第113話 国家一の無属性
「この場面を挿絵で見たい!」と思った箇所がありましたら、挿絵希望度を★1〜5で評価し、場面と一緒に感想欄で教えてください!
例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
皆さまの声を、今後の挿絵制作の参考にさせていただきます!
正式入団の翌朝、灰鬼騎士団の訓練場で僕を待っていたのは、大剣ではなく、幅広の木剣を肩へ担いだガイ団長だった。
無精髭も、整えきっていない髪も昨日のまま。
団長外套は片方の肩からずれ、木製大剣だけが妙に真っすぐだった。
「来たか」
「はい」
僕も武器架から片手剣型の木剣を受け取る。
実際に使っている剣と、長さも重心も近い。
柄へ巻かれた革に緩みはなく、刃に相当する部分にも亀裂はなかった。
武具担当による確認印が、柄頭へ押されている。
今日から、新人三人の個別査定が始まる。
最初に呼ばれたのは僕だった。
フィアとセルフィナは訓練場へ入らず、木製の境界杭より外側に設けられた安全区画にいる。
二人の査定は別に行われる。
僕を手伝うためでも、異常時に押さえ込むためでもない。
今日、査定区画へ入る新人は僕一人だ。
「始める前に規則を確認します」
ヴェラ副団長が記録台の前に立つ。
訓練場の地面は硬く踏み固められ、外周には白い安全線が引かれていた。
線の外には飲料水と救護用の担架。
本部建物まで続く通路も空けられている。
「使用武器は確認済みの木剣のみ。実剣、攻撃魔法、高階位出力は禁止します」
ヴェラ副団長の琥珀色の瞳が、僕とガイ団長へ順に向く。
「頭部、喉、眼球、心臓への意図的な攻撃を禁止。アルト騎士の左腕と封魔具も対象外です」
ガイ団長が木製大剣を肩から下ろした。
「分かってる」
「団長が分かっていることと、正式記録へ残すことは別です」
「はいはい」
軽い返事だった。
けれど、ガイ団長は不満を口にせず、木剣を地面へ立てて規則の確認を待った。
「査定結果より、負傷報告と停止命令が優先されます」
ヴェラ副団長が続ける。
「私、ローディン騎士、セシリア医療協力員のいずれかが停止を命じた場合、即座に動作を止めてください」
安全線のすぐ外にはローディンがいる。
片手剣は腰へ下げているが、抜く様子はない。
灰色の瞳が僕の足元から左腕へ移り、続いて訓練場の二つの出口を確認した。
「アルト」
「はい」
「痛み、痺れ、知覚、空腹。変化があれば、その時点で言え。団長が攻撃中でもだ」
「分かりました」
「俺が止める。フィアとセルフィナの責任じゃない」
安全区画にいる二人へ視線を向けることなく、ローディンは言い切った。
その隣には、細い眼鏡を掛けたセシリアがいる。
「始める前の状態を確認します」
僕は木剣を下げる。
左腕には僅かな張りがある。
昨日の検査後から強くなってはいない。
右脚の痺れはなし。
空腹も普通。
知覚の変化も感じない。
一つずつ、具体的に答えた。
「開始時状態を記録しました。変化があれば同じ精度で報告してください」
「はい」
ガイ団長が首を軽く回す。
「堅苦しいな」
「団長が新人を壊さないためです」
セシリアが平然と答えた。
「壊す気はねえよ」
「意図の有無と、結果は別です」
ガイ団長が僕を見る。
「うちの連中、俺には遠慮がねえだろ」
「安心しました」
「本当か?」
半分くらいは本当だった。
団長の判断だけで査定が続くわけではない。
僕の監督責任を負うローディン。
身体状態を判断するセシリア。
規則と退路を管理するヴェラ副団長。
それぞれが、自分の役割を譲らずに立っている。
「この査定は、お前が俺に勝てるかを見るもんじゃねえ」
ガイ団長が木製大剣を両手で構えた。
「勝てない前提なんですね」
「今のお前が勝ったら、俺は今日で団長を辞める」
即答だった。
安全区画から、フィアの小さな声が届く。
「当然」
「聞こえてるぞ」
フィアは気にした様子もなかった。
ガイ団長は改めて僕へ向き直る。
「見るのは、負けてる時に何を選ぶかだ。命令を聞けるか。異常を隠さねえか。危ねえ力に逃げねえか。少ない魔力をどこへ使うか」
幅広の木剣の先が、僅かに持ち上がった。
「それと、自分の剣で答えを作れるか」
僕は右手で木剣を握る。
左手は軽く添えるだけ。
「最初は魔法なし。強化もなしだ」
「はい」
ヴェラ副団長が開始札を上げた。
「第一段階、開始」
札が下りた。
ガイ団長は踏み込まなかった。
その場で木製大剣を横へ振る。
届かない。
そう思った瞬間、右足が半歩前へ出た。
木剣の間合いだけが、一気に伸びる。
僕は自分の木剣を斜めに立てた。
正面から止めるのではなく、上へ受け流す。
二本の木剣が触れた。
重い。
刃に相当する部分を滑らせたはずなのに、僕の右肩まで衝撃が届いた。
ガイ団長の木剣は上へ抜けない。
僕が流そうとした方向へ、先に柄が回っている。
幅広の腹が僕の木剣を押さえた。
「受け流す方向が分かりやすい」
木製大剣から力が抜ける。
押し返そうとした僕の身体だけが前へ出た。
次の瞬間、柄頭が右肩へ触れていた。
「一本」
ヴェラ副団長が記録する。
ガイ団長はすぐに離れた。
強く打たれてはいない。
痛みもほとんどなかった。
けれど、実戦なら肩を壊されていた位置だ。
僕は構え直す。
今度はこちらから踏み込んだ。
右肩。
木剣を振り下ろす。
ガイ団長の木製大剣が盾のように立った。
受け止められる前に、剣先を手首へ切り替える。
それも大剣の鍔元で塞がれた。
二撃とも防がれた。
それでも足を止めない。
右へ抜けようとした瞬間、ガイ団長の左足が僕の進路へ置かれる。
蹴られたわけではない。
ただ足があるだけなのに、進めない。
後ろへ下がれば、大剣の間合いへ戻される。
横へ動けば、肩が触れる位置にガイ団長の身体がある。
「剣だけで戦うな」
太い木剣の腹が、僕の胴へ軽く当たった。
「二本」
また取られた。
木剣を振り切った後も、ガイ団長の重心は崩れない。
大きな武器を持っているのに、足元に余分な動きがなかった。
三度目。
ガイ団長は大きく振りかぶった。
さっきより遅い。
大振りの後なら内側へ入れる。
僕が踏み込む。
木製大剣は振り下ろされなかった。
柄が短く押し出され、僕の木剣の鍔を止める。
同時に、ガイ団長の肩が僕の右側へ入った。
身体ごと向きを変えられる。
何とか足を踏ん張った時には、木製大剣の腹が背中へ触れていた。
「三本」
遅く見えたのも、誘われていただけだ。
四度目は木剣を弾かれた。
五度目は退路を削られ、安全線の直前で止められた。
六度目は受けることすらできず、右脇腹へ寸止めされた。
魔力は使っていない。
ガイ団長も、ただの木剣と身体だけだ。
それなのに、攻撃の始まりが見えない。
正確には、見えているのに対応が間に合わない。
剣が動いた時には、足を置く場所まで決められている。
「止めます」
ヴェラ副団長の声が響いた。
ガイ団長の木製大剣が、その場で止まる。
僕も追撃しようとせず、木剣を下げた。
ローディンが安全線を越えてくる。
「申告」
「呼吸が少し速くなっています。右脚の痺れはありません。左腕は、木剣を受けた二回目から肩の手前が引きつっています」
「強さは」
「昨日の検査時より少し弱いです。ただ、腕を上げた状態で長く残っています」
セシリアが僕の左腕を支え、無理のない範囲で角度を確認する。
封魔具には触れない。
治療布と二重固定にも変化はなかった。
「痛みの範囲は拡大していません。黒い紋章にも変化なし」
続いて右脚と呼吸が確認される。
「継続は可能です。ただし、左腕で木剣を支え続けないこと。痛みが強くなれば終了します」
「はい」
ローディンは時計を見た。
「第二段階を一度。維持時間は規定以内。異常申告があれば、その時点で終わりだ」
「分かりました」
僕とガイ団長は、再び査定区画の中央へ戻る。
「次は基礎強化を使う」
ガイ団長が木製大剣を構えた。
「第一階位相当。身体と武器へ通すだけだ。名前も付いてねえ、無属性の一番下だ」
高階位魔法ではない。
攻撃魔法でもない。
無属性魔法を学ぶ者が、最初に覚える基礎的な強化だった。
「詠唱後、開始札を下ろします」
ヴェラ副団長が確認する。
ガイ団長が先に息を吸った。
「形なき力よ、我が身を支え、我が刃へ通れ」
短い完全詠唱が終わる。
その後で初めて、ガイ団長の魔力が身体と木製大剣へ通った。
無詠唱ではない。
どれほど低い階位でも、ガイ団長は必ず詠唱を必要とする。
今度は僕の番だった。
「形なき力よ、我が身を支え、我が刃へ通れ」
最後まで唱えてから、少ない魔力を全身へ巡らせる。
足。
腰。
肩。
手首。
木剣。
全部を支えようとした。
けれど、魔力が薄い。
身体の表面へ広げた水のように、どこにも十分な厚さがない。
ガイ団長の姿勢は、魔法なしの時とほとんど変わって見えなかった。
魔力だけが静かに動いている。
足裏。
腰。
肩。
手首。
木製大剣。
一つの場所へ留まらず、動作が始まるより先に配分先を変えていた。
「第二段階、開始」
開始札が下りる。
地面を蹴ったガイ団長の身体が、一気に近づいた。
速い。
けれど、速度だけではない。
木製大剣が横へ走る。
僕は木剣を斜めに合わせた。
接触する直前まで、ガイ団長の大剣は軽く見えた。
触れた瞬間だけ、重さが変わる。
木剣ごと右腕を持っていかれた。
足へ通した強化も間に合わない。
僕の身体が横へ流れる。
倒れないよう腰へ魔力を移した時には、ガイ団長が先へ回っていた。
木製大剣の切っ先が、右肩へ触れる。
「一本」
魔法なしの時より差が広がった。
次は正面から受けなかった。
触れる直前に木剣を引き、空振りさせようとする。
ガイ団長の木製大剣から魔力が抜けた。
重いはずの武器が、途中で軽くなる。
軌道が変わり、僕の木剣の内側へ入った。
柄が押し上げられる。
両手が浮く。
腹部へ木剣の先が止まった。
「二本」
三度目は足へ魔力を集めた。
その分、木剣と腰が弱くなる。
一歩目だけは速くなった。
けれど二歩目へ繋がらない。
ガイ団長の左足が進路を塞ぎ、肩で押し戻される。
「一か所へ入れりゃいいってもんじゃねえ」
「分かっています」
「分かってて間に合ってねえな」
「……はい」
木剣の腹が右肩へ触れる。
「三本」
安全区画からフィアの声が聞こえた。
「同じ強化に見えない」
僕もそう思う。
詠唱は同じ。
使っているのも、基礎的な無属性強化だけ。
なのに、結果は全く違っていた。
「差は出力量だけではありません」
セルフィナが静かに言う。
「魔力を移す場所と、その判断速度が違います。アルトは動作が始まってから移しています。ガイ団長は、始まる前に移し終えています」
全身へ薄く広げても勝てない。
一か所へ集めても、他が遅れる。
僕が足へ魔力を動かす間に、ガイ団長は足から腰、腰から肩、肩から木剣へ通し終えている。
それでも、見なければならない。
大剣だけではない。
右足。
左の踵。
腰。
肩。
呼吸。
木剣が軽くなる時。
接触する瞬間。
力を入れ終えた後。
再開後、さらに四本を取られた。
一度は木剣を弾かれた。
一度は足を止められた。
一度は腰への魔力移動が遅れ、姿勢を崩した。
一度は手首だけを強化した結果、踏み込みが届かなかった。
ガイ団長の動き全ては見えない。
次にどこを狙うのかも分からない。
けれど、一つだけ繰り返されるものがあった。
木剣が触れた後、ガイ団長は力を外へ逃がさない。
大剣から手首。
手首から肩。
肩から腰。
最後は足元へ戻す。
訓練場の外へ衝撃を漏らさず、次の動作へ繋げるための制御。
弱点ではない。
むしろ、ガイ団長の強さを支えている動きだ。
それでも、木製大剣へ集まっていた力が足元へ戻る瞬間だけ、次の軌道へ入る前の短い道がある。
僕は大きく踏み込まなかった。
ガイ団長の横薙ぎへ木剣を合わせる。
接触。
重い。
正面から押し返さない。
右手の力を抜く。
木剣を滑らせる。
ガイ団長の力が、木製大剣から腕へ戻る。
今だ。
足裏へ魔力を通す。
半歩だけ前へ出る。
腰へ移す。
大きく回さない。
最後に、手首へ。
木剣を最短の線で差し込む。
ガイ団長の胸元へ、剣先が伸びた。
届く。
そう思った瞬間、ガイ団長の上体が僅かにずれた。
剣先は団長外套へ触れない。
指一本分ほど手前を通り過ぎる。
同時に、木製大剣の柄が僕の木剣を外側へ弾いた。
握りは離さなかった。
けれど、剣先が大きく逸れる。
次の瞬間には、幅広の木剣が僕の右肩へ止まっていた。
避ける時間はなかった。
「そこまで」
ヴェラ副団長の声が響く。
僕は動きを止めた。
ガイ団長も、木剣を肩へ触れさせた位置から静かに引く。
「査定終了。最終有効打、ガイ団長」
勝ったわけではない。
引き分けでもない。
僕の木剣は触れていない。
ガイ団長の木剣は、僕の肩へ届いている。
結果は、最初から最後までガイ団長の圧勝だった。
それでも、ガイ団長はすぐに背を向けなかった。
「今の一歩、何を見た」
僕は呼吸を整えながら答える。
「全部は分かりませんでした。ただ、力を外へ逃がさず、自分の足元へ戻す瞬間だけ見えました」
「それで、戻る途中へ剣を入れたか」
「はい」
「弱点だと思ったか?」
「いいえ。次の動作と安全のために必要な制御だと思います。でも、僕が通れる道は、そこにしかありませんでした」
ガイ団長が木製大剣を肩へ戻した。
「剣先は当たってねえ」
「はい」
「俺が本気なら、入る前に十回は止められる」
「分かっています」
「ならいい」
ローディンとセシリアが査定区画へ入ってくる。
僕は木剣を下ろし、先に状態を申告した。
「左腕の引きつりが少し強くなりました。右脚は痺れていませんが、ふくらはぎに疲労があります。知覚と空腹に変化はありません」
「申告確認」
ローディンが記録台を見る。
セシリアが左腕と右脚を調べた。
黒い紋章の範囲は変わらない。
封魔具も二重固定も、そのまま維持されている。
「訓練範囲内の疲労です。ただし、本日の対人査定は終了。追加訓練は認めません」
「はい」
ガイ団長も異議を唱えなかった。
僕が水を飲んで呼吸を整える間、ガイ団長は記録用の札を手に取った。
「足りねえものから言うぞ」
「お願いします」
「出力。基礎体力。重心。呼吸。魔力を移す速さ。剣を戻す速さ。相手の立てる場所を削る技術」
一つも反論できない。
「全部ですね」
「そうだな」
ガイ団長はあっさり認めた。
「お前は魔力が少ない。全身を同時に支えようとすりゃ、全部が薄くなる。一か所だけに集めりゃ、他が遅れる。今は配分を決める判断も、身体の動きについてきてねえ」
厳しい評価だった。
けれど、そこで言葉は終わらなかった。
「その代わり、勝てねえと分かってから、力比べを捨てた」
ガイ団長の視線が、僕の木剣へ落ちる。
「危ねえ力にも逃げなかった。見えるところだけ見て、使える魔力だけ使って、一歩を作った」
《暴食》は使っていない。
第一覚醒も、《閃駆》もない。
少ない魔力と、木剣と、自分の足だけだった。
「《暴食》は育てねえ。育てるのは、お前の足と腰と呼吸と剣だ」
ガイ団長が明言する。
「灰鬼では、お前を危険な力の器じゃなく、一人の剣士として育てる」
その言葉を聞きたくて、僕は灰鬼騎士団の育成計画に心を動かされたのかもしれない。
レイシアの隣へ立ちたいという夢は変わらない。
その隣へ、自分の足で辿り着く。
そのための剣を、ここで伸ばせる。
「何から始めますか」
僕が尋ねる。
「立ち方」
「立ち方?」
「次が歩き方。呼吸。重心移動。素振り。魔力を足だけ、腰だけ、手首だけへ通す練習。あとは停止命令と異常報告だ」
高階位魔法の名前は一つも出なかった。
第一覚醒を試す話もない。
「剣を振る前に、立て。踏み込む前に、歩け。強化する前に、どこへ力を置くか決めろ」
国家一の無属性使いが、木製大剣を武器架へ戻す。
「今日の査定は終わりだ。休め」
「はい」
その日、国家一の無属性使いが僕へ最初に教えたのは、強い魔法ではなく、自分の足で剣の届く場所へ立つことだった。
「面白かった!」
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「今後どうなるの!!」
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