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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第134話 噛み跡の報告書

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



フィアの左手が僕の右手から離れた直後、救護台の脇で開かれたのは、僕が彼女へ噛みついた事実を一行も隠さない報告書だった。


僕たちは隣り合っていた連結搬送具から、別々の治療台へ移されている。


左腕は厚い支持布の上だ。治療布も黒銀色の封魔具も外されず、二重固定も維持されている。


身体を覆う保温布の下では、右脚の膝から先に鈍い痺れが残っていた。


離れた治療台にはフィアがいる。


腰を越える長い金髪は、引っ掛からないよう寝台の脇へまとめられていた。細い黒のカチューシャの下から、澄んだ青い瞳がこちらを見ている。


右腕には簡易固定具。


左前腕には新しい治療布。


その下にあるものを、ここにいる全員が知っていた。


「これから行うのは初動報告です。査問でも、処分審議でもありません」


セシリアが細い眼鏡を押し上げた。


「記憶と物証が鮮明なうちに、生命と治療へ関係する事実を記録します。体温、脈、痛み、感覚のいずれかが悪化した場合、私の判断で即時中断します」


「分かりました」


答えた僕の左手は、声より遅れて僅かに震えた。


「氏名を」


成人記録官が筆を構える。


「アルト・ロウェル。十五歳。灰鬼騎士団新人騎士です」


「フィア・ヴァルティエ。十五歳。灰鬼騎士団新人騎士」


フィアの返事は短い。


机の上には、孤立中に残した位置札と記録札が順番どおり並べられていた。


セルフィナが一枚も省かず回収してくれたものだ。


その横には、短い補助縄、停止笛、そして折り畳まれた清潔な布がある。


布には歯の圧力で生じた皺が残っている。


血は付いていなかった。


ガイ団長は成人記録官の後ろに立っていた。


無精髭も、整えきっていない髪も、雑に羽織った外套も普段と変わらない。


けれど、報告書を追う目に気怠さはなかった。


ローディンは僕とフィアの間へ立ち、成人封印担当は左腕の固定計器を見ている。


さらに外側。


床へ引かれた観察線の向こうには、レイシアがいた。


淡い銀青の長髪が白い肩掛けへ流れている。


水色の瞳は僕から離れなかったが、彼女は報告へ割り込まなかった。


「異常な飢えが始まった時点から話してください」


ローディンに促され、僕は一度だけ息を整えた。


「孤立三日目。旧換気塔へ向かう枝道です。上部導線の破損箇所から、薄い魔力が漏れていました。三日間の疲労と低温、それまでの負傷が重なって、《暴食》の飢えが強くなりました」


「通常の空腹との違いは」


「食事を求める感覚だけじゃありませんでした。フィアの姿は変わっていないのに、存在へ『喰える対象』という意味が重なりました」


筆先が紙を走る。


その音を聞きながら、僕は続けた。


「変化を認識した直後に止まりました。フィアへ自分から報告して、視線を外しました。六歩以上離れて、短い補助縄を装具帯と壁の安全環へ通しました。剣も可動範囲の外へ置きました」


「停止手順は」


「フィアが『アルト、止まって』と言う。僕は二呼吸以内に『止まった。僕はアルトだ』と答える。返答がなければ、フィアが停止笛を一度長く吹く。笛の後も動いた場合、フィアは近づかずに曲がり角の向こうまで退く。十呼吸ごとに、空腹、見え方、左腕、声の有無を報告する。そう決めました」


「ベルゼバスの声は」


「聞こえました。『すべて喰え、器』と。聞いた直後、そのままフィアへ報告しました」


成人記録官が、僕の位置札と証言を照合する。


「記録と一致します」


ローディンが頷いた。


「異変を即時報告したこと、停止手順を設定したことは確認した。ただし、それによって以後の行動が安全だったと認定するものではない」


「はい」


僕は迷わず答えた。


次に開かれたのは、噛みつきについての記録札だった。


「緊急使用を最初に提案したのは誰ですか」


成人記録官の問いに、フィアが答える。


「私が決めた」


「対象は」


「外へ出した分だけ」


「量と時間は」


「糸一筋。三呼吸」


「魔力を放出した場所は」


「左前腕の服と手甲の外。清潔な布の表面」


「体内からの供給は、いつ切りましたか」


「アルトが見る前。先に切った」


「あなた自身の身体や、体内に残る魔力も対象へ含めましたか」


フィアの青い瞳が、成人記録官を真っ直ぐ捉えた。


「身体は対象にしてない」


「肉体、血液、魂、生命、記憶、能力についても同じですか」


「全部、対象外」


筆先が一つずつ記録していく。


成人記録官は僕へ向き直った。


「フィア・ヴァルティエが発した『これだけ。喰って』という言葉を、あなたは何への同意だと認識しましたか」


「清潔な布の外側へ置かれた、分離済みの有限魔力だけです。フィア本人でも、体内魔力でもありません」


「その認識を維持したまま接触しましたか」


「見分けてはいました。でも……身体は、理性より一瞬早く動きました」


喉が硬くなる。


それでも言葉を小さくしてはいけない。


「僕は拘束帯の端まで身体を出して、フィアの左前腕へ勢いよく噛みつきました。清潔な布越しです」


観察線の外で、レイシアの指が白い肩掛けの端を握った。


フィアは目を逸らさない。


「接触を停止した条件は」


「一呼吸目で有限魔力の大半が減りました。二呼吸目でフィアの左手の痺れが強くなった。三呼吸目で外側の魔力が尽きて、フィアが『アルト、止まって』と言いました」


「即時に停止しましたか」


「半呼吸ほど遅れました」


その遅れも隠さない。


「でも、フィア本人へ対象を広げる前に噛む力を抜いて、口を離しました。『止まった。僕はアルトだ』と答えました」


「あなた一人の意思だけで停止できたと考えますか」


「いいえ」


答えは決まっていた。


「量を先に三呼吸分へ限定していたこと。補助縄で拘束されていたこと。フィアが名前を呼び続けたこと。それと、僕がそこで止まると決めたこと。その全部が必要でした」


ローディンが成人記録官へ視線を送る。


「停止要因は単独ではなく複合。そう記録してくれ」


「承知しました」


セシリアがフィアの治療台へ移った。


「左前腕をもう一度確認します。必要な範囲だけ治療布を開きます」


「分かった」


固定中の右腕には触れず、フィアが左腕を僅かに持ち上げる。


セシリアが治療布の端だけを開いた。


白い肌には、歯形に沿った赤い圧痕が残っている。その周囲には薄い内出血があった。


皮膚は破れていない。


けれど、傷がないわけではなかった。


「皮膚穿通なし。出血なし。深部の裂傷を示す腫れは、現時点では認めません」


セシリアが静かに告げる。


「圧痛は」


「ある」


「指先の痺れは」


「残ってる。左も右も」


「左手は、信号と実体線切断の後に悪化しましたか」


「少し。隠してない」


セシリアは頷き、同じ位置へ新しい治療布を戻した。


「圧痕、内出血、圧痛、両手指の痺れを継続記録。完治時期は未定です」


成人記録官の紙へ、新しい行が増えた。


同意があった。


対象も量も決めていた。


僕は決めた範囲で止まった。


それでも、フィアの腕には負傷が残った。


どれか一つだけを取り出して、なかったことにはできない。


成人封印担当が検査板を確認した。


「アルト・ロウェル側に雷属性適性が生じた兆候はありません。魔力量の恒久的増加も、初期測定では確認されていません」


別の記録板がフィアの治療台脇へ置かれる。


「フィア・ヴァルティエの魔力経路からアルト側へ続く、安定した接続痕も確認できません。供給が事前に切られていたという両名の証言と矛盾しない所見です」


「安全だったと確定できますか」


ガイ団長が尋ねた。


「できません」


成人封印担当は即答した。


「微細な変化、時間経過後の反応、契約境界への影響は未確認です。現段階で言えるのは、継続接続と属性移動を示す所見がないことだけです」


「そのまま書け」


「はい」


報告書には、成功の文字ではなく、未確認の文字が増えていった。


「次に、左腕の一時的変化について確認する」


ローディンの声で、僕は支持布の上にある左腕を見た。


今は人間の腕だ。


指先にも爪にも、黒銀色の外殻は残っていない。


それでも、梁の重さだけがまだ骨の奥へ残っているように感じる。


「ベルゼバスの言葉を、そのまま」


「『貸してやる、器。三つだけだ』と言いました」


「それ以前に、類似する発言は」


「成人監督下で一度だけ質問した時、『器。喰わずとも、腕ひとつなら、爪を貸す』と返されました」


ガイ団長の目が細くなる。


第118話で《部分換装》という仮称を決めたのは、ガイ団長だった。


「変化した範囲は」


「左手の指先から前腕までです。上腕と肩には広がっていません。黒い紋章も動いていません」


「継続時間」


「三心拍です」


「用途は」


「亀裂の入った梁を支えるためだけです。一心拍目で落下を止め、二心拍目に指一本分だけ押し戻しました。フィアが露出した赤黒い実体術式線を、左手の通常剣で切りました。三心拍目に梁の重さを補助支柱と石の受け部へ移して、変化が終わりました」


「人へ向けたか」


「向けていません」


「《暴食》は」


「使っていません」


「第一覚醒は」


「起きていません」


成人封印担当が、封魔具の留め具と二重固定を外側から確認する。


「封魔具の変形、亀裂、加熱痕なし。治療布の破れなし。二重固定の緩みなし」


「黒い紋章は肩の手前で停止。濃化、新しい線ともに確認できません」


「使用後は」


セシリアが尋ねた。


「急に熱が上がりました。左手から前腕に強い痛みが出て、触れていないのに梁の冷たさと重さが残りました。右手と左手の位置を一瞬取り違えました。フィアの声も、違う方向から聞こえました」


「現在の痛みは、零から十で」


「七です」


「感覚遅延は」


「左手の指を動かしてから、動いたと感じるまで僅かに遅れます」


「右脚は」


「膝下に痺れがあります。歩こうとすると強くなります」


セシリアが僕の脈を取り直す。


「微熱を維持。左手指の震えあり。報告はここで一区切りにします」


成人記録官が筆を止めた。


短い休止の間に、少量の水を飲む。


水筒を持つ右手は動く。


左手は、動かそうと考えた後から指先が遅れて震えた。


「確認しておく」


ガイ団長が低く言った。


「《部分換装》は、今も記録上の仮称だ。一度起きたことと、お前が使えるようになったことは違う」


「はい」


「再使用は禁止。練習も、攻撃実験も、爪の確認もだ。ベルゼバスが次も貸すか、三心拍が限界か、封魔具が次も耐えるか、何一つ分かってねえ」


「分かっています」


「分かってるなら、勝手に二度目を試すな」


「試しません」


僕の返答を聞き、ガイ団長は成人記録官へ向く。


「技術評価欄は空白。戦果欄にも入れるな。緊急時に一度発生し、強い反動が継続中。それだけだ」


「記録します」


報告書へ、再使用禁止の印が押された。


セシリアが僕とフィアの脈をもう一度確認した。


「初動報告を終了します。短時間の面会を許可します。ただし、アルトの左側とフィアの両腕へ負荷を掛けないでください」


観察線の外で、レイシアが動いた。


一歩ずつだった。


走らない。


治療台へぶつかることもない。


けれど、僕の前へ来た時には、公の場で浮かべる穏やかな微笑みは消えていた。


淡い銀青の髪が僅かに揺れる。


水色の瞳には、四日分の緊張が残っていた。


「アルト」


「ただいま、レイシア」


次の瞬間、レイシアの腕が僕を強く抱き締めた。


左腕へ触れないよう、僕の右肩と背へ腕が回る。


保温布越しでも、その力が分かった。


強い。


けれど痛くない。


封魔具も右脚も圧迫されていない。


僕は動く右手だけを上げ、レイシアの背へ触れた。


「帰って、きたんですね」


声が僅かに震えていた。


「うん」


「生きて」


「うん」


それ以上は続かなかった。


僕の肩へ頬を寄せたまま、レイシアは呼吸を一つ、二つと確かめているようだった。


水色の瞳から落ちた一滴が、僕の右肩の布へ吸い込まれた。


泣き崩れはしない。


けれど、すぐに団長の顔へ戻ることもできなかった。


やがてセシリアが告げる。


「圧迫時間はそこまでです」


「はい」


レイシアは素直に腕を解いた。


ただし僕から離れ切る前に、右肩へ一度だけ手を置いた。


それからフィアの治療台へ向き直る。


治療布に覆われた左前腕。


固定具のある右腕。


腰を越える金髪の間から、フィアの青い瞳がレイシアを見返している。


レイシアは噛み跡について何も責めなかった。


代わりに、深く頭を下げた。


「フィアさん。アルトを一人にせず、異変の報告を受け取り、あなたも一緒に戻ってきてくれて、ありがとうございます」


「二人で戻った」


フィアは短く答えた。


「はい。二人で」


レイシアは顔を上げた。


「アルトだけではありません。あなたも生きて戻ってくださって、本当によかった」


フィアは一度だけ瞬いた。


「見つけたのは、セルフィナとユノ先輩。開けたのは成人隊」


「それでも、そこまで辿り着いたのはお二人です」


「……そう」


フィアはそれ以上否定しなかった。


レイシアは僕の側へ戻る。


今度は抱き締めなかった。


治療台の横に立ち、水色の瞳で真っ直ぐ僕を見る。


「それと、アルト。私は怒っています」


「うん」


「まだ何も言っていません」


「怒られる理由は分かるから」


「では、言ってください」


僕は息を吸った。


「未知の《部分換装》を受け入れた。封魔具が耐える保証もないのに使った。フィアの腕に傷を残した。一度止まれたことを、次も止まれる証明にはできない」


「そうです」


レイシアの声は静かだった。


けれど、少しも曖昧ではない。


「生きるための判断を責めているのではありません。何もせず死ぬべきだったとも言いません。でも、三心拍だけなら自分の身体を壊してもいいように扱わないでください」


「扱ったつもりはない」


「そう見える選択だったことは分かっていますか」


左腕の奥で、熱い痛みが脈打った。


「分かってる。他に梁を支える方法がなかった。でも、安全だったとは思ってない。使えるようになったとも思ってない。もう一度使うつもりもない」


「フィアさんの腕は」


「軽く考えてない。僕が噛みついて残した傷だ。全部、報告するためにも戻ってきた」


レイシアはしばらく僕を見ていた。


怒りは消えない。


けれど、僕の言葉を拒絶もしなかった。


「それなら、二度と成功という言葉で片づけないでください」


「うん」


「帰ってきたから怒れます。だから、怒らせてください」


「分かった」


レイシアは小さく息を吐いた。


そして、今度はガイ団長へ顔を向けた。


「ガイ団長。あなたにも怒っています」


「だろうな」


ガイ団長は逃げなかった。


「雪崩も、教団設備も、追跡役の行動も、あなたが起こしたとは考えていません。成人隊が四日間、救助を止めなかったことも記録で確認しました」


「なら、何に怒ってる」


「二人の任務参加を最終承認した団長は、あなたです。救助が四日目になったことも、二人が成人監督なしでこの判断を迫られたことも、生還したから正しかったという話にはできません」


「する気はねえ」


ガイ団長の返答は短かった。


「任務へ出した最終責任も、救助が四日目になった責任も俺が持つ。掘る場所を間違えれば、二人とも壁の向こうで潰してた。早さを理由に技師の確認を捨てることもできなかった」


「分かっています」


「言い訳に聞こえたか」


「いいえ。だからこそ、フィアさんの噛み跡も、アルトの左腕も、必要経費として処理しないでください」


ガイ団長の目が、二つの治療台を順に見る。


「成功談にはしねえ。《部分換装》も灰鬼の戦力へ数えない。記録も検査も止めねえ」


「その言葉は記録されます」


「ああ。書いとけ」


成人記録官が筆を取った。


レイシアとガイ団長の間で、剣も魔法も動かなかった。


ただ、誰が何へ責任を負うのかだけが、報告書へ新しく加わった。


制限記録へ封印が施された後、救護区画の入口が開いた。


黄褐色の土亀騎士団装備。


蜂蜜色の長髪。


緑金の瞳が、僕とフィアを順に捉える。


「面会許可を受けたよ」


ティアナは治療台へ駆け寄らなかった。


セシリアが示した線の手前で止まり、真っ先に僕の顔を見る。


「アルト。今の報告で全部? 小さく言い換えてない?」


昔の僕なら、少し痛い、少し変だと答えていたかもしれない。


今は一つずつ言える。


「異常な飢えは四から五。フィアへ重なる『喰える対象』という見え方は弱いけど残ってる。ベルゼバスの新しい声は聞こえてない。左腕の痛みは七。指に震えと感覚の遅れがある。右脚は膝下に痺れ。味と匂いに変化はない。封魔具と二重固定にも変化なし。黒い紋章も広がってない」


ティアナは途中で口を挟まなかった。


全部を聞いてから、フィアへ向く。


「フィアも。右と左、全部言った?」


「右は痺れ。左は痛みと痺れ。隠してない」


「目眩は?」


「今はない。魔力を出した時はあった。記録済み」


「分かった」


ティアナの肩から、僅かに力が抜けた。


「なら、隠してないことは確認できた」


それは治療の許可でも、安全の証明でもない。


ただ、僕たちが危険を小さくせず、ここにいる全員へ渡したことの確認だった。


ティアナはレイシアを見た。


レイシアもティアナを見る。


その間に張り合う言葉はなかった。


フィアも、治療台から二人を静かに見ている。


三人が同じ方法で僕を見ているわけではない。


レイシアは抱き締め、生きていることを確かめた。


フィアは孤立の中で僕の報告を受け取り、自分の状態も隠さなかった。


ティアナは、僕たちがまた異変を小さくしていないか確かめた。


違うからこそ、誰か一人を安全装置にする必要はなかった。


成人記録官が最後の確認欄を開く。


「ベルゼバスの発言について、二件を関連記録へ移します」


第118話。


『器。喰わずとも、腕ひとつなら、爪を貸す』


そして今回。


『貸してやる、器。三つだけだ』


「返答が二度あったからといって、会話が成立すると断定はできません」


成人封印担当が告げる。


「次回も応答する保証はなく、呼び掛けが《暴食》や身体変化を誘発する危険もあります」


「だから、勝手にはやらせねえ」


ガイ団長が報告書の最終欄を指した。


「医療、封印、監督、停止手順。全部を組んだ上で、話しかけるべきか審査する。返事を聞きたいだけの実験にはしない」


セシリアも頷く。


「アルトの発熱、左腕、感覚遅延の検査が先です。フィアの両腕についても治療判断を継続します。実施時期は未定と記してください」


「承知しました」


「アルト」


レイシアが僕を呼ぶ。


「はい」


「今度は、決まる前に一人で話しかけないでください」


「話しかけない。審査と停止手順に従う」


「フィアもティアナも、正式な監督役ではありません」


ローディンが続ける。


「二人が近くにいることを、成人監督の代わりにはしない。必要な証言者、停止担当、医療担当は審査で決める」


「分かっています」


フィアもティアナも、反論しなかった。


成人記録官が、僕へ記載内容を読み上げる。


僕は右手で確認欄へ署名した。


左手は使わない。


フィアは両腕の状態を考慮され、口頭確認を二人の成人が証明する形になった。


「内容に相違なし」


フィアの短い返事が記録される。


噛みついたこと。


フィアが限定して同意したこと。


分離済みの有限魔力だけが移動した可能性が高いこと。


それでも噛み跡と痺れが残ったこと。


ベルゼバスが三心拍だけ身体を貸したこと。


その力が、まだ僕のものではないこと。


一つも隠されなかった。


一つも美談へ書き換えられなかった。


「噛み跡まで隠さず綴った報告書の最終欄には、《部分換装》の再使用許可ではなく、ベルゼバスとの対話審査を開始する、と記された。」

 「面白かった!」


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