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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第138話 見届ける者の役目

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



セルフィナが救援側の捜索図を机へ広げると、僕たちが地下で歩いた四日間の外側に、同じだけの線が重なっていた。


古い坑道図を覆うように、青、赤、黒の細い線が何本も走っている。


僕とフィアが残した位置札は、小さな四角で示されていた。その四角を追う線だけではない。崩落面で止まった線、地表へ回った線、途中で二つに分かれた線。


その全てが、僕たちを探していた痕跡だった。


「昨日までに、成人側の記録との照合を終えました」


淡い銀緑色の長い髪を背へ流したセルフィナが、図の端を押さえた。毛先の薄い水色が、白い紙の上へ触れそうに揺れる。


合同ドラフトから三十七日後。


雪境から救出されて十日目の朝だった。


炎獅子の合同訓練を見学した昨日に続き、僕は今日も訓練参加者ではない。治療観察中の新人騎士として、救助された側の記録を照合するためにここへいる。


机の下へ置いた右脚には、座っていても淡い痺れがあった。


治療布に包まれた左腕は胸元へ寄せている。黒銀色の封魔具も二重固定も、救出時の形を保ったままだ。痛みは十日前より弱まったが、指を動かせば感覚が半歩遅れてついてくる。


報告室には、セルフィナと僕のほかに、ユノ先輩、ローディン、成人記録官、雪境救援へ参加した坑道技師がいた。


壁際ではガイ団長が、整えきらない髪のまま腕を組んでいる。


今日は責任を裁くための場ではない。


次に同じ分断が起きた時、四日を三日に、三日を二日にするための記録を作る場だ。


「ここが、分断された安全扉です」


セルフィナの細い指が、太い黒線で塞がれた一点を示した。


「扉が閉じた直後、成人坑道技師が崩落面を確認しました。直接の掘削は見送られています。天井荷重の移動が続いており、扉を開けば成人側の区画まで連鎖する可能性があったためです」


坑道技師が頷いた。


「可能性ではある。だが、その時点では無視できる値じゃなかった。天井石が止まったのは、二度目の確認より後だ」


「こちらの青線が、最初に調査した迂回路です」


セルフィナは黒線を迂回する三本の線を順に辿った。


一つは短い距離で途切れていた。


一つは地表設備へ向かい、もう一つは僕たちが知らなかった保守坑へ伸びている。


「古い構造図と現状には差がありました。図では通行可能でも、実際には雪解け水と土砂で塞がれていた経路があります。反対に、図へ記載されていない補修用の抜け道もありました」


「だから、図だけで位置は決めてないよ」


ユノ先輩が椅子の背から少し身を起こした。短く整えられた髪の上で、獣耳が図へ向く。


「床の擦れ、土の崩れ、残ってた靴跡。音も何度か拾った。でも、崩れが続く音と設備音が多すぎた。人数も、生きてるかも、そこじゃ決められなかった」


「ユノ先輩が物理的な痕跡を確認し、私が通風を確認しました。両方が一致しなかった経路は、未確認のまま残しています」


セルフィナが、赤い斜線の入った区画を示す。


斜線の横には小さな文字で、反応なし、と記されていた。


死亡でも、捜索終了でもない。


反応なし。


その違いを、セルフィナは四日間守っていた。


「風精霊から得られた情報は?」


成人記録官が尋ねた。


「坑道内へ出入りする空気の方向と、急な乱れです。ただし、吹雪による地表気圧の変化と、地下から奪われていた熱と魔力の影響が重なっていました。通風だけでは、人がいる方向を確定できません」


セルフィナは淡々と答えた。


「不安定な亀裂の先へ入ることを嫌がった精霊もいました。その意思に反して進ませてはいません」


「その結果、確認できなかった空間が残った?」


「はい。残りました」


言い訳はしなかった。


けれど、精霊を使い潰せばよかったとも言わない。


セルフィナの翡翠色の瞳は、確認できなかった区画から逸れなかった。


「最初の位置札は、ここで見つかりました」


図の上に置かれた、小さな四角。


僕たちが曲がり角へ残した札だった。


その先にも四角は続いている。だが、崩落や枝道の重なりによって、間隔が大きく空いた場所があった。


「位置札があるなら、進行方向は追えたんじゃないのか」


ガイ団長が壁際から問う。


責める声ではない。


図へ不足している線を求める声だった。


「進行方向までは追えました。ただし、二つ目と三つ目の札の間で、構造図にない分岐が三本あります」


セルフィナは三本の細線を指で分けた。


「一本は後に閉鎖坑だと確認しました。一本は地表排気設備へ続いていました。残る一本が、この保守枝道です」


それまで紙の上を進んでいた指が、一本の赤線で止まった。


赤線は途中で折り返し、太い横線によって塞がれている。


その線だけ、ほかより筆圧が濃かった。


「弱い通風がありました。分断区画の奥か、別の排気設備へ通じていた可能性があります」


「可能性があったのに退いた理由を」


ローディンが促した。


セルフィナの指先が、赤線の上で止まる。


「支柱の擦れる音を二度確認しました。天井石が一度移動し、枝道中央の床が外側へ沈んでいます。私が確認した風も、一定ではありませんでした」


坑道技師が別の記録紙を机へ置いた。


そこには、支柱の傾きと床の亀裂が簡単な図で残されていた。


「当時の測定記録だ。先へ進めば必ず崩れた、とまでは言えない。だが、本隊を入れる基準は満たしていなかった」


「私は、この枝道を候補として残した上で、本隊を進ませないよう進言しました」


セルフィナの声に乱れはなかった。


「最終的な退避命令は、成人責任者が出しています」


「そうだ。セルフィナの報告だけで決めたわけじゃない。技師二名の観測と、支柱の状態を合わせて退避を決めた」


坑道技師の言葉を聞いても、セルフィナの指は赤線から動かなかった。


「救出後の照合で、この枝道は旧換気塔方面へ続いていた可能性が高いと分かりました」


報告室が静かになった。


紙を擦る音さえ消える。


セルフィナは、事実を言葉へ並べる時には迷わない。けれど、その先にある可能性を口にするまで、わずかな間があった。


「当時、進んでいれば、二人へ近づけた可能性があります」


「到達できたと断定できるか?」


ローディンが問う。


「できません。枝道の先にも閉塞区画があります。本隊が無事に通過できたかも確認できません」


「では、記録は可能性までだ」


成人記録官の筆が動く。


それで正式な確認は終わるはずだった。


それでもセルフィナは、赤線から指を離さなかった。


「ですが、この枝道を退いた判断には、私の報告が使われました」


誰も遮らなかった。


「後から見れば、旧換気塔方面へ続く候補でした。私はアルトを見届けると決めていました。それなのに、三日間、二人がどこにいるのか分かりませんでした」


淡い銀緑色の髪に隠れかけた長い耳が、わずかに伏せられる。


声は崩れていない。


泣いてもいない。


だからこそ、捜索図へ置かれた言葉が重かった。


「四日目の打音を発見した時の記録へ移ってもいい?」


ユノ先輩が、セルフィナではなくローディンへ尋ねた。


「ああ」


「最初に拾ったのは金属管からの振動。吹雪で防護格子も鳴ってたから、一周期だけじゃ人の合図と決めなかった。同じ周期が何度も来るのを待った」


ユノ先輩の指が、地表側の旧換気塔を示す印へ移る。


「短い音が続いて、長い音、その後また短い音。間も揃ってた。それで設備の偶然じゃない可能性を報告した」


「私は、同じ位置で微弱な雷反応を確認しました」


セルフィナが続ける。


「雷反応だけではフィアだと断定していません。打音と周期が一致したことを報告し、成人側が地表設備を確認しました。その後、地下からの声と返答によって、アルトとフィアだと確認しています」


「発見者の記載は?」


成人記録官が尋ねる。


「共同です」


セルフィナは即答した。


「ユノ先輩の打音確認、成人坑道技師の構造照合、位置札、地表班の設備確認がなければ成立していません。私だけの発見ではありません」


ユノ先輩も頷いた。


「セルフィナが雷の周期を重ねなきゃ、ただの古い設備音として、もう何周期か待ってたかもしれない。だから、どっちか一人でもないよ」


四日目に僕たちの頭上へ落ちてきた、細い灯を思い出す。


あの時は、救援側がどれだけの線を辿ってそこへ来たのか分からなかった。


僕とフィアが位置札を残した。


旧換気塔で周期を守った。


ユノ先輩が音を拾った。


セルフィナが雷の周期を確かめた。


成人坑道技師が壁を開く場所を決め、灰鬼本隊が救援口を作った。


どれか一つだけでは、あの灯は届かなかった。


僕は右手を伸ばし、捜索図の赤線の手前を指した。


「この退避地点から旧換気塔まで、どのくらいあるんですか」


坑道技師が図の縮尺を確かめる。


「直線なら近い。だが、閉塞区画を避ければ相当迂回する。救援装備なしで進める距離ではない」


「本隊がここへ入って、支柱が動いたら?」


「通路を失う可能性がある。後続も入れなくなる」


僕はセルフィナを見た。


「もっと早く見つけてもらえた可能性は、あったと思う」


セルフィナの翡翠色の瞳が、静かに僕へ向いた。


僕は、簡単に消してしまえる言葉を選びたくなかった。


三日間見つけられなかったことは事実だ。


僕とフィアが、食料と灯を減らしながら歩いた時間も消えない。


けれど、僕たちが苦しかったからといって、救援側まで同じ危険へ入るべきだったことにはならない。


「でも、あの時のセルフィナには、僕たちが旧換気塔へ向かっていることまでは分からなかった」


「はい」


「精霊を無理に入れていたら、戻ってこなかったかもしれない。本隊が枝道で分断されていたら、位置札を追う人も、四日目の音を聞く人も減っていた」


僕の指先が、赤線から四日目の発見地点へ移る。


その間にも、数え切れない捜索線が残っていた。


「セルフィナが本隊を守ったから、僕たちは見つけてもらえた」


セルフィナはすぐには答えなかった。


視線が、僕の指と赤線の間で止まる。


「退避を進言した事実は変わりません」


「変えなくていいよ」


僕は言った。


「見つけられなかった三日間も消さなくていい。その線が残っていれば、次に同じ場所で誰かが分断された時、最初から候補にできる」


肯定することと、記録を消すことは違う。


正しかった可能性だけを残すのも、間違っていた可能性だけを抱えるのも、きっと同じくらい危うい。


「僕たちは、全部正しい判断だけで帰ってきたわけじゃない。迷った場所も、退いた場所も記録した。救援側の記録も、それでいいと思う」


セルフィナの指が、ようやく赤線から離れた。


「……私は、見つけられなかったことを、見届ける資格がなかった証明のように考えていました」


「見届けるって、全部を先に見つけることじゃないんじゃないかな」


自分で言いながら、僕は地下での四日間を思い返していた。


見えない角の先。


届かない地表。


聞こえない救援の声。


分からないものを、分かったことにはできなかった。


「見失っても、探す人までいなくならないようにする。見つけた時に、そこまでの線を繋げられるようにする。それも見届けることだと思う」


セルフィナは捜索図を見下ろした。


やがて、赤線の横へ小さく一文を書き足す。


――通風あり。構造危険により本隊退避。旧換気塔方面への接続は救出後に推定。


自責ではなく、事実と推測を分けた記録だった。


「この表記で提出します」


成人記録官が確認し、頷く。


「受理する。退避線も消さない」


セルフィナは捜索図を丁寧に折った。


その手から重さが全て消えたようには見えなかった。


けれど、その重さを捨てるのではなく、次へ渡せる形にしたのだと思う。


報告が終わると、ローディンが別の封書を机へ置いた。


表面には赤い制限印が二つ押されている。


「次はアルト・ロウェルの《部分換装》に関する零段階事前訓練だ」


ガイ団長が壁から背を離した。


「勘違いすんなよ。爪を出す稽古じゃねえ。出さないまま、誰がどこに立つか決めるだけだ」


封書の中身は、使用許可ではなかった。


封印訓練室の配置図。


成人医療担当と封印担当の立ち位置。


観察線、退避経路、記録机。


そして、ベルゼバスの声が聞こえたとしても応じず、訓練を終了するという条件。


《部分換装》を起こす工程は、一行もない。


「再使用の許可は出ていない」


ローディンが言った。


「今回は発動しなかった場合の記録方法までを確認する。何も起きなかったことも、正式な結果だ」


それなら、今の僕にもできる。


左腕へ力を掛ける必要もない。


ベルゼバスへ呼び掛ける必要もない。


むしろ、何も起こさないための準備だった。


成人記録官が、立会者欄のある紙をセルフィナの前へ置いた。


「セルフィナ。過去の制限情報共有資格と、雪境での観測記録により、立会いは認められている。ただし任意だ。断っても、外部協力候補としての評価には影響しない」


セルフィナは書類へ目を落とした。


「私の役割は?」


「観察線の外から、目視できた変化を記録する。確認できないことは未確認とする。精霊をアルトや封魔具へ接触させる必要はない。中止判断と封印操作は成人側が担う」


「アルトを止める役ではないのですね」


「違う」


ローディンは明確に答えた。


「以前の監視任務の延長として参加するなら、その点も記載するが」


「それも違います」


セルフィナは顔を上げた。


「監視なら、任務が終われば離れるべきです」


翡翠色の瞳が僕へ向く。


救護区画で僕の生存を確かめた時とは違い、その膝は揺れていなかった。


「私は、アルトが何を使うかだけではなく、何を使わないと決めるのかも見届けたいのです」


静かな声だった。


それでも、報告書を読んでいた時より近く聞こえた。


「命令ではありません。私の意思です」


それがどんな感情から出た言葉なのか、僕にはまだ全て分からない。


ただ、以前のセルフィナなら、監視対象から目を離さないために立ったはずだ。


今の彼女は、僕の代わりに判断するためではなく、僕が選んだ結果を事実として残すために立とうとしている。


「僕の代わりに、使うかどうかを決めるわけじゃないんだね」


「決めません」


セルフィナは短く答えた。


「あなたが決めたことを、成功や失敗へ都合よく変えずに記録します」


それは優しい約束ではなかった。


僕が間違えれば、間違えたと残す。


何も起こらなければ、何も起こらなかったと残す。


だからこそ、信じられる言葉だった。


僕たちは報告室を出て、同じ階の封印訓練室へ移った。


長い距離ではない。それでも右脚の痺れが強くならないよう、僕は急がなかった。


セルフィナも先へ行きすぎず、けれど僕の歩幅を管理するような声は掛けなかった。


封印訓練室の中央には、一脚の安全椅子が置かれていた。


床には白い観察線が引かれ、壁際には記録机と医療台がある。


武器も、荷重用の梁も、訓練人形もない。


セシリアが椅子の背当てを調整し、僕の左腕が圧迫されない位置を確かめた。黒銀色の封魔具へ触れることなく、治療布の外側だけを見る。


「今日は座るだけです。痛みが増す姿勢なら、その姿勢を採用しません」


「分かりました」


僕が腰を下ろすと、ローディンと成人封印担当がそれぞれの位置へ立った。


セルフィナは弓を持たず、観察線の外側にある記録机へ向かう。


最初に行ったのは、退避経路を実際に歩くことだった。


誰かが僕へ駆け寄る手順ではない。


成人封印担当が封印設備へ移り、セシリアが医療台への経路を確保し、観察者は逆側の扉へ退く。


セルフィナも指示された線を越えず、最短の退避路を一度歩いた。


次に、記録官が空欄の札を一枚置いた。


発動なし。


声なし。


封魔具、治療布、二重固定に外見上の変化なし。


黒い紋章に変化なし。


セルフィナはそこまで書き、最後の欄を空けた。


「未確認の欄は?」


成人封印担当が尋ねる。


「身体内部への影響です。外見だけでは確認できません」


「そのまま残せ」


分からないものを埋めない。


それは雪境の捜索図と同じだった。


零段階の事前訓練は、何も起こらないまま終わった。


ベルゼバスの声はない。


左腕に黒銀色の爪も外殻も現れない。


僕はただ椅子へ座り、起きなかった現象が起きなかったまま記録されるのを見ていた。


最後に、成人記録官が正式な立会書をセルフィナへ差し出した。


セルフィナは一度だけ僕を見た。


僕が頷くより先に、彼女は自分で筆を取った。


「セルフィナは監視命令ではなく、自分の意思で見届ける者として、《部分換装》訓練の立会欄へ名を書いた。」

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


 ブックマークといただけると本当に嬉しいです。


 何卒よろしくお願いいたします。

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