第106話 喧嘩で決めようぜ
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例:『〇〇と△△が対峙する場面/★★★★★』
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二つの正しい計画が並んだまま、成人選抜官は四枚の妥協案を審査卓へ置いた。
水蝶騎士団と灰鬼騎士団。
どちらも僕の監視条件を満たし、どちらにも異なる適性がある。
安全性でも、他の団長たちの意見でも優劣を決められなかったため、前話まで口頭で検討されていた共同育成案が、正式な書面へ整理されたのだ。
僕の名が記された二枚の第一指名札は、審査卓の端へ並べられている。
赤縁の候補札も、その間に置かれたままだ。
「第一案を確認します」
成人選抜官が、一枚目の書面を持ち上げた。
「候補者アルトの主所属を水蝶騎士団とし、灰鬼騎士団が行う無属性訓練へ定期的に出向させる案です」
日常、医療、封印、任務に関する責任は水蝶騎士団が負う。
ガイ団長や灰鬼騎士団の成人指導騎士は、決められた時間だけ僕へ剣術と無属性系統の基礎を教える。
救護と異常監視の指揮系統は一つにできる。
一見すると、僕が望む二つの道を両立できそうに思えた。
「この案では、出向訓練中の負傷および異常発生についても、水蝶騎士団が最終責任を負います」
成人治療職員が補足する。
「灰鬼騎士団には訓練中止を命じる権限があります。ただし、育成計画の変更や任務後の継続観察は、水蝶騎士団へ報告した後でなければ行えません」
ガイ団長が書面を一瞥した。
「足の置き方を直して、次の日に戻ってきたら元に戻ってる。だが、そいつの普段を見てねえ俺には、何が原因か分からん」
「定期訓練だけでは不十分だと?」
「剣を振ってる時間だけが訓練じゃねえ。歩き方も、座り方も、疲れてからの呼吸もだ。そこを別の騎士団へ預けたまま、結果だけ出せと言われても責任は持てん」
ガイ団長は水蝶騎士団の監督を否定しているのではない。
自分が見られる範囲と、責任を負わされる範囲が一致していないことを問題にしていた。
成人記録官の筆が動く。
成人選抜官は一枚目を置き、二枚目を取った。
「第二案。主所属を灰鬼騎士団とし、水蝶騎士団が医療、封印、異常監視を担当します」
ガイ団長または指定された成人監督騎士が、僕の日常と任務を指揮する。
水蝶騎士団の成人治療職員と成人封印官は、定期検査と異常時の停止勧告を行う。
剣士としての継続育成は可能になる。
だが、別の問題があった。
「水蝶騎士団が異常を認め、任務中断を勧告した時、灰鬼騎士団の現場指揮官が戦闘継続可能と判断した場合の最終権限が定まっていません」
成人封印官が書面の一部を示す。
「医療監督を担う以上、水蝶騎士団には停止権限が必要です。しかし、任務指揮権を持たない者が現場命令を覆せば、隊全体の指揮系統へ影響します」
レイシア団長が静かに立ち上がった。
「異常を確認してから、灰鬼騎士団へ停止許可を求める案には同意できません」
声は穏やかだった。
けれど、譲る余地は一つも感じられない。
「一度の確認、一度の伝達、一度の返答。その間にも異常は進みます」
レイシア団長の水色の瞳が、僕の左腕へ向く。
治療布と黒銀色の封魔具。
その下にある黒い紋章は、肩の手前まで広がったままだ。
「アルトは、二つの命令書の間で受け渡す記録ではありません」
審査卓の上に置かれた僕の候補札を、レイシア団長が見つめる。
「異常が起きた時、誰が止め、誰が退かせ、誰が責任を負うのか。それを一つに決める必要があります」
個人的な思いだけで言っているのではない。
学院中央で僕が第一覚醒を使った時、一呼吸の遅れが何を招くかを、レイシアは理解している。
同時に、他の誰かへ僕の最終判断を委ねたくないという強い感情も、その目には隠し切れずに残っていた。
「医者も封印官も借りればいい」
ガイ団長も椅子から身体を起こした。
「だが、最後に退けと言う奴は一人にしろ」
「灰鬼騎士団の指揮へ、全て従わせるという意味ですか」
「俺が異常を見落としたなら、専門家が止めりゃいい。その権限は最初から計画へ入れてる」
ガイ団長は成人治療職員と成人封印官を見る。
「だが、水蝶と灰鬼で別々の任務命令を持たせるのは駄目だ。命令を二つ持たされた新人は、迷った一秒で死ぬ」
レイシア団長とは違う言葉だった。
それでも、二人が問題にしている場所は同じだった。
誰が僕を止めるのか。
誰の命令で退くのか。
その一瞬を曖昧にしてはいけない。
「第三案へ移ります」
成人選抜官が次の書面を開いた。
「一定期間ごとに、水蝶騎士団と灰鬼騎士団の所属を交代します」
候補者としての研修期間を区切り、両方の騎士団で生活、訓練、任務を経験する案だった。
「交代時には、監督騎士、評価記録、治療記録を全て引き継ぎます」
成人事務職員が、必要となる書類の束を審査卓へ置く。
一人分とは思えない厚さだった。
「ただし、機密指定された任務記録は、他騎士団へ全て開示できません。どの情報を引き継ぎ、どの情報を伏せるか、その都度審査が必要です」
「二つの騎士団の規則を、交代するたび覚え直す必要もあります」
ギルバート団長が指摘する。
「熟練騎士ならともかく、候補者はまだ学院を卒業したばかりだ。最初に教えるべきは、迷わず従える一つの指揮系統だろう」
「防衛線でも同じだ」
ゴウセル団長が続ける。
「現在の責任者を確認してから壁を支えるようでは遅い。所属交代の時期と緊急事態が重なれば、確認そのものが危険となる」
第三案にも、反論する者はいなかった。
成人選抜官は最後の一枚を手に取る。
「第四案。騎士団長統括による直接裁定を求めます」
七人の団長席、そのさらに奥。
一段高く設けられた騎士団長統括席は、今も空いている。
そこには名前札も、持ち主を示す物もなかった。
「規則上、騎士団長統括の裁定には七騎士団長が従います。しかし、現時点で出席時刻は通知されていません」
「来るまで待つのは?」
ミナが小声で尋ねた。
隣にいたセルフィナが、審査の進行表へ目を向ける。
「アルト一人の調整だけではありません。後続の指名記録も、この審査卓を通過する必要があります」
成人選抜官も同じ問題を告げた。
「裁定を待つ場合、候補者アルトだけでなく、後続のドラフト進行も一時停止します。いつまで待つかを定める裁定も必要になります」
ガイ団長が空席を見た。
「統括が決めるなら従う。だが、いねえ奴の返事を待って日が暮れるのは御免だ」
レイシア団長も第四案を選ばなかった。
アルトを早く自分の騎士団へ置きたい。
そんな気持ちもあるのだろう。
けれど、それだけではない。
指名を保留されたまま、僕だけが二つの騎士団のどちらにも属さず、緊急時の責任者も決まらない状態を長引かせることになる。
四枚の妥協案が、審査卓へ戻された。
「以上です」
成人選抜官が七人の団長を見渡す。
「第一案から第三案には、指揮責任と緊急時の最終判断者に問題が残ります。第四案は、裁定時期が不明です。現時点で即時採用できる案はありません」
再び沈黙が落ちた。
僕は自分の赤縁の候補札を見る。
二つの騎士団に必要とされた。
そのことは嬉しい。
けれど、二つから選ばれたことで、ここまで多くの人が僕一人の指揮責任を考えることになるとは思わなかった。
「アルト」
フィアが短く呼ぶ。
「何?」
「考えすぎ」
「顔に出てた?」
「出てる」
それ以上は言わず、フィアは審査卓へ視線を戻した。
誰かのせいにするなとも、自分で決めろとも言わない。
今は簡単に決められないことを、彼女も分かっている。
成人選抜官が両団長へ確認する。
「水蝶騎士団、灰鬼騎士団。指名撤回の意思はありますか」
「ありません」
レイシア団長が答える。
「ねえな」
ガイ団長も即答した。
「妥協案を修正する意思は?」
「共同訓練は受け入れます。ですが、主たる責任を曖昧にはできません」
「同じだ。決まった後なら、医者でも稽古相手でも貸し借りすりゃいい」
また、同じ場所へ戻った。
水蝶が僕を止め、守り、連れ帰る。
灰鬼が僕を鍛え、命じ、戦場から帰す。
どちらも最後まで責任を持とうとしているからこそ、片方へ役割を渡せない。
しばらく審査卓を眺めていたガイ団長が、ゆっくり立ち上がった。
団長外套を雑に直す。
「なら、喧嘩で決めようぜ」
大演武場が静まり返った。
直後、観覧席から一斉に声が上がる。
「最悪の妥協案」
フィアが言った。
僕も否定できなかった。
「受けます」
レイシア団長は、一呼吸も置かなかった。
「受けるの、早すぎ」
フィアの声にも、珍しく呆れが混ざる。
土亀の暫定配属席から、ティアナが勢いよく立ち上がった。
「ちょっと待って! 二人とも、せめて一回は考えてよ!」
「考えました」
レイシア団長が答える。
「今の間に?」
「ガイ団長が言い出す可能性は考えていました」
ガイ団長が低く笑った。
シルフィ団長は額へ手を当てる。
「どうしてあなたは、最後に必ず拳で決めようとするの?」
「剣も使うぞ」
「そういう意味ではありません!」
ギルバート団長も眉間を押さえていた。
「ガイ、学院時代の決着方法を王国合同ドラフトへ持ち込まないでもらいたい」
「私闘は認めません!」
成人選抜官の鋭い声が、騒ぎを止めた。
「ここは王国の正式な選抜会場です。騎士団長同士であっても、無許可の戦闘は規則違反となります」
ガイ団長は驚かなかった。
「なら、正式な査定にする」
「何を申請するつもりですか」
「騎士団長間選抜査定戦」
成人記録官の手が止まった。
成人選抜官はすぐに否定せず、規則簿を開く。
「同一候補への重複指名について、書類審査、監督審査、専門意見の全てで優劣を決められなかった場合の特別査定ですか」
「今がそうだろ」
制度として存在しているらしい。
ただし、簡単に行えるものではなかった。
成人選抜官は規則の該当箇所を成人記録官、成人治療職員、成人封印官と確認する。
「査定戦の勝者は、候補者への暫定配属優先権を得ます。候補者を所有する権利ではありません。候補者本人には、査定後も辞退権が残ります」
「当然です」
レイシア団長が答える。
「その条件で受けます」
「ガイ団長も同じ認識ですか」
「ああ。勝っても、こいつが嫌だと言えば終わりだ」
二人の視線が僕へ向いた。
今度は僕の意思が必要だった。
「候補者アルト。騎士団長間選抜査定戦の実施に同意しますか」
僕はすぐに返事ができなかった。
レイシアの強さを知っている。
学院へいた頃とは比べものにならない場所まで進んだ、七大魔法騎士だ。
ガイ団長も、国家一の無属性使い。
二人が本気で戦えば、訓練用の試合では済まない。
「僕は、二人が傷つくところを見たいわけじゃありません」
「分かっています」
レイシア団長は、勝つから大丈夫だとは言わなかった。
ガイ団長も笑わない。
「勝った方へ僕を渡す、という話なら同意できません」
「そのような規則ではありません」
成人選抜官が明言する。
「査定するのは暫定配属の優先権です。候補者の意思は、結果後も失われません」
僕は両団長を見る。
「二人とも生きて、後に残る傷を負わせないこと。それを守り、正式な調整結果として扱うなら、査定戦へ同意します」
レイシア団長が頷いた。
「守ります」
「俺もだ」
成人事務職員が同意書を運んでくる。
レイシア団長とガイ団長が、それぞれ安全規則へ署名した。
最後に僕が右手で候補者同意欄へ名を書く。
左腕は使わない。
「申請を受理します」
成人選抜官が宣言した。
「これより大演武場中央を専用封戦場へ切り替えます。観覧客、候補者、暫定配属者は成人警備員の誘導に従ってください」
成人警備員が一斉に動いた。
一般観覧客は外周の安全区画へ。
貴族や地方警備隊代表も例外ではない。
人数札と座席区画を照合し、一列ずつ移動させていく。
僕たち候補者と暫定配属者は、さらに距離を取った第二防護区画へ移された。
右脚に痺れを感じたが、歩けないほどではない。
フィアとセルフィナ、ミナも近くにいる。
土亀の区画から移ってきたティアナは、僕の顔を見るなり言った。
「アルト、本当にいいの?」
「怖いよ」
正直に答えた。
「でも、二人とも遊びで言ってるんじゃない。僕が条件を付けた上で止めるなら、二人の責任まで否定することになる」
ティアナは封戦場の中央を見る。
「怪我しない戦いなんてないよ」
「うん。だから、止める人がいる」
五人の騎士団長が中立の立会位置へ移動していた。
ゴウセル団長とギルバート団長は、境界と退路を成人警備員と確認する。
イグナシオ団長も浮ついた様子を見せず、防護設備の位置を確かめている。
シルフィ団長はガイ団長を厳しく見ながらも、立会人として決められた位置へ着いた。
アーサー団長も静かに移動し、専用封戦場全体を見渡している。
何を考えているのかまでは分からない。
成人治療職員は両団長の身体状態を確認し、外周へ救護所と担架を配置した。
成人封印官と結界担当の成人職員が、床へ埋め込まれた境界設備、防護柱、退避口を一つずつ確認する。
戦場の外へ攻撃を放つことは禁止。
降参、戦闘不能、成人選抜官の停止命令で終了。
死亡や、回復不能な負傷を意図した攻撃も禁止される。
使用する力を引き上げる場合には、その都度追加の許可が必要だった。
「初期査定は武器戦および低出力に限定します」
成人選抜官が両団長へ告げる。
「開始命令前の攻撃を禁じます。準備完了後も、私の合図を待ってください」
「了解しました」
レイシア団長が答える。
「分かった」
ガイ団長も従った。
二人が専用封戦場の中央へ入る。
レイシア団長は、長い銀青の髪を背へ払い、僕を見た。
幼い頃から知っている目だった。
同時に、王国を守る七大魔法騎士の目でもある。
勝つと軽々しく約束はしない。
ただ、絶対に譲らない意思だけを向けてくる。
ガイ団長は背負っていた大剣へ手を掛けた。
気怠げな雰囲気は、もうどこにもない。
二人の間には十分な距離がある。
成人選抜官は、まだ開始命令を出していない。
専用封戦場の安全確認が、最後まで読み上げられる。
静まり返った大演武場で、二つの金属音が重なった。
レイシア団長が聖剣を、ガイ団長が大剣を抜き放ち、二つの第一指名は、ついに言葉の外へ踏み出した。
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