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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第133話 二人で帰る

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



岩壁を貫いた二撃目のあと、追跡役より先に僕たちの側へ現れたのは、ガルド先輩の大盾だった。


成人坑道技師が指定した一点へ、ガイ団長の大剣が叩き込まれた。


最初の一撃で亀裂が走り、二撃目で人一人が通れる穴が開いた。


粉塵と小石が旧換気塔へ吹き込む。


けれど、天井も床も崩れない。


開口部の向こうから、成人坑道技師の声が飛んだ。


「上部亀裂、進行なし! 床面も保持! 一名ずつ通せる!」


その確認を待ってから、ガルド先輩の大盾が穴を塞ぐように滑り込んだ。


次の瞬間、安全扉が外から強く引かれた。


最後の留め具へ掛かっていた追跡役の手が動く。


金属音。


扉の隙間から、短い杭が飛び込んだ。


ガルド先輩は僕たちの前へ踏み込み、大盾を傾けた。


重い衝撃が響く。


金属杭は盾の表面へ当たり、石床へ転がった。


爆発も、煙もない。


ただの物理的な杭だ。


それでも、僕とフィアへ当たっていれば、今の身体では耐えられなかった。


「二人とも、盾の後ろへ」


ガルド先輩の声は低い。


僕は横木から右手を離した。


フィアも第二留め具へ掛けていた左手を戻す。


僕たちが盾の後ろへ下がるのと同時に、灰鬼騎士団の成人騎士が二人、開口部を越えてきた。


一人は旧換気塔の下部へ。


もう一人は救援口の横へ。


僕たちを中心に、短い防衛線が作られる。


安全扉の最後の留め具が外れた。


扉が内側へ開く。


暗色の防寒衣を着た人影が、その向こうに立っていた。


顔は防寒布と影に隠れている。


性別も、年齢も、種族も分からない。


装具の留め具には星冠印と似た刻印。


腰には、赤黒い制御紐。


これまでの追跡役と同じ人物かもしれない。


けれど、断定できるものはない。


追跡役は、灰鬼の防衛線を見た。


さらに、救援口を越えて入ってきた大剣の切っ先を見る。


ガイ団長だった。


整えきらない髪に、無精髭。


雑に羽織った外套には、削れた岩の粉が付いている。


ガイ団長は追跡役へ大剣を振り上げなかった。


「下部を塞げ」


短い命令で、灰鬼の成人騎士が位置を変える。


追跡役は、一歩だけ下がった。


その足音を追うように、開口部の向こうからユノ先輩の声がした。


「後退してる。今、聞こえるのは一人分。でも奥の人数までは分からない!」


一人分に聞こえる。


それだけだ。


敵が一人しかいない証明にはならない。


「追跡班を出しますか」


成人騎士が尋ねる。


ガイ団長は大剣を下げたまま答えた。


「追うな。救助が先だ」


「了解」


誰も暗い通路へ飛び出さない。


追跡役は、さらに奥へ下がった。


やがて足音も、旧換気塔の石壁へ吸い込まれていく。


逃げ切ったのか。


別の通路で待っているのか。


それも分からない。


灰鬼本隊は二名を下部の防衛へ残した。


別の成人騎士たちは開口部を広げるのではなく、成人坑道技師が持ち込んだ支えを固定している。


救援口の上部へ補助枠が入った。


小石の落下が止まる。


ガルド先輩は僕たちの前で大盾を構えたままだ。


「アルト。フィア」


聞き慣れた声が、開口部の向こうから届いた。


ローディンが入ってくる。


灰色の瞳が僕とフィアを順番に確認した。


「人数」


「二人です」


「名前」


「アルト・ロウェル」


フィアも答える。


「フィア・ヴァルティエ」


「意識」


「清明です。現在地は旧換気塔。孤立四日目」


「同じ」


フィアの声も明瞭だった。


ローディンの表情は大きく変わらない。


けれど、その肩がほんの僅かに下がった。


「状態を報告しろ」


僕は四日間を、一息で全部話そうとはしなかった。


今必要な身体状態から伝える。


「微熱があります。左手から前腕に激痛。指に震えと感覚の遅れ。右脚は膝下まで痺れています。異常な飢えは五。フィアへの見え方に弱い異常が残っています」


左腕を身体へ寄せたまま続ける。


「封魔具、治療布、二重固定に外見上の破損なし。黒い紋章の拡大なし。《暴食》、第一覚醒、《部分換装》は、今日ここでは使っていません」


フィアも右腕を固定具に収めたまま報告する。


「右腕と指先に痺れ。左前腕に噛み跡と圧痛。左指三本の痺れが強い。魔力消耗あり。意識は清明」


ローディンは一つずつ記録担当へ伝えた。


僕は続ける。


「三日目に、分離済みの有限魔力だけを三呼吸分、《暴食》で吸収しました。フィア本人の同意と、距離、拘束、停止手順を決めて行いました。肉、血、魂、生命、記憶、能力、体内魔力は対象外です」


フィアの左前腕へ巻かれた布が、灯りの端に見えた。


「その後、旧換気塔手前で梁を支えるため、左手から前腕まで三心拍だけ異形化しました。仮称《部分換装》。人への攻撃なし。解除後に発熱、激痛、感覚混濁が出ました」


「報告は記録する」


ローディンが僕を見る。


「判断の審査も検査も後だ。今は搬送を優先する」


「はい」


叱責されなかったから、許可されたわけではない。


記録を消されたわけでもない。


生きて治療へ運ぶことが、何より先に置かれただけだ。


「医療担当を入れる」


ローディンの合図で、灰金色の髪が救援口を越えた。


細い眼鏡の位置を直しながら、セシリアが僕たちへ近づく。


「接触前に確認します。二人とも、私が見えていますか」


「見えます」


「見える」


「声の方向は正しく分かりますか」


僕は耳と視界を照合した。


「今は正しいです。ただ、部分換装の直後は別方向から聞こえました」


「分かりました。では、その場で座ってください。自分でできる範囲だけで構いません」


僕とフィアは、壁際へ腰を下ろした。


セシリアは最初に呼吸を数えた。


次に右手首で脈を取り、瞳へ手提げ灯の光を短く当てる。


左腕には触れない。


「名前。もう一度」


「アルト・レグナ」


「今の空腹」


「五」


「通常の空腹と同じですか」


「違います。《暴食》の飢えです」


「味覚、嗅覚」


「変化なし」


「見え方」


僕はフィアを必要な時間だけ見た。


腰を越える長い金髪。


細い黒のカチューシャ。


凛とした顔と、澄んだ青い瞳。


フィア本人だと分かっている。


その認識の上に、弱い異常だけが重なっている。


「フィアが仲間だと認識しています。ただ、『喰える』という意味が薄く残っています」


セシリアは軽く扱わなかった。


かといって、僕から大きく飛び退くこともしない。


「確認しました。フィアとの距離は、搬送時も医療側で管理します」


続いて、封魔具の外側を見る。


治療布と二つの固定具を、外さずに確認する。


「留め具の破損なし。治療布の裂けも見えません。紋章は?」


「肩の手前で止まっています。新しい線も、濃くなった箇所もありません」


「外見上の確認として記録します。内部状態は、ここでは断定しません」


次にセシリアはフィアの前へ移った。


右腕の固定具を外さず、位置と締め付けを確認する。


左前腕の布も、必要な範囲だけ開いた。


歯形に沿う赤い圧痕。


薄い内出血。


血は出ていない。


「出血なし。皮膚の貫通もありません。圧痛は?」


「ある」


「指先の感覚」


「親指と人差し指は残る。中指から先が薄い」


「目眩」


「少し」


「吐き気は?」


「ない」


セシリアは僕たちの状態を記録し、立ち上がった。


「二人とも、緊急治療区画まで自力歩行は認めません」


「歩けます」


僕は反射的に言った。


すぐに、自分の言葉を言い換える。


「数歩なら、歩けると思います。最後まで歩けるとは言えません」


フィアも短く答えた。


「私も同じ」


セシリアは頷く。


「では、確認は成人騎士の補助下で一度だけ行います。それで搬送方法を決めます」


弱さを証明する試験ではない。


安全に歩けるかを確かめるだけだ。


ガルド先輩が大盾を別の成人騎士へ引き継ぎ、僕の右側へ立った。


フィアにはローディンがつく。


「左腕は使うな」


ガルド先輩が言う。


「はい」


僕は壁へ右手を添え、左脚から立ち上がった。


右脚も床へつく。


痺れはある。


それでも一歩目は出た。


二歩目。


三歩目で、右膝から力が抜けた。


ガルド先輩の腕が、僕の身体を右側から支える。


左腕はどこにもぶつけていない。


「ここまでです」


セシリアの声が飛ぶ。


僕は逆らわなかった。


フィアも一人で立った。


右腕は固定したまま。


左手を支えへ使わず、一歩進む。


足そのものに大きな負傷はない。


けれど二歩目で身体が揺れた。


四日間の冷えと疲労。


両腕の痺れ。


魔力消耗。


それらが、まっすぐ立つだけの力を奪っている。


ローディンが肩ではなく、外套の背側を支えた。


「歩ける」


フィアは事実を言う。


それから、もう一つの事実も続けた。


「でも、歩き切れない」


「確認しました」


セシリアが僕たちを見る。


「両名を正式な搬送対象とします」


立てなかったわけではない。


一歩も歩けなかったわけでもない。


それでも、救援横坑から安全線までの距離を、自力で進む状態ではなかった。


僕たちだけで支え合えば、どちらかの負傷した腕へ負荷を掛ける。


途中で一人が崩れれば、もう一人も倒れる。


「搬送をお願いします」


僕は答えた。


フィアも頷く。


「頼む」


助けを受け入れる言葉だった。


救援口の向こうから、もう一人が入ってきた。


淡い銀緑色の長い髪。


毛先だけに薄い水色。


翡翠色の瞳と、細長い耳。


背には弓がある。


セルフィナは、灰鬼本隊が防衛線を作り、成人坑道技師が救援口を補強したあとまで待っていた。


安全が確認される前に飛び込んではこなかった。


それでも、僕たちを見つけると足が速くなった。


「アルト。フィア」


「セルフィナ」


僕が名前を呼ぶ。


セルフィナは、僕の返事を聞いたところで止まった。


弓を持っていた手が下がる。


肩から力が抜けた。


細い膝が僅かに折れ、彼女は石壁へ片手をついた。


「セルフィナ?」


「負傷ではありません」


返事はすぐに来た。


ただ、呼吸を一度整える必要があった。


「アルトが生きていると確認して、力が抜けました」


「僕たちを探してくれたんだよね。ありがとう」


セルフィナは僕とフィアを交互に見た。


「位置札を追えたのは途中までです。旧図と進行方向を照合し、ユノが周期打音を見つけました。私は、同じ位置と周期の微弱雷を確認しました」


自分一人の功績にはしない。


フィアがセルフィナを見る。


「見つけてくれて、ありがとう」


「二人が周期を崩さなかったからです」


セルフィナはそう答えた。


けれど、胸元へ置いた手はまだ離れない。


「監視対象が戻っただけなら、こんなに力は抜けません」


「監視の任務は、もう終わってるよ」


僕が言うと、セルフィナは僅かに首を横へ振った。


「そういう意味だけではありません」


翡翠色の瞳が、まっすぐ僕へ向く。


「私がアルトを見届けたい理由は、もう観察だけではないようです」


その言葉が何を示しているのか、僕には完全には分からなかった。


セルフィナはこれまでも、理解できないから見届けると言っていた。


その理由に、別の何かが加わった。


そう聞こえた。


けれど彼女自身は、自分の胸に生まれた感情を、初めて意識したような顔をしていた。


答えを求める様子はない。


長い説明もしなかった。


「まだ名前を断定する段階ではありません。ですが、任務上の安堵ではないことは分かります」


セルフィナらしい言い方だった。


フィアは敵意を向けなかった。


ただ、セルフィナの目を一度見てから言う。


「今は、戻る」


「はい。その判断を優先します」


セルフィナは壁から手を離した。


姿勢を戻し、旧換気塔へ残された位置札と記録札を集め始める。


感情を知ったからといって、役割を捨てない。


それがセルフィナだった。


一方、ガルド先輩たちは搬送の準備へ入っていた。


折り畳み式の搬送具と、成人隊が持ち込んだ搬送板を床へ広げる。


金具と固定帯を組み合わせ、二人が隣り合える低い連結搬送具を作っていく。


魔法道具ではない。


板、布、金属枠、固定帯だけで組み上げられた救助設備だ。


「歩けないなら運ぶ。それが俺の役目だ」


ガルド先輩は留め具を引き、緩みがないか確かめた。


「ただし、俺一人で運ぶわけじゃない。四人で上げる。盾列も残す」


大盾は別の成人騎士が構えたままだ。


ガルド先輩だけが、守りと搬送の全てを抱え込んではいない。


「右側にアルト。左側にフィア」


セシリアが配置を指定する。


「アルトの左腕を外へ。フィアの右腕も反対側の外へ。負傷部位へ固定帯を掛けないでください」


僕たちは成人騎士の補助で、搬送具へ横になった。


左腕は外側。


フィアの固定された右腕も、反対側の外側。


中央には僕の右手と、フィアの左手が来る。


身体と脚へ固定帯が掛けられた。


呼吸は妨げない。


封魔具にも、フィアの右腕にも触れていない。


固定が終わったあと、僕は中央へ右手を置いた。


フィアの左手が近くにある。


赤い歯形を覆う布。


痺れの残る指。


強く握れば、痛みを増やしてしまう。


僕は手のひらを上へ向けた。


「フィア」


「うん」


フィアが左手を重ねる。


握り込まない。


互いの指を、軽く掛けるだけだった。


セシリアがすぐ確認する。


「フィア、圧痛は増えましたか」


「増えてない」


「指先の色と感覚も維持。強く握らないのであれば、このままで構いません」


誰もからかわなかった。


恋人のようだとも言わない。


四日間、互いの状態を声で確かめてきた。


今は手で、ここにいることを確かめているだけだった。


「上げるぞ」


ガルド先輩の合図で、四人の成人騎士が搬送具を持ち上げた。


揺れは小さい。


それでも右脚へ響き、左腕の奥へ痛みが走る。


「アルト、状態」


搬送具の横を歩くセルフィナが尋ねる。


「意識は清明。空腹、五。左腕の痛みは強い。右脚の痺れも同じ」


「見え方は?」


僕は隣のフィアを見る。


「弱い異常は残ってる。でも、フィアだと分かってる」


「確認しました」


セシリアは反対側でフィアへ声を掛ける。


「呼吸は?」


「問題ない」


「目眩」


「少し。増えてない」


「左手」


「痺れてる。アルトの手は分かる」


僕の右手へ、ほんの僅かな指の動きが伝わった。


強さではない。


感覚が残っているという報告だった。


救援横坑へ入る。


成人坑道技師が補助枠を確認し、搬送具の通過に合わせて上部を見続けている。


ユノ先輩が先で床へ目を向けた。


短い髪の間から覗く獣耳が、前後の音を拾っている。


「帰路札、ここまで一致。右側の土は成人隊の新しい踏み跡。左の擦れは古い。追跡役らしい足音は下部へ遠ざかったけど、止まった場所は分からない」


「追わない」


ローディンが答える。


「搬送列を先へ」


「了解」


ユノ先輩は単独で痕跡を追わない。


帰路と風向き、足場の崩れだけを確認して前へ進む。


僕たちの荷物も、成人物資担当が回収していた。


手提げ灯二つ。


保温布。


短い補助縄。


空になった食料袋。


水筒二本。


停止笛。


僕の片手剣と、フィアの通常剣。


どれも番号札と一緒に運ばれる。


セルフィナは僕たちが残した記録札を順番に読み、成人記録担当へ渡していた。


右腕悪化と固定。


星冠印の術式部材。


地下へ続く足跡と運搬痕。


追跡役。


壊した中継器。


周囲の熱と魔力を奪い、吹雪を維持する儀式。


僕の飢えと知覚異常。


分離済み有限魔力の緊急吸収。


フィアの噛み跡。


三心拍の《部分換装》。


発熱、激痛、感覚混濁。


何一つ隠さない。


何一つ、成功した新技として飾らない。


「記録、欠落ありません」


セルフィナが告げる。


「推測は別欄へ分けます。術式中心部、追跡役の正体、《部分換装》の安全性は未確認です」


「お願いします」


僕は答えた。


搬送列の最後尾から、ガイ団長の声が聞こえた。


「下部の線を維持しろ。調べるのは、二人を渡してからだ」


灰鬼本隊は追跡役を追わない。


術式部材を回収するためにも戻らない。


今は僕たちを帰すことが先だった。


救援横坑を抜けると、見覚えのある安全扉が現れた。


第百二十話で、雪と岩の向こうへ消えた扉とは別の側から、成人隊が新しい安全線を作っている。


白い境界札。


人数確認板。


医療停止札。


複数の手提げ灯。


四日前には、僕とフィアの二つしかなかった足音が、今は前にも後ろにも重なっている。


「搬送対象二名、境界通過!」


成人記録官の声が響く。


「アルト・レグナ、フィア・ヴァルティエ。両名生存。意識あり!」


返答する声が続く。


僕たちの名が、正式な救援記録へ書かれていく。


フィアの指が、僕の右手へ軽く触れたままだ。


僕も離さない。


安全扉を越える。


白い境界札が頭上を過ぎる。


そこから先の空気には、救護用の炉から流れる僅かな暖気が混じっていた。


吹雪はまだ地上で続いている。


星冠教団の儀式も、追跡役も、何一つ解決していない。


それでも、僕たちは成人側の安全線へ戻った。


「セルフィナ」


フィアが搬送具から声を掛ける。


「何でしょう」


「本当に、ありがとう」


セルフィナは繋がれた僕たちの手を一度だけ見た。


翡翠色の瞳に敵意はない。


寂しさとも違う。


自分の中に生まれた感情を、これから確かめようとする静かな色だった。


「二人が、帰るための記録を残し続けたからです」


それだけ答え、セルフィナは僕の意識確認へ戻る。


自分の感情と、救助の役割を混ぜなかった。


救護区画へ着くまで、搬送具は何度か揺れた。


そのたび、僕とフィアの指は少し動いた。


強く握らない。


痛みを増やさない。


それでも離れない。


僕の左腕は痛み続けている。


右脚の痺れも消えない。


フィアの右腕は固定されたまま。


左前腕にも、噛み跡と痺れが残っている。


自分たちの足だけでは、帰り切れなかった。


ガイ団長が道を開いた。


ガルド先輩と灰鬼本隊が守った。


成人坑道技師が崩れない救援路を作った。


ユノ先輩が信号と帰路を見つけた。


セルフィナが雷と記録を確かめた。


ローディンが僕たちの報告を受け取った。


セシリアが歩かせないと決めた。


誰か一人の力で帰ったわけではない。


助けを受け入れたところまで含めて、僕たちの帰還だった。


救護区画には二つの治療台が用意されていた。


セシリアが搬送具の固定帯を順番に確認する。


「これから別々に状態を確認します。アルトは左腕、封魔具、体温、知覚。フィアは右腕、左前腕、魔力消耗を優先します」


僕たちの中央へ視線が落ちる。


「処置のため、ここで一度だけ手を離してください」


その言葉を聞いても、不安は戻らなかった。


離れるのは、もう一人になるためではない。


二人とも生きて、次の治療へ進むためだ。


フィアが僕を見る。


長い金髪の間から、澄んだ青い瞳がまっすぐ向けられる。


四日間、何度もその目を見た。


暗い保守室で。


一枚の保温布の下で。


裂け目の縁で。


飢えを報告した点検窪みで。


旧換気塔へ届いた四日目の灯の下で。


僕は、重ねた右手をすぐには動かさなかった。


フィアも、まだ左手を離さない。


治療を始めるために手を離す直前、フィアは繋いだ指へ僅かに力を返し、僕を見て『戻った』と告げた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


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