第146話 分けられた戦場
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
ヴァレクの『完成前の器』という呼び掛けに、僕が答えるより先に、七騎士団は一つの地下室を別々の戦場へ分けた。
ガイ団長の大剣が、僕の視界へ横から入った。
刃はヴァレクへ向いていない。
僕と、制御廊に立つ白灰色の司祭衣との間を遮るように下げられていた。
「呼ばれても答えるな。先に生きてる奴だ」
八人の捕虜が、中央環へ繋がれたまま浅い呼吸を繰り返している。
床下の歯車は止まらない。
体外へ引き出された魔力が金属導管を走り、中央環を通って、再び帰還線へ流れ込むたびに、寝台の身体が小さく強張った。
僕はヴァレクから視線を外した。
「はい」
その返事は、彼ではなくガイ団長へ向けた。
ヴァレクは何も続けなかった。
欠けた星の承認印を胸元へ留めたまま、制御廊の手すり越しに僕たちを見下ろしている。
ガイ団長は一度だけ天井と支柱を見た。
制御廊を支える石柱は、中央環の外周を囲む柱と共用されている。首領へ大剣を振り抜けば、捕虜の上へ廊下ごと落ちかねない。
「あいつの首より、ここの柱と人間を動かすな。左階段を三人、右を四人。操作輪へ近づけるな」
灰鬼の成人騎士が二手へ分かれた。
一隊は左の鉄階段へ。
もう一隊は、奥の制御扉へ通じる右階段へ向かう。
その間にも、普通の伝令札が人の手から人の手へ渡っていく。
青は捕虜。
黄土色は避難区画。
赤は外殻。
白銀は封印確認。
地下にいない風鷹と光龍からは、伝令騎士が紙の報告を運んでくる。
一枚の魔法地図へ全てが浮かび上がることはない。
だからこそ、一つの部屋を一つの部隊だけで抱え込まなかった。
制御廊から、短い金属棒が投げ下ろされた。
灰鬼の成人盾役が、階段の途中で受ける。
甲高い衝突音が石壁へ跳ね返った。
続いて棍棒を持った信徒が二人、上段から駆け下りる。
「止まれ! 武器を捨てろ!」
警告に、一人は応じなかった。
振り下ろされた棍棒を成人騎士が剣の鍔元で受け、隣の騎士が肩から身体を入れる。
鉄階段が大きく鳴った。
信徒の背が手すりへ当たり、握力が緩む。
棍棒が落ちた瞬間、成人騎士は刃を止めた。
腕を背中へ回し、普通の拘束具を掛ける。
もう一人は上段で足を止めた。
武器を床へ置き、両手を見せる。
灰鬼騎士は追い上がらず、その場で武器だけを階段の下へ蹴り落とした。
「投降一、抵抗後の拘束一。制御廊手前を確保」
ガイ団長自身は階段を駆け上がらない。
二つの進路と捕虜を同時に見られる床へ残っている。
ヴァレクも動かなかった。
動けば二隊の灰鬼に挟まれる位置へ、押し込まれていた。
床を走る淡い魔力が急に膨らんだ。
ティアナが作った低い土の境界へ、光を含んだ空気がぶつかる。
細い根が軋み、漏出魔力を搬出路の外へ押し返した。
だが、逃げ場を失った魔力が捕虜の顔の高さへ溜まり始める。
八人のうち、意識のある一人が激しく咳き込んだ。
「水蝶選抜隊、入ります!」
地下入口から成人騎士の声が届いた。
淡い銀青の長髪が、青い外套の列と共に階段を下りてくる。
レイシアは僕へ駆け寄らなかった。
最初に見たのは、八つの寝台だった。
「地上受領線は副官へ引き継ぎました。救護員と搬送車は予定位置を維持しています」
報告を受けたガイ団長が顎を引く。
「こっちはまだ一人も動かせねえ」
「分かっています。動かせる状態まで、呼吸域を守ります」
水蝶の成人騎士たちが、二人ずつ捕虜の左右へ分かれた。
呼吸。
意識。
拘束具の位置。
帰還線が入っている場所。
一人ずつ別の紙へ書き込まれていく。
レイシアは詠唱しなかった。
持ち上げた両手の周囲へ水滴が集まり、薄い羽を持つ水蝶へ変わる。
一匹目が最も呼吸の浅い捕虜の頬の横へ止まった。
二匹目は胸元。
三匹目は寝台と中央環の間へ入る。
水蝶は帰還線へ触れない。
空気中へ漏れた魔力だけを薄い水膜の表面へ沿わせ、捕虜の顔から数寸ずつ逸らしていく。
押し返された流れは、ティアナの境界の外側にある空の床溝へ送られた。
「主循環には触れないでください。水膜へ重ねるのは漏出分だけです」
「左端、呼吸域を確保」
「中央二名、胸元の濃度が下がります」
水蝶成人騎士の報告が続く。
捕虜の咳が少し弱くなった。
けれど、中央環へ流れる魔力は減っていない。
赤黒い紐も帰還線も、そのままだった。
レイシアの水蝶は人を解放しているのではない。
解放するまでの時間を、一呼吸ずつ繋いでいた。
蝶が増えるにつれ、レイシアの額に細い汗が浮いた。
「八人とも、まだここにいます」
レイシアは僕ではなく、部屋全体へ告げた。
「だから、八人とも人として外へ出します。水蝶はそのために保たせます」
僕と一瞬だけ視線が合う。
そこに私的な言葉はなかった。
僕も頷くだけに留めた。
今、僕たちは別の持ち場にいた。
地下出口側では、太い木材が石床へ下ろされる音がした。
ゴウセル団長率いる土亀の成人構造班が、空の避難区画を組み上げている。
捕虜はまだ一人も運べない。
それでも、運べるようになってから道を作り始めるのでは遅い。
「第一救護区画は右壁際。捕虜受領は中央。拘束者経路は左へ分離せよ」
ゴウセル団長の声は大きくない。
それでも、槌音の中を真っ直ぐ通った。
成人構造騎士が支柱を立て、床の傾きを木片で調整する。
普通の縄が三本張られ、担架の道と騎士の退路とが分けられた。
ティアナは低い土の境界へ片手を添えていた。
前の魔法で乱れた呼吸は、まだ完全には戻っていない。
新しい詠唱はしなかった。
成人騎士と一緒に、寝台を運ぶ時の曲がり幅を測っている。
「この角だと、寝台の頭側が支柱へ当たるよ。受領札を半歩だけ奥へ」
ゴウセル団長が床を見た。
「第二撤退線との間隔は」
「残る。騎士が一人横を通れるよ」
「ならば移せ」
ティアナが黄土色の札を置き直した。
父と娘の会話は、それだけだった。
けれど、ゴウセル団長は彼女一人へ土の境界を背負わせなかった。
根の外側へ成人騎士が支柱を追加し、漏出魔力を流す床溝には耐熱板が重ねられる。
セシリアさんは第一救護区画へ医療箱を分散させていた。
「空だから未完成、ではありません。空のまま待てることが必要です」
まだ運ばれてこない担架へ、白い布が一枚ずつ敷かれる。
捕虜が切り離された時、すぐ人として受け取るための空席だった。
地上から二通の報告が届いた。
「風鷹より。北側煙突の排気量が増加。地下の熱が別経路へ動いた可能性あり。外部増援は未確認」
「光龍より。中央回廊を維持。拘束信徒十二名、全員生存。回収帳簿と制御札を地上保全区画へ移送済み」
風鷹は外を見続け、光龍は背後を閉じている。
銀鷲のゼファルも、統括命令が来ないまま外周と第二侵入線の接続点へ残っていた。
空白の持ち場だから、勝手に地下へ来ることはない。
地下の全員が核心部へ集まれば、入口と出口が消える。
七騎士団の戦場は、離れているからこそ繋がっていた。
雷虎の成人封印騎士が、中央環の裏へ回った。
石壁との間に、半円形の金属構造が埋め込まれている。
表面は鉄板だけではない。
白い耐熱材と黒い封印材が層になり、何十本もの留め具で固定されていた。
「核心制御部の外殻と思われます」
成人封印担当が床へ膝をつき、帰還線の通る溝と外殻の固定線を照合する。
細い紙片を差し込み、金属板の裏側へ空間があるか確かめる。
別の騎士は木槌で一か所ずつ叩き、音の違いを記録した。
アーサー団長は、その結果を待っていた。
長い金髪を高く束ね、青と白銀の甲冑を纏っている。
腰のエクスカリバーへ手を掛けることはない。
「中央環と共用している留め具は」
「上部四本と左側面。そこは破砕不可です。右下の継ぎ目だけ、帰還線との接続が確認されません」
「一か所だけですか」
「はい。ただし内部に熱と圧力が蓄積しています。開口すれば、捕虜側へ噴き返す可能性があります」
アーサー団長の青い目が、外殻から八人の寝台へ移る。
「では、熱を逃がしてから開けます。炎獅子へ破砕点を伝えてください」
やがて、地下階段から重い足音が近づいた。
先頭はイグナシオ団長だった。
大柄な身体の後ろに、炎獅子の成人盾列と破砕班が続く。
鉄楔、長柄の槌、正門で使ったものより短い破砕梁を運んでいた。
地上個室棟の制圧は成人副官へ引き継がれている。
炎獅子の全員が地下へ来たわけではない。
「燃やしゃ早い。だが、中の人間まで焼くなら却下だ」
イグナシオ団長は外殻を拳で叩き、成人封印担当が付けた白い印を見た。
「開けるのは俺たちだ。壊していい場所を先に寄越せ」
「右下の一線だけです。上下へ指一本分でも外れれば止めます」
「十分だ!」
その後ろから、レグルスが銀槍を手に進み出た。
白金の短髪には、正門突破で浴びた石粉がまだ残っている。
《螺旋開甲》を使った肩を一度回したが、動きは普段より硬かった。
「内部の熱は、右上の空導管へ抜けます」
雷虎の封印騎士が、壁沿いの管を示す。
「捕虜側と水蝶の制御域は避けてください」
「承知しました」
成人盾列がレグルスの前へ立つ。
制御廊に残る信徒が、鉄柵の隙間から短槍を投げた。
盾の表面へ刺さり、穂先が半ばまでめり込む。
盾役は後ろへ押されたが、膝を落として踏み止まった。
別の成人騎士が側面の隙間を塞ぐ。
レグルスの詠唱線は、彼一人で守られてはいなかった。
銀槍の穂先が、外殻上部の排気管へ向く。
「風よ、閉ざされた熱を攫い、命の道を空へ穿て――第二階位・風魔法《旋流排気》」
槍の周囲で風が細く巻いた。
外殻を壊す風ではない。
継ぎ目から入り込んだ風が、内部に溜まっていた熱を掬い上げ、指定された空導管へ押し込む。
壁の奥で、巨大な獣が息を吐いたような音がした。
次の瞬間、地下の上方を通る管から熱風が駆け抜ける。
捕虜側へは来ない。
風鷹が監視している北側煙突へ向けて、石壁の中を上っていく。
外殻表面の赤みが少しずつ薄れた。
レグルスの槍先が下がる。
呼吸が速く、右肩にも震えが残っていた。
「排気、完了しました。再使用は必要ありません」
自分からそう告げて、盾列の後ろへ下がる。
セシリアさんの補助員が近づくと、無理に持ち場へ残ろうとはしなかった。
ただし、外殻から視線は外さない。
「破砕班、楔を入れろ!」
イグナシオ団長の号令で、成人騎士が白い印へ鉄楔を当てた。
一打目。
槌の音が床から足の骨まで響く。
楔の先が、鉄板と耐熱材の間へわずかに入った。
二打目。
金属板が低く唸る。
三打目で継ぎ目が指一本分だけ開いた。
白い耐熱粉が噴き出す。
成人盾列が斜めに盾を重ね、破片を捕虜とは反対側へ受け流した。
「破砕梁!」
短い梁が楔の横へ差し込まれる。
イグナシオ団長を含む五人の成人騎士が、同時に肩を当てた。
「押せ!」
長靴が石床を滑る。
一歩。
また一歩。
成人騎士の体重と梁の硬さが、開いた継ぎ目だけへ集中する。
外殻が甲高い悲鳴を上げた。
留め具の一本が曲がる。
それでも、一度では開かない。
騎士たちは梁を戻し、楔を一段深く打ち直した。
盾へ新たな短槍が当たる。
上ではガイ団長の大剣が鉄柵を叩き、信徒の進路を塞いだ。
ヴァレクへ斬り込む音ではない。
制御輪へ向かおうとした者を、廊下の奥へ押し戻す音だった。
「もう一度だ!」
破砕梁が押し込まれる。
イグナシオ団長の踵が床の砂を削った。
成人騎士たちの肩が揃う。
曲がった鉄板が内側へ折れ、最後に耐熱材が裂けた。
外殻全体は壊れていない。
右下の一か所だけに、人一人が屈んで通れる開口ができていた。
中央環の光は消えない。
八人の捕虜も、まだ寝台へ繋がれている。
外殻を開いたことは、救助の完了ではなかった。
「内部床、目視不能。制御線あり」
開口へ灯りを向けた成人封印騎士が報告する。
「先行確認が必要です」
アーサー団長が頷いた。
「成人封印騎士が先行する。新人は確認線を越えるな」
エクスカリバーは鞘に収まったままだ。
剣で答える場所ではなく、線を見分ける場所だった。
核心部へ入る者が並ぶ。
先頭は雷虎の成人封印騎士。
次に成人封印担当。
その後ろへ、ガルドが大盾を斜めにして入る。
狭い開口へ正面のままでは通れない。盾の角を先に差し込み、身体を半身にして、内部で再び前へ向ける手順を確かめていた。
ローディンさんが続く。
その後ろがフィア。
最後方寄りに僕が入る。
さらに灰鬼の成人騎士が後衛へ付いた。
ティアナは来ない。
避難区画へ残り、まだ運ばれていない八人分の担架を守る。
レグルスも外殻の前へ残った。
呼吸を整えながら、破砕地点と戻る道を見ている。
セルフィナとユノは側路に立ち、それぞれ別の記録板を持っていた。
「外殻内部から弱い通風があります。行き先は未確認です」
「足跡は一人分以上ある。でも古いのと新しいのが混じってる。人数は断定できねえ」
二つの未確認が、そのまま記録される。
誰も分かったふりをしなかった。
フィアは鞘へ戻した剣の柄に右手を置いた。
固定具の残る腕へ力を込めすぎない。
「線が分かれてから斬る」
「それまでは使用しない」
成人封印担当が答えた。
ローディンさんは僕の左腕を見た。
治療布も黒銀色の封魔具も、二重固定のままだ。
黒い紋章は肩の手前で止まり、新しい線もない。
左手の指先には震えが残っている。
右脚の痺れも、ここまでの移動で強くなっていた。
それでも、決められた列の中なら歩ける。
「核心部でも、対象条件が揃うまで使用命令は出さない」
「分かりました」
強制循環の魔力は、今も捕虜へ繋がっている。
僕の対象ではない。
核心部へ入ることと、力を使うことは同じではなかった。
開口の向こうから、成人封印騎士の声が返る。
「入口三歩、安全。床線には触れるな。次、入れます」
ガルドの大盾が暗がりへ消える。
ローディンさんが続き、フィアが一歩を踏み出した。
僕も外殻の縁を越える。
背後では、レイシアの水蝶が八人の呼吸を守っている。
ガイ団長と灰鬼成人隊がヴァレクを制御廊へ抑えている。
ゴウセル団長とティアナが、まだ空の避難区画を維持している。
イグナシオ団長とレグルスは、僕たちが戻る外殻の開口を守っている。
地上では光龍が背後を閉じ、外では風鷹と銀鷲が退路の外側を見張っていた。
誰も、全てを背負ってはいない。
自分の持ち場を離れないことで、僕たちの前に一つの道が残されていた。
七つに分けられた戦場の先で、僕たちは成人騎士の背中と停止命令を見失わないまま、器成術の核心部へ踏み込んだ。
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