表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/177

第139話 三呼吸の左腕

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



三呼吸は、力を得るためではなく、力が得られなくても終わるための上限として決められた。


机の上に置かれた記録紙には、一度の試行につき三つの枠がある。


一呼吸。


二呼吸。


三呼吸。


その横には、変化範囲、封魔具、黒い紋章、外部魔力、終了理由を記す欄が並んでいた。


「三つ全てを埋める必要はない」


ローディンが紙の上端を押さえた。


「変化がなくても三呼吸で終了。変化が出た場合は、継続する理由がなければ直ちに終了する。維持時間を延ばす訓練ではない」


「はい」


第138話の零段階事前訓練から二日後。


合同ドラフトから三十九日、雪境から救出されて十二日目の午前だった。


灰鬼騎士団本部の封印訓練室には、前回と同じ白い観察線が引かれている。


僕は中央の安全椅子へ座り、治療布に包まれた左腕を普通の木製腕置きへ載せていた。黒銀色の封魔具も二重固定も、そのままだ。


左手は何も握らず、指を開いている。


訓練室には武器も梁も重りもない。


今日確かめるのは、力の強さではなかった。


一度だけ発生した現象が、成人管理下で再び起こるのか。


それだけだ。


「試行は最大三回」


セシリアが細い眼鏡の位置を直す。


「途中で私が継続不能と判断した場合、残りの回数は失効します。明日へ持ち越す権利にもなりません」


穏やかな声だった。


けれど、交渉できる余地はなかった。


「発生範囲は、左手の指先から前腕まで」


成人封印担当が、僕の左腕へ触れずに指し示す。


「上腕より先へ変化が進んだ場合は即時中止。黒い紋章、封魔具、治療布、二重固定のいずれかに変化が出た場合も同じだ」


黒い紋章は衣服の下、肩の手前で止まっている。


今日もそこから先へ広げるつもりはない。


広げられるのかどうかさえ、僕には分からない。


「外部魔力の供給はない。《暴食》、第一覚醒、ほかの戦技との併用も認めない」


ローディンの視線が観察線の外側へ向いた。


フィアはそこにいた。


腰を越える長い金髪が椅子の背へ流れ、細い黒のカチューシャの下から澄んだ青い瞳が僕の左腕を見ている。


右腕の簡易固定具は、まだ外れていない。


左の袖の下には、薄くなった噛み跡と断続的な痺れが残っている。


それでも、フィアの前には魔力を置くための布も、金属導体も、停止笛もなかった。


「フィア・ヴァルティエは立会者だ」


ローディンが明言する。


「魔力供給、停止合図、身体保持のいずれも担当しない。今回の試行結果は、フィアの行動と切り離して記録する」


フィアは一度だけ頷いた。


「分かった」


僕と目が合っても、魔力を渡すとは言わなかった。


名前を呼べば止められるとも言わない。


観察線を越えようともしなかった。


それは距離を置かれたということではない。


僕の制御を、フィアの責任にしないための位置だった。


その隣にはセルフィナがいる。


淡い銀緑色の長い髪の毛先だけが、薄い水色を帯びている。彼女は第138話で自ら署名した立会者として、三つの呼吸欄がある記録紙を前にしていた。


翡翠色の瞳は僕を見ているが、風精霊を近づけてはいない。


アルトが変化した。


アルトが変化しなかった。


自分で確認できる範囲だけを、彼女は記録する。


壁際にはガイ団長がいた。


無精髭の残る顎へ手を当て、雑に羽織った外套の下で腕を組んでいる。


「三回で終いだ」


短い言葉が室内へ落ちた。


「出ても終い。出なくても終い。試すための規定を、成功させるために曲げるな」


「はい」


僕は右手で椅子の縁を軽く押さえた。


成功させなければならない。


そう考えた瞬間、今日の訓練は失敗する。


必要なのは、現象を引きずり出す執念ではない。


出なかった時に終われること。


出た時にも終われることだ。


「第一試行を許可する」


ローディンが告げた。


成人記録官の筆先が紙へ触れる。


セシリアは僕の左側ではなく、医療台へ動ける位置へ立っていた。成人封印担当は、封魔具と肩の双方を視界へ入れている。


僕は一度、息を吐いた。


雪境の保守分岐を思い出す。


亀裂の入った梁。


抜けていく支持具。


刃を入れられない赤黒い術式線。


僕の右腕では支えられず、フィアの両腕にも余裕がなかった。


梁が沈んだ音。


左手へ伸びた、黒銀色の爪。


あの時の切迫感を、胸の内へ呼び戻そうとした。


一呼吸。


左手は開いたままだった。


指先にあるのは、治療後も残っている鈍い痺れだけ。


ベルゼバスの声はしない。


二呼吸。


梁が落ちる光景を強く思い浮かべる。


もし、今すぐ支えなければ誰かが傷つく。


そう思い込もうとするほど、封印訓練室の静けさが際立った。


目の前に梁はない。


フィアもセルフィナも、成人たちも、観察線の外にいる。


今すぐ救わなければならない者はいない。


三呼吸。


何も起こらなかった。


黒銀色の爪も、外殻も、冷たい圧迫もない。


「終了」


僕が告げると、ローディンが即座に引き取った。


「第一試行終了。全員、その位置を維持」


セルフィナの筆が三つの欄を順に進む。


変化なし。


変化なし。


変化なし。


成人封印担当が僕の左腕と肩を見比べた。


「黒い紋章、外見上の変化なし。封魔具、固定、治療布にも変化なし」


「緊急状況の想起による再現は確認されず」


成人記録官が記す。


「想起が発生条件ではない、と断定はしない。今回は発生しなかった、までだ」


何も起きなかっただけなのに、肩から力が抜けた。


失望はあった。


けれど、それを隠す必要はない。


同時に、焦って次を求めてはいけなかった。


セシリアが僕の左手を正面から見る。


「指を閉じないでください。そのまま休止します」


僕は開いた手を腕置きへ置いたまま、呼吸を整えた。


右脚の痺れは増していない。


左腕の痛みも、開始前と大きく変わらなかった。


観察線の向こうで、フィアの左手が膝の上に置かれている。


魔力はない。


雷の光もない。


僕の中の異常な飢えは、静かなままだった。


《暴食》へ近づこうとする気配もない。


一定時間が過ぎると、セシリアがローディンへ視線を送った。


「第二試行を妨げる変化はありません」


ローディンが成人封印担当を見る。


「封印側も同じだ」


「第二試行を許可する」


一度目と同じことを繰り返しても意味はない。


僕は梁のことを考えるのをやめた。


代わりに、左腕の内側へ意識を向ける。


第131話以来、封魔具の下には冷たい圧迫感が残っている。


痛みとは違う。


骨や筋肉の内側に、僕のものではない何かが収まっているような感覚。


それを探る。


触れようとはしない。


ただ、どこからどこまで存在しているのかを確かめる。


一呼吸。


指先へ細い痛みが走った。


瞬間、僕はそれを変化の始まりだと思いかけた。


黒銀色へ変わる直前も、指の骨を内側から削られるような痛みがあった。


けれど、目の前の左手は人間の皮膚のままだ。


爪も変わっていない。


治療布の端も動かない。


二呼吸。


痛みが手首へ上がった。


冷たい圧迫ではない。


いつもの感覚遅延に、僕が意識を集中しすぎたことで輪郭がついただけだ。


それでも、もう少し続ければ何か起きるのではないかという考えが浮かぶ。


三呼吸目まで許されている。


あと一度、息を続けても規定違反にはならない。


けれど、痛みを異形化の兆候だと決めつけたまま進むのは、制御ではなかった。


「終了します」


二呼吸目で、僕は告げた。


ローディンの声が重なる。


「第二試行終了」


変化は起きなかった。


成人封印担当も動かない。


セシリアだけが僕の横へ来て、左手の指先へ触れない距離から震えを見る。


「痛みは開始前より増えていますね」


「はい。指先から手首までです。前腕は、ほとんど変わりません」


「終了判断は適切です」


それ以上の慰めも称賛もなかった。


セルフィナが二つ目までを変化なしと記し、三つ目へ試行終了と書く。


「異形化の兆候と、既存の負傷感覚を区別できなかったため自主終了」


成人記録官が読み上げる。


「区別できなかった、でいいか」


「はい」


僕は答えた。


分からなかったものを、分かったことにはできない。


二度目も再現には失敗した。


それでも、三呼吸目へ進まなかった判断まで失敗にするつもりはなかった。


「休止を延長します」


セシリアが決めた。


「三度目を行うかは、その後に判断します」


僕は椅子へ背を預けた。


左手の震えは、意識すれば見える程度だった。痛みは指先から手首へ残っている。


フィアは立ち上がらない。


近づかない。


代わりに、青い瞳だけを僕へ向けていた。


「まだ二回失敗しただけ」


フィアが言った。


「回数を使い切ることが目的じゃない」


「うん」


それだけだった。


魔力を渡す提案も、次は止めるという約束もない。


僕の代わりに三度目を決めようともしなかった。


セルフィナは二枚の記録を見比べている。


「一度目と二度目は、同じ失敗ではありません」


成人記録官が顔を上げた。


「理由は?」


「一度目は、三呼吸の上限まで変化がありませんでした。二度目は、アルトが負傷感覚を発生兆候と断定せず、三呼吸目を使用していません」


セルフィナの視線が、二度目の空いた欄へ落ちる。


「発生しなかった事実と、使用しなかった呼吸は分けて記録すべきです」


「採用する」


三呼吸目は、失敗して空いたのではない。


使わないと決めたから空いた。


その違いが紙の上へ残った。


休止の終わりに、セシリアが僕の額へ触れ、続いて指の震えを見る。


治療布は外さない。


封魔具にも触れない。


必要な範囲だけを確かめ、ローディンへ向き直った。


「体温上昇なし。震えは開始前の範囲へ戻っています。痛みは残っていますが、三度目を妨げる増悪ではありません」


成人封印担当も、封魔具と肩の手前を確認する。


「黒い紋章、変化なし。封魔具、二重固定、治療布にも異常なし」


ローディンはすぐには許可を出さなかった。


セシリアと成人封印担当の記録を自分で確かめ、最後に僕を見る。


「アルト。三度目を行う理由は、成功させたいからではないな」


「はい」


「では、何を変える」


答えを試されているわけではなかった。


僕自身が、同じ失敗を繰り返そうとしていないか確かめる問いだった。


「切迫感も、痛みも、発動条件だと決めつけません」


僕は開いた左手を見る。


「受け入れる範囲と、受け入れない範囲だけを決めます。それで何も起きなければ終わります」


ローディンはセシリアを見る。


セシリアが頷く。


成人封印担当も続いた。


「第三試行を許可する」


室内の空気が、一段だけ重くなった。


ガイ団長は腕を組んだまま動かない。


フィアも、セルフィナも、観察線の外にいる。


誰の魔力も僕へ届いていない。


誰の手も僕へ触れていない。


安全椅子の周りには、僕と成人管理の空白だけがあった。


僕はベルゼバスの名を呼ばなかった。


返事を求めない。


貸せとも、力を寄越せとも言わない。


心の内側へ、境界だけを置く。


左手の指先から前腕まで。


それ以外は受け入れない。


何も喰わない。


外から魔力を取らない。


一呼吸で返す。


息を吸った。


ベルゼバスの声はしない。


笑いも、囁きもない。


僕はゆっくりと吐き始めた。


一呼吸。


左手の人差し指、その爪の根元に黒い点が生まれた。


「変化確認」


成人封印担当の声が飛ぶ。


黒い点は爪を染め、ほかの指先へ走った。


人間の爪が僅かに伸びる。


長大な武器ではない。


けれど、それが僕の身体の形ではないことだけは、見間違えようがなかった。


黒銀色の硬い光が指から手の甲へ広がる。


皮膚を裂かず、血も流さず、薄い外殻が人間の手を覆っていく。


手首。


治療布の端。


その下へ、冷たい圧迫感が一気に駆け上がった。


前腕まで。


黒銀色の境界は、封魔具の手前で止まった。


治療布は裂けない。


二重固定も動かない。


封魔具は熱を持たない。


肩の手前にある黒い紋章から、新しい線が伸びることもなかった。


左腕は巨大化していない。


爪は誰にも向いていない。


開いた手のまま、腕置きの上にある。


僕は何も掴まなかった。


力を確かめようともしなかった。


観察線の向こうで、フィアの金髪がわずかに揺れた。


けれど、雷はない。


魔力は来ない。


彼女は僕の名を呼ばない。


セルフィナも精霊を近づけず、黒銀色へ変わった範囲を目で追っている。


成人封印担当の手が既存の封印設備へ掛かる。


セシリアは一歩で僕へ届く位置にいる。


三呼吸まで許可されていた。


けれど、もう続ける理由はなかった。


発生した。


範囲は前腕で止まった。


それ以上を確かめるのは、今日の許可ではない。


「終了します」


吐き終えた直後、僕は告げた。


まだ二呼吸目を吸っていない。


「第三試行終了!」


ローディンの声が室内を切る。


その声とほとんど同時に、黒銀色の光が前腕から退いた。


治療布の下を通り、手首へ戻る。


手の甲の外殻が薄くなり、指先の爪が元の長さへ縮む。


黒銀色の最後の一点が、人差し指から消えた。


左腕は人間の形へ戻った。


異形の爪も外殻も残っていない。


僕が返したのか。


ベルゼバスが一呼吸だけ貸したのか。


分からなかった。


声は最後まで聞こえなかった。


次の瞬間、熱が左腕の内側から噴き上がった。


「っ……!」


指先から前腕まで、細い刃を何本も差し込まれたような痛みが走る。


左手が大きく震えた。


触れていないはずの腕置きが、皮膚へ食い込んでいるように感じる。それなのに、本当に接している指の側面は、感覚が遅れていた。


冷たい圧迫感も、封魔具の下で強くなる。


けれど、意識は清明だった。


僕は訓練室にいる。


観察線の向こうにフィアとセルフィナがいる。


目の前にはローディンと成人封印担当がいる。


「以後の試行を禁止します」


セシリアが即座に告げた。


もともと四度目はない。


それでも彼女は、成功後の追加確認まで含めて明確に切った。


「握力、荷重、耐久、攻撃の検査も行いません。医療観察へ移ります」


「はい」


フィアは観察線を越えなかった。


右腕の固定具を残したまま、左手を膝の上へ置いている。


「一呼吸で戻った」


短く言い、僕の左腕を見た。


「次も同じとは限らない」


「うん。僕が戻したのかも、まだ分からない」


それ以上、フィアは説明しなかった。


自分が魔力を渡さなかったことを、功績にも不足にも変えなかった。


セルフィナの筆が、三度目の最初の欄を埋めていく。


左手指先から前腕まで、黒銀色へ変化。


上腕、肩、全身への拡大なし。


黒い紋章に変化なし。


封魔具、治療布、二重固定に破損なし。


外部魔力供給なし。


フィアの雷属性魔力使用なし。


《暴食》使用なし。


一呼吸で終了。


二つ目と三つ目の欄には、同じ短い言葉が記された。


未使用。


「終了意思と解除時機は一致」


成人記録官が読み上げる。


「ただし、アルト・ロウェルによる任意解除か、ベルゼバス側の終了かは確認できず」


成人封印担当が続けた。


「任意発動も未確認だ。三度目に現象が発生した事実だけを残す。条件が成立したとは断定しない」


ローディンは三枚の記録を横へ並べた。


一枚目には、三つの変化なし。


二枚目には、二つの変化なしと、一つの試行終了。


三枚目には、一つの発生と、二つの未使用。


「一般使用、実戦使用、単独使用は引き続き禁止する」


ガイ団長が記録を見下ろす。


「次があるとも決めねえ。まず反動と封印記録を調べる。今日の一回を、技に数えるな」


「はい」


僕の左腕はもう元へ戻っている。


それでも、熱と痛みは残っていた。


一度目も、二度目も起こらなかった。


三度目だけ起きた理由は分からない。


範囲を僕が限定したのか。


ベルゼバスが、その範囲しか貸さなかったのか。


一呼吸で僕が返したのか。


最初から一呼吸しか貸されていなかったのか。


確認できたのは、起きたことだけだ。


フィアから魔力を受け取らなかった。


誰も喰わなかった。


成人の管理から外れなかった。


三呼吸を使い切らなかった。


その結果が、セルフィナの筆によって最後の欄へ記される。


「三呼吸まで許された左腕は、一呼吸で元へ戻り、成功ではなく『再現一回、制御未確認』と記録された。」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ