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『属性適性なしの学院最下位、迷宮で見捨てられた僕は七罪の魔神と契約する ~最強英雄になった幼なじみに追いつくまで~  作者: ドキツトム


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第124話 二日目の足跡

「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!


例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』


皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!



二日目の朝、フィアが最初に口にしたのは、出口の話ではなく、自分の右腕の異変だった。


地下に朝日は届かない。


それでも、半刻ごとの見張りを記録札へ残していたから、日付を越えたことは分かった。


石炉には、赤い熾火が僅かに残っている。


一晩を支えてくれた廃木片はほとんど灰へ変わり、保守室の温度も少しずつ下がり始めていた。


僕たちは一枚の保温布から離れ、それぞれの身体を確認した。


昨夜の近さを、どちらも口にしなかった。


恥ずべき失敗でも、なかったことにする約束でもない。


二人で夜を越えるため、必要だったことだ。


フィアは石台へ座ったまま、右手を開いた。


ゆっくり閉じる。


もう一度、開く。


親指と人差し指を合わせ、次に中指、薬指、小指の順で動きを確かめる。


途中で、眉が僅かに寄った。


「アルト。右腕が痺れてる」


問いかける前の報告だった。


僕は保温布を畳んでいた右手を止めた。


「昨夜より強い?」


「強い。肘の下から指先まで。人差し指と中指の感覚が薄い」


「動かすことは?」


「できる。でも遅い」


フィアは右手を握ろうとした。


指は動く。


けれど、普段の彼女なら一瞬で終える動作に、二呼吸近く掛かっていた。


「痛みは?」


「鈍い。強くはない」


「色は変わってないと思う。冷たさは?」


「左より冷たい」


僕たちだけで原因を決めることはできない。


学院侵攻後から残る負傷。


昨日までの疲労。


雪崩の冷気。


一晩かけて身体へ積み重なったものが、右腕へ出た可能性はある。


それ以上は、成人治療職員かセシリアに確認してもらうべきことだった。


少なくとも、通常通り剣を振ってよい状態ではない。


フィアも同じ判断をしていた。


左手で自分の鞄を引き寄せると、個人医療用品の袋を取り出した。


第119話の装備確認でも記録されていた、右腕用の簡易固定具だ。


二枚の薄い固定板。


交換用の治療布。


長さの違う物理的な留め帯。


どれもフィアの既存治療へ合わせて用意された物で、魔法道具ではない。


フィアは固定具を石台へ並べ、治療記録札を僕へ差し出した。


「アルト。固定具、巻いて」


一瞬、返事が遅れた。


以前のフィアなら、左手だけで巻こうとしたかもしれない。


上手く固定できなくても、まだ動くからと剣を握ったかもしれない。


けれど、いまのフィアは自分から異変を告げ、自分から固定具を渡している。


「僕でいい?」


「アルトがいい」


迷いのない声だった。


僕は治療記録札とフィアを見比べた。


そこに長い説明はない。


それでも、フィアが剣を握る右腕を僕へ差し出していることの重さは分かった。


「分かった。記録通りにやる。痛みや締め付けは、すぐ言って」


「言う」


石炉の熾火から離れた位置へ、もう一つの手提げ灯を置く。


僕自身の左腕には、黒銀色の封魔具と二重固定がある。


治療布も外さない。


重い作業を左腕へ任せることもできない。


フィアが低い石台へ座り直し、右腕を無理のない角度で載せた。


僕は右手で治療記録札を広げる。


固定する範囲。


固定板の向き。


留め帯を巻く順番。


指先の色と動きを、締めるたびに確認すること。


必要なことだけが簡潔に書かれていた。


「まず、こっちの板を下へ入れる。フィア、左手で押さえられる?」


「できる」


フィアが右腕の下へ固定板を当て、左手で支える。


僕は右手で位置を確かめた。


勝手に関節を動かしたりはしない。


「この角度で痛くない?」


「平気」


「指先の痺れは?」


「同じ」


僕は治療布を固定板の上へ重ねた。


右手だけでは端が逃げる。


フィアが左手で一方を押さえ、僕が反対側から一巻きする。


二人で行えば、布はずれなかった。


一周。


二周。


記録された位置を越えないところで止める。


「締めるよ」


「うん」


最初の留め帯を通し、右手で少しずつ引く。


「どう?」


「少しきつい」


すぐに指を緩めた。


「ここなら?」


「大丈夫」


フィアは我慢して平気だとは言わなかった。


僕も一度で正しく巻けたふりをしない。


短いやり取りを重ねながら、圧力の偏りを直していく。


二本目の留め帯は肘に近い位置。


三本目は手首を動かしすぎない位置。


締めるたびに、フィアは左手で右の指先へ触れ、感覚を比べた。


「色は変わってない。指、動かせる?」


フィアがゆっくり指を曲げる。


「動く」


「痺れは?」


「残ってる。増えてはいない」


「冷たさは?」


「さっきと同じ」


治ったわけではない。


固定具ができるのは、移動中の揺れと余計な負荷を減らすことだけだ。


原因も、回復までの時間も分からない。


それでも、何もせず右腕を動かし続けるよりはいい。


最後の留め帯を付ける。


フィアは右腕を持ち上げようとせず、固定板に預けたまま状態を確かめた。


「強く締まる場所はない?」


「ない。これでいい」


僕は記録札へ、装着した時刻と症状を書き込んだ。


右腕から指先までの痺れ。


人差し指と中指の感覚低下。


強い痛みなし。


指の運動は可能。


固定後も痺れは継続。


分からないことを、分かったようには書かなかった。


「早く言ってくれて、ありがとう」


記録札を畳みながら伝える。


フィアが僕を見る。


「隠したら、二人で戻れない」


「うん」


「アルトも隠さないで」


「右脚の痺れは残ってる。昨夜より悪くはないけど、長く歩けば強くなると思う。左腕には変化なし」


「分かった」


短いやり取りが終わる。


それでもフィアは視線を外さず、少し間を置いてから言った。


「アルトなら、頼める」


「……うん」


それ以上の答えが、すぐには出なかった。


信頼してくれている。


まず受け取るべきなのは、その事実だ。


フィアの言葉へ、僕の知らない意味まで勝手に加えるべきではない。


それでも、胸の奥へ残る重さは、昨夜の言葉と少し似ていた。


フィアは固定した右腕を外套の内側へ収め、留め帯が引っ掛からないよう位置を調整した。


剣は鞘に入れたままにする。


「抜かない」


自分から確認するように言う。


「もし何かあっても、右腕では?」


「使わない」


「痺れが強くなったら?」


「止まって言う」


「分かった。僕の右脚も同じにする」


二人とも万全ではない。


だからこそ、どちらか一人が無理をして補うのではなく、悪化する前に止まる必要があった。


朝の保存食を半分ずつ口にする。


硬く、冷えた保存食だ。


豪華な味はしない。


それでも空腹のまま歩き始めるより、身体は動く。


二人合わせて一食分を使い、残りは四食分となった。


水筒からも少量ずつ飲む。


二本とも空にはならない。


手提げ灯は二つ。


交換用の油と芯は一組。


位置札、記録札、停止笛、短い補助縄、交換用治療布。


普通の片手剣と、フィアの通常剣。


一枚の保温布。


増えた物より、減った物の方が多い。


それでも、二日目を歩くための物は残っていた。


外套と上衣は、新品のように乾いてはいない。


けれど、触れただけで水気が指へ移る状態ではなくなった。


僕たちは互いに背を向け、それぞれ衣服を着直した。


僕の封魔具と二重固定はそのまま。


フィアの右腕にも、先ほど付けた簡易固定具がある。


保温布は防湿包みへ戻し、僕の鞄の上部へ固定した。


左腕へ重さが掛からず、必要な時に右手で取り出せる位置だ。


「記録するね」


僕は新しい位置札へ書き込んだ。


アルト、フィア。


分断二日目。


フィアの右腕に痺れ。簡易固定具を装着。


アルトの右脚に軽い痺れ。左腕と封魔具に新しい異常なし。


保存食四食分。


水筒二本。


保温布一枚を低体温対策として持ち出す。


王国土木局の共有物資であり、帰還後に返却する予定。


旧北側保守路を継続。


「これでいい?」


フィアが左手で位置札を押さえながら読む。


「時刻も」


「あ、そうだね」


記録上の出発時刻を追加する。


隠す必要はない。


ローディンたちがこの保守室へ到達した時、僕たちが何を持ち、どの状態で、どちらへ進んだのか分かる方がいい。


位置札を入口脇へ固定した。


次に石炉の火を消す。


残った熾火を広げ、古い灰を上から被せる。


水は使わない。


燃料箱を閉じ、熱が残っている箇所へ新しい木片が触れていないことを確かめた。


手提げ灯の火を近づけても、煙の動きは増えない。


再び燃え上がる兆候がないことを二人で確認する。


「行こう」


フィアが左手で手提げ灯を持つ。


「うん。同じ歩幅で」


保守室を出た。


旧北側保守路の冷気が、乾き切っていない外套の表面を撫でる。


右脚へ体重を掛ける。


痺れはある。


けれど、歩幅を小さくすれば動ける。


フィアも右腕を身体の近くへ固定したまま、一歩を踏み出した。


前日のように一人で先へ出ない。


僕が遅れれば速度を落とし、僕もフィアの足元と固定具の状態を見ながら進む。


曲がり角を一つ越える。


僕が位置札へ時刻と方向を書き、フィアが左手で壁へ固定する。


次の直線では、天井の状態と床の霜を確認した。


大きな亀裂は見えない。


新しい落石もない。


安全と断定はできないが、少なくとも目視できる範囲は進めた。


「右腕は?」


「同じ。増えてない」


「僕の脚も同じ」


報告を交わしてから、また歩く。


二つ目の位置札を残した頃には、保守室の火の匂いも遠くなっていた。


手提げ灯の明かりだけが、狭い通路の石壁を照らす。


前方で、保守路が僅かに広がっている。


古い資材の搬入口らしく、床には乾いた泥と薄い粉塵が重なっていた。


フィアが突然、左手を上げる。


「止まって」


僕はすぐに足を止めた。


フィアは灯りを低くし、床を照らした。


「跡がある」


僕たちの足元から数歩先。


薄い霜の上へ、靴底の模様が残っていた。


僕たちの靴跡ではない。


靴底の幅が違う。


歩いてきた方向も違う。


成人測量員三名が通った記録のある主要路とも離れている。


「一つじゃないように見える」


僕はその場から動かず、灯りの範囲だけを見る。


重なった跡がある。


ただし、何人分かを正確に分けることはできなかった。


同じ人物が往復した可能性もある。


「人数は分からないね」


「うん。時刻も分からない」


フィアは断定しなかった。


足跡の縁は完全には崩れていない。


けれど、この旧保守路に残る湿気と冷気が、どれほどの速さで跡を変えるのか僕たちは知らない。


放置されていた時代の古い跡より新しい可能性は高い。


それ以上は言えなかった。


「横にもある」


フィアの灯りが、足跡の隣を照らす。


床の粉塵が、二本の線に沿って削れていた。


何か重い物を引いたような擦れ跡だ。


途中で片側が深くなり、石床へ短い傷を残している。


箱か。


部材か。


搬送具か。


痕跡だけでは決められない。


「踏まないように、端を通ろう」


「まだ進む?」


「見える範囲だけ。足跡を追うためじゃなく、旧保守路が続くか確かめる」


フィアが頷く。


僕たちは床の跡から距離を取り、壁際を一歩ずつ進んだ。


僕が構造図を確認し、フィアが前方を照らす。


右腕は使わない。


剣も抜かない。


広くなった区画の奥に、壊れた木枠が見えた。


その手前で、フィアが再び止まる。


「赤黒い紐」


粉塵の上に、短い制御紐が落ちていた。


赤と黒の繊維を編み込んだ物だ。


近くには、細い溝が何本も刻まれた金属板。


割れた陶製の絶縁片。


破れた梱包材の切れ端もある。


どれも互いに繋がっていない。


術式としての形を失っており、動いてもいなかった。


僕たちは触れず、その場から観察した。


「押収記録で見た物に似てる」


「学院侵攻後の記録?」


「うん。赤黒い制御紐と、この金属板の溝。全部が同じとは断定できないけど、一致する部分が多い」


フィアの灯りが、金属板の端を照らす。


煤のような汚れの下に、小さな印が見えた。


円を囲む、尖った星冠。


学院侵攻後、何度も記録で見た形だった。


「星冠印」


「教団の部材である可能性は高いね」


「でも、誰が置いたかは不明」


「いつ置かれたかも分からない。いま近くにいるかも」


「未確認」


僕たちは確認できることだけを分けた。


星冠印がある。


押収記録と似た物理部材がある。


部材は分離されており、作動していない。


足跡と運搬らしき擦れ跡が近くにある。


ここから先は推測だ。


星冠教団が部材を運んだ可能性。


旧輸送坑道の分断設備に使われた可能性。


別の設備へ運ぶ途中で落とした可能性。


どれも、いまの僕たちには証明できない。


「記録する」


僕は部材から離れた位置へしゃがんだ。


右脚へ急に力を掛けない。


記録札へ、見える範囲の簡単な図を描く。


赤黒い制御紐一本。


溝のある金属板一枚。


陶製の絶縁片、複数。


梱包材の切れ端。


星冠印の位置。


足跡と擦れ跡の方向。


回収も分解もしない。


成人封印担当や成人坑道技師が後から確かめられるよう、現状を崩さず残す。


「番号札、そこ」


フィアが左手で、部材から十分に離れた壁際を指した。


「うん。近づきすぎない場所にしよう」


新しい位置札へ番号を付け、壁へ固定する。


床の足跡を踏まないよう、僕たちの通過位置も記録した。


成人側がここへ来た時、僕たちが証拠を乱したと誤認しないためだ。


作業を終え、足跡の先へ灯りを向ける。


旧保守路は、そこで二つに分かれていた。


構造図へ薄く残っている水平の通路。


そして、詳しい形が描かれていない下り勾配の通路。


靴跡と擦れ跡は、下り勾配の方へ続いている。


壁には、梱包材が触れたらしい横長の汚れも残っていた。


入口から六歩ほど先で通路は曲がり、その先は見えない。


音もない。


灯りもない。


誰かが待っている気配を、僕たちに確かめる方法はなかった。


「入らない」


フィアが言った。


「うん。僕たちの目的は追跡じゃない」


「右腕も、この状態」


「僕の右脚もある。敵がいるかどうかも分からない場所へ、二人で下りるべきじゃない」


足跡を見つけたことと、追いかけてよいことは別だ。


星冠印を見つけたことも、そこが本部だという証明にはならない。


僕たちは救助を待ちながら、生きて戻る道を探している。


無理に謎を解くことは、その目的から外れていた。


「水平の方を、入口から確認しよう」


「その前に状態」


フィアが僕の右脚を見る。


「痺れは少し強くなった。でも歩ける。次の区画へ入る前に、一度休みたい」


「分かった」


「フィアの右腕は?」


「増えてない。固定具もずれてない」


互いの報告を記録札へ追記する。


急がない。


隠さない。


二人で戻るために、いま出来ることを一つずつ残す。


それでも、下り勾配の暗闇から視線を外すまでには、少し時間が掛かった。


地上への道を探していた僕たちの前に、王国の構造図では形の分からない地下への道がある。


その床には、人の靴跡。


重い何かを運んだ擦れ跡。


そして、学院を襲った組織と同じ印を持つ部材。


偶然と呼ぶには、重なりすぎていた。


けれど、答えと呼ぶには、まだ足りない。


僕は最後に進行方向を記録し、構造図を閉じた。


二日目に見つけた足跡は、星冠印の術式部材を引きずった跡と重なり、地上ではなく、さらに深い地下へ続いていた。

 「面白かった!」


 「続きが気になる、読みたい!」


 「今後どうなるの!!」


 と思ったら


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 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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 何卒よろしくお願いいたします。

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