第13話 三人一組
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
組み合わせが発表されてから、二日後。
僕は学院の模擬迷宮区画、その入口に立っていた。
「右脚を出せ」
バルト先生に言われ、右足を一歩前へ出す。
膝を曲げ、足首を回す。普通に歩く分には、もうほとんど痛まない。
けれど、強く地面を蹴ろうとすると、筋肉の奥に鈍い違和感が残っていた。
「歩けるようになったからといって、治ったわけじゃないからな」
バルト先生が右腿を指で押す。
「痛っ」
「まだ痛むじゃないか」
「今のは先生が強く押したからです」
「口答えできるなら元気だな」
腕を組んだ先生が、僕を真っすぐに見る。
「今日は《閃駆》を使うな。右脚に痛みが出た時点で離脱しろ」
「分かりました」
「訓練で脚を壊したら、卒業どころじゃない。お前の一歩は、使い潰すために作ったんじゃないからな」
僕が頷くと、バルト先生は他の組の確認へ向かった。
「アルト、腕を出して」
今度はティアナに呼ばれる。
素直に左腕を差し出すと、彼女は僕の制服の袖へ青色の布を巻き始めた。
同じ組の生徒であることを示す識別布だ。
「少しきつくない?」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
ティアナが僕の腕へ指を滑らせ、結び目の下へ指先を差し込む。
顔が近い。
肩へ彼女の髪が触れ、甘い花の香りがした。
「うん。ちょうどいい」
「よし」
満足そうに笑ったティアナが、僕の識別布を軽く叩く。
「今日は、本当に隣にいられるね」
「そうだね」
「だから、勝手に一人で行かないでね」
「僕より、それを言わないといけない人がいる気がするけど……」
僕たちは同時に、入口の横へ視線を向けた。
腰まで届く金髪。
それを押さえる飾り気のない黒いカチューシャ。
華奢な腰には、細身の剣が差されている。
フィアは自分の識別布を巻き終えると、僕たちではなく、閉ざされた模擬迷宮の扉を見ていた。
「フィア、おはよう」
ティアナが声をかける。
「おはよう」
フィアはこちらを見て、短く答えた。
「右脚は?」
「え?」
「負傷していると聞いた」
「普通に走らなければ大丈夫。でも、《閃駆》は使えない」
「そう」
フィアはそれ以上聞かなかった。
心配しているようにも、失望しているようにも見えない。
ただ、必要な情報を確認しただけだった。
◇
「制限時間は二十分だ!」
模擬迷宮の前で、バルト先生が参加者全員へ声を張る。
学院内に造られたこの訓練区画は、魔導具によって石壁や通路の位置を変えられる。今回は本物の学院迷宮ではないため、実習停止中の僕も参加を許可されていた。
「三人で中央区画へ向かい、魔導核を停止。その後、全員で出口まで帰還しろ!」
攻略速度だけでは合格できない。
負傷、救助判断、隊列の維持。そして三人の連携も評価に含まれる。
「内部では、訓練開始後に追加課題が発生する。何を優先するか、三人で判断しろ」
説明を終えたバルト先生が、入口を示した。
僕たちは閉ざされた扉の前へ並ぶ。
「始まる前に、役割を決めよう」
ティアナが僕とフィアの間へ立った。
「フィアが前衛と斥候。アルトが中央で、近くに来た魔導人形への対応。私は後ろから防御と支援をする。それでどう?」
「必要ない」
フィアが迷いなく答えた。
ティアナが目を瞬く。
「必要ないって、何が?」
「役割分担」
フィアは細剣の柄へ手を置いた。
「私が先行して、中央区画までの敵と罠を処理する。二人は安全になった道を来て」
「それじゃ、三人一組の意味がないよ」
「三人で遅く進むより、私が一人で危険を消す方が全員の生存率は高い」
冷たい言い方ではなかった。
フィアは、自分の考えを事実として伝えているだけだ。
「でも、途中で何かあったら――」
「起こさせない」
ティアナの言葉へ、フィアが答える。
「私がすべて処理する」
自慢しているわけではない。
本気でできると思っている。
実際、彼女ならできるのかもしれない。
フィアは僕たちを嫌っているわけでも、弱いと笑っているわけでもなかった。
自分が一人で前線を引き受けることを、最初から当然だと思っている。
「フィア、僕は――」
開始を告げる鐘が鳴った。
同時に、目の前の扉が開く。
「先に行く」
青白い雷が、フィアの足元で弾けた。
◇
フィアの姿が掻き消えた。
石造通路の先で、金属音が連続する。
一体目の魔導人形が槍を構えるより早く、フィアの細剣が胸の核を貫く。
二体目が腕を振り上げる。
フィアはその脇をすり抜け、振り返ることなく背中の核を刺し抜いた。
壁の穴から矢が射出される。
けれど、矢が通路を横切った時には、フィアはすでに閉じかけた石壁の向こう側へ消えていた。
「速すぎるよ……!」
ティアナが駆けながら声を上げる。
僕も追おうとしたが、右脚の奥に痛みが走りかけ、速度を落とした。
「無理だ。追いつけない」
「でも、このままじゃ三人一組じゃないよ」
「うん。だからこそ、僕たちは僕たちのできることをしよう」
通路には、核を貫かれ停止した魔導人形だけが残されていた。
フィアは本当に、前方の危険を一人で排除している。
それでも、胸に引っかかるものは消えなかった。
いくら道が安全でも、彼女の背中はもう見えない。
これは三人で進んでいるとは言えなかった。
その時、右手の横道から高い警告音が鳴った。
『救助対象、発生。救助対象、発生』
赤い光が明滅する。
フィアの進んだ最短経路とは、反対方向だった。
「行こう、アルト」
「うん」
迷う必要はなかった。
僕とティアナは横道へ入った。
◇
行き止まりに近い小部屋。
崩れた石材の下から、人間の腕を模したものが伸びている。
訓練用の救助人形だ。
「私が瓦礫を支える」
ティアナが両手を床へ向ける。
茶色い魔法陣が広がり、石床の隙間から太い蔦が生えた。
蔦が瓦礫へ絡みつき、ゆっくりと持ち上げる。
「今だよ!」
僕は隙間へ身体を滑り込ませ、救助人形の肩を掴んだ。
人間一人分の重さがあり、片手では引き出せない。
右脚を踏ん張りたくなる。
けれど、ここで傷を悪化させれば、救助対象を運べなくなる。
腰を落とし、左脚と背中を使って引く。
「もう少し……!」
人形の身体が、瓦礫の下から抜けた。
その瞬間、足元の魔法陣が赤く染まった。
「アルト、後ろ!」
地鳴りが響く。
通路の左右から、二枚の石壁が迫ってきていた。
「救助対象を先に!」
僕は人形を抱え、ティアナと一緒に通路へ走る。
しかし、閉じる壁の方が速い。
剣を抜いたものの、狭い通路では刃が壁へ当たり、途中までしか抜けなかった。
――剣を振れないなら、柄を使え。
灰鴉の言葉が蘇る。
華麗に斬る必要はない。
生きて戻るために、使えるものを使う。
僕は剣を鞘へ戻すと、鞘ごと迫る壁の隙間へ突き込んだ。
石壁が鞘を挟み、動きがわずかに鈍る。
「アルト、剣が!」
「剣より先に、ティアナたちを出す!」
救助人形を出口側へ滑らせる。
けれど、ティアナの短いローブが、突き出した石材へ引っかかった。
「きゃっ……!」
壁が迫る。
僕はティアナの身体を引き寄せた。
片腕を腰へ回し、自分の胸元へ抱き込む。
「ご、ごめん!」
「謝るのは、あと!」
ティアナの頬がすぐ近くにある。
僕は彼女を抱えたまま肩から壁へぶつかり、反動で引っかかった布を外した。
壁の向こうに、青白く光る解除板が見えた。
剣は振れない。
だから、挟まれた鞘から柄だけを押し込む。
柄頭が解除板へ触れた。
石壁の動きが、一瞬止まる。
「ティアナ、先に!」
彼女と救助人形を隙間の向こうへ押し出す。
僕は床へ身体を投げ、狭くなった壁の下を転がり抜けた。
直後、背後で石壁が閉じる。
僕の鞘は、寸前で弾き出され、床を滑ってきた。
「痛た……」
格好良さとは程遠い。
制服は埃まみれで、肩も床へ打ちつけた。
それでも三人とも、壁のこちら側にいる。
「アルト!」
ティアナが僕の上へ覆い被さるようにして、顔を覗き込んだ。
「どこか痛めた?」
「肩を少し打っただけ」
「右脚は?」
「大丈夫」
ティアナは安堵したあと、急に頬を赤くした。
「さっきは、その……ありがとう」
「咄嗟だったから。嫌だったならごめん」
「嫌じゃないよ」
即答したティアナが、さらに赤くなる。
「助けてもらったのは嬉しいけど……次は一緒に避けようね」
「うん。その方がいいね」
「あと、抱き寄せる時は――」
「時は?」
「……何でもない!」
ティアナは僕の手を取って立ち上がらせると、救助人形の腕を肩へ回した。
◇
僕たちが中央区画へ到着した時、すべては終わっていた。
何体もの魔導人形が、胸の核を正確に貫かれて停止している。
中央に浮いていた魔導核も光を失っていた。
その前で、フィアが一人立っている。
「遅かった」
馬鹿にしている様子はない。
ただ到着時間の差を、事実として口にしただけだった。
「途中で救助信号が鳴ったの」
ティアナが説明する。
フィアの視線が、彼女の肩へ回された救助人形へ向く。
「そう」
短く答えたフィアは、ティアナへ近づいた。
そのまま救助人形を軽々と担ぎ上げる。
「フィア?」
「疲れているでしょう」
それだけ言うと、出口へ歩き始めた。
「時間がない。戻る」
僕とティアナも後を追う。
フィアは走らなかった。
僕たちが遅れない速度で、救助人形を背負って進んだ。
三人と一体が出口を抜けた直後、終了を告げる鐘が鳴った。
◇
「中央区画到達、魔導核停止。フィア個人の記録は、本日の最速だ」
結果を記した板を見ながら、バルト先生が告げる。
周囲の生徒から感嘆の声が上がった。
けれど、先生の表情は厳しいままだった。
「三人一組としての評価は――不合格」
ティアナが目を見開く。
フィアは動かなかった。
「これは学院最速を決める競走じゃない」
バルト先生がフィアを見る。
「お前が中央へ到着した時、後ろの二人が生きていると確認できたか」
「……できていません」
「今回は二人が自力で救助対象を守った。だが実戦なら、お前が記録を作っている間に仲間が死んでいたかもしれん」
フィアは言い訳をしなかった。
ただ結果を受け止めるように、目を伏せる。
「次は、後方に敵も罠も残さず進みます」
「違う」
バルト先生が、はっきりと言い切る。
「次は後ろを見ろ」
フィアの眉がわずかに動いた。
「同じ三人で再試験だ。今度は、一人でも隊列から離れた時点で失格とする」
◇
訓練が終わると、フィアは一人で歩き出した。
「フィア」
僕はその背中を呼び止める。
金色の髪が揺れ、フィアが振り返った。
「何?」
「次は、僕たちがフィアについていくんじゃない」
怒っているわけではない。
フィアの判断が、全部間違っていたとも思わない。
僕たちが危険な魔導人形に襲われずに済んだのは、彼女が前方を制圧してくれたからだ。
それでも、あれは三人一組ではなかった。
「次は、三人で行こう」
「今のあなたが、私に合わせられるの?」
「今は無理だと思う」
誤魔化しても仕方がない。
「でも、置いていかれたまま終わりたくない。僕もティアナも、フィアの後ろを歩くだけの荷物じゃないから」
「私も、一人で守ってもらうつもりはないよ」
ティアナが僕の隣へ並ぶ。
「フィアにも、私たちを頼ってほしい」
フィアは答えなかった。
ただ、僕とティアナを静かに見つめる。
前しか見ていなかった少女が、その時だけ初めて足を止めた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品の応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークといただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。




