残した。
「人から奪った分で立ってるなら、供給を切られりゃ終わりだ」
ヴァレクは曲がった鉄柵を一瞥しただけだった。
「器材は用いるためにある」
捕虜の名前も、生きている人間だという言葉も出なかった。
彼にとっては、八人の呼吸も、集積板へ入る魔力の一部でしかない。
成人封印騎士は会話へ加わらなかった。
集積板と縦導管を見比べ、記録板へ時機を書き込んでいく。
「中央環の脈動から一拍後、集積板上層が減少。その直後にヴァレク周辺の障壁が増加」
「一度では確定しない。次を見ます」
再び床が脈打った。
強制循環室で、水蝶騎士の声が上がる。
「右端の捕虜、流量低下!」
一人の捕虜から引き出される魔力が、短い間だけ弱くなったらしい。
核心部の集積板へ入る光が揺らぐ。
同時に、制御廊のヴァレクを覆う障壁も薄くなった。
灰鬼の成人騎士が階段を半段だけ押し上げる。
しかし、ガイ団長は追撃を命じなかった。
弱まった一瞬に首領へ飛び込めば、次の供給で階段ごと弾き返される。
それ以上に、ヴァレクの背後には別の操作輪が残っていた。
「階段を保持。輪へ近づけるな」
三度目の脈動。
今度は供給が戻り、障壁も厚くなる。
成人記録板へ、二つ目の一致が刻まれた。
「同期を再確認。現在の高出力は捕虜側の供給と集積設備へ依存しています」
成人封印担当が告げる。
「ただし、ヴァレク本人の本来の魔力量は未確認。供給を失った後の戦闘能力も判断できません」
丘陵を吹き飛ばすような災厄が、人の形で立っているわけではない。
八人から魔力を奪い、地下設備で束ね、ようやく作られている出力だった。
それでも、弱い敵ではなかった。
自分一人の力でなくても、人を盾にしたまま使えるなら、こちらは同じ出力で返せない。
集積板を壊せば、溜まった魔力が八人へ逆流する。
制御廊を落とせば、支柱と捕虜を巻き込む。
ヴァレクは、強さより先に、僕たちが壊せない場所を作っていた。
「上側縦導管と、床の放出路は別系統です」
成人雷虎騎士が確認札を追加した。
「ヴァレクへの供給を切っても、こちらの放出路が同時に止まる保証はありません」
アーサー団長は外殻の開口部から記録を受け取った。
聖剣エクスカリバーは、まだ鞘に収まっている。
「集積板への攻撃は禁止したままです。流れを分けてください」
「了解」
成人封印担当が床溝へ細い木札を差し込む。
その時だった。
制御廊の奥で、金属同士が擦れる音がした。
ヴァレクが、壁に据え付けられた別の切替輪へ手を掛けている。
ガイ団長が階段を一段上がった。
同時に、ヴァレクを覆う障壁が厚くなる。
大剣を振り抜けば届く距離ではない。
しかも、その切替輪の下には支柱へ繋がる金属軸が通っていた。
「触るな、と言って聞く顔じゃねえな」
ガイ団長が成人盾列を前へ出す。
ヴァレクは返事をせず、切替輪を回した。
輪の歯が一つ進む。
核心部で下側の金属弁が落ちた。
それまで止まっていた床溝に、赤黒い光が走る。
強制循環室から、レイシアの声が届いた。
「水蝶外縁に吸引。主循環とは別です!」
核心部の入口へ、水滴が幾つも飛び込んできた。
水蝶の羽から散ったものだ。
普通なら床へ落ちるはずの滴が、石床すれすれを滑り、集積板へ向かっていく。
次に、細い根の繊維が流れ込んだ。
ティアナの《根界分離》を形作る根から剥がれたものだった。
土の色を含む淡い魔力が、繊維と共に床溝へ吸い込まれる。
外殻の上にある空導管からは、弱い風が逆向きに鳴った。
レグルスが排気した熱風の残りが、今度は核心部へ引かれている。
三つの持ち場から伝令が重なった。
「水蝶、外縁二割を縮小! 捕虜の顔と胸元を優先して維持!」
「土亀より! 根の境界に吸引あり、成人構造班が支柱で補強! 避難路は維持!」
「炎獅子より! 空導管の残留風が逆流。レグルス本人への接続なし、外殻開口を保持!」
奪われているのは、三人の身体の内側ではない。
すでに外へ展開されていた魔法の一部だ。
それでも、自分から渡したものではなかった。
集積板の下層へ、水の青、土と植物の緑、風の白が薄く混ざる。
その奥には、捕虜八人から奪われ続ける魔力がある。
一つの色にはならない。
異なる魔力を、ただ同じ板の中へ押し込めていた。
ヴァレクの視線が、制御廊から僕へ落ちる。
「受け取らぬなら、こちらから満たすだけだ」
上側の金属弁が開いた。
アルト側へ向けられていた放出路が、一気に明るくなる。
「封印板、前!」
成人雷虎騎士が二枚の封印板を立てた。
板の下端が、床へ打ち込まれた停止杭へ噛み合う。
ガルドがその後ろから大盾を重ねた。
さらに二人の成人騎士が、ガルドの肩と盾の縁を支える。
「アルト、線から外れろ!」
ローディンさんが僕の右肩を掴んだ。
右脚が痺れ、最初の一歩が遅れる。
その間に、混ざり合った魔力が放出口から噴き出した。
爆発ではなかった。
狭い一本の流れが、僕のいた場所だけを押し潰そうとする。
先端が封印板へ衝突した。
留め具が一つ、甲高い音を立てて曲がる。
停止杭が石床を削った。
受け切れなかった衝撃がガルドの大盾へ入り、飾りのない金属面を浅く凹ませる。
「ぐっ……!」
ガルドの長靴が滑った。
一歩。
二歩目へ行く前に、後ろの成人騎士が腰を落として支える。
盾だけでは止めていない。
封印板、停止杭、大盾、四人分の体重が、一つの放出を分けて受けていた。
魔力の一部が封印板の縁を越える。
冷たい圧力が、僕の左腕へ触れた。
治療布の下で痛みが跳ね上がる。
黒銀色の封魔具が外から押されたように重くなり、左手の指が強く震えた。
触れられた感覚が、遅れて前腕まで届く。
けれど、封魔具は壊れていない。
熱も持っていない。
治療布もずれず、二重固定も緩まなかった。
黒い紋章は肩の手前で止まったままだ。
何も僕の内側へ定着していない。
ローディンさんが僕を放出路の横へ引いた。
「混合状態だ。対象条件を満たさない」
捕虜の魔力。
レイシアの水蝶から奪った魔力。
ティアナの境界から引いた魔力。
レグルスが残した風。
全てが同じ放出へ混ざっている。
一対象でも、完全分離済みでもない。
「喰って止めるな。線を止める」
「はい」
左腕は痛んでいた。
それでも、《暴食》へ手を伸ばさなかった。
仲間の魔力でも、奪われて流されたものなら受け取れない。
同意もなく混ぜられた力を、仲間から渡されたものにはできない。
放出が弱まった。
集積板の上層が空になり、金属弁が重い音を立てて閉じる。
ガルドは大盾を下ろさなかった。
凹んだ箇所を一度確認し、成人騎士と足の位置を直す。
「継続可能だ」
短い返答だった。
だが、肩へ受けた衝撃までは消えていない。次も同じ姿勢で受ければ、腕へ負担が重なる。
成人封印担当は、床溝を見つめていた。
「流入と放出が同じ溝へ重なっています。見えている線だけ切れば、供給元へ返る可能性があります」
「方向を確認できる者を入れます」
アーサー団長が外殻の向こうへ告げた。
「セルフィナ。観察線まで。成人騎士の後ろから入ってください」
しばらくして、淡い銀緑色の髪が開口部へ現れた。
セルフィナは一人ではない。
灰鬼の成人騎士が先に入り、安全を確認した後、その背後から核心部入口の白札まで進んだ。
風精霊たちは外殻の外側へ残っている。
設備へ触れさせることも、床溝へ入れることもしなかった。
「見えた事実だけを報告してください」
ローディンさんが言う。
「承知しました」
セルフィナは床へ膝をつかなかった。
術式線へ近づきすぎず、入口側から核心部全体を見る。
集積板のそばには、先ほど吸い込まれた水滴が残っていた。
床には外殻を開けた時の石粉。
土の境界から来た根の繊維も、金属弁の手前へ引っ掛かっている。
「次の周期を待ちます」
フィアはすでに剣を抜いていた。
雷は纏っていない。
刃先は人にも装置本体にも向けず、成人封印担当が白札を置いた細い制御線の近くで止めている。
最初の観測周期が始まった。
強制循環室から床へ脈動が届く。
下側の金属弁が開く。
水滴が中央へ滑った。
石粉も同じ向きへ寄る。
根の繊維がぴんと張り、集積板へ引かれた。
「中央へ引いているこちらが、奪う線です」
セルフィナが床の一方を示した。
「確認できたのは流れの向きです。切断位置は、まだ分かりません」
成人封印騎士が金属弁へ付けた番号札を確認する。
「下側弁、開放。集積板下層、増加。奪取方向と一致」
フィアは斬らなかった。
制御線が中央へ強く張っている。
今、切れば、引かれている水蝶や根の境界へ衝撃が戻るかもしれない。
やがて下側弁が閉じた。
一瞬だけ、水滴が止まる。
次に上側弁が開いた。
熱気が僕たちの方へ押し出される。
床へ置かれた確認札が、放出口側へ倒れた。
「集積板からアルトへ押し出しているこちらが、放出線です」
セルフィナは逆側を示す。
「同じ溝を使っています。ただし、開く時機が違います」
「上側弁の開放を確認。放出方向も一致」
成人封印騎士が記録板へ刻む。
奪取。
閉鎖。
放出。
閉鎖。
一度目の周期が四つの欄へ分けられた。
放出された魔力は、再び封印板へぶつかった。
先ほどより量は少ない。
それでも確認札が飛び、保守足場が足元から震えた。
フィアの剣は動かなかった。
「放出中も駄目」
短く言う。
今切れば、行き場を失った魔力が僕たちのいる核心部へ破裂する。
二度目の周期。
下側弁が開く。
水蝶の滴が引かれる。
根の繊維が張る。
石粉が中央へ動く。
フィアは刃を上げなかった。
「奪っている間は斬れない」
下側弁が閉じる。
成人記録官が木札を返す。
だが、フィアはまだ動かない。
上側弁が開き、再び熱気が僕の方へ流れた。
確認札が倒れる。
彼女は二度目も見送った。
焦って一度の偶然へ賭けなかった。
「二周期で同順を確認」
成人封印担当が記録板を見る。
「ただし、閉鎖間隔は一定とは限りません。次も観測します」
三度目の脈動が近づく。
ガイ団長たちのいる制御廊で、鉄柵が再び大きく鳴った。
ヴァレクへ捕虜の魔力が送られ、障壁が厚くなる。
灰鬼の成人盾列が衝撃を受ける。
それでも階段は失われていない。
レイシアの水蝶も、ティアナの境界も、外殻の退路も残っている。
全ての持ち場が、奪われながらも踏み止まっていた。
下側弁が閉じた。
水滴が止まる。
根の繊維から張りが消える。
まだ、上側弁は開かない。
その短い空白で、フィアの剣先だけがわずかに上がった。
「ある」
澄んだ青い瞳が、緩んだ一本の制御線を捉える。
「切り替わる前に、一拍だけ緩む」
セルフィナが『奪う線』と『放出線』を分けて示し、フィアは二つが同時に閉じる一拍を、最初の切断時機として見つけた。
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