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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第140話 暴食との会話

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



ベルゼバスへ初めて投げた質問は、『力を貸せ』ではなく、『あれは喰ったのか』だった。


問いを口にしても、封印対話室には何も起きなかった。


黒銀色の爪は現れない。


左腕を覆う治療布も、その上から固定された封魔具も動かない。肩の手前で止まる黒い紋章が、熱を持つこともなかった。


聞こえるのは、成人記録官が筆を構える音と、僕自身の呼吸だけだ。


第139話から三日後。


合同ドラフトから四十二日、雪境から救出されて十五日目の午前だった。


一呼吸だけの《部分換装》によって上がった熱は、もう下がっている。


左手から前腕へ残った痛みと、指先の感覚遅延までは消えていない。それでもセシリアが定めた対話実施基準には戻っていた。


僕は安全椅子へ座り、左腕を身体へ寄せている。


武器はない。


食物も血も、魔力を放出する者もいない。


フィアは今日の対話へ参加していなかった。


彼女の雷も、声も、身体も、ベルゼバスへ問い掛けるためには必要ない。それを確認することも、今回の成人管理の一部だった。


観察線の外側には、セルフィナがいる。


淡い銀緑色の長い髪を背へ流し、記録机の前から僕を見ていた。精霊を近づけることはなく、目で確認できる変化だけを別紙へ残す。


僕の正面にはローディン。


少し離れた位置にセシリアと成人封印担当が立ち、壁際ではガイ団長が腕を組んでいる。


机には、四枚の質問札が伏せられていた。


質問は四つ。


追加はない。


力を借りる問いも、代償を尋ねる問いも、星冠教団についての問いも含まれていない。


「あれは喰ったのか」


僕はもう一度、同じ言葉を心の内側へ落とした。


第139話。


三度目の試行で、一呼吸だけ黒銀色へ変わった左手。


外部魔力は使っていない。


《暴食》も使っていない。


それでも、僕が気づかないところで何かを喰った可能性は残っていた。


沈黙が続く。


左腕の内側にある冷たい圧迫感も、普段と変わらない。


返答がなければ、それも今日の結果だ。


そう考えた時だった。


『喰うは喰う。貸すは貸す。混ぜるな、器』


声は耳から入ってこなかった。


頭蓋の奥側。


思考を言葉へ変えるより深い場所へ、重い声が沈んだ。


以前聞いた命令の残響ではない。


今の問いに、答えている。


喉が強張りかけた。


それでも僕は、聞こえた順番を変えずに口へ出す。


「返答がありました。『喰うは喰う。貸すは貸す。混ぜるな、器』」


成人記録官の筆が動いた。


ローディンは驚きを表へ出さない。


「現在の問いへの返答だと判断した理由は」


「僕が尋ねた二つの言葉を分けて、混ぜるなと答えたからです。過去に同じ文章を聞いたことはありません」


「記録。アルト・ロウェルは、現在の問いに対応する新規内容を申告」


成人記録官が読み上げる。


ベルゼバスの発言、と断定はしない。


声を聞いたのは僕だけだ。


成人たちには、今も静かな封印対話室しか聞こえていない。


セルフィナも、記録紙へ短く書く。


――外見上の変化なし。発声前後で封魔具、治療布に変化なし。


ローディンが二枚目の質問札を表へ返した。


「許可された範囲で続けろ」


僕は小さく息を吐いた。


「何が違う」


また沈黙が落ちた。


一度返したからといって、次も答えるとは限らない。


ベルゼバスは成人側の審査へ協力しているわけではない。


僕の問いに従う義務もない。


『喰えば器へ落ちる。貸せば我が一部が通る』


先ほどより近い。


けれど声量が上がったわけではない。


僕の内側で、その言葉を置く場所を知ったような響きだった。


『貸した爪を、己のものと思うな』


胸の奥に、不快な冷たさが広がる。


爪は僕のものではない。


第131話で梁を支えた腕も、第139話で一呼吸だけ現れた外殻も、ベルゼバスは自分の一部だと主張している。


僕は二つの返答を、そのまま復唱した。


「『喰えば器へ落ちる。貸せば我が一部が通る。貸した爪を、己のものと思うな』」


「身体変化は?」


ローディンが成人封印担当へ尋ねる。


「なし。左手、前腕、上腕、肩に変化なし。黒い紋章も静止。封魔具の温度変化なし」


《暴食》も動いていない。


異常な飢えは、普段と同じ低い位置にある。


僕は何も取り込んでいない。


「喰う」と「貸す」。


同じベルゼバスから生じる現象でも、本人は別だと言った。


喰う時には、外から僕の内側へ落とす。


貸す時には、ベルゼバスの一部を僕の外側へ通す。


もし言葉どおりなら、《部分換装》は《暴食》で喰った結果ではない。


けれど、魔神の説明を信じる根拠はなかった。


嘘かもしれない。


一部だけを事実として、都合の悪いところを隠している可能性もある。


成人記録官も、断定を避けて書き進める。


「ベルゼバスと推定される声は、両現象を別と主張。機構、代償、継続性は未確認」


それが今残せる限界だった。


三枚目の質問札が返される。


第139話で一呼吸だけで戻ったのは、僕が止めたからか。


「一呼吸で戻ったのは、僕が止めたからか」


今度の返答は早かった。


『半分だ。器が閉じ、我が引いた』


短い言葉だった。


意味は短くない。


僕が終わると決めたことは、無意味ではなかった。


同時に、僕の意思だけで止めたわけでもない。


「返答。『半分だ。器が閉じ、我が引いた』」


成人記録官が筆を止めずに尋ねる。


「半分とは、どのような比率か」


「分かりません。説明はありません」


「アルト側の拒否意思と、声の主側の引き上げが重なったという主張でよいか」


「言葉の意味としては、そう聞こえます。ただ、本当にそうだったかは確認できません」


ローディンが頷く。


「そこまでだ。任意停止成功とは記録しない」


「はい」


第139話で、僕の終了宣言と異形化の解除時機は一致した。


今日の返答によれば、僕が内側から閉じたところへ、ベルゼバスも爪を引いたことになる。


次に僕だけで閉じられる保証はない。


反対に、ベルゼバスが引かなければどうなるかも分からない。


三呼吸を越えた先を確かめる理由にはならなかった。


最後の質問札が返された。


なぜ、身体の一部を貸したのか。


僕は紙に書かれた文章をそのまま読むのではなく、短く尋ねた。


「なぜ貸した。僕を助けたかったのか」


問いを投げた直後、胸の内側で何かが笑った。


音ではない。


飢えが、僕の解釈を嘲るように揺れた。


『助ける?』


一語だけで、答えの方向が分かった。


『器を残しただけだ。壊れた器では、まだ喰わせられぬ』


背中に冷たいものが走った。


僕を生かしたいのではない。


フィアを助けたかったのでも、梁の先にある道を守りたかったのでもない。


ベルゼバスにとって、僕は器だ。


壊れれば、まだ喰わせたいものを喰わせられなくなる。


そのために、一時的に爪を貸した。


善意ではない。


共闘でもない。


僕たちの目的が一瞬だけ重なったように見えただけだ。


「返答がありました」


僕は、聞こえた言葉を一つも軽くせずに伝えた。


「『助ける? 器を残しただけだ。壊れた器では、まだ喰わせられぬ』」


ガイ団長の腕が、ゆっくり解かれた。


「質問は終わりだ」


問い掛けたのは僕だ。


それでも、ここから先は成人側の終了判断に従う。


もっと聞きたいことはあった。


何を喰わせるつもりなのか。


どこまで貸せるのか。


なぜ僕を器と呼ぶのか。


けれど、四つ目の質問は終わった。


その境界を越えれば、対話ではなく取引へ近づく。


頭蓋の奥へ、もう一度だけ声が擦れた。


『喰え』


返答ではない。


誘いだった。


僕は答えなかった。


ローディンを見る。


「追加の言葉が一つ。『喰え』。応答しません」


「対話終了」


ローディンが即座に宣言した。


「以後、声があっても応答するな」


「はい」


成人封印担当が、僕の左腕と肩を確認する。


セシリアは椅子の横へ来たが、治療布も封魔具も外さない。僕の意識と呼吸が乱れていないことだけを見て、短く頷いた。


爪は出ていない。


外殻もない。


《暴食》は使っていない。


黒い紋章は肩の手前で止まり、新しい線も増えていなかった。


セルフィナが最後の観察欄へ記す。


――対話開始から終了まで、目視可能な身体変化なし。


成人記録官は、四つの質問と申告された返答を並べた。


「現在の問いに対し、内容上対応する新規返答が四回。追加質問にも連続して応答。限定的な会話成立として記録します」


続けて、別の欄へ筆を移す。


「ただし、声はアルト・ロウェルのみが知覚。第三者による音声確認なし。発言内容の真偽、発言主体、次回の応答可能性は未確認」


「交渉成功じゃねえ」


ガイ団長が言った。


「返事をしただけだ。返事をする獣が、噛まねえ理由にはならん」


僕は頷いた。


ベルゼバスは問いへ答えた。


だからといって、信頼できるわけではない。


むしろ、自分の言葉で僕を器だと言い切った。


初めて会話が成立したことで、距離が近づいたのではない。


こちらを見ているものの形が、少しだけ分かった。


それだけだった。


対話記録を封じた後、僕たちは隣接する制限資料室へ移った。


右脚へ痺れが出ない程度の短い距離だったが、ローディンは歩調を急がせなかった。


制限資料室の中央には、二台の長机が並べられている。


その上へ、北方作戦で回収された物理資料が分けて置かれていた。


焦げた命令書の断片。


赤黒い実体制御紐。


溝付き金属板。


術式中継器から回収された番号板。


地下の運搬痕付近で見つかった経路札。


割れた封蝋片。


どれにも、星と冠を組み合わせた印がある。


けれど、二台の机に置かれた資料は、細部が違っていた。


「対話記録と教団資料を、直接結びつけるための場ではない」


ローディンが最初に釘を刺す。


「ベルゼバスが教団内部を語ったわけでもない。ここで確認するのは、北方資料そのものだ」


「はい」


僕は左側の机へ近づいた。


赤黒い制御紐が、金属板の穴へ右巻きで通されている。


隣の紙片には、縦線から始まる命令番号。


封蝋の星冠印は、紙の上端に押されていた。


内容は短い。


――保守枝道の支持具を抜き、通行を不能とせよ。


――設備損失を許容し、侵入者の分断を優先。


――中継器放棄後も追跡を継続。


支持具。


分断。


追跡。


僕とフィアが雪境で遭遇した現象と重なる言葉だった。


だが、それだけで設置者や起動者を決めることはできない。


「こちらは、現場で追記できる余白が多い」


成人記録官が、紙片の端を示す。


「経路閉鎖、痕跡破棄、対象回収に関する短い命令が中心だ。暫定的に、現場回収・妨害を優先する系統として分けた」


正式な派閥名ではない。


資料を整理するための呼び方だ。


僕は右側の机へ移った。


同じ赤黒い制御紐がある。


しかし、結び目は左巻きだった。


命令番号は二重円から始まり、封蝋の星冠印は紙の下端にある。


紙面には輸送量、熱量、魔力収集量を書き込む細かな欄が並んでいた。


――熱輸送路を維持し、保守枝道の閉鎖を禁ず。


――侵入者追跡より中継器保全を優先。


――収集設備の停止を認めず、運搬経路を確保。


「こちらは、儀式設備と物資運用を優先する系統です」


成人記録官が言う。


「ただし、設備を守ろうとしているからといって、人命を守る集団ではありません。記録上、収集量と稼働時間を最優先しています」


一方が悪く、もう一方が良いわけではない。


人を分断するために設備を壊す系統。


人から熱と魔力を奪い続けるために設備を守る系統。


優先するものが違うだけで、どちらも危険だった。


「部署が違うだけでは?」


僕は二枚の命令書を見比べた。


現場担当と設備担当なら、命令の形式が違うことはあり得る。


「それだけなら、上位命令で統一されるはずだ」


ガイ団長が、二枚の紙を指で示す。


日付は同じ。


区画番号も同じだった。


左側の命令は、保守枝道の支持具を抜けと命じている。


右側の命令は、その枝道を熱輸送路として維持しろと命じている。


両立しない。


「この上書き欄を見ろ」


成人記録官が、命令書の端にある小さな封印枠を示した。


二枚とも、既存命令を無効にするための同じ大きさの枠を持っている。


左の紙には、二重円で始まる命令番号を消した痕跡。


右の紙には、縦線で始まる命令番号の上へ別の封蝋を押した痕跡。


どちらか一方が、常に上位ではない。


互いに相手の命令を上書きしようとしていた。


「中継器に残ってた紐も同じだよ」


資料確認へ参加していた坑道技師が、切断された二本の制御紐を並べる。


「右巻きで固定された紐が途中で切られ、左巻きの紐へ替えられている。だが、その左巻きも後から右巻きで締め直されていた。修理じゃない。接続先が三度変えられてる」


同じ教団の中で、同じ設備を奪い合っていた。


一方は中継器を捨てても追跡を続けようとした。


もう一方は追跡を中止してでも中継器を守ろうとした。


北方で起きた不自然な命令の食い違いが、物理的な結び目として残っている。


「少なくとも二つの命令元がある」


ローディンが整理した。


「番号体系も、封蝋位置も、現場へ求める優先順位も違う。しかも同じ区画へ、互いを上書きする同格形式の命令を出している」


「二つの派閥?」


僕が尋ねると、成人記録官はすぐには頷かなかった。


「可能性は高いです。ただし、正式な派閥名、指導者、規模は不明。教団全体が二派だけとも断定できません」


「追跡役は?」


「どちらかに属する可能性はあります。ですが、現時点で結びつけられる物証はありません」


顔も性別も分からない人影。


星冠印と似た刻印。


赤黒い制御紐。


それだけでは、どちらの命令を受けていたかまでは分からない。


雪崩を起こした者。


分断設備を動かした者。


術式中継器を守ろうとした者。


僕たちを追った者。


全てが同じ命令で動いていたとは限らなくなった。


一つの組織名で、全てをまとめて考えることが危険だった。


ベルゼバスも同じだ。


《暴食》も《部分換装》も、同じ魔神から生じている。


けれど、本人は「喰う」と「貸す」を分けた。


だからといって、教団の二系統とベルゼバスの区分が繋がっているわけではない。


分かったのは、どちらも一つの名前だけでは内部まで説明できないということだ。


星冠教団。


七罪魔神《暴食》。


名前が一つでも、動く仕組みや目的まで一つとは限らない。


僕は、右巻きと左巻きの赤黒い紐を見比べた。


見た目はほとんど同じだった。


触れずに並べなければ、違いを見落としていただろう。


「暫定記録」


成人記録官が、二枚の命令書の間へ新しい紙を置く。


「北方活動において、現場回収・妨害を優先する命令系統と、儀式維持・物資運用を優先する命令系統を確認。両者は同一星冠印を使用するが、独立した上書き権限を持つ可能性が高い」


筆が最後の一行へ進む。


「組織内二大派閥の存在を示唆。詳細未確認」


答えではなかった。


けれど、これまで一枚に見えていた敵の内側へ、初めて亀裂が走った。


「ベルゼバスの中で『喰う』と『貸す』が別だったように、同じ星冠を掲げる教団の内部にも、互いを上書きする二つの命令が走っていた。」

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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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