第119話 北へ向かう灰鬼
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
《部分換装》という仮称が記録へ加わって三日後、北方旧輸送坑道で星冠教団の物資が見つかった。
発見したのは、王国土木局の成人測量隊だった。
北方旧輸送坑道は、かつて王都から北部へ石材や鉄材を運んでいた道だ。
新しい街道が整備されてから主要路としての役割を終えたものの、すべてが放棄されたわけではない。
崩落が王都北部の地盤へ影響しないよう、王国土木局が今も定期的な保守と測量を続けている。
その測量中、保守対象から外れていた脇道の手前で、複数の木箱が見つかった。
箱は開けられていない。
成人測量員たちは未確認の物資へ触れず、外観と位置だけを記録した。
封紐の編み方。
連続しないよう偽装された梱包番号。
木箱の底板から僅かに見えた、星を冠のように並べた印。
それらが、学院侵攻後に押収された星冠教団の物資記録と一致した。
問題は、木箱だけではなかった。
測量隊は発見後、決められた手順に従って撤退を始めた。
けれど、退路の支柱と人数を再確認するために残った成人測量員三名が、集合地点へ戻らなかった。
崩落に巻き込まれたのか。
道を失ったのか。
負傷して動けないのか。
あるいは、まだ坑道内にいるかもしれない星冠教団と接触したのか。
何も確定していない。
分かっているのは、三人が行方不明であることだけだった。
その正式報告を受けた翌朝、僕たちは灰鬼騎士団本部の作戦室へ集められた。
古い城塞の一室を改装した部屋には、大きな机と壁へ固定された地図台がある。
北方旧輸送坑道の図面は、すでに複数枚へ分けて広げられていた。
使用中の主坑道は黒。
封鎖済みの支道は赤。
測量隊が確認した経路は青い紐で示されている。
木箱が発見されたのは、青い紐が終わる直前だった。
行方不明者の最終確認位置には、三枚の白い札が置かれていた。
「任務は偵察と救助だ」
ガイ団長が地図台の向こうで言った。
無精髭も、整えきっていない髪もいつもどおりだ。
団長外套も雑に羽織っている。
けれど、大剣には触れていない。
「第一目的は、行方不明の成人測量員三名の捜索と救助。第二が、坑道の安全経路確認。星冠教団の物資は三番目だ」
ガイ団長の指が、白い札から木箱の印へ移る。
「物資の位置、数、外観、封を記録する。回収できるかは成人封印担当と現場指揮が決める。新人が勝手に箱を開けることはねえ」
僕たちは頷いた。
「教団員を見つけた場合は?」
ローディンが尋ねた。
「救助対象を置いて追うな。見つけた人数、装備、移動方向を記録して、任務の規模を超えていれば退け」
ガイ団長は迷わなかった。
「星冠教団を追う任務じゃねえ。物資を奪い合う任務でもねえ。生きてる奴を連れ帰る任務だ」
作戦室には、僕とフィアとセルフィナのほかにも、複数の成人騎士がいた。
坑道の支柱と地盤を確認する成人技師。
不審な木箱へ近づけるか判断する成人封印担当。
後衛と退路を守る成人警備担当。
そして、僕の主監督騎士であるローディン。
ローディンは黒髪を後ろへ流し、灰色の瞳で地図上の出口を数えていた。
第一退路。
第二退路。
坑道外の救護地点。
輸送車の待機位置。
確認するたび、図面脇の一覧へ短く印を加えていく。
僕たち三人だけで任務へ出るわけではない。
今回も、成人側の指揮と退路の中へ参加する。
「新人三名は、それぞれ別枠で参加を認める」
ヴェラ副団長が物理的な参加者一覧を手にした。
鉄紺色の短い髪と、地図を見つめる琥珀色の瞳。
「正式所属班は未決定です。今回の一時編成を、そのまま班や戦団として登録することはありません」
アルト、フィア、セルフィナ。
三人の名前は、同じ欄へまとめられていない。
それぞれの役割、身体条件、同行する成人担当者が別々に記されている。
僕は地形、術式線、物資配置の観察と記録。
フィアは封紐や指定された障害物を、必要な範囲だけ処理する役目。
セルフィナは、確認できた事実と推測上の危険を分けて報告する。
誰かの付属品として選ばれた者はいなかった。
「残りの参加者を紹介します」
ヴェラ副団長が視線を移す。
地図台の右側に、大盾を背負った大柄な男性が立っていた。
僕より三歳年上の十八歳。
ガルド・バルガン。
僕たちが灰鬼へ入団する以前から所属している成人騎士だ。
肩幅が広く、厚い訓練着の上からでも鍛えられた身体が分かる。
背中の大盾には目立つ飾りがない。
縁、握り、背負い紐、接地部分まで丁寧に整備されていた。
盾の横には、折り畳まれた搬送具と、負傷者を背負うための固定具がある。
「ガルドは先頭または搬送列の防衛、足場確保、負傷者運搬を担当します」
ガルドは僕たちへ一度だけ頷いた。
「ガルド・バルガンだ。盾と搬送をやる」
低く、短い声だった。
「盾の後ろへ入ればいいんですか」
僕が尋ねると、ガルドの視線が僕ではなく、地図上の退路へ向いた。
「必要なら入れ。ただし、俺だけを見るな」
太い指が第一退路から白い札までを辿る。
「退路と、運ぶ相手を見ろ。盾だけ残っても、守る奴が帰れなきゃ失敗だ」
立ち続けることが、守ることではない。
その言葉には、説明されていない重さがあった。
ガルドは大盾の状態より先に、搬送具の留め具と交代時刻を確認している。
以前、退くべき時に退けなかったことがあるのかもしれない。
けれど、僕には推測しかできない。
本話で尋ねることではなかった。
「次、ユノ」
地図台の反対側から、身軽な女性が一歩前へ出た。
ユノ・フェル。
ガルドと同じ十八歳の成人騎士で、獣人の斥候だ。
短く整えられた髪の間から獣耳が覗いている。
灰鬼の勤務服は身体へ沿うよう調整され、装具帯には帰路札、細い紐、記録板、小さな方位器が並んでいた。
ユノも、僕たちの入団以前から灰鬼へ所属する先輩だ。
「ユノ・フェル。足跡、匂い、音、風向き、土の崩れを調べる」
明るい声だが、任務説明を軽く扱う様子はない。
「最初に言っておくけど、匂いだけで人数も生死も決められないからね」
「確認できる範囲を報告する、ということですか」
セルフィナが尋ねた。
「そう。匂いは事実。嫌な感じは、まだ推測」
ユノが短く笑う。
「あなたは?」
「目視できた事実と、推測上の危険を分けます。精霊を坑道の奥へ先行させる予定はありません」
「役割、取り合わなくて済みそうだね」
「現時点では、そのように判断します」
ユノはセルフィナの答えに満足したらしく、帰路札の束を持ち上げた。
「先に痕跡を見つけても、一人では追わない。帰り道を付けてから進む。私が戻る印を付け忘れてたら、遠慮なく止めて」
軽く聞こえる言葉だった。
けれど、ユノは帰路札を数え終えると、もう一度最初から数え直した。
その慎重さにも、まだ話されていない過去があるのだと思う。
最後に、セシリアが医療箱の脇へ立った。
灰金色の髪を肩で切り揃え、細い眼鏡の位置を直す。
「私は王国側成人治療機関から派遣された医療協力員です。灰鬼騎士団員ではありません」
穏やかな声で、立場を明確にする。
「現場指揮はローディン騎士へ従います。ただし、医療上の停止判断は私が行います。救助対象だけでなく、参加者にも活動継続が危険だと判断した場合は停止を勧告します」
「俺にもか」
ガルドが聞いた。
「当然です。盾役だからといって、筋損傷や呼吸異常が消えるわけではありません」
「分かった」
ガルドは素直に頷いた。
セシリアは誰か一人だけを見るのではなく、参加者一覧を順番に確認している。
ガルドの搬送負荷。
ユノの足首。
フィアの右腕。
セルフィナの身体状態と、共同承認上の情報範囲。
そして僕の左腕、右脚、空腹、知覚。
「アルトの参加条件へ移る」
ガイ団長の声で、僕は姿勢を正した。
今回の任務参加は、僕の規則違反が許されたからではない。
訓練参加停止とは別に、成人監督下の正式任務へ参加できるか、個別の確認が行われた。
僕が選ばれた理由は、《暴食》ではない。
坑道の地形。
木箱の置かれ方。
術式線や封紐の違和感。
そうしたものを観察し、記録する役目だった。
「第一覚醒は切り札じゃねえ。今回の選択肢には最初から入ってねえ」
ガイ団長が明言する。
「はい。使用しません」
「《暴食》もだ」
「使用しません」
「《部分換装》はまだ技ですらねえ。試すな。練習するな。ベルゼバスへ呼びかけるな」
「はい」
「単独行動は」
ローディンが引き取った。
「しません。ローディンか、正式に引き継がれた成人監督者の視界と声の範囲から出ません」
「俺が離れる時は、引き継ぎ相手と時刻を確認する。口頭だけでは移さない」
「分かりました」
「救助対象や敵影を見つけても、一人で先へ出るな」
「はい」
セシリアが僕の左腕を見た。
「冷たい脈動、紋章の濃色化、痛みの上昇、普段と違う空腹、味覚、嗅覚、視覚の変化があれば?」
「小さくても即時報告します」
「右脚の痺れもです」
「隠しません」
僕はレイシアにも、同じことを約束している。
今度は言葉だけで終わらせない。
ガイ団長は僕の返事を聞き、地図台へ手を置いた。
「次は全員の撤退条件だ」
ヴェラ副団長が、壁へ十二枚の札を並べる。
第一退路と第二退路の両方に異常が出た場合。
坑道の崩落が進行した場合。
成人隊の指揮または連絡系統を維持できない場合。
行方不明者を発見し、搬送を開始した場合。
星冠教団の人員、儀式、設備が偵察任務の規模を超えた場合。
未確認の魔力反応や封印異常が発生した場合。
セシリアが医療停止を勧告した場合。
成人封印担当が接近停止を命じた場合。
僕の封魔具、紋章、空腹、知覚に異常が出た場合。
フィアの右腕へ規定以上の反動が出た場合。
ユノが帰路を確定できない場合。
任務指揮官が救助継続不能と判断した場合。
「救助対象を確保したあと、物資箱を調べる時間が残っていたら?」
フィアが尋ねる。
「残っていても、搬送を優先します」
ヴェラ副団長が即答した。
「物資を残して撤退しても、救助対象の命を優先したのであれば任務失敗とは記録しません」
「了解」
フィアは短く頷いた。
「撤退は負けじゃない」
ユノが帰路札を指先で揃える。
「帰るところまで含めて偵察だからね」
「搬送中は、俺が最後尾へ移る場合がある」
ガルドが続けた。
「盾の位置だけで前後を決めるな。指揮を聞け」
それぞれの能力ではなく、誰がどこで止まり、誰と戻るか。
灰鬼では、任務前からその形が決められていた。
作戦説明を終えると、僕たちは本部の物資中庭へ移動した。
灰鬼の輸送車が二台。
成人隊用の車両が一台。
救助対象を寝かせられる平坦な荷台と、揺れを抑える固定具も準備されている。
成人事務職員、成人物資担当、武具担当が、参加者を一人ずつ呼んだ。
貸与品の番号。
個人物資。
返却が必要な道具。
武器の固定。
荷物の重量。
三人分をまとめて確認することはない。
医療物資と封印物資も、別の箱で管理されている。
僕の番が近づいたところで、フィアが相互確認表を持って隣へ来た。
「アルト」
「何?」
「荷物、見ていい?」
「うん。相互確認表の範囲なら」
フィアは僕の返事を聞いてから、鞄を開いた。
封印された医療記録や私物には触れない。
表に書かれた順番だけを追っていく。
「飲料水」
「ここ」
「封、正常。保存食」
「下の袋」
「日数分あり。手提げ灯」
「右側」
フィアは留め具を確かめ、僕が右手だけで取り出せるか実際に動かさせた。
「停止笛」
「装具帯の右前」
「取って」
僕は右手で笛を抜き、すぐ戻した。
「記録札。交換用治療布。貸与品一覧」
確認は細かい。
荷紐が左腕へ掛かっていないか。
歩いた時、鞄の角が封魔具へ当たらないか。
右手で必要な物を取り出せるか。
「個人用食器」
「入ってるよ」
僕は布袋から折り畳み椀と木匙を見せた。
フィアは二つとも確認し、一覧へ印を付ける。
「返却品番号も一致」
「ありがとう」
「もう一回、荷紐を見る」
結局、フィアは僕の鞄を三度確認した。
それは監督者としての検査ではない。
正式な身体確認はローディンとセシリア、成人封印担当が別に行っている。
フィアがしているのは、同じ任務へ向かう者同士の相互確認だった。
僕の確認が終わると、次はフィア自身の荷物が物資台へ載せられた。
剣。
停止笛。
治療用品。
保存食。
飲料水。
右腕の固定用布。
どれもある。
成人物資担当が一覧を追い、最後の欄で手を止めた。
「個人用食器袋を提示してください」
フィアが鞄の右側へ手を入れる。
次に左側。
表情を変えず、底まで確認する。
それから、静かに眉を寄せた。
セルフィナが隣から荷物一覧を覗き込んだ。
「入っていません」
「分かってる」
「アルトの荷物は三度確認していました」
フィアが黙る。
セルフィナは事実を読み上げるように続けた。
「ご自身の食器は一度も確認していません」
「分析しないで」
「確認済みの事実です」
フィアは騒がなかった。
顔を真っ赤にして叫ぶことも、荷物を乱暴に掻き回すこともしない。
一覧を最初から見直し、食器欄だけが未確認だったと認めた。
「アルトの方を先に見てた」
言い訳というより、原因の報告だった。
「忘れたのは食器だけ。剣も笛も治療用品もある」
「出発前に分かってよかったよ」
僕がそう言うと、フィアは僅かに視線を逸らした。
「予備を借りる。返却記録も書く」
成人物資担当は笑わず、予備品箱から番号付きの食器袋を取り出した。
折り畳み椀と木匙。
破損がないことをフィア本人へ確認させる。
「貸与品番号、受領者、返却予定日を確認してください」
「確認した」
フィアは右手で受領欄へ署名した。
「任務後、洗浄して返却する」
「受領を記録しました」
忘れ物はそこで修正された。
誰かの食器を奪う必要もない。
任務を止める必要もない。
そしてフィアは、自分の一覧へ食器確認の印を追加した。
セルフィナがそれを見て、小さく頷く。
「次回は確認されるでしょう」
「する」
短いやり取りだった。
けれど、第114話の頃よりも、二人の間に少しだけ慣れた空気があった。
反対側では、ガルドが大盾を物資台へ立てていた。
武具担当と一緒に縁、握り、背負い紐を確認する。
その後、大盾より長い時間をかけて搬送具の固定を見ていた。
「負傷者一人を背負った状態で、予備の布と水を持てますか」
セシリアが尋ねる。
「持てる。ただし急勾配なら盾を成人隊へ預ける」
「その判断を現場で遅らせないでください」
「ああ」
ユノは帰路札を色別に分け、数を記録している。
「第一退路用、第二退路用、使用不能表示」
セルフィナが確認する。
「信号範囲から出た場合は?」
「前へ行かない。戻る」
ユノは即答した。
「匂いを見つけても?」
「帰路がないなら追わない。前に一度、それで失敗してるから」
それ以上、過去の説明はしなかった。
けれど、自分の失敗を隠さず、今の手順へ変えていることは伝わった。
セシリアの医療箱は、僕たちの鞄とは別に成人隊の車両へ固定された。
清潔な布。
身体固定具。
飲料水。
搬送記録。
箱の内容は用途別に分けられ、必要な者だけが開けられる。
「医療物資を一人へ集中させません」
セシリアが言った。
「私が動けない場合に備え、成人治療補助担当へ第二箱を預けます。ただし診断判断まで新人へ渡すわけではありません」
灰鬼の任務は、誰か一人の力で成立する形に作られていない。
全員の装備確認が終わる頃、北門へ向かう出発時刻が近づいていた。
ガイ団長が物資中庭へ姿を見せた。
参加者一覧と輸送記録を、最後まで自分の目で確認する。
専門担当へ任せても、団長としての責任まで渡したわけではない。
「最終確認だ」
全員がガイ団長へ向き直る。
「敵を倒しに行くんじゃねえ。生きてる奴を連れ帰れ」
低い声が中庭へ通った。
「箱を残してもいい。敵を逃がしてもいい。救助対象と退路を捨ててまで拾う戦果はねえ」
「了解しました」
ローディンが成人隊を代表して答える。
僕も続いた。
「了解しました」
灰鬼の輸送車へ乗り込む。
ローディンは僕と同じ車両にいる。
フィアとセルフィナも同乗するが、同じ車両だから固定班になったわけではない。
ガルドは大盾と搬送具を積んだ後方車両。
ユノは成人斥候と地図を確認できる前方車両。
セシリアは医療箱と救護用荷台のそばへ座った。
一人ずつ違う役割を持ち、同じ目的地へ向かう。
輸送車が灰鬼騎士団本部を出た。
まだ坑道は見えない。
星冠教団員の姿もない。
行方不明になった三人が、どこで何を待っているのかも分からない。
分からないからこそ、勝手に答えを決めず、確認しながら進む。
やがて北門の大きな扉が、成人門衛たちの確認を経てゆっくり開き始めた。
冷たい北風が、灰黒色の制服を揺らす。
僕は左腕の封魔具と、右手の届く停止笛を確認した。
第一覚醒は使わない。
《暴食》も、《部分換装》も使わない。
一人で先へ行かない。
異変を隠さない。
そして、敵ではなく救う相手を見る。
王都の北門が開き、僕たちは星冠教団を追うためではなく、坑道に取り残された人を連れ帰るために北へ向かった。
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