第144話 それぞれの持ち場
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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出動庭へ並んだ制服の色はばらばらだったが、作戦盤の上では、すべての札が一つの救出線へ繋がっていた。
第143話の面会から二日後。
王国選抜局の北西出動庭には、七騎士団と専門騎士団の選抜部隊が集まっている。
輸送車の列。
革帯で固定された担架。
木箱へ分けて収められた救護物資。
土亀騎士団の車両には支柱と天幕布が積まれ、灰鬼の後方車両には大盾と搬送具が立て掛けられている。
武器よりも先に、救出と撤退の準備が確認されていた。
庭の中央へ置かれたのは、旧王立第七施療院――《中央器成院》の木製模型だった。
実在が確認された外壁、正門、裏門、地上個室棟、地下へ続く搬入斜路。
内部へ進むほど、模型の壁は途切れている。
斥候が確認していない場所を、想像で埋めていないからだ。
僕は灰鬼騎士団の灰黒色の勤務服を着て、その作戦盤の前に立っていた。
普通の片手剣は右腰にある。
けれど、抜く許可が出たわけではない。
左腕には治療布と黒銀色の封魔具があり、二つの留め具で固定されている。黒い紋章は肩の手前で止まったままだ。
冷えた朝のせいか、左手から前腕には鈍い痛みが残っていた。
指を曲げると、触れた感覚が僅かに遅れて届く。
長距離を歩く予定はない。
移動は灰鬼の輸送車を使い、右脚に痺れが出た場合は、現場へ着く前でもセシリアの判断で参加停止となる。
「集まったからって、昔の班へ戻ったわけじゃねえぞ」
作戦盤の向こうで、ガイ団長が言った。
整えきらない髪。
無精髭。
団長外套は今日も雑に羽織られている。
それでも、参加者の札を動かす手に迷いはなかった。
「指揮系統は所属ごとに維持する。ここで決めるのは、どの持ち場を、どこで接続するかだ」
「はい」
僕たちは同じ制服へ戻ったのではない。
ティアナは土亀の厚手の外套。
レグルスは炎獅子の赤を差した前線装備。
フィアと僕は灰鬼。
セルフィナは騎士団章のない外部協力者用の装具を身に着けている。
同じ作戦盤を囲んでいても、正式な固定班ではなかった。
空白のまま残っている戦団名へ、新しい名前が書き加えられることもない。
「この札、先に動かしていい?」
ティアナが尋ねた。
蜂蜜色の長髪は作業の邪魔にならないよう、背中でまとめられている。
「どれだ」
「侵入札じゃなくて、搬出札」
ガイ団長は顎を引いた。
「やれ」
ティアナが緑色の細長い札を手に取る。
正門にも、地下中央にも置かなかった。
地下隔離区画の出口から、搬入斜路の脇へ通し、さらに外周の安全区画まで伸ばしていく。
「担架だけなら通れても、横に救護員が一人付くとここで詰まるね」
模型の曲がり角へ指を置く。
「台車はもっと大きく回らないと駄目。ここを削るか、隣の壁を低くして一時的な待避所にする」
土亀騎士団の成人構造騎士が、模型横の施設台帳を確認した。
「壁の内側は未確認だ。削る判断は現地確認後とする」
「うん。なら、最初は支柱二本を持ち込んで、壁を触らずに曲がれる幅を作る。駄目なら第二搬出路へ切り替えるよ」
ティアナは札を一か所へ固定しなかった。
第一経路が塞がれた場合に備え、外周へ繋がる別の緑札も横へ置く。
さらに儀式区画と救助区画の間へ、薄い仕切り板を差し込んだ。
「分離位置はここ?」
成人封印担当が尋ねる。
「構造だけなら、ここが一番短い。でも、収容者が儀式線に繋がれたままなら壁を作らない」
ティアナは人型の小札を、仕切り板の外へ移した。
「人を先に内側へ囲ったら、儀式と一緒に閉じ込めることになる。分離するのは、アルトに何かを喰べさせるためじゃないよ」
緑金の瞳が、模型の人型札を見つめる。
「人を設備から離して、逃げられる側へ置くため」
短く、強い声だった。
成人構造騎士が、ティアナの案を記録板へ書き込む。
最終判断は成人側が行う。
けれど、ティアナは指示を待って札を置いたのではない。
自分が守るべき順番を考え、必要な条件を成人へ返していた。
模型の正面では、レグルスが赤い突破札を持っていた。
銀槍は背負っている。
穂先には覆いが掛けられたままだ。
彼は正門と地上個室棟の間へ突破札を置くと、すぐ後ろへ白い札を重ねた。
「赤だけではないの?」
ティアナが聞く。
「開けた場所を、帰りにも使える保証はないからね」
白金の短髪が、朝の光を受ける。
レグルスは正門から地下入口までの距離を測り、途中にある二つの狭路へ小さな後退札を置いた。
「炎獅子の成人突破隊が先行する。僕は第二列で狭路を開き、後続が通った後も入口を確認する」
「ヴァレクが逃げた場合は?」
成人作戦官が問う。
「指定範囲を越えて追いません」
答えは早かった。
「地下から搬送列が戻っているなら、僕の槍は追跡ではなく退路へ使う。後衛も単独では残さない」
赤い札の先に得点旗はない。
あるのは、まだ人数も状態も分からない収容者の札だけだった。
レグルスは突破を担当する。
けれど、前へ出た距離を成果にはしない。
開けた道から、誰を戻せたかまでが彼の持ち場だった。
フィアは人型札へ触れなかった。
模型の地下中央から延びる、赤黒い三本の紐を見ている。
一本は隔離区画。
一本は地下貯水槽。
もう一本は台帳にもない内側の遮蔽区画へ向かっていた。
いずれも回収資料から推定した線で、実物と一致する保証はない。
フィアは右腕の簡易固定具を確かめた後、左手で細い黒札を一枚取った。
「ここ」
示したのは紐の途中だった。
「器具ではなく、線か」
成人封印担当が確認する。
「人へ繋がっているなら切らない」
短い返答だった。
「制御線、帰還線、強制排出線。指定されたものだけ断つ。人型札も、儀式器具本体も狙わない」
「線が重なっていた場合は?」
「止める。見えないまま振らない」
右腕の痺れを隠して強引に斬るとも言わない。
成人封印担当の確認を待たず、自分の判断だけで術式を断つとも言わなかった。
フィアの役目は、何でも斬れる剣になることではない。
斬るべき一本と、斬ってはいけないものを分けることだった。
模型から少し離れた机には、同じ縮尺の索敵図が二枚並んでいた。
セルフィナは、排気口と煙突を結ぶ候補線を細い筆で記している。
ユノは別の図へ、外周で確認された車輪痕と見張りの交代位置を書き込んでいた。
「北側の覆い付き煙突には通風があります」
セルフィナが告げる。
「ただし、それが地下隔離区画へ直接繋がっているとは確認できません」
「温かい排水は東寄り」
ユノが自分の記録板を持ち上げる。
短く整えた髪の間から、獣耳が覗いていた。
「車輪痕は北西の裏門へ多い。でも、匂いが地下へ続いてるかは外からじゃ分からない」
「風向きと一致する可能性はあります」
「可能性だけね」
「はい。現時点では未確認です」
二人は同じ結論へ無理に揃えなかった。
セルフィナが見るのは、空気の流れと精霊たちが避ける方向。
ユノが見るのは、足跡、匂い、音、土や床の変化。
重なる部分があっても、片方が知れば、もう片方も自動的に分かるわけではない。
「中へ入った後も記録板は別々だよ」
ユノが帰路札の束を二つに分けた。
「私が匂いを拾っても、セルフィナの風の記録と合わなかったら止まる。帰路札を置けない場所へは行かない」
「私も、精霊を先へ押し込みません」
セルフィナは静かに答えた。
「周囲の精霊が避ける方向は報告します。ただし、その先に敵や収容者がいるとは断定しません」
「それでいい。見つけたいものがある時ほど、見つけたつもりになるからね」
ユノは明るく言ったが、帰路札の枚数を数える指は慎重だった。
作戦盤の反対側で、木が擦れる低い音がした。
ガルドが大盾を模型横の幅見本へ通している。
厚い肩。
飾りのない盾。
盾の縁も握りも、出動前に整備を終えている。
けれど、彼が測っていたのは盾だけではなかった。
折り畳み担架を広げ、その横へ成人搬送員役を一人立たせる。
「盾だけなら曲がれる」
ガルドが言った。
「担架と二人なら、この角で止まる」
ティアナが先ほど置いた緑札を見る。
「壁を触れない場合は、一度ここで盾を縦にする。搬送列を先へ通し、俺は最後尾へ移る」
「盾を持ったまま負傷者を背負うつもりではありませんね?」
細い眼鏡を直しながら、セシリアが尋ねた。
「急勾配なら盾を引き継ぐ」
「引き継ぎ相手と時刻を記録してください」
「ああ」
ガルドは反発せず、盾役の交代表へ名前を書いた。
盾があるから前。
大柄だから最後。
そんな単純な配置ではない。
進入する時と、人を運び出す時では、守るべき方向が変わる。
盾だけが残っても、搬送される人が戻れなければ意味はなかった。
セシリアは模型の地下出口へ白い医療札を置いた。
もう一枚は、外周壁よりさらに離れた安全区画へ置く。
第一救護点と第二救護点。
医療箱も一台の車両へまとめられてはいない。
止血布と固定具を収めた主箱はセシリアの医療車両。
予備の布、水、搬送記録は成人治療補助員の車両へ分散されていた。
「地下出口では、生存状態と搬送優先だけを判断します」
セシリアが人型札を一つずつ並べ直す。
札に器成派の番号は書かれていない。
一人目。
二人目。
三人目。
救助後は物資ではなく、人として記録し直すための札だった。
「詳しい治療は安全区画へ移してからです。第一救護点へ人を滞留させません」
「騎士の負傷者が同時に出たら?」
ローディンが尋ねる。
「同じ基準で判断します。所属、階級、役割を理由に順番を変えません」
セシリアの視線がガルド、フィア、僕へ順に向いた。
「活動継続が危険なら停止させます。盾役でも、術式切断役でも、限定処理役でも例外ではありません」
誰も反論しなかった。
セシリアは救助対象だけを見る治療員ではない。
救う側が倒れ、次の負傷者を増やさないための停止権限を持っている。
作戦盤の北端には、一枚だけ固定場所を持たない銀色の札があった。
ゼファル・ドラグニルは、その札を取らずに見下ろしている。
長身。
短い角。
手袋と袖の隙間から、竜人特有の鱗が僅かに見えていた。
「書き忘れじゃないよね?」
ティアナが銀札を覗き込む。
「違う」
ゼファルは短く答えた。
銀色の札には名前と所属だけがあり、担当区画が空白になっている。
「空白は自由じゃない。命令が来るまで動かないという持ち場だ」
開始位置は中央器成院北側の外周。
正門の突破線。
地下出口の人員受け渡し地点。
土亀が維持する撤退路。
外部から別勢力が接近した場合の封鎖線。
そのどこかが崩れた時だけ、統括指揮から銀札を動かす命令が出る。
「目の前を誰かが逃げても?」
レグルスが確認する。
「作戦範囲外なら追わない」
「儀式区画から反応が出ても?」
「雷虎の要請を待つ。独断では入らない」
言葉は少ない。
けれど、遊撃という名を自由行動の許可だとは考えていなかった。
ゼファルの能力も、武器も、空を飛べるかさえ、僕たちにはまだ分からない。
今回必要なのは、未知の強さを見せることではない。
命令が来るまで、空白の札を勝手に動かさないことだった。
最後に、ローディンが黒い縁取りの札を僕の前へ置いた。
アルト・ロウェル。
制限情報照合。
術式観察。
限定異常魔力処理。
参加条件が、他の札より細かな文字で記されている。
僕が選ばれた理由は、器成派の欲しがる「器」だからではない。
敵を誘い出すためでもない。
これまで見てきた術式線や封紐の違いを記録し、現場で何が人間へ繋がっているかを成人封印担当と照合するためだった。
ただし、札の一番下にある一文で、僕の目が止まった。
――対象は、体外へ放出された強制魔力に限る。
「このままでは受けられません」
僕が言うと、記録官の筆が止まった。
ローディンは驚かず、僕を見る。
「理由を言え」
「体外に出ていても、人と繋がっている可能性があります」
左腕の内側で、指先が微かに震えていた。
それでも札から目を逸らさない。
「儀式線が戻っているなら、その魔力はまだ人のものです。身体の外に見えているだけでは対象にできません」
成人封印担当が、模型上の赤黒い紐を持ち上げた。
紐の先は、人型札へ結ばれている。
「接続線が残っている状態だな」
「はい。人の内側から直接喰うのと、違うと言い切れません」
「なら、何が必要だ」
「身体の外へ出ていること。人や魂から分離されていること。人体へ戻る線が切れていること」
僕は一つずつ答えた。
「成人封印担当が確認して、ローディン騎士か指定指揮官から命令が出た一対象だけ。一呼吸で終わる量に限ります」
「第一覚醒は?」
「使いません」
「《部分換装》は?」
「使用許可がありません。今回の選択肢にも入れません」
「外から魔力を足すか」
「足しません。フィアやほかの誰かの魔力も使いません」
フィアは何も言わなかった。
魔力を渡すとも、私が止めるとも言わない。
自分の役割札に置いた指を、動かさずに待っている。
成人封印担当が記録官から筆を受け取った。
札の一文へ細い取り消し線を引く。
その下へ、新しい条件を書き加えた。
――体外・分離済み・接続切断済みの強制放出魔力。
「これなら?」
ローディンが問う。
「成人側の確認と命令がある場合だけ、受けます」
「条件が揃わなければ」
「何もしません。封印班へ引き渡すか、撤退します」
ガイ団長が腕を組んだまま、札を読む。
「こいつが処理できなきゃ詰む作戦にはしてねえ。封印班が閉じられない規模なら、救助線ごと下がる」
成人封印担当も頷いた。
「アルトの限定処理は代替手段の一つだ。唯一の手段ではない」
黒縁の札は、最前線へ置かれなかった。
ガルドの防護線より後ろ。
ティアナが分離する区画と、セシリアの第一救護点の間。
術式の状態を確認でき、異常時にはすぐ退ける場所だった。
僕一人で使用条件を完成させることはできない。
セルフィナとユノが危険区画を探す。
ガルドが進入列と搬送列を守る。
ティアナが人と儀式設備を分ける。
レグルスが道を開き、戻る経路を残す。
フィアが成人封印担当に指定された接続線を断つ。
その後で成人封印担当が、魔力が完全に人から離れたと確認する。
ローディンの命令があり、セシリアが活動継続を認めた時だけ、僕の札が動く。
それは、みんなが僕を止めるための配置ではない。
それぞれが自分の仕事を果たし、その結果として一つの危険な対象だけを外へ残す形だった。
「同じ制服じゃなくても、また同じ図にいるね」
ティアナが作戦盤を見回して笑った。
僕。
ティアナ。
フィア。
レグルス。
制服は、もう四人とも同じではない。
セルフィナも、正式な五人目としてそこへ加わったわけではなかった。
「同じ場所へ固まる必要はない。持ち場を繋げればいい」
レグルスが白い撤退札を直す。
フィアは赤黒い紐から指を離した。
「それでいい」
短い言葉だった。
僕たちは学院時代の班へ戻るのではない。
あの頃と同じ並びで戦うわけでもない。
それぞれの騎士団で学んだものを、それぞれの責任の下で繋げる。
ガイ団長が、作戦盤の端へ拳を一度置いた。
「札を持って戻れ。次に集まるのは、現場で線が繋がった時だ」
全員が自分の持ち場札を取る。
円陣は組まない。
必ず勝つとも、全員を自分が守るとも言わない。
ティアナは二本の緑札を抱え、土亀の構造班車両へ戻った。
レグルスは赤と白の札を分け、炎獅子の突破隊列へ向かう。
フィアは灰鬼の術式対応車両。
セルフィナは外部協力者用の指定車両へ乗り、ユノは帰路札と二枚の索敵図を持って別の斥候車へ移る。
ガルドは大盾を後方車両へ固定した後、搬送具の留め具をもう一度引いた。
セシリアは第一医療箱を自分の車両へ、第二箱を成人治療補助員へ預ける。
ゼファルは銀色の遊撃札を装具帯へ収め、北側外周担当の待機車へ歩いていった。
僕も黒縁の札を記録袋へ入れる。
ローディンが隣で封を確認した。
「輸送中も条件は変わらない。現地へ着いても、独断で札を動かすな」
「はい」
灰鬼の輸送車へ乗り込む。
左腕を身体へ寄せ、右手だけで座席横の革帯を掴んだ。
普通の片手剣は鞘の中にある。
黒銀色の爪も、異常な飢えも現れていない。
出動庭の鐘が一度鳴った。
最初に炎獅子の先行車両が門を出る。
続いて風鷹の観測隊。
土亀の支柱車。
光龍の拘束・記録車。
雷虎の封印車。
灰鬼の地下救出車。
水蝶の医療搬送車。
銀鷲の派遣車両は列へ固定されず、統括からの次の指示を待てる位置を保って進む。
七つの団旗は別々の車両で揺れていた。
僕たちの札も、もう同じ作戦盤にはない。
それぞれの手元へ戻り、それぞれの指揮系統へ入っている。
それでも、向かう先は一つだった。
所属を示す色は違っても、僕たちはそれぞれの持ち場から、同じ救出線へ向かって動き出した。
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